児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

神元隆賢「判例研究強制わいせつ罪において性的意図を考慮要素とする意義をなお存するとし、さらに強制わいせつの際に被害児童の姿態を撮影し児童ポルノを製造した場合の強制わいせつ罪と児童ポルノ製造罪の罪数関係につき、撮影機器内に一次保存した場合は観念的競合、複製するなどして二次保存した場合は併合罪とした事例(富士見市ベビーシッター事件控訴審判決)

神元隆賢「判例研究強制わいせつ罪において性的意図を考慮要素とする意義をなお存するとし、さらに強制わいせつの際に被害児童の姿態を撮影し児童ポルノを製造した場合の強制わいせつ罪と児童ポルノ製造罪の罪数関係につき、撮影機器内に一次保存した場合は観念的競合、複製するなどして二次保存した場合は併合罪とした事例(富士見市ベビーシッター事件控訴審判決)
東京高裁平成三〇年一月三〇日判決(上告)(平成二八年(う)第一六八七号:保護責任者遺棄致傷、強制わいせつ、児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反、強制わいせつ(変更後の訴因わいせつ誘拐、強制わいせつ)、殺人、強制わいせつ致傷被告事件)(判例集未登載)」

 公開判例だけみてると、併合罪→観念的競合という流れに見えるようです。
 観念的競合→併合罪→観念的競合と奥村説が挽回してるところです。
 神元隆賢先生は併合罪とされる理由はわかりませんが、撮影行為をわいせつ行為とも製造行為とも評価する以上、観念的競合になるはずです。
 この事件は起訴検事が観念的競合で起訴したり、併合罪で起訴したりして、よく理解してなかったと思われます。裁判員もそのまま判決して、控訴審も追認しています。量刑について検察官の主張が通らなかったのと共通しています。

http://hokuga.hgu.jp/dspace/handle/123456789/3646

第二は、強制わいせつ罪と児童ポルノ製造罪の罪数関係を、観念的競合と併合罪のいずれと解するかという点である。
観念的競合は、一個の行為で数個の結果を生じ、それが構成要件に複数回該当し、かつ社会的事象としても重なり合いが認められる場合(7)で、刑法第五四条第一項が適用されることにより、刑を科すうえで一罪として扱われ、数罪のうち最も重い罪の刑により処断される。
一個の行為による包括一罪との違いは、被害法益の主体、種類の共通性の要否に求められ、被害法益が異なっている場合は観念的競合、共通する場合は包括一罪が選択される。
そして両罪の保護法益についてみると、強制わいせつ罪のそれが個人法益としての性的自由であることに異論はないが、児童ポルノ製造罪では議論がある。
児ポ法第一条が、⽛この法律は、児童に対する性的搾取及び性的虐待が児童の権利を著しく侵害することの重大性にかんがみ、児童買春、児童ポルノに係る行為等を処罰するとともに、これらの行為等により心身に有害な影響を受けた児童の保護のための措置等を定めることにより、児童の権利の擁護に資することを目的とする。
⽜と規定することに鑑みるに、⽛児童が性的搾取及び性的虐待されない権利⽜が同罪の保護法益であることには疑いない。
しかし、これが被害児童の個人的法益であるのか、児童一般の社会的法益であるのか、あるいは両方の性質を持つのかを巡って争いがあるのである(8)。
もっとも、三説のいずれを採ったとしても、強制わいせつ罪の保護法益である性的自由とは差異を生じるから、結局、両罪を観念的競合とする選択は可能である。
しかし、従来の判例は、児童ポルノ製造罪と強制わいせつ罪等の性犯罪の罪数関係について、児童ポルノ製造が一次保存と二次保存のいずれによるかを格別区別せず、すべて併合罪として処理するのが一般的であった
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以上見たように、従来の判例は、一貫して、強制わいせつと児童ポルノ製造の行為の同時性は肯定しうるものの、行為の社会的一体性・同質性は肯定しえないから、併合罪となるとの立場を示してきた。
これに対し、本判決は、強制わいせつ罪と児童ポルノ製造罪が⽛基本的に併合罪の関係にある⽜ものの、一次保存の場合は⽛ほぼ同時に行われ、行為も重なり合うから、自然的観察の下で社会的見解上一個のものと評価し得る⽜とした。
強制わいせつと児童ポルノ製造の両行為の社会的一体性・同質性は肯定・否定の分水嶺にあるところ、一次保存の事案では同時性を肯定できるから、かろうじて観念的競合と解しうるとの解釈であろうか。
しかし、そうであるならば、社会的一体性・同質性をむしろ肯定し、⽛基本的に観念的競合の関係にある⽜としたうえで、二次保存では同時性が否定されるから併合罪となると解釈すべきではなかったか。
あるいは、社会的一体性・同質性を必ずしも肯定しきれないが故に⽛基本的に併合罪の関係にある⽜というのであれば、同時性を肯定できたとしても、すべて併合罪とすべきであったろうし、それが従来の判例の立場でもあった。
いずれにせよ、一次保存の場合に限ってであっても、強制わいせつ罪と児童ポルノ製造罪の罪数関係を観念的競合とした本判決及び原判決の判断には疑問が残る