児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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名古屋地裁岡崎支部岡崎支部H31.3.26

名古屋地裁岡崎支部岡崎支部H31.3.26
準強制性交等被告事件
主文
被告人は無罪。
理由
第1公訴事実
本件公訴事実の要旨は,
「被告人は,同居の実子である乙女(当時19歳)が,かねてから被告人による暴力や性的虐待等により被告人に抵抗できない精神状態で生活しており,抗拒不能の状態に陥っていることに乗じて,乙女と性交しようと考え,平成29年8月12日午前8時頃から同日午前9時5分頃までの間に,丙県甲市所在の■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■会議室において,同人と性交し,もって人の抗拒不能に乗じて性交をした(平成29年11月7日付け起訴状記載の公訴事実)」というもの及び
「被告人は,同居の実子である乙女(当時19歳)が,かねてから被告人による暴力や性的虐待等により被告人に抵抗できない精神状態で生活しており,抗拒不能の状態に陥っていることに乗じて,乙女と性交しようと考え,平成29年9月11日午前11時3分頃から同日午後零時51分頃までの間に,丙県丙市所在のホテル■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■において,同人と性交し,もって人の抗拒不能に乗じて性交をした(平成29年10月11日付け起訴状記載の公訴事実(但し,同年11月7日付け訴因変更請求書による訴因変更後のもの))」
というものである。

第2当事者の主張等
公訴事実記載の各日時・場所において,被告人が乙女と性交に及んだこと(以下「本件各性交」という。
)は,被告人自身も認めており,関係証拠上も明らかである。

検察官は,本件各性交当時に至るまで,乙女が中学2年生の頃から長年にわたって行われてきた被告人による性交等の性的虐待行為と被告人の暴力,これらを受けてきたことによる乙女の精神状態,乙女が不仲である実母に相談できず,被害申告をすれば被告人が逮捕されて弟たちが学校に行けなくなってしまうのではないかとの思いから警察に被害申告できなかった事情,乙女が専門学校に入学するに際して被告人に入学金等として多額の金銭負担をさせたことに負い目を感じていたことなどによって,本件各性交当時,乙女は,被告人からの性交等に抵抗することが著しく困難な状態にあった旨主張する。

一方,弁護人は,本件各性交の当時,乙女は,抗拒不能の状態にはなく,被告人との性交に同意していた,仮に抗拒不能状態にあったとしても,被告人は,乙女が抗拒不能状態にあったとの認識を有しておらず,被告人には故意がなく,また,被告人は,乙女が本件各性交について同意しているとの認識を有していたので故意又は責任がない旨主張する。

当裁判所は,本件各性交に関していずれも乙女の同意は存在せず,また,本件各性交が乙女にとって極めて受け入れ難い性的虐待に当たるとしても,これに際し,乙女が抗拒不能の状態にあったと認定するには疑いが残ると判断したので,以下,説明する。

第3前提となる事実関係等
1関係各証拠によれば,以下の事実関係が認定できる。

(1)被告人及び乙女の家族関係
被告人は乙女の実父であり,乙女は,本件当時,被告人,実母及び実弟3人(以下,乙女の実弟らについては,特定することなく単に「弟」という。
)と同居していた。

乙女は,その母とは不仲で,同女に対して不信感を抱いていたため,同女に対して被告人から性的虐待を受けていることを含めて悩み事などを相談することはできなかった。

(2)被告人による暴力について
被告人は,乙女が小学生であった頃,乙女に対して勉強を教えている際に同人が内容を理解しないときなどに,同人を殴ったり蹴ったりすることがあった。
なお,被告人は,乙女が中学生であった頃も,同人に対して暴力を振るうことがあったが,その頻度は乙女が小学生であった頃よりも少なかった。
乙女の母は,被告人が乙女に暴力を振るった際,あまりにひどいときに口頭で止める程度のことをするのみで,ほとんどは黙って見ていたり,被告人に加勢したりしていた。

(3)被告人による本件各性交以前の性的行為等について
ア被告人は,乙女が中学2年生であった頃から,乙女が寝ているときに,乙女の陰部や胸を触ったり,口腔性交を行ったりするようになり,その年の冬頃から性交を行うようになった。
被告人による性交は,その頃から乙女が高校を卒業するまでの間,週に一,二回程度の頻度で行われていた。

乙女は,上記の行為の際,身体をよじったり,服を脱がされないように押さえたり,「やめて。
」と声を出したりするなどして抵抗していたが,いずれも被告人の行為を制止するには至らなかった。

イ被告人は,乙女が高校を卒業して平成28年4月に専門学校に入学した後も,乙女に対して性交を行うことを継続しており,その頻度は専門学校入学前から増加して週に三,四回程度となっていた。

乙女は,この頃においても,被告人の上記行為に対して抵抗していたが,従前と比べてその程度は弱まっていた。

ウ乙女は,平成28年の夏から秋頃の時期に,弟らに対して,被告人からの性的虐待を打ち明けて相談した。
その結果,弟らから,乙女が被告人から性的被害を受けないように一緒に寝ることを提案され,弟らが乙女と同じ部屋で寝るようになったところ,被告人からの性交はしばらくの間は止んだものの,平成29年に入って乙女の弟らが同じ部屋で寝るのを止めるようになると,被告人は再び乙女の寝室に入り込んで性交を含む性的行為を行うようになり,その頻度は従前よりも増加した。

エ乙女は,平成29年7月後半から同年8月11日までの間に,自室で就寝中に被告人から性交をされそうになった際,乙女の服の中に手を入れてくる被告人の手を払ったり,執拗に乙女のズボンを下げようとするのを引き上げたりして抵抗したところ,被告人からこめかみの辺りを数回拳で殴られ,太ももやふくらはぎを蹴られた上,背中の中心付近を足の裏で二,三回踏みつけられたことがあった(以下「本件暴行」という。
)。
この際,被告人は,上記一連の暴行の後,乙女の耳元で「金を取るだけ取って何もしないじゃないか。
」などと言い,結局性交は行わずに乙女の部屋を出て行った。
その日の夜になり,乙女のふくらはぎなどに大きなあざができていたことから,乙女は弟らに対して,その日の朝に被告人から性交をされそうになり,抵抗したら蹴られたりしてあざができたことを伝えた。
なお,乙女は,それ以前にも,平成29年4月以降,被告人から性交を求められて,本当に止めてほしいと思った際に相当大声で「嫌だ。
」と言って強く拒んだことがあったところ,その際に,被告人から頻度はそれほど多くはないものの暴行を受けたことが何回かあったが,その態様は本件暴行の際ほど執拗なものではなかった。

(4)乙女の進学等について
ア乙女は,高校3年生のとき,両親に事前の相談をすることなく4年制大学への進学を決め,大学の推薦入学試験に合格し,被告人が入学に必要な費用の一部を準備して納付したが,期日までにその費用全額を納めることができなかったため,当該大学に進学することができなかった。

乙女は,高校卒業後,自身の希望で専門学校に進学した。
被告人及び乙女の母は,主に学費の関係で乙女の進学に反対したが,結局,乙女と被告人との間で,同学校の入学金や授業料等の費用については,いったん被告人が支払い,乙女が被告人に対して後で当該費用と生活費等を併せた金額を返済することと取り決められた。
当初,被告人は乙女に対し月8万円を返済するよう求めたが,乙女の希望により返済額は月4万円とされた。
なお,乙女の毎月の返済額は,乙女が家事の手伝いをした場合,これに応じて減額されることとされていたが,実際に乙女が家事の手伝いをしたことにより返済額が減額されたことはなく,乙女は,平成28年5月頃から毎月4万円を被告人に支払っていた(乙女は,本件当時アルバイトをしており,月8万円前後の収入があった。
)。

イ乙女は,専門学校に進学してからしばらくして,同学校における実技で●●●ことが続き,また,そのことを教師から叱責されたことなどから,通学に精神的な負担を感じ,平成29年6月末頃から同学校を欠席する状況が続いていた。

(5)被告人の経済状況について
被告人は,平成22年10月27日から本件各性交の当時に至るまで,生活保護を受給していた。

(6)本件各性交について
ア被告人は,平成29年8月12日の朝,乙女とともに,自身の運転する車で自宅を出発し,●●●において買物をした後,●●●の建物を訪れ,その■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■会議室において乙女と性交に及んだ(以下,上記性行為の事実を「第1事実」という。
)。

上記建物は,被告人の勤務先である●●●が事務所として使用していた建物であったところ,事務所の移転作業の最中であり,同日は被告人以外の従業員が全員休みで,被告人のみが同所において移転作業に従事することとなっていた。

イ後出の第2事実の前日である平成29年9月10日,被告人は,乙女に対して翌日の予定を尋ねてきた。
その前日に後出のBの車で丙県丙市のc施設(以下,単に「c施設」という。
)まで映画の前売り券を買いに行くことを予定していた乙女がその旨を被告人に伝えると,被告人は,乙女に対して,自分が連れて行くからホテルに行く旨を伝えた。
そして,同月11日の朝,被告人は,車に乗せた乙女に対してホテルに行く旨告げた上,被告人の運転する自動車で,途中c施設に立ち寄った後,丙県丙市所在の■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ホテルに行き,同所において乙女と性交に及んだ(以下,上記性行為の事実を「第2事実」という。
)。

(7)乙女による友人等への相談等について
ア乙女は,弟らに性的被害の事実を打ち明けたのと同時期頃の平成28年の夏から秋頃の時期に,友人であるBに対し,スマートフォンのアプリケーションソフト「××××」のメッセージ機能(以下,単に「××××」という。
)を利用して,被告人から性的被害を受けている旨を伝え,その数日後,B宅においてB及び友人のC(以下,両名を「Bら」という。
)と会った際,同人らに対し,被告人から継続的に性的被害を受け続けていることを明かしたが,Bらから警察に相談するよう勧められるも,乙女は,その際,被告人が逮捕されると弟らが犯罪者の息子になってしまい,弟らが生活できなくなってしまうことが心配だと答えた。
なお,その際,Bらは,乙女に対し,相談窓口として警察以外にも心の相談室や女性相談室がある旨も伝えた。

イ平成29年に入り,乙女が専門学校に通学しなくなったことを心配したBが乙女に様子を尋ねたところ,乙女は,Bに対し,今でも被告人からの性的被害を受けている旨伝えた。

ウ平成29年8月頃,乙女は,弟らに対し,まだ被告人による性的被害が続いている旨を話したほか,「市役所に電話して相談しようかな。
」等と話した。

エ第1事実後の平成29年8月22日か23日頃,乙女は,友人であるDに対し,××××を利用して,中学2年生当時から被告人に性的被害を受けていること,最近被告人からひどい暴力を受けたこと,同月12日に被告人から第1事実を内容とする性的被害を受けたことなどを伝え,これらの××××によるやり取りの中でDから警察や児童相談所に相談したほうが良い旨のアドバイスも受けた際には,Dに対し,「いこうと思って調べたら予約制で...」というメッセージを送信した。
また,乙女は,同年9月9日及び同月10日にDと直接会った際,被告人から性的虐待を受け続けていることを話して相談したが,その際にも,Dからできるだけ早く警察に相談したほうが良い旨のアドバイスを受けた。

オ乙女は,第2事実の当日朝,車で乙女をc施設まで送ってくれることをその前日に約束していたBから,××××で何時に行くのか確認されると,被告人が車で送ってくれるのでBによる車での送りは必要ない旨を××××で返信したが,それらの××××のやり取りの中で,かねてより被告人による性的虐待を受けていることを乙女から聞いていたBは,被告人からの申出を断らない乙女の態度をたしなめる内容の××××を送信した。

(8)乙女による公的機関への相談について
乙女は,第2事実の後,同日中に,甲市役所の市民相談課に学費相談を内容とする相談予約を入れ,同月15日,市役所に赴き,職員に対して,学費の件と併せて被告人から性的虐待を受けている旨打ち明けて相談し,その結果,被告人の乙女に対する性的虐待が公的機関に明らかとなった。

2以上の各事実は,取調べ済みの関係各証拠により認定することができる。

弁護人は,被告人の弁解供述に基づき,被告人と乙女との間に性的行為が初めてあったのは,乙女が高校3年時の平成28年2月頃であり,両者の間に初めて性交があったのは同年3月頃であって,乙女が中学2年時に性交した事実はない,本件暴行の事実は存在しないなどと主張する。

乙女は,被告人から性的な行為をされていた経緯やその状況,本件各性交に係る経緯等について,概ね前記1で認定した事実に沿う供述をするところ,その供述は具体的かつ自然である上,実際に体験した者でなければ語れない内容を含む点で迫真性も認められ,乙女が友人や市役所職員に対して相談していた内容とも整合する。
また,乙女は,本件が事件化する以前に,友人や弟らに対して,被告人から継続的に性的な行為をされていることなど,当公判廷において供述するところと同様の事実を告げて相談しているところ,このような通常であれば他人への開示を望まない事実について,乙女が友人らにあえて虚偽を述べる動機は見出し難い。
これらのことからすると,乙女の当公判廷における供述は全体として信用できるものといえる。

他方で,被告人は,当公判廷において,乙女との間で最初に性交を行ったのは乙女が専門学校に入学する直前である平成28年3月頃であり,それ以前に性交に及んだことはない,乙女と性交を行うようになったのは,同人からその旨の誘いがあったことがきっかけであり,反対に同人が被告人からの誘いを拒むこともあったなどと供述する。

しかしながら,被告人の上記供述は,前記のとおり信用できる乙女の供述と矛盾する上,被告人の供述するところによれば,乙女は,平成28年3月頃,被告人と性交を行うことを条件として専門学校への入学に係る費用の援助を求めてきたものであり,被告人は,学校に行きたいのであれば,まずは自分でお金を貯めるべきであるなどとして,いったんはこれを断りながら,その直後に,「おまえ,すると言ってもちんちんたたないから,やってみな。
」などと申し向けて口腔性交等に至り,その2,3日後に,被告人から「この間中途半端だったから,できるか。
」などと求めて性交に及んだということであるが,このような経緯は極めて唐突であり,事実の経過として不自然・不合理であるといわざるを得ない。
また,被告人は,乙女が中学3年生であった頃に一度,同人に対して性的な行為を行ったほかは,前記平成28年3月頃の出来事以前に乙女に対して性的な行為を行ったことはなく,乙女が中学生の頃に,乙女の陰部を直接触るなどしたことはあるが,それは夜尿の指導として行ったものであって性的なものではない旨供述するところ,中学生の女子である乙女に対して被告人の供述するような指導方法をとることはおよそ考え難く,かかる点においても,被告人の弁解は不合理である。

以上のとおり,被告人の当公判廷における供述は,信用できる乙女の供述と矛盾する上,その核心部分において不合理・不自然な点を多々含むものであって,到底信用することはできない。

第4本件各性交に関する乙女の同意の存否について
乙女は,当公判廷において,本件各性交を含め,被告人との性交に同意したことはなく,被告人から性交を求められることについて,気持ち悪い,嫌だなどという心情を抱いていた旨供述する。
これに対し,被告人は,本件各性交を含め,乙女との性交については,全て乙女の同意の下で行われた旨弁解供述する。

しかしながら,そもそも,被告人は,乙女にとって実の父親であり,通常は乙女にとって性的関心の対象となり得る存在ではなく,乙女が被告人をそのような存在としてみていたことをうかがわせる事情もない。
また,仮に,乙女が被告人との性交を含む性的行為について同意していたとすれば,乙女において弟らを同じ部屋に寝かせることで被告人からの性的行為を避けようとする行動を取る必要はないはずである。
さらに,実の親子間で性行為が行われているという異常ともいえる関係は,通常は他人には知られたくない事実であることに照らすと,被告人との間で性行為を含む性的行為について同意している乙女において,このような事実を弟らや友人らに告白することなどあり得ないことである。

これらのことからすれば,本件各性交を含めて被告人との間の性的行為につき自分が同意した事実はない旨の乙女の供述は信用でき,本件各性交以前に行われた性交を含め,被告人との性交はいずれも乙女の意に反するものであったと認められる。
よって,この点に関する被告人の弁解供述は採用できない。

第5乙女が抗拒不能の状態であったか否かについての検討
1刑法178条2項は,意に反する性交の全てを準強制性交等罪として処罰しているものではなく,相手方が心神喪失又は抗拒不能の状態にあることに乗じて性交をした場合など,暴行又は脅迫を手段とする場合と同程度に相手方の性的自由を侵害した場合に限って同罪の成立を認めているところである。
そして,同項の定める抗拒不能には身体的抗拒不能心理的抗拒不能とがあるところ,このうち心理的抗拒不能とは,行為者と相手方との関係性や性交の際の状況等を総合的に考慮し,相手方において,性交を拒否するなど,性交を承諾・認容する以外の行為を期待することが著しく困難な心理状態にあると認められる場合を指すものと解される。

したがって,本件においても,乙女が本件各性交に同意していなかったとしても,このことをもって直ちに準強制性交等罪の成立が認められるものではなく,乙女が置かれた状況や被告人と乙女との関係性等を踏まえて,乙女が上記のような心理状態に陥っていたと認められるかどうかをさらに検討する必要があり,このような検討の結果,乙女の心理状態が上記の状態にまで至っていることに合理的な疑いが残る場合は,同罪の成立を認めることはできないこととなる。

2そこで,以下,上記の点について具体的に検討する。

(1)被告人は,乙女が中学2年生の頃より,同人の抵抗を排して,その意思に反する性的行為を繰り返しており,本件暴行の際など,乙女が性交を拒んだ際に暴力を振るったこともあったのであって,これらのことは,父親としての立場を利用した性的虐待と評価すべきものである。
乙女は,このような性的虐待を通じて,抵抗してもその甲斐なく意に反する性交を行われてしまうという経験を繰り返すことにより,被告人に対して抵抗する意思・意欲を奪われた状態にあったことがうかがわれ,そのような意味で,被告人は,継続的な性的虐待を通じて,乙女をその精神的支配下に置いていたものと認められる(この点,本件において乙女の本件各性交当時の精神状態や上記精神状態に陥った原因等について精神鑑定を行った精神科医である戊医師は,その鑑定意見において,被告人による性的虐待等が積み重なった結果,乙女において,被告人には抵抗ができないのではないか,抵抗しても無理ではないかといった気持ちになっていき,被告人に対して心理的に抵抗できない状況が作出された旨証言しており,かかる証言は,前記認定にも沿うものであるところ,戊医師は,精神科医師としての長年にわたる臨床経験を有する上,精神鑑定の経験も豊富であり,乙女の精神状態等に関する鑑定意見には高い信用性が認められる。
もっとも,乙女が抗拒不能の状態にあったかどうかは,法律判断であり,裁判所がその専権において判断すべき事項であることから,同証言及び戊医師における精神鑑定(以下「戊鑑定」という。
)の結果は,専門家である精神科医師としての立場から当時の乙女の精神状態等を明らかにする限度で尊重されるに止まり,法律判断としての乙女の抗拒不能に関する裁判所の判断を何ら拘束するものではない。
なお,戊医師は,その鑑定意見において,問診時の乙女の様子や乙女が甲市職員と面接した際の様子から,乙女は本件各性交時において離人状態に陥っていたと推測できると述べている部分があり,検察官は,この点を乙女が抗拒不能の状態に陥っていた裏付け事情の一つとして挙げているが,乙女の本件各性交時の記憶が比較的良く保たれていることに加え,戊鑑定において乙女につき解離性障害の程度に関する心理検査も実施されていないことからすると,戊医師の鑑定意見を踏まえても,乙女が本件各性交時において抗拒不能状態の裏付けとなるほどの強い離人状態(解離状態)にまで陥っていたものとは判断できない。
)。
また,乙女が,専門学校入学後,自身の学費ばかりか生活費についてまで,被告人から多額の借入れをする形をとらされ,その返済を求められたことで,被告人に対する経済的な負い目を感じていたことからすれば,前記性的虐待がこの間も継続していたことと相まって,本件各性交当時,被告人の乙女に対する支配状態は従前よりも強まっていたものとも解される。

しかしながら,乙女自身も,本件暴行以前に性交を拒んだ際に暴行を受けたことは頻度としてはさほど多くなく,暴行を受けた際であっても,その態様は本件暴行ほど執拗なものでなかったと供述する上,性的行為と関わりのないしつけに伴う暴力についても,小学校卒業後はほとんどなかったと供述していることに照らすと,本件暴行以前の性的虐待の際にも,乙女が被告人からのひどい暴行を恐れて性交を拒むことができなかったとは認められない。
また,乙女が執拗に性交しようと試みる被告人の行為に抵抗した結果受けた本件暴行は,乙女のふくらはぎ付近に大きなあざを生じるなど,相応の強度をもって行われたものであったものの,この行為をもって,その後も実の父親との性交という通常耐え難い行為を受忍し続けざるを得ないほど極度の恐怖心を抱かせるような強度の暴行であったとはいい難い。
加えて,乙女は,両親の了解を得ることなく大学への入学を決め,入学費用の一部を被告人に負担させたり,両親の反対を押し切って専門学校への入学を決め,入学金や授業料として多額の費用を被告人に負担させたりしていること,被告人から家事の手伝い等をするよう求められ,これをした場合,毎月4万円と取り決められていた返済金額を減額する旨申し伝えられていたものの,十分にはこれを行っていなかったこと(家事の手伝い等が十分でなかったことについては,乙女も自覚がある旨認めている。
),乙女には本件当時月8万円前後のアルバイト収入があり,被告人からの性的虐待から逃れるため,家を出て一人暮らしをすることも検討していたことなどを考え合わせると,日常生活全般において,乙女が監護権者である被告人の意向に逆らうことが全くできない状態であったとまでは認め難い。
これらのことを総合すると,被告人は,乙女の実父としての立場に加えて,乙女に対して行ってきた長年にわたる性的虐待等により,乙女を精神的な支配下に置いていたといえるものの,その程度についてみると,被告人が乙女の人格を完全に支配し,乙女が被告人に服従・盲従せざるを得ないような強い支配従属関係にあったとまでは認め難い。

(2)既に説示したとおり,本件各性交は乙女の意に反するものであったと認められる一方で,本件各性交に際し,乙女が被告人に対して特段の抵抗をした様子は見受けられず,かえって,性交に際して自ら服を脱ぐなどしているところ,その理由について,乙女は,当公判廷において,被告人から長年にわたって性的虐待を受け続けていたこと,被告人との性交を拒んだ際に暴力を振るわれたり,学費等を貸し付けている旨言われたりしたことがあったことなどから,抵抗することを諦めている状態にあった旨供述するが,当時の状況等に照らせば,かかる乙女の供述は当時の同人の心理状態を示すものとして十分了解可能である。
したがって,乙女の供述する上記心理状態が,被告人との性交を承諾・認容する以外の行為を期待することが著しく困難な程度にまで至っていると認められる場合には,乙女が抗拒不能の状態にあるものと認められ,本件各性交について,準強制性交等罪の成立が認められることとなる。

この点,確かに,被告人は乙女に対して長年にわたり性的虐待等を行ってきたものの,前記のとおり,これにより,乙女が被告人に服従・盲従するような,強い支配従属関係が形成されていたものとは認め難く,乙女は,被告人の性的虐待等による心理的影響を受けつつも,一定程度自己の意思に基づき日常生活を送っていたことが認められる。
また,前記のとおり,乙女が,本件各性交以前に被告人から暴力を受けた際,抵抗を続けた結果として,性交を拒むことができたという経験も有していること,本件各性交以前の平成28年の夏か秋頃に,乙女がBらや弟らに被告人から性的虐待を受け続けていることを打ち明けて相談し,この事実を知った弟らの協力を得て被告人からの性的虐待を回避するための方策を講じてこれが功を奏した期間もあるほか,弟らやBらから警察への相談を勧められながらも,弟らの生活を壊してしまうとの考えから警察などの公的機関への相談を思いとどまったこと,第1事実の頃に乙女が弟に対して市役所へ相談しようと考えている旨を告げ,また,第1事実と第2事実との間においてDに対して相談した時点で,乙女が公的機関に相談しようとした事実がうかがわれるほか,第2事実の直前には乙女がBとの間において被告人の車に乗ることについてBが乙女をたしなめる内容の××××のメッセージを交わしながら,乙女の判断でBの申出を断り被告人の車でc施設に出向いた事実も存在する。
そして,戊鑑定の結果によれば,乙女の知的能力には特段問題がなかったものと認められるし,本件当時の乙女の年齢や公判廷での証言態度等からすれば,同人の判断能力や性的知識についても問題があったことはうかがわれない。

(3)以上説示した事情によれば,本件各性交当時における乙女の心理状態は,例えば,性交に応じなければ生命・身体等に重大な危害を加えられるおそれがあるという恐怖心から抵抗することができなかったような場合や,相手方の言葉を全面的に信じこれに盲従する状況にあったことから性交に応じるほかには選択肢が一切ないと思い込まされていたような場合などの心理的抗拒不能の場合とは異なり,抗拒不能の状態にまで至っていたと断定するには,なお合理的な疑いが残るというべきである(なお,以上の当裁判所の判断は,乙女が被告人に対して抵抗し難い心理状態にあったことを前提としつつも,その程度が法律上抗拒不能の状態に至っていると認められるかどうかについては,なお合理的な疑いが残るというものであって,かかる判断は戊鑑定の結果と矛盾するものではない。
)。

(4)なお,関係証拠中には刑事訴訟法322条1項に基づきその全部又は一部を証拠採用決定した被告人の供述調書(乙3,乙4不同意部分,乙5,乙9から11まで及び乙16の各不同意部分。
いずれも被告人の署名及び指印があるもの。
)があるところ,上記各供述調書中には,被告人において,乙女が,父親である被告人に逆らえず,幼い頃から被告人の言うことを聞かないと暴力を振るわれ,性的虐待を受けるようになってからは抵抗しても被告人に押さえ付けられて無理矢理性的行為をされることから,被告人に抵抗できなくなっていた事実を自認している供述部分(乙9)や,被告人から暴力を振るわれたり,性的虐待を繰り返し受けたりしたことから,逆らっても無駄だと逆らえない状態になっているとの認識を被告人が有していた事実を自認している供述部分(乙10)が存在する。

しかしながら,各供述調書に係る取調べの様子を録音録画したDVD(甲35,37,39,41,44,45)を検討すると,上記供述部分については,同供述部分に対応する被告人の供述が見当たらないか,取調べを担当した検察官が断定的に問い質した内容に対して被告人が明示的に否定しなかったことをもって被告人が供述したかのような内容として記載されていることが確認できるところであり,このような調書作成状況からすれば,本件における乙女の心理状態及びこれに関する被告人の認識を検討するに当たり,前記乙9,10の各供述部分は判断の資料とすることはできないと考える。

第6結論
以上のとおり,本件の証拠関係を前提とすると,乙女が本件各性交当時に抗拒不能の状態にあったと認定することはできないから,その余の点について判断するまでもなく,本件各公訴事実について,刑事訴訟法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをする。

検察官磯谷武司及び国選弁護人田中伸明各出席
求刑懲役10年
古屋地方裁判所岡崎支部刑事部
裁判長裁判官鵜飼祐充
裁判官岩﨑理子
裁判官西臨太