児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

準強姦無罪判決(鹿児島地裁h26.3.27)

westlaw
裁判年月日 平成26年 3月27日 裁判所名 鹿児島地裁 裁判区分 判決
事件番号 平24(わ)290号
事件名 準強姦被告事件
裁判結果 無罪 文献番号 2014WLJPCA03279013
主   文

 被告人は無罪。 
 
理   由

 (本件公訴事実の要旨)
 被告人は,自らが主催する少年ゴルフ教室の生徒であるA(当時18歳)が,厳しい師弟関係から被告人に従順であり,かつ被告人を恩師として尊敬し同女に対し卑わいな行為をするはずがないと信用していることに乗じ,ゴルフ指導の一環との口実で同女をホテルに連れ込み姦淫することを企て,平成18年12月9日午後2時30分頃,a市b町c番地Bホテルに同女を車で連行した上,同ホテル駐車場において,同女に対し,「度胸がないからいけないんだ。こういうところに来て度胸をつけないといけない。」などと言葉巧みに申し向けて同女を同ホテルの一室に連れ込み,同所において,同女に対し,「お前は度胸がない。だからゴルフが伸びないんだ。」「俺とエッチをしたらお前のゴルフは変わる。」などとゴルフの指導にかこつけて被告人と性交するよう申し向け,さらに同女をベッド上で仰向けに倒して覆い被さった上で強引に接吻をするなどし,同日午後3時頃,恩師として信頼していた被告人の上記一連の言動に強い衝撃を受けて極度に畏怖・困惑し,思考が混乱して抗拒不能の状態に陥っている同女を,その旨認識しながら姦淫し,もって同女を抗拒不能にさせて姦淫した。
 (判断)
 1 本件の争点
 公訴事実記載の日時・場所において,被告人が被害者と性交したことは,被告人自身も認めており,関係証拠によっても優に認められる。本件の主たる争点は,性交時に,①被害者が抗拒不能状態であったかどうか,②被害者が抗拒不能状態であったとすれば,そのことを被告人が認識していたかどうかである。
 これらの点について,検察官の職務を行う指定弁護士は,被害者の公判供述に基づく事実関係を前提に,証人Cの見解に依拠して,被害者と被告人との関係性及び被告人の言動から,被害者は,性交時において抗拒不能の状態となっていたと主張し,また,そのような状態を作り出したのは被告人であるから,被告人は被害者の抗拒不能状態を認識した上で性交に及んだと主張する。
 他方,弁護人は,被害者の公判供述の信用性に疑問を呈した上,被害者は抗拒不能状態にはなく,また,被告人は被害者の抗拒不能状態を認識していなかったと主張する。
 2 被害者の公判供述,被告人の公判供述の信用性について
  (1) 被害者の公判供述の信用性
 先に述べたとおり,本件日時・場所において,被告人と被害者とが性交したことは明らかであるが,本件告訴は,本件発生から約4年後の平成22年9月1日付けでなされている。
 しかし,被害者は,本件発生の数日後には,被害者の両親に被告人から性交された事実を打ち明けており,その結果,被害者の両親が,被告人と話合いを持ち,女子に対するゴルフ指導はしないこと,ゴルフ場で被害者と会わないようにすることを要求する一方,被害者の将来のことを考え刑事告訴はしないことにした。その後,被害者は,オーストラリアでのゴルフ留学などをしたものの,平成21年1月頃から,△△と診断される病態が出現し,結局,プロゴルファーになることは断念したこと,一方,それと相前後して,被害者や被害者の両親は,被告人が色々なゴルフ場でプレイをしたり,女子を含むジュニア指導をしていることを知るに及び,被告人が上記要求に従っていないと考え,本件告訴を行ったという経緯がある。
 このように,本件告訴は,本件発生から約4年後になされているが,本件発生直後から,被害者は,自分の両親に被告人から性交された事実を打ち明けていること,本件告訴が本件発生から約4年後になされたことにも一応合理的な理由があったと認められることから,本件告訴が本件発生からかなり遅れてなされたこと自体は,被害者供述の信用性を左右するものでない。
 そして,被害者が告訴に及んだ場合には,被害の状況について複数回にわたって供述することが求められ,当然,公開の法廷での供述を行うことも十分に予想できたはずであり,報道等もされ得るということも予想されたはずである。そのような精神的負担に照らすと,相当に古い事件について,あえて告訴に及んで事件が表面化することを選ぶというのは,相当ためらわれるはずである。したがって,少なくとも被害者が本件告訴をした時点で,自分の記憶とは異なる事実を殊更に述べてまで被告人を罪に陥れようとしたとは考えにくい。
 以上のような点に照らすと,少なくとも,捜査段階から変遷のない部分の供述については,概ね被害者の供述を信用することができる。特に,被告人と被害者との関係は,互いに恋愛感情のない約40歳も年の離れたゴルフの師弟関係にすぎなかったのであるから,そのような被告人と被害者がラブホテルで性交すること自体,特別な経緯があったと強く推認されるところ,被害者が供述する,ラブホテルに入った経緯や,ラブホテルの室内でベッドに行くまでの経緯は,被告人の特徴的な発言を含め具体的で迫真的であり,捜査段階から一貫しているから,信用することができる。
 他方,本件発生から被害者が捜査機関の取り調べを受けるまでに約4年が経過していたこと,その後も鹿児島検察審査会による起訴議決を経て本件告訴から約2年後に起訴されるなど特殊な経過をたどっていることから,記憶の変容等により本件発生当時の出来事や心理状態を被害者が供述できていない可能性も十分考えられ,捜査段階と比較して供述が変遷している部分については,なお慎重な判断が必要である。
  (2) 被告人の公判供述の信用性
 被告人は,ラブホテルに入ってから,一緒にポルノ映画を見たとか,ポルノの話をちょっとして,その後,被害者がもういいと言った後,会話もなく被害者との性行為に及んだなどと述べる。しかしながら,当然あってしかるべきポルノ映画を見たときの被害者の反応については,何ら語るところがない。また,その後,会話もないままに性行為に及んだという点も,不自然かつ不合理である。
 以上の点からすると,被告人の本件当日の出来事に関する供述は,信用性が乏しい。
 3 認定できる事実
 概ね信用することのできる被害者の公判供述によれば,以下の事実を認めることができる(なお,捜査段階の供述との食い違いなどで,被害者供述が信用できない部分などについては,各場面で,補足して説明する。)。
  (1) 被告人のゴルフ指導等について
 被害者は,中学3年生から,被告人の経営するゴルフ練習場で,被告人から指導を受けるようになった。被害者は,ゴルフ部の特待生として高校に進学したが,被告人が被害者に対して特に目をかけて指導をしていたことなどから,高校での部活動より被告人からの指導を優先するようになっていった。そして,高校3年生のときには,高校の部活の練習は朝の練習だけになり,放課後には,被告人が高校まで被害者を迎えに来て,被告人のゴルフ練習場で練習をするようになった。このような状況下で,被害者のゴルフの成績は上昇し,特に高校2年生から3年生にかけては,大会で優勝するなど,プロゴルファーを目指すことが現実的な目標になるほどの成績を上げるようになっていた。
 被告人の指導は頭を叩く体罰を伴うものではあったが,その回数は通算で10回ほどに過ぎず,力加減もされていた(この点,被害者は公判廷で思い切り叩かれたと供述するが,捜査段階では,力加減はされていた旨を供述しており,この部分の被害者の公判供述は信用することができず,被告人の有利に,力加減がされた体罰を加えていたと認定した。)。
 また,被告人は,ゴルフの指導と関連して,被害者の前髪が伸びていてゴルフに支障があるとして被害者の前髪を切ったことが何度かあった。その他,被告人は,被害者がピアスをつけているのを見たり,被害者が男性と交際していることを知ったりした際には,ゴルフに集中するよう被害者を怒ることがあった。
  (2) 本件発生当日の状況について
   ア ラブホテルに行くまでの経緯
 平成18年12月9日昼,被害者が自宅にいるところに,被告人から電話がかかってきて,被告人が車に乗って被害者を迎えに来て,2人で被告人のゴルフ練習場に行くことになった。
 被告人の自動車で被害者方から出発した後,被告人は被害者に対して,ドライブに行こうかなどと告げた。さらに,その車中で,被告人は,Dのポルノを見たことがあるかなどと話したが,被害者はないと答えたのみで,特段の受け答えはしなかった。
   イ 本件発生までの状況
 (ア) 被告人は,ラブホテルの駐車場に車を止め,車を降り,それに続いて,被害者も車を降りた。そして,被告人は,被害者を連れてラブホテルに入った。ラブホテルに入る前後に,被告人は被害者に対して,「こういう所,来たことあるか」,「度胸がないから,こういう所に来てみた」などと述べた。
 被告人と被害者は,ラブホテルの一室に入ると,ソファに並んで座り,30分程度ゴルフの話題について会話をした。その会話の中で,被告人は被害者に対し,いつもメンタル面が弱いなどと話した。また,被告人は「こういう所で性行為の体験をしたことはないんじゃないか」などとも言った。
 (イ) なお,被害者は,捜査段階では,ラブホテルの存在を知っていたと供述しており,どこに連れて来られたかも分からなかったという被害者の公判供述は信用できず,被害者は,本件現場のラブホテルに入る前後から,その建物がラブホテルであることは分かっていたと認められる。
  ウ 本件の事実経過
 (ア) 被告人と被害者が会話をしていると,被告人は被害者に対し,「お前はメンタルが弱いから,俺とエッチをしたらお前のゴルフは変わる」と言い,被告人の主導で,被告人と被害者はベッドに行き,被告人が被害者の上に乗った。その後,被告人が被害者に対してキスをしてこようとしたため,被害者は顔を横に背け,口をつぐむなどした。しかし,被告人は被害者の顔を強引に元に戻し,キスをした。さらに,被告人は被害者の胸を触るなどした上で,被害者の着衣を脱がせ,被害者の性器を触るとともに,自分の性器を被害者に触らせるなどした。そして,被告人は被害者と性交した。
 (イ) なお,この間の経過について,被害者は,公判では,被告人が「お前はメンタルが弱いから,俺とエッチをしたらお前のゴルフは変わる」と言った際,身をのけぞらした,着衣を脱がされる際,脚を閉じて脱がされないようにしたと述べる。しかし,他方で,捜査段階の調書ではそのような供述が見当たらない。
 この点につき,検察官の職務を行う指定弁護士は,刑訴法328条により採用された被害者の捜査段階の供述調書は,取調べに問題があって被害者の真意をきちんとくみ取って記載されておらず,被害者供述を弾劾する証拠としての適格を有しない旨主張し,証人Cも同旨の供述をする。
 しかし,実際に,被害者に対する取調べにおいて,検察官の職務を行う指定弁護士が主張するような取調べがなされたことに疑いがないとまで断言することはできず,時間の経過による記憶の変容等により供述が変遷してしまっている可能性も排斥できない。結局,被害者の捜査段階の供述調書と被害者の公判供述とで相互に矛盾した供述がなされている場合,その変遷について合理的理由が認められない限り,公判供述の方がより信用できるとは断言できない。
 そして,性交と密接に関連する場面で,被害者が被告人に対しとった対応は,被害者の意思や精神状態の表れ,あるいは被告人の主観を推し量る上で,重要な供述であり,当然,取調官としては,その点に重点をおいて詳細な供述を得るよう努めるし,そのような供述がなされれば,当然,調書化すると考えられる。そうすると,身をのけぞらした,脚を閉じて脱がされないようにしたとの供述は,公判段階になって初めてなされたものといえ,捜査段階からの唐突な変遷を合理的に説明する理由も見当たらないから,この部分を信用して事実を認定することはできないと判断した。
 4 被害者が抗拒不能状態であったか
  (1) 行為者が自らの優越的な地位を利用し,自分よりも劣位の立場にある相手方と性交に及んだ場合,相手方が性交を拒否しなかった原因は様々考えられるところ,その多くは相手方にとって真意に基づく承諾を伴わない性交であるから,その意味において相手方の性的自由は侵害されたといい得るし,そのことが原因で事後的に精神的不調を来すことがあることも十分予想されるところである。
 しかし,刑法は,真意に基づく承諾を伴わない性交の全てを準強姦罪で処罰しようとはしておらず,相手方の性的自由に対する侵害の程度が強姦罪と同程度に高いといえる心神喪失又は抗拒不能によって,相手方が性交を拒否しなかった場合に限って,準強姦罪の成立を認めている。そのような趣旨からすると,準強姦罪にいう抗拒不能とは,行為者と相手方との関係や性交時に相手方が置かれた状況等を総合し,相手方において,高度の恐怖,驚愕,衝撃等の精神的混乱により,性的意思決定,あるいは,それを表明する精神的余裕が奪われ,性交を拒否することが不可能又は著しく困難な精神状態に陥っていることを意味すると解するのが相当である。したがって,相手方の精神状態がそこまで至っていることに合理的な疑いが残る場合には,たとえ,その性交が相手方の真意に基づく承諾を伴わないものであったとしても,準強姦罪の成立を認めることはできないこととなる。
  (2) 被告人と被害者の関係について
 本件発生までの被告人と被害者の関係は,ゴルフの指導者とその生徒という関係であったところ,被告人の指導は体罰を含むものであるが,その内容は,プロを目指す生徒に対する熱心な指導として,その是非はともかく,社会的にまま見受けられる程度のものである。また,被害者の私生活にも干渉をするところがあったとはいえるけれども,要するに,一心にゴルフに打ち込めというものであって,ゴルフ指導の一環として十分理解できる範囲のものである。被告人が,ゴルフとは無関係な理不尽な理由で,被害者を自分の意に沿わせようとしたとは認められない。そして,何より被害者自身,当時は,被告人の指導を厳しいと思いながらも,それに従うことにより,ゴルフの成績がプロを目指せるほどに上昇し,プロゴルファーになるという夢を叶えられるかもしれないと考えていたのであり,被告人に対して恩を感じ,指導者として信頼していた。
 このように,被告人は被害者に対しゴルフに関する厳しい指導をしていたが,他方で,被害者も,プロゴルファーになるという夢を抱き,そのために自らの意思で積極的に被告人の指導を受け入れているという関係にあった。他の生徒が被告人の指導から離れていく中で,2人の人間関係は濃いものになっていたが,それはあくまでゴルフを媒介にしたものであり,被害者が自分の夢を実現するために,自ら,被告人の指導を選択しているという関係であった。しかも,被害者は,被告人を介さずに,オーストラリアへのゴルフ留学を自分の意思で検討していたのであり,プロゴルファーになるための道筋を自分で考え,選択しようとしていた。また,被害者にとって,ゴルフ指導を通じた被告人との関係は,重要な地位を占めていたといえるものの,他方で,被害者は,高校生として,学校生活や家庭生活といった日常生活を問題なく送っていた。
 そうすると,被告人が厳しいゴルフ指導を通じて被害者より優越的地位にあり,被害者の生来の大人しい性格から,被告人に対する自己主張が難しいところはあったにせよ,被告人と被害者の日頃の関係が,虐待やドメスティック・バイオレンスのように強者が弱者の人格部分をも支配し,弱者が強者に服従・盲従するといった強い支配従属関係であったとは到底認めがたい。
  (3) 本件発生時の心理状態について
   ア 被害者は,公判で,被告人が「エッチをしたらお前のゴルフは変わる」と言ってきた際には,「どうしよう,どうしよう」とパニックになり,被告人とベッドに行った際には,混乱もあり,さらに,殴られたり怒られたりするというのが分かっていたので拒絶の態度がとれなかった,被告人が上に乗ってきたときには,「どうしよう,どうしよう」ということが頭にあり,逃げたいけど逃げる場所も思いつかない,逃げても怒鳴られたり,後から悪口を言われるかもしれない,もしかしたら殴られるかもしれないとか悪いことばっかりが頭の中をよぎり,金縛りみたいに体は動かないが,頭の中では,パニックみたいな状態みたいになっていたと述べる。また,被告人が乗りかかってきてからは,抵抗しても戻され,抵抗してもそのまま脱がされたりとかしてたので,もうこのまま逃げても逃げることもできないと思って,逆に怒鳴られたり怒られたりするんだと,怖いことばかりよぎってたので,もうこのままでいることが自分の体を守る唯一の方法だと思って,そこからは,もう,白い天井を眺めながら,自分の体じゃないような感じで,何か感覚も麻痺してきて,早く終わって欲しい,早く終わって欲しいって,ずっと願い続け,何か涙が出てきた,性交が終わったときには自分が自分じゃないみたいな,魂が殺されたような感覚に陥ったと供述する。
 このように,被害者は,公判において,性交を拒否できなかった理由として,①信頼していた被告人から突然性交を持ちかけられたことによる精神的混乱,②抵抗すれば被告人から暴力を振るわれたり怒鳴られたりするかもしれないという恐怖をあげ,被告人から性交されそうになった際の心理等として,感覚が麻痺した状態になったことなどを供述している。なお,証人Cは,被害者から聞き取った同旨の供述を前提に,被害者は,当時,感覚の麻痺や感情が切り離される解離状態を示していたと証言する。
 しかしながら,被害者は,捜査段階において,①信頼していた被告人の突然の行動にパニックになった,②拒絶すれば,被告人との関係が悪くなってゴルフを教えてもらえなかったり,後から悪口を言いふらされるのではないかと考えた,③自分が少し我慢すれば済むと思ってしまうような気の弱い性格,④性的行為自体が恥ずかしいという気持ちが入り交じって,どうしようどうしようと戸惑っているうちに,被告人が服を脱がせ,胸や性器を触ってきたりしたので拒絶することができず,被告人の行為が進むに連れて,途中からは,自分が我慢したらいい,言えない自分が悪いからしょうがないという諦めの気持ちになったと述べる一方,暴力を振るわれるかもしれないというのは拒絶できなかった大きな理由ではなかったと述べている(平成24年6月20日付け検察官調書)。また,被害者は,捜査段階において,被告人から性交されそうになって,目をつぶって心の中で早く終わって欲しいとか,自分の身に起きていることが夢であって欲しいと思っていた旨述べる一方,その際,自分の体ではないような感覚の麻痺が生じたことについては述べていない(平成22年7月4日付け警察官調書)。
   イ まず,被害者が被告人との性交を拒否しなかった原因に,信頼していた被告人から突然性交を持ちかけられたことによる精神的混乱があったことについては,捜査段階でも述べられている。そして,被告人と被害者がゴルフを媒介とした信頼を伴う濃い人間関係を持っていたところ,被告人は突然,その信頼を裏切るような行動にでたのであるから,被害者がそのような行動に直ちに対応できるだけの気持ちの切り替えが困難であったのは当然である。
 したがって,被害者が被告人との性交を拒否しなかった原因に,そのような精神的混乱があったことは認められる。
   ウ 他方,被告人との性交を拒否できなかった理由として暴力が振るわれるかもしれないと思ったという公判供述は,捜査段階の供述と明らかに食い違っている。
 そして,本件までの約4年間で被告人が被害者に対し10回程度体罰を加えた事実はあるものの,それはあくまでゴルフ指導に付随してであって,理不尽に暴力がふるわれるような関係ではなかったこと,本件の際も被告人が被害者と性交に及ぶため暴力的な言動をとった事実はほとんど認められないことも考慮すると,被害者の公判供述は,時間の経過による記憶の変容等により本件当時の心理状態を被害者が供述できていない疑いが残る。
 したがって,被告人との性交を拒否できなかった理由として,被告人に対する恐怖の感情があったとの被害者の公判供述は信用できない。
  エ また,被害者の被告人から性交されそうになった際の心理等として供述する内容も,公判供述と捜査段階の供述とでは明かな変遷が認められる。
 確かに,当時の被害者が置かれた状況からして,性交されそうになった際の心理状態を言語化することは困難を伴うものであるとはいえても,その際,ずっと目をつぶっていたか,目を開けて天井を眺めていたかという身体の動きについては,容易に言語化することができるはずである。そして,まさに被告人から性交されそうになったときに自分がどのような態度をとったかについては,印象に残る事柄といえるから,その変遷について合理的な理由がない以上,目を開けて天井を眺めていたとする被害者の公判供述を信用することはできない。そして,被害者の公判供述において,目を開けて天井を眺めていたという自己の態度は,自分の体じゃないような感じで,何か感覚も麻痺してきたという自己の心理の表れとして,密接不可分に語られている供述であるから,前者が信用できない以上,後者の感覚麻痺に関する供述も信用することができない。
 したがって,被害者に,感覚の麻痺や感情が切り離されるといった解離状態が生じていたことを基礎付ける事実は何ら認定できない。
  (4) 判断
 以上からすると,被害者が被告人との性交を拒否しなかった原因に,信頼していた被告人から突然性交を持ちかけられたことによる精神的混乱のあったことが認められる。そして,そのような精神的混乱が,被害者が被告人との性交を拒否しなかった唯一の原因なのであれば,その精神的混乱の程度は,被告人との性交を拒否する精神的余裕が奪われるほどに著しかったといえるであろう。
 しかし,結論としては,被害者がそのような心理状態であった可能性は否定できないが,それは可能性にとどまるというべきである。
 すなわち,被害者は,被告人からゴルフ指導の一環であるかのように装われて,ラブホテルの一室に入っているが,その際の被告人の発言によってもラブホテルに入ることとゴルフとの関係を理解できていなかった。被害者とすれば,被告人のことを信頼しつつも,反面,男女が性行為をするラブホテルに連れてこられ,被告人から何をされるんだろうかという疑いも抱くという,半信半疑の状態であったのであり,そのような状態が30分ほど続いた後に,被告人から性交を持ちかけられている。そうすると,被告人から性交を持ちかけられたことは,被害者としても,そのときまで全く予期できなかった出来事ではなく,ラブホテルに向かったときから漠然とした不安という程度には予期できた出来事であった。したがって,そのような被害者が,被告人から性交を持ちかけられたことをきっかけとして著しく驚愕し,思考停止に陥るほどの精神的混乱状態を来したというのは,被害者が当時18歳になったばかりの未成年者であることを考慮しても,いささか不自然である。
 そして,被害者は,捜査段階で,被告人との性交を拒否しなかった理由として,上記精神的混乱のほかに,被告人との関係悪化や後日の不利益を気にしたり,気の弱い性格から自分が我慢すればいいと思ってしまったことなどを述べている。また,被告人と被害者の関係が前記のように,ゴルフ指導を通じたものであり,被害者も被告人に盲従することなく,自ら被告人の指導を選択していたことも先に述べたとおりである。
 以上のことからすると,これまでの被告人との人間関係を壊さないようにすることを考えるなどして,自分から主体的な行動を起こさなかった可能性,すなわち,被告人との性交を拒否することが著しく困難な精神状態には陥っていなかったが,そのまま流れに任せるに留まった可能性を排斥することはできない。
 なお,被害者と被告人の関係が前記のとおり,虐待等とはほど遠い関係であったことに照らすと,人間関係を壊さないようにと考えたことをもって,被告人との性交を拒否することが著しく困難な精神状態に陥っていたと評価することはできない。また,上記のように主体的な行動を起こさなかったとすれば,そこには,被害者の自己主張するのが苦手な気弱な性格というものが影響しているであろうが,被害者のそのような性格は,通常の性格の範囲内の気の弱さ(断ることが苦手な性格)にとどまり,病的な性格の偏りがあったわけではないから,そのことが影響を及ぼし性交を拒否しなかったとしても,被告人との性交を拒否することが著しく困難な精神状態に陥っていたと断言することはできない。
 以上のとおり,被害者が被告人との性交を拒否しなかった原因としては,信頼していた被告人から突然性交を持ちかけられたことによる精神的混乱により抗拒不能に陥っていた可能性がある一方で,そのような精神的混乱はあったものの,その程度は抗拒不能に陥るほどではなく,自分から主体的な行動を起こさなかった可能性も排斥できない。
  (5) 結論
 したがって,被害者が抗拒不能状態であったことの合理的な疑いを超える証明はできておらず,この点から,被告人には無罪の言渡しをすることになる。
 5 被告人の認識について
 仮に,被害者が抗拒不能状態にあったとしても,被告人がそのことを認識していたのかについては,合理的な疑いが残る。
 すなわち,被害者がした客観的に認識し得る抵抗はキスの際に口をつぐむという程度であり,そのことから,被害者が抗拒不能であることを被告人が認識することは極めて困難であるといわざるを得ない。さらに,被告人と被害者の人間関係は濃いものではあっても,それは虐待とかドメスティック・バイオレンスというものとはほど遠いものであるから,被害者が被告人からのおよそ理不尽な要求に逆らえないほどの人間関係上の問題があったと被告人が認識することも困難である。
 以上の点から,仮に,被害者が抗拒不能状態であったとしても,被告人がそのことを認識したという証明はできておらず,被告人の故意を認めることはできないから,この点からも,被告人には無罪の言渡しをすることになる。
 (裁判長裁判官 安永武央 裁判官 植田類 裁判官 竹中輝順)