児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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準強姦無罪判決(東京地裁h29.7.27)

判例番号】 L07231057
       準強姦(変更後の訴因 準強姦未遂)被告事件
【事件番号】 東京地方裁判所判決/平成28年(合わ)第56号
【判決日付】 平成29年7月27日
【掲載誌】  LLI/DB 判例秘書登載

       主   文

 被告人は無罪。

       理   由

第1 本件公訴事実及び当事者の主張
 1 訴因変更後の本件公訴事実は,「被告人は,平成27年12月27日午前0時37分頃から同日午前0時53分頃までの間,東京都北区(以下略)△△駅東口公衆トイレ内多目的トイレにおいて,■■■(当時38歳。以下「A」という。)が飲酒酩酊のため抗拒不能であるのに乗じ,自己の陰茎を露出させて同人に近づき,パンティを下ろして四つんばいになっていた同人の背後から,その頭部をつかむなどして同人を姦淫しようとしたが,同人に抵抗されたため,その目的を遂げなかった」というものである。
 2 本件は,当初準強姦の訴因で起訴され,後に上記準強姦未遂の事実に訴因変更されているところ,被告人は,当初訴因及び変更後の訴因いずれについても事実を否認し,弁護人は,被告人が前記多目的トイレ(以下,単に「多目的トイレ」という。)に入ったのは,Aを助けるためであり,被告人が多目的トイレにおいて,陰茎を露出したり,性交する目的でAの頭や身体を触った事実はないから,被告人は無罪であると主張している。
第2 当裁判所の判断
 1 前提となる事実
   本件前後に被告人と行動を共にしていた■■■(以下「■■■」という。)が,Aとともに,△△駅付近の公衆トイレまで歩いて向かい,2人で同公衆トイレ内の多目的トイレに入ったこと,■■■がAと性交したこと,被告人は,■■■とAの後に付いていき,その後,同人らのいる多目的トイレに入ったことは,関係証拠から明らかに認められ,当事者間においても争いはない。
 2 本件における証拠の状況
   検察官は,被告人が,■■■とAのいる多目的トイレに入った後に,本件公訴事実記載の行為に及んだ旨を主張するものであるところ,本件においては,被告人が多目的トイレ内で性的行為に及んだことを示す客観的な証拠はなく,公訴事実を推測させる証拠としては,多目的トイレに入ってきた被告人が陰茎を露出させて,Aの頭を手でつかんだ旨の■■■の期日外尋問における供述があるのみである。他方,被告人は,多目的トイレ内で陰茎を露出させたことも,Aの頭をつかんだこともない旨を供述している。したがって,■■■の供述が,被告人の供述を踏まえてもなお十分に信用できる,と判断されない限りは,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになる。
   そこで,以下において■■■および被告人の各供述の信用性について検討する。
 3 ■■■の期日外尋問における供述について
  (1) 供述の概要
    親類宅で同居していた被告人と,同じく同居人の■■■と池袋に遊びに行った帰りの電車の中で,酒に酔った様子のAを見つけ,△△駅で一緒に電車を降りた。私は,Aを助けたいと考え,Aの肩を抱くなどしながら歩いて多目的トイレに行き,Aと2人で多目的トイレに入った。その際に被告人が後を付いてきていることには気付かなかったし,後ろを見たり,被告人に話しかけたりしたこともない。
    多目的トイレ内でAとキスをし,床に横になった私の上に,下半身を露出させたAが,自分に背を向けてまたがるような体勢で性交した。被告人が,多目的トイレの外からドアを叩いて,[中で何をしているのか。」と言ったので,私がドアを開けると,被告人が中に入ってきた。
    被告人は,中に入るとすぐにズボンを少し下ろして陰茎を出した。被告人は,陰茎を出したまましゃがみ,四つんばいになっていたAの頭をつかんだ。また,被告人は,Aの腰の辺りを触ったこともあったが,そのときには,陰茎は出ていなかった。被告人がAの頭と腰の辺りのどちらを先に触ったかは覚えていない。
    被告人がしゃがんでAの頭をつかんだとき,Aが「やめて。」と言ったが,そのとき,私はAのかばんから金を取ろうとしていたので,Aが私と被告人のどちらに対して「やめて。」と言ったのかは分からない。Aのかばんから金を取ることについては,被告人から「やめろ。」などと言われた。
  (2) 信用性の検討
   ア まず,被告人が陰茎を露出させたとする部分についてみると,■■■の供述によれば,被告人は,多目的トイレ内に入るや,■■■と何らの会話を交わすこともなく,ズボンを下ろして陰茎を露出させた,ということになるが,この行動は相当に唐突なものといわざるを得ない。もちろん,この点については,Aを連れ歩く■■■の様子を見て,Aと性交するつもりで多目的トイレ内に連れ込んだのだろうと推測した被告人が,多目的トイレ内において,下半身を露出させた状態で四つんばいになっているAの姿や,着衣を整えている■■■の様子を見て,推測が正しかったと判断し,自分もAと性交しようと考えて陰茎を露出させた,という可能性も考えられる。しかしながら,そうした場合を想定したとしても,■■■に対して状況を何ら確認することなく,いきなり陰茎を露出させるというのは,やはり唐突で不自然な行動といわざるを得ない。
     また,■■■は,被告人が陰茎を露出させた理由について,当初,セックスをしたいと思った(ように見えた)と述べながら,その後,尿意を催したのではないかという趣旨の発言をするなど,同一の尋問期日の中でその内容を変遷させている。
     さらに,■■■は,被告人が陰茎を露出させたのを本当に見た,と供述する一方で,陰茎をいつしまったのか,との質問に対して,自分がそれを見た時である旨を供述したり,陰茎の露出と,Aの頭をつかんだり,腰の辺りを触ったりしたとする被告人の行為との先後関係については全く覚えていない旨を供述するなど,露出の前後に関する供述は極めて不明確である。つまり,被告人による陰茎露出という出来事は,一連の事実の流れの中に位置付けることができないのであって,この意味でも,■■■の前記供述は,極めて唐突なものと評価せざるを得ない。
   イ また,それ以外の部分についてみても,以下に述べるとおり,■■■の供述は,多くの点で信用することができない。
     まず,Aが,■■■とともに多目的トイレに入ると,床に横たわった■■■の上にまたがって■■■と性交した,とする供述は,■■■とAがそれまで面識がなかったことや,事件後に行われたAの飲酒検知の結果などに照らすと,極めて不自然で,到底信用することはできない。
     次に,■■■は,△△駅構内から多目的トイレに至るまでの間において,後ろを振り返って被告人の方を見たり話しかけたりしていないし,被告人が後を付いてきていたことに気付かなかった旨供述しているが,防犯カメラ映像(甲19,20,弁1)には,■■■が何度か後ろを振り返っている様子や,後ろを向いて何かを言い,その直後に右手を頭の上に挙げて動かしている様子が映っており,■■■の前記供述は,これらの映像と明らかに食い違っている。
   ウ ■■■の供述態度についてみても,■■■の証人尋問は,トルコ語の通訳人が同席して行われているところ,■■■は,トルコ語を忘れたなどと述べて,ほとんどの質問にあえて不明瞭な日本語で答えながら,トルコ語で答えようとすることもあるなど,その供述態度は真摯なものとはいい難い。
   エ なお,検察官は,Aを姦淫したことなどについては既に少年院送致の処分を受けていることなどから■■■には虚偽の証言をする理由がない旨を主張するが,■■■はAに対する姦淫について,供述時点においてもなお,同意があった旨を主張していることがうかがわれ,自身の言い分と整合性を取るために,その場に居合わせた被告人の行動についても虚偽の事実を述べるなど,虚偽供述をする動機が■■■にないとはいえない。
   オ 以上の検討に鑑みると,被告人が陰茎を露出させて,Aの頭を手でつかんだとする■■■の供述は,それ自体,相当に怪しく,信用性が低いものと評価せざるを得ない。
 4 被告人の公判供述について
  (1) 供述の概要
    △△駅において,■■■がAと歩いていってしまい,■■■の目つきなどから自分に付いてきてほしくないという意思を感じたことから,■■■がAに何か迷惑な振る舞いをするのではないかと思い2人の後を付いていった。2人が多目的トイレに入った後,ドアには鍵がかけられていたので,ドアを叩いて,お前は何をしているんだと叫んだが,■■■からは問題ないと返事があった。一,二分その場で待っていたが,便意を催して男性用トイレに行き,5分から10分後くらいに戻った。多目的トイレの中から■■■の声が聞こえたのでドアを開けろと大声で言うと,■■■がドアを開けて私を多目的トイレに引きずり込んだ。そうすると,Aがお尻を露出した状態で床に四つんばいになっており,片手で下がった下着を上げようとしてできずにいたので,下着を上げるのを手伝ってあげた。■■■は,Aのかばんに手を突っ込んでいたところ,Aが何か発言すると,■■■は,もう片方の手でAの頭のあたりを押さえる動作をした。私は,■■■に対して,Aのお金に触るなと言ったが,■■■は言うことを全く聞かず,私が■■■に対して手を振り上げた際にAのかばんの中のものが床に飛び散ってしまい,どうしていいか分からなくなって走り去った。
  (2) 信用性の検討
   ア 被告人の供述内容をみると,多目的トイレ内での■■■及びAの様子や,同所での■■■とのやりとりなどについて具体的に供述しており,特に不自然な点はない。また,それまでの■■■の振る舞いから,■■■のAに対する行動を心配して付いていったこと,自力では着衣の乱れを直せない様子のAを手伝ったこと,どうしていいか分からなくなりAを置いて■■■と現場から立ち去ったことなど,被告人が述べる経緯は特に不自然ということはできないし,むしろ,Aとともに公衆トイレに向かう■■■が被告人の方を向いて何らかの身振りをしていることや,Aが相当程度酔っていたことなどの事実と整合するものといえる。さらに,被告人の公判供述には,大筋において逮捕当初の供述との一貫性も認められる(乙4)。
   イ 検察官は,被告人が,警察官調書(乙4)において,①■■■がAと多目的トイレに入ったのを見て,■■■とAがトイレでセックスをするだろうと思ったと述べていることや,②Aの下着を上げるのを手伝ったことについて言及していないことなどを挙げ,被告人の供述は大きく変遷していると主張する。
     しかし,①について,被告人は,取調べにおいて警察官から,■■■がトイレの中でセックスをしようと思ってその中に入ったと思ったかなどと聞かれ,もしかするとそういうこともあるかもしれないという趣旨の供述をしたとも述べており,その結果,上記警察官調書の記載がされた可能性も考えられることからすれば,その供述に変遷があるとは断定できない。また,②については,上記警察官調書は,逮捕当日に作成され,その内容は必ずしも詳細にわたるわけではないことがうかがえるところ,Aの下着を上げるのを手伝った旨の供述が録取されていなかったとしてもそのことが不自然であったり不合理であるなどということはできないから,この点をもって供述の変遷と評価することはできない。その他の検察官が指摘する点についても,いずれも被告人の供述に変遷があるとは認められない。
   ウ 検察官は,被告人の供述によれば,被告人がトイレの東側壁面に近付いた様子は見受けられず,同壁面の掌紋付着状況と矛盾する旨の主張をする。この点について,被告人は,被告人の掌紋が付着している壁の付近に行った記憶はないと述べているものの,Aの様子を見るために,多目的トイレ内のほぼ中央で頭を南東に向けて四つんばいになっていたAの左側を通ってAの頭の方へ移動したことがあり,そのときに壁に手を当てて自分の体を支えたかもしれないとも述べていることからすれば,被告人の供述が掌紋の付着状況と矛盾するとはいえない。
   エ 以上によれば,被告人の供述には,特にその信用性を疑わせる要素を見出すことはできないというべきである。
 5 なお,Aの臀部の付着物から,一部を除いて被告人のDNA型と型が一致するDNA型が検出されているところ(甲28,37),被告人の供述によれば,Aが下着を引き上げようとしているのを手伝ったというのであり,その際に被告人に由来する何らかの体液がAの臀部に付着した可能性も否定できないことからすれば,この点は被告人による公訴事実記載の犯行を裏付けるものではない。
 6 小括
   以上からすれば,■■■の供述には,被告人の供述を排斥するほどの信用性を認めることができず,その他の証拠によっても被告人が公訴事実記載の行為に及んだことを認めるに足りない。
第3 結論
   よって,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
(求刑 懲役3年)
  平成29年7月27日
    東京地方裁判所刑事第17部
        裁判長裁判官  石井俊和
           裁判官  福嶋一訓
           裁判官  椎名まり絵