児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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原告は,被告法人の運営するグループホームに入所していたところ,被告法人の職員であった被告Y10と約1年4か月にわたり性的関係を継続した結果,妊娠して中絶するに至った(以下では,原告と被告Y10との間で継続された性的関係について「本件性的関係」という。)。本件は,原告が,本件性的関係により妊娠,中絶に至ったことが障害者虐待の防止,障害者の養護者に対する支援等に関する法律に規定された性的虐待に当たるとして,①被告Y10,被告法人の理事ら及び監事らに対しては不法行為等に基づき,②被告法人に対しては不法行為(使用

原告は,被告法人の運営するグループホームに入所していたところ,被告法人の職員であった被告Y10と約1年4か月にわたり性的関係を継続した結果,妊娠して中絶するに至った(以下では,原告と被告Y10との間で継続された性的関係について「本件性的関係」という。)。本件は,原告が,本件性的関係により妊娠,中絶に至ったことが障害者虐待の防止,障害者の養護者に対する支援等に関する法律に規定された性的虐待に当たるとして,①被告Y10,被告法人の理事ら及び監事らに対しては不法行為等に基づき,②被告法人に対しては不法行為使用者責任を含む。)及び債務不履行に基づき,③被告県及び被告市に対しては国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条等に基づき,慰謝料,逸失利益及び弁護士費用等合計1190万4792円等の支払を求め、被告Y10及び被告法人については,330万円を認容した事案(長野地裁松本支部H30.5.23)

「障害者福祉施設従事者等による障害者虐待」


裁判年月日 平成30年 5月23日 裁判所名 長野地裁松本支部 裁判区分 判決
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2018WLJPCA05236005


長野県塩尻市〈以下省略〉 
原告 
X 
同訴訟代理人弁護士 
上條剛 
同 
出井博文 
同 
西尾智美 
長野県下伊那郡〈以下省略〉 
  
被告 
社会福祉法人Y1会(以下「被告法人」という。) 
同代表者理事 
Y2 
長野県下伊那郡〈以下省略〉 
  
被告 
Y2(以下「被告Y2」という。) 
長野県下伊那郡〈以下省略〉 
  
被告 
Y3(以下「被告Y3」という。) 
長野県下伊那郡〈以下省略〉 
  
被告 
Y4(以下「被告Y4」という。) 
長野県下伊那郡〈以下省略〉 
  
被告 
Y5(以下「被告Y5」という。) 
長野県下伊那郡〈以下省略〉 
  
被告 
Y6(以下「被告Y6」という。) 
長野県下伊那郡〈以下省略〉 
  
被告 
Y7(以下「被告Y7」という。) 
長野県下伊那郡〈以下省略〉 
  
被告 
Y8(以下「被告Y8」という。) 
長野県飯田市〈以下省略〉 
  
被告 
Y9(以下「被告Y9」という。) 
長野県伊那市〈以下省略〉 
  
被告 
Y10(以下「被告Y10」という。) 
上記10名訴訟代理人弁護士 
長谷川敬子 
長野県塩尻市〈以下省略〉 
  
被告 
塩尻市(以下「被告市」という。) 
同代表者市長 
A 
同訴訟代理人弁護士 
山根伸右 
同 
石曽根清晃 
長野市〈以下省略〉 
  
被告 
長野県(以下「被告県」という。) 
同代表者知事 
B 
同訴訟代理人弁護士 
髙橋聖明 
同訴訟復代理人弁護士 
樋川和広 
 

主文

 1 被告Y10及び被告法人は,原告に対し,連帯して330万円及びこれに対する平成28年1月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告の被告Y10及び被告法人に対するその余の請求,並びに被告Y2,被告Y3,被告Y4,被告Y5,被告Y6,被告Y7,被告Y8,被告Y9,被告市及び被告県に対する請求を,いずれも棄却する。
 3 訴訟費用の負担は次のとおりとする。
  (1) 被告Y2,被告Y3,被告Y4,被告Y5,被告Y6,被告Y7,被告Y8,被告Y9,被告市及び被告県に生じた訴訟費用は原告がこれを負担する。
  (2) 原告に生じた訴訟費用はこれを8分し,その1を被告Y10,その1を被告法人,その余を原告の負担とする。
  (3) 被告Y10に生じた訴訟費用は,これを10分し,その3を被告Y10の,その余を原告の負担とする。
  (4) 被告法人に生じた訴訟費用は,これを10分し,その3を被告法人の,その余を原告の負担とする。
 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
 
 
事実及び理由

第1 請求
 被告らは,原告に対し,連帯して,1190万4792円並びに被告法人,被告Y2,被告Y3,被告Y4,被告Y5,被告Y6,被告Y10及び被告市は平成28年1月31日から,被告県は平成28年2月2日から,被告Y9,被告Y7及び被告Y8は平成28年2月11日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 1 事案の概要
 原告(療育手帳の障害程度区分B2)は,被告法人の運営するグループホーム(以下「GH」という。)に入所していたところ,被告法人の職員であった被告Y10と約1年4か月にわたり性的関係を継続した結果,妊娠して中絶するに至った(以下では,原告と被告Y10との間で継続された性的関係について「本件性的関係」という。)。
 本件は,原告が,本件性的関係により妊娠,中絶に至ったことが障害者虐待の防止,障害者の養護者に対する支援等に関する法律(以下「法」又は「障害者虐待防止法」という。)に規定された性的虐待に当たるとして,①被告Y10,被告法人の理事ら及び監事らに対しては不法行為等に基づき,②被告法人に対しては不法行為使用者責任を含む。)及び債務不履行に基づき,③被告県及び被告市に対しては国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条等に基づき,慰謝料,逸失利益及び弁護士費用等合計1190万4792円並びにこれに対する本訴状送達日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 なお,被告法人,被告Y2,被告Y3,被告Y4,被告Y5,被告Y6,被告Y9,被告Y7,被告Y8及び被告Y10をまとめて「被告法人ら」,被告Y3,被告Y4,被告Y5及び被告Y7をまとめて「被告理事ら」,被告Y9及び被告Y8を「被告監事ら」という。
 2 前提事実等(当事者間に争いがないか,証拠(末尾掲記)及び弁論の全趣旨により,容易に認めることができる事実)
  (1)ア 原告(平成5年○月○日生)は,IQ65,療養手帳の障害程度区分B2(軽度)の知的障害を持つ女性である。(甲12ないし14)
   イ 被告Y10は,平成23年4月頃に被告法人に雇用され,被告法人が運営するGHにおいて世話人として稼働していたものであり,平成27年3月10日付けで自主退職した。(乙C2,被告Y10本人)
   ウ 被告法人は,障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(以下「障害者支援法」という。)に規定する障害者福祉サービス事業(同法5条11項),相談支援事業(同条18項)等を行うことを目的として設立された社会福祉法人であり,多機能型事業所a施設第Ⅰ及びⅡ,共同生活援助事業所b施設第Ⅰ及びⅡ等を運営している。
   エ 被告Y2は,被告法人の理事長であり,a施設第Ⅰ及び第Ⅱの施設長並びにb施設第Ⅰ及びⅡの責任者でもある。(甲2)
   オ 被告Y3は,本件性的関係が持たれていた当時,被告法人の理事兼理事長職務代理であったものであり,c施設の施設長である。
   カ 被告Y5,被告Y6,被告Y7及び被告Y4は,本件性的関係が持たれていた当時,被告法人の理事であったものである。
   キ 被告Y9及び被告Y8は,本件性的関係が持たれていた当時,被告法人の監事であったものである。
   ク 被告市は,後記(6)の法16条1項に基づく虐待通報(以下「法16条通報」という。)がされた平成27年3月当時,原告に対し障害福祉サービスや計画相談等の支援決定をしていたものである。
  (2)ア 原告は,平成24年3月にd養護学校高等部を卒業し,被告法人との間で多機能型施設(就労移行支援及び就労継続支援B型)及び共同生活援助を内容とする居住型共同生活援助事業契約を締結した(以下「本件契約」という。)。原告は,本件契約に基づき,同年4月1日,b施設Ⅰの第4GHに入所した。(甲1,2)
   イ 本件契約の概要は,原告が日中はa施設Ⅰにおいて活動支援(野菜集荷やスイーツ作り等)のサービスを受けるとともに,それ以外の時間はb施設ⅠのGHにおいて入居サービスを受けるというものである(甲2。以下では前記各施設を合わせて「本件施設」といい,b施設ⅠのGHは番号のみで表記する。)。事業者は,サービスの提供に当たって,入所者の生命,身体,財産の安全・確保に配慮するものとされている(本件契約書9条)。(甲1,2)
   ウ 原告は,本件契約締結の際,被告法人から寄付金120万円の納付を求められ,平成27年3月に本件施設を退所するまでに合計90万円を支払った。(争いなし)
  (3) 原告は平成25年3月末頃に第5GHに移動し,その頃被告Y10も第5GHの世話人となった。被告Y10には平日の週4日宿直があり,土曜日も宿直に入ることがあった。
  (4)ア 被告Y10は,同年10月某日の宿直中,原告が生活する個室内で原告と避妊をせずに性行為を行った。この時以降,被告Y10は,概ね週4日ある宿直日には,午後11時頃から翌朝6時頃まで原告の個室内で過ごし,その間に性行為を行うようになった。(甲27,被告Y10本人)
   イ 被告Y10は,平成26年4月に第4GHに異動したが,週4日ある宿直の日には窓から原告の個室に入り,それまでと同様に性行為を行っていた。(甲27,乙B1〔25,26頁〕,被告Y10本人)
   ウ 原告が実家に帰省した際には,被告Y10と原告は一緒に出掛け,ホテルで性行為を行うこともあった。(乙A1の129ないし139,214ないし218,233,被告Y10本人)
  (5) 原告は,平成27年2月末頃,妊娠していることが判明した。被告Y10は原告に対し子供は育てられない旨伝え,原告は同年3月18日に中絶手術を受けた。(甲28,乙B1,被告Y10本人)
  (6) 原告母は,同年3月5日,本件施設が所在する伊那市を通じて被告市に対し,被告法人の職員である被告Y10によって入所者である原告が妊娠させられたことや,原告の計画相談や申請等は被告法人が行っていたためどうなっているか分からないこと等を相談した(法16条通報)。
 被告市においては,コアメンバー会議(福祉課長,障がい福祉係長,障がい福祉係員を構成員とする会議)が開催され,同月6日には被告Y10が原告と性的関係を持ったことは法2条7項2号の「福祉施設従事者等による性的虐待」には当たらないと判断され,その旨が原告母に伝えられた。(乙B1,7)
 その後,被告市の担当者は,被告県の助言を受け,原告本人からの事実確認,被告施設の事業所訪問及び被告Y2ほか2名の職員からの事実確認を実施するとともに,被告Y10と面談等による事実確認を行い,同年6月4日,被告県に対し,法17条に基づく報告(以下「法17条報告」という。)を行った。(乙C1)
  (7) 被告県の担当者は,同年8月27日に被告法人の事実所を訪問し,被告Y2以外の職員からの事実確認を行うとともに,同年11月2日には被告Y10と面談して事実確認を行った。原告本人から直接に事実確認することは試みられたが,代理人弁護士との調整がつかなかった。被告県は,被告Y10が原告と性的関係を持ったことが性的虐待に当たるか否かの判断を留保したまま,平成28年2月3日,被告法人に対し,①職員が夜間勤務時間内にGH入所者の居室において入所者と性行為を行うという不適正な行為があったこと,及び②①について管理者が把握しておらず,また防止するための適切な措置が講じられていなかったことにつき,改善計画の策定及び提出を求める行政指導を行った。(乙C4)
  (8) 被告市は,平成28年1月16日,指定特定相談支援事務所すみれの丘の計画相談支援専門員作成のサービス等利用契約のとおり,就労継続支援A型及び計画相談支援の支給決定を行った。
 3 争点及びこれに関する当事者の主張
  (1) 被告Y10の不法行為責任の有無
 本件性的関係により原告が妊娠,中絶に至ったことが不法行為に当たるがか争点である。
 (原告の主張)
   ア 原告は,10歳6か月程度の知的能力水準しかなく,抽象的思考や合理的判断に乏しく,流され易く,自己判断に乏しく他者に頼ってしまうといった障害特性を有していた。被告Y10は,そのような原告に対し,自分の勤務時間内に職場であるGH内の原告の個室において,ある日の深夜に突然,身体的な接触行為を行い,その2日後には性的関係を結び,その後約1年4か月に渡り婚姻の意思もないのに避妊をすることなく週4回程度のペースで頻繁に性行為を行った結果,原告を妊娠させ,中絶させた。
   イ 被告Y10の前記一連の行為は,原告の性的自己決定権を侵害するものであり,「障害者福祉施設従事者等(法2条4項,以下「施設従事者」という。)による性的虐待」(法2条7項2号,以下「性的虐待」という。)に当たり,障害者虐待防止法,障害者基本法,障害者支援法等の関係法令に基づき,当該サービスの提供を受ける障害者に対して負う安全配慮義務及び安全確保義務に違反する。
   ウ 被告らは,原告と被告Y10は自由意思に基づく恋愛関係にあったから不法行為は成立しない等と主張するが,極めて例外的な場合を除き,障害者福祉施設従事者等とその利用者である障害者との間に恋愛関係は成立しない。被告らが主張する程度の事実は不法行為の成立を否定する理由にはならない。
 (被告法人らの主張)
   ア 障害者の有する障害の内容及び程度は様々であるところ,法2条7項2号に規定する性的虐待とは,支援を受けるべき障害者に対し,支援擁護すべき立場にある者がその立場を利用し,判断能力に乏しい障害者を欺罔し,あるいは抑圧などして行う性的関係であり,すなわち障害者の尊厳を害する行為を禁止するものである。
 原告と被告Y10との間には愛情に基づく恋愛関係が存在しており,そのような関係の中で性行為が行われたものであるから,例え原告が妊娠し,中絶に至ったとしても,性的虐待には当たらない。
   イ 原告の障害の程度は軽微であり,自力でJR飯田線及び中央線を利用して帰省や通勤を行い,スマートフォンの使用に習熟し,他者と必要な連絡を取ることができ,日常の意思疎通にも問題がない。本件施設の作業においては,職員がいなくとも他の利用者に指示を出し,自らがリーダーとなって各種料理を調理する能力を有している。男性入所者Cと交際中に別の男性入所者からの告白を断る等,交際相手を自分の意思で選択する能力を有していた。また,e養護学校在学中に性に関する出前講座を受けた際には,義父から受けた性的虐待を講師に相談することができたし,GH入所後に出会い系サイトを利用して性的関係を持った男性から性病を移されたことを被告法人の職人に相談することもできたことからして,原告にはトラブルがあれば他者に相談して解決する能力が備わっている。
 (被告市の主張)
 前記(被告法人らの主張)アのとおり。
 原告にはB2の知的障害があり,抽象的思考や合理的判断に乏しいところがあるものの,障害の程度は軽微であり,好悪の感情に基づき自己決定をすることはできる。
 また,原告は悩みを抱えると被告法人の職員や姉に相談していたのであり,他者に相談して問題を解決する能力を有していたが,被告Y10との交際は悩みとして相談していない。
 (被告県の主張)
 否認ないし争う。
  (2) 被告法人の使用者責任不法行為責任及び債務不履行責任の有無
 (原告の主張)
   ア 使用者責任
 被告Y10は被告法人の被用者であり,被告Y10の前記(1)(原告の主張)の不法行為は職務の執行について行われたものであるから,被告法人は使用者責任を負う。
   イ 被告法人の安全配慮義務違反等(不法行為責任及び債務不履行責任)
 (ア) 障害者虐待防止法は,障害者福祉施設の設置者等に対し,障害者福祉施設従事者等に対する研修の実施その他障害福祉施設従事者等による障害者虐待を防止するための措置を講ずべき義務を定めている(同法15条)。また,被告法人は,本件契約書9条1項に基づき,原告の生命,身体,財産の安全・確保に配慮すべき義務を負っていた。具体的な注意義務違反及び安全配慮義務違反の内容は後記(イ)ないし(カ)のとおりである。
 (イ) 被告法人は,女性利用者が入所しているGHの利用者の世話人を女性に限定することができたのに,漫然と男性である被告Y10を原告が入所するGHの世話人に配置した。
 (ウ) 被告法人は,女性利用者の入所するGHに男性の世話人を配置する場合には,その適性を調査,審査したり,宿泊勤務の基準やガイドラインを制定したり,世話人が施設利用者との個人的な交際を禁じたり,世話人と利用者の連絡先の交換や世話人が利用者の個室に立ち入ることについて規則を定めたり,朝礼等で指示を出したり注意喚起をしたりすべきであったのに,これらの措置を何ら講じることなく,職員個人の判断に委ねていた。
 (エ) 被告法人は,職員の勤務状況や職場での行動をチェックする体制を構築せず,世話人による宿泊勤務が適切に行われているかを把握するための措置をとらなかった。
 (オ) 被告県は,平成24年度から毎年障害者虐待防止・権利擁護研修を実施するとともに,障害者虐待防止センターの職員の出前講座を実施し,さらに厚生労働省が実施した研修会の資料を紹介しているところ,被告法人では,平成26年度の被告県主催の障害者虐待防止の研修会に職員を参加させたことがあるだけで,積極的に障害者虐待防止の研修会への参加や外部講師による研修会の実施をすることはなく,障害者虐待防止マニュアルやチェックリストを活用することもなかった。被告県が公開している研修資料を理解していれば,被告Y10の行為が性的虐待に当たることは明白である。
 加えて,女性利用者に適切な福祉サービスを提供するとともにその性的自己決定権や性的安全を守るために,職員と利用者の適切な人間関係の形成に関する研修,知的障害の特性についての研修,妊娠・中絶についての研修,性行為による感染症リスクについての研修,これらを踏まえて利用者が性的自己決定に関し適正な判断ができるようにするためにはどのような点に注意を払わなければならないか等の研修を実施するとともに,身体が成熟している女子障害者の特質を職員に理解させる必要があったのに,これらの職員研修を実施しなかった。
 (カ) 被告法人は,職場の掲示板や回覧板,朝礼,職員会議,ケース会議等において,職員に対し,性的虐待をしてはならないことを周知し,遵守させるような措置をとらなければならなかったのにこれを怠った。
 (被告法人の主張)
   ア 前記(1)(被告法人らの主張)のとおり,本件性的関係は性的虐待に当たらない。
   イ 被告Y2は,日頃の研修,職員会及びミーティング等を通じ,障害者の尊厳ある生き方を実現するための支援の意義を理解させ,適切な措置を講じていたし,平成26年度(平成27年1月27日開催)の被告県主催の障害者虐待防止に関する研修にも参加している。
   ウ 被告法人はGHの密室内で女性利用者の頬や体を触るなどの行為をした職員を解雇したことがあり,被告Y2はこの経緯を他の職員に説明し,再発防止のため内部研修を行った。
   エ 女性利用者のいるGHの世話人を女性に限定するのは非現実である。
   オ 被告Y2は,原告が本件施設入所後に出会い系サイトを利用して性病にり患した際には性に関する指導を行ったし,原告が男性利用者Cと交際を始めたときには,Cが養護学校時代に同級生を妊娠中絶させた事件を原告にも説明して注意喚起し,避妊の指導もしている。
  (3) 被告Y2,被告理事ら及び被告監事らの責任の有無
   ア 被告Y2の注意義務違反の有無(不法行為責任)
 (原告の主張)
 被告Y2は,被告法人が運営する施設の理事長として職員を指導監督する立場にあり,また被告法人との委任契約に基づく善管注意義務及び忠実義務に基づき,施設従事者等による障害者虐待を防止し,入所者の生命,身体及び財産の安全を保持するために職員を指導監督するなど適切な措置を講じる義務があったのにこれを怠った。
 (被告Y2の主張)
 前記(2)(被告法人の主張)のとおり。
   イ 被告理事らに対する不法行為責任の有無
 (原告の主張)
 (ア) 被告理事らは,被告法人との委任契約に基づく忠実義務及び善管注意義務に基づき,職員によって入所者が性的虐待を受け,妊娠中絶に至らないよう,入所者の身体の安全を確保し,職員による性的行為の防止を徹底すべき注意義務を負っていた。
 (イ) 具体的には施設従事者等がその利用者である障害者に対し虐待をしないよう研修の実施その他適切な措置を講ずるべき義務を負っていたのに何ら措置を講じなかった。
 (ウ) 仮に被告理事らがそれらの措置を直接執ることができなかったとしても,理事長である被告Y2がそれらの措置を講じなかったことについて監督義務違反を負う。
 (エ) 特に被告Y3は,単なる理事にとどまらず,被告法人の理事長職務代理であり,c施設施設長を務め,他の理事らが無報酬であるのに対し,被告Y2と同様に職員給与の支給を受けていたことからすれば,被告Y2に匹敵する注意義務違反を負っていたといえる。
 (被告理事らの主張)
 被告法人においては,職員の日常の労務管理や入所者,利用者の日常の処遇に関すること等は理事長である被告Y2の専決事項となっており,他の理事は報告を受けるだけであったので,職員への研修,障害者への安全確保などの管理体制を徹底し,障害者虐待防止のための措置を講じる安全配慮義務を負わない。
   ウ 被告監事らに対する不法行為責任の有無
 (原告の主張)
 被告監事らは,被告Y2及び被告理事らの業務執行の状況を監査すべき職務を負うところ(平成29年法律第52号による改正前の社会福祉法(以下「社会福祉法」という。)40条1号),被告Y2及び被告Y3が障害者虐待(特に性的虐待)を防止するために必要な措置を講じていないことを知りながら,その状況を監査して注意を与えなかった。
 (被告監事らの主張)
 前記イ(被告理事らの主張)のとおり。
  (4) 被告市の責任の有無
 (原告の主張)
   ア 被告市は,法16条通報を受けたときは,障害福祉サービス事業等の適正な運営を確保することにより,当該報告にかかる障害者に対する障害者福祉施設従事者等による障害者虐待の防止並びに当該障害者の保護及び自立支援を図るため,社会福祉法その他関係法律の規定による権限を適切に行使する作為義務を負う(同法19条)。
   イ 被告市の担当者は,平成27年3月5日,虐待通報を受けた直後にコアメンバー会議を組織したものの,原告及び被告Y10からの事情聴取,原告母や被告Y2からの直接の事情聴取,被告施設の視察や原告のケース記録の精査等の事実確認のために必要な措置を十分に講じることなく,被告Y2による電話での説明内容を前提に,原告と被告Y10ともに恋愛関係にあることを認めていること等を理由として,同月6日には本件性的関係が性的虐待に当たらないと判断した。これは調査権限の裁量を逸脱,濫用したものとして違法である。
   ウ 被告市の担当者は,虐待非該当の判断をした時点では,本件性的関係は原告が帰省した時に施設外で行われていたと認識していたところ,同年5月7日に原告本人から聴取した結果,被告施設内で性行為があったという新事実が発覚した。また,原告母は,電話及び直接出向いて本件性的関係に関する事情聴取や調査をするよう求めていたのに,被告市の担当者は同月26日になるまで本件施設に訪問して調査せず,同月29日まで被告Y10から直接事情聴取をしなかった。同月7日に新事実が発覚した時点で被告市の担当者が原告及び被告Y10から事情を聴取して事実関係を究明していれば,本件性的関係が性的虐待に当たるとの判断に至った可能性は高かったのに,被告市の担当者が必要な調査を行わず,虐待非該当の結論を維持したことは,調査権限の逸脱,濫用に当たり違法である。
   エ 被告市は,障害者総合支援法1条,2条1項1号及び2号に基づく責務として,法16条通報を受けた場合には,法19条に基づき,次のような対応を採ることが求められていたところ,原告に対しては適切な措置を講じることなく放置した。
 (ア) 被告法人の施設からの分離
 障害福祉サービス事業者の施設入居者から障害者虐待の通報があった場合には,入居者と施設側の信頼関係が破壊されていることが懸念されるので,当該入居者を施設から分離するため,他の施設を手配する必要があった。また,当該障害者の個別の事情によっては適切な場所に保護すべき場合もある。
 被告市の担当者は,原告及び原告母から事情を聴いて他の施設を手配すべきなのに,虐待非該当と即断し,そのような手配をしなかった。
 (イ) サービス等の利用契約の策定や市町村による支給決定
 被告法人は原告の相談支援事業者を兼ねていたところ,施設従事者による障害者虐待事案において,計画相談員が当該施設内にいる場合には,当該障害者にとって必要な自立支援給付が途切れることのないよう他の計画相談員を手配し,新たな支援計画が迅速に策定されるよう配慮すべきであった。しかしながら,被告市の担当者は,虐待非該当と判断したことにより,新たな相談支援事業者を紹介しなかった。
 原告は平成28年1月18日に新たな支給決定を受けることができたが,被告市の担当者が性的虐待に当たると判断していれば,より早期にサービス等利用計画が策定されて支給決定が得られたはずである。
 (ウ) 就労支援・訓練支援の継続
 知的障害者に対する就労支援は継続性が極めて重要であるところ,原告が本件施設を退所して就労支援を受けることができなくなった以上,被告市の担当者は就労支援が途切れないよう他の適切な施設や障害福祉サービスを検討するなどの配慮をすべきであったのにこれを怠った。
 原告は,本件施設での訓練により可能となっていた字の読み書き,簡単な計算,1日のルーティン(朝起きて着替える等)等ができなくなり,精神的な混乱を来した。
 (エ) 他の適切な施設の照会や施設移転への配慮
 被告市は,原告に対し,その障害の程度や個別事情に合致した適切な施設及び障害福祉サービスを手配し提供すべき義務がある。
 被告市の担当者は,原告が義父から小中学生時に性的虐待を受けていたことを認識していた上,原告母が平成27年3月9日に加えて同年4月13日にも,原告が自宅で生活することは支障があるので,他の施設やアパート等を紹介してほしいと相談したにもかかわらず,適切な施設等を紹介しなかった。
 (オ) 必要な情報提供
 被告市の担当者は,原告及びその家族に対し,施設や就労,訓練,補助金の案内等障害者にとって必須な情報を提供すべきなのにしなかった。
 (被告市の主張)
   ア 前記(1)(被告市の主張)のとおり被告Y10と原告は,自由な恋愛関係に基づき本件性的関係を結んだものであり,性的虐待ではない。
   イ 被告市は,法16条通報受理後速やかに調査を開始し,関係者に対し調査をした結果,本件性的関係は,被告Y10が地位を利用して原告と性的関係を持ち続けたものではないと判断したのであり,法19条に基づく調査・監督権限を適切に行使しており違法はない。
   ウ 原告の障害福祉サービス利用台帳などの記録によれば,原告の知的障害の程度は軽微であり,自由意思を抑圧された場合にはこれを拒否して他者に相談できる能力を有していると確認でき,また原告母や被告Y10,被告法人から任意に聴取した結果,1年半にわたり原告と被告Y10が真剣に交際していたと認められ,被告Y10が結婚の意思を持っていたことから,被告市は本件性的関係が障害者虐待には当たらないと判断したものであり,このような判断に誤りはない。
   エ 原告は,平成27年3月6日時点で,被告市の担当者が被告Y10及び原告から直接事情を聴取することなく性的虐待に当たらないと判断したことが違法であると主張するが,厚生労働省地域生活支援推進室作成による「市町村・都道府県における障害者虐待の防止と対応」(以下「本件マニュアル」という。)では障害施設従事者等ではなく障害福祉施設等から事実確認をすることとされていたのであるから,被告市の担当者が被告Y2から事実確認をしたことは何の問題もない。また,被告市の担当者は,虐待通報を受けた当日に2回,翌日朝に1回,原告母に電話をかけたが連絡がつかず,自宅に訪問しても面会できず,やっと原告母と電話で連絡が取れたものの,原告から直接話を聞くことを拒否された。そのような状況において,原告母も原告と被告Y10が1年半前から交際していたという被告Y2から聴取した内容に沿う話をしたため,原告と被告Y10は恋愛関係にあり本件性的関係は性的虐待には当たらないと判断したのであり,このような判断過程に違法はない。
   オ 被告市の担当者は,原告母に対し,事実確認のために原告との面談又は電話での聴取を求めたが,原告母が拒否したため実現できなかった。被告市の担当者としては,原告の任意の協力が得られなかった以上,原告本人からの事実確認を断念せざるを得なかった。
   カ(ア) 平成27年3月6日に原告母と電話で話した時点で,原告が本件施設から自宅に戻っていることを確認しており,施設分離の必要はなかった。義父は住民票から除かれおり同居していなかったし,仮に義父が実家の近所に居住していたとしても,被告市は原告が母の下にいることが最も安全であると判断したのであり,何ら問題はない。
 (イ) 被告市は,松本圏域内の市村と共に,障害者総合支援法に基づき,障害者がその有する能力及び適性に応じて自立した日常生活又は社会生活が営めるよう地域の障害者,障害児の保護者又は障害者の支援を行う者からの相談に応じ,必要な情報の提供及び助言その他の便宜供与をするとともに,障害者に対する虐待の防止及びその早期発見のための関係機関との連携調整その他障害者の権利擁護のために必要な援助を行うために総合相談支援センター「ボイス」を設置し,これに委託して障害者の居住・就労・生活等の各種支援を行っている。被告市の担当者は,原告の今後の生活の支援をすべく,平成27年3月9日,原告の母親に対し,ボイスと協力して相談に応じることを伝え,以後,ボイスと連携して原告の支援に当たっていたのであり,現に原告は就労継続支援A型事務所fに通所している。よって,被告市の担当者が原告を放置した事実はない。
  (5) 被告県の責任
 (原告の主張)
   ア 都道府県は,法17条報告を受けたときは,障害福祉サービス事業等の適正な運営を確保することにより,当該報告に係る障害に対する障害者福祉施設従事者等による障害者虐待の防止並びに当該障害者の保護及び自立支援を図るため,社会福祉法その他関係法律の規定による権限を適切に行使する作為義務を負う(同法19条)。
 被告県の担当者は,平成27年3月5日に伊那市を通じて法17条報告を受けたとみるべきであるから,この時点から前記作為義務を負ったといえる。
 法19条の規定ぶりからして,都道府県の調査義務は市町村のそれと並列関係にあり,二次的,補充的なものではない。
   イ 被告県の担当者が,同月9日,独自に前記アの調査権限を行使することなく,かつ,被告市の判断を十分に吟味することもなく,被告市が施設従事者虐待と判断しなかったことをもって対応終了としたことは調査義務違反に当たる。
   ウ また,被告県の担当者は,同年4月28日に対応を再開したものの,被告市に対し,適切かつ迅速に調査するよう指示することも,被告県自ら調査を行うこともしなかったのであり,このことは調査権限の裁量の逸脱,濫用に当たり連法である。
 (被告県の主張)
   ア 県の調査義務は二次的・補充的なものであること
 法16条が,障害者虐待通報を受け付け,事実調査をするのは市町村の障害者虐待対応窓口であると規定していることからすれば,一次的な調査義務者は市町村である。都道府県は,緊急性が認められるケースや障害者施設の協力が得られないケースなどの例外的な場合を除き,市町村により虐待であると判断されたケースについて報告を受け(法17条),市町村の調査により虐待の有無が判断できない場合に独自の調査を行う二次的・補充的な立場である。
   イ 法17条報告を受けた後の対応
 被告県の担当者は,同年6月4日,被告県は被告市から法17条報告を受け,同年6月12日にケース会議を開催し,被告県として調査に入るか否かを検討した上で,被告市に対して調査継続を指示し,助言することに決定し,同年7月3日には被告市と合同での会議を開催し,同月24日には独自の調査を行っていくこととし,原告本人との面談を調整したが,実施には至らなかった。
 そして,被告県は,「職員が夜間勤務中にグループホーム入居者の居室において入居者と性交を行うという不適切な行為を行った事実が確認された」との調査結果に基づき,平成28年2月3日,被告法人に対し,改善計画の提出を求める指導を行った。
 以上のとおり,被告県は法17条報告を受けた後,適切に調査権限及び監督権限を行使しており,権限不行使の違法はない。
   ウ 法17条報告を受ける前の対応
 被告県は,同年3月5日に伊那保健福祉事務所から「グループホーム世話人が入居者(原告)と恋愛関係になり,原告が妊娠したことにつき,原告母から行政に対して指導を求める苦情があった」との連絡を受けた以降,伊那保健福祉事務所を通すなどして,適宜,被告市に対し助言・監督を行っていた。同年4月28日には被告市に対し関係者から事情を聴取して事実確認をし,再度報告するよう連絡している。
 同年3月5日に連絡を受けた時点で,原告が本件施設内ではなく自宅に戻っていることを確認し,緊急に保護する必要がないことを確認していたことからすれば,被告県が自ら調査に着手せず,被告市に対する助言・監督を行ったことには何ら権限不行使の違法はない。
   エ 同年3月6日時点で原告が自宅に戻っていることが確認されており,施設分離を問題とする余地はなかった。支援計画の策定,就労支援,他の施設の紹介その他必要な情報の提供はまずもって被告市の責務である。被告市から相談はなかったし,原告及び原告の母からも要請はなかった。
  (6) 損害の有無及び額
 (原告の主張)
   ア 慰謝料 900万円
 被告Y10は,平成25年10月以降約1年4か月の長期にわたり,真摯に交際する意思もなく,自己の性欲を満たすため,原告の知的障害に乗じて避妊もせずに週4回のペースで性行為及びわいせつ行為を繰り返した。このような被告Y10の行為は性的虐待に当たる。その結果,原告は妊娠,中絶せざるを得なくなったのに,被告Y10は何ら配慮さえしなかった。以上の被告Y10の行為は極めて悪質であり,原告は精神的苦痛を被った。
 さらに,原告の母が,法16条通報をしたのに,被告市は法律上の権限を適切に行使しなかった。被告市から法17条報告を受けた被告県も法律上の権限を適切に行使しなかった。また,被告法人も適切な措置を講じなかった。その結果,原告は適切な対応を受けることができず,精神的苦痛を受けた。
   イ 逸失利益 92万4792円
 原告は,平成26年11月から平成27年1月までの間,被告法人の下で作業を行い,毎月,平均3万8533円の収入を得ていたが,被告Y10の性的虐待により,被告法人を退所せざるを得なくなり,就労して収入を得ることができなくなった。逸失利益が生じた期間は2年間である。
 (計算式)
 3万8533円×24か月=92万4792円
   ウ 寄付金相当額 90万円
 被告法人は,原告が入所する際,原告が死亡するまで被告施設で過ごすために120万円の寄付金を支払うよう求めた。原告は,被告法人が生活の場を保障しなくなったときは返還してもらうという解除条件を付けて平成26年12月までに90万円を支払った。原告は,被告Y10の性的虐待により被告法人の施設を退去せざるを得なくなり,前記解除条件が成就した。
 仮に前記主張が認められないとしても,被告法人の職員による不法行為によって施設から対処せざるを得なくなった原告に対しては損害として賠償されるべきである。
   エ 弁護士費用 108万円
 本件の相当な弁護士費用は108万円を下らない。
   オ アないしエの合計 1190万4792円
   カ 遅延損害金利
 被告法人は喫茶店を経営し,クッキーの製造,販売もしており,外形上営利法人と変わらない。また,喫茶店は「場屋取引」(商法502条7号)に該当するので,被告法人の行為は商行為を行うものといえ,商人に該当する(商法4条1項)。
 したがって,本件の損害賠償金の遅延損害金利率は商事法定利率によって計算されるべきである。
 (被告法人ら,被告市,被告県の主張)
 否認ないし争う。
第3 争点に対する判断
 1 認定事実
 前記前提事実に加え,証拠(末尾掲記)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
  (1) 原告の知的障害の内容及び程度等
   ア 平成23年2月時点の原告の知能指数はIQ65であり,平成24年4月時点のWISCⅢより算定された知的能力水準は10歳6か月程度であり,知的障害の程度は中度とされた(甲12,13)。療養手帳の障害の程度区分はB2(軽度)であり,行動障害はない。
   イ 「厚生労働省による知的障害者実態調査における知的障害の程度に関する判定資料」によれば,18歳以上のIQ51~75の知的障害者の障害の程度は,小学校5,6年程度の学力にとどまり,抽象的思考や合理的判断に乏しく,事態の変化に適当する能力は弱いが,職業生活はほぼ可能とされている。(甲14)
   ウ(ア) 原告は,e養護学校高等部1年生の時から被告Y10と性的関係を持つまでに,4人の男性と交際し,交際相手と性的関係を持った経験があった。(甲27,証人●●●)
 (イ) 原告は,平成22年1月頃,e養護学校高等部で性をテーマとした授業を受けた際,小中学生の頃に義父に体を触られるなどしたことを告白・相談したことがあった。
 (ウ) 原告は,平成24年6月及び7月に養護学校時代の先輩に誘われて出会い系サイトを利用し,そこで知り合った若い男性二人から車中で迫られるままに性行為に応じた結果,性病にり患し,同年8月頃に被告法人の職員に相談したことがあった。(甲27)
  (2) 平成25年3月末頃,原告は第5GHに移動し,その頃被告Y10も同GHの世話人となった。
 同年10月のある火曜日の夜,被告Y10は原告と話をしている最中,原告の意思を明確に確認することなく,キスをしたり,体を触ったりした(甲27,被告Y10本人)。この時,原告は嫌だなと感じていた(甲27,乙C11,12)。
 次の被告Y10の宿直の夜,世話人室の横を通らなければ共用トイレに行けないので,原告は悩んで友達に相談したが,「トイレに行かないわけにはいかないでしょう」と言われ,トイレに行くことにした(乙C11)。トイレから戻ると被告Y10がおり,後ろから抱き付かれ,その状態で歩いて居室に戻った。被告Y10は,原告の意思を明確に確認することなく性的関係を持った。性行為後に被告Y10は「好きなんだよね」というようなことを言ったが,この時点で原告は付き合っているとは思っていなかったし,好きでもなかった。この時から,被告Y10が宿直の日には原告の居室に来て性的関係を持つようになり,しばらくして被告Y10から告白されて,交際が始まった。原告と被告Y10が最後に性的関係を持ったのは平成27年1月半ば頃である。(乙B1〔29頁〕,甲27,被告Y10本人)
 被告Y10は,原告と性的関係を持ち始めた頃は避妊をしたこともあったが,避妊具を一,二箱使い切った頃から避妊をしなくなった。(甲27,被告Y10本人)
  (3) 平成25年3月当時の第5GHの入所者は男性7名,女性3名で,世話人は被告Y10と女性職員2人が配置されていた。世話人は日中にGH内で勤務するほかに,宿直としてGHに宿泊することとなっており,被告Y10は週4日宿直としてGHに宿泊していた。
 なお,被告Y2は,宿直を勤務時間とは考えておらず,非常事態に備えた待機当番であって,非常時以外は自由に行動してよいこととしていた。(乙C2,3)
  (4) 前記(2)の事実認定の補足説明
 被告Y10から体を触られた時の状況及び交際が始める経緯に関する原告の陳述書等(甲27,乙C11,12)の内容は自然かつ具体的であり,他者の影響を受け易い点を考慮しても信用できる内容である。
 これに対し,被告Y10は,初めて原告にキスをしたり,体を触ったりしたときに「嫌だったら言ってほしい」と確認したが拒否されなかったと述べ,その翌々日に初めて性行為を行った直後に交際を申し込み,原告がこれを了承して,交際が始まった旨主張する。しかし,被告Y10は当初GH内で性行為を行ったことを隠匿していた(乙B1)。また,平成27年5月29日に実施された被告市による事実確認においても,交際が始まってしばらくして性的関係を持ったと述べており,同年11月2日の被告県による面接調査でも原告との関係が始まったきっかけは被告Y10が好意を持って告白して付き合い始めたと回答していたところ,陳述書(乙A7,8)や尋問においては前記主張に沿う供述等をするなど重要部分で大きく変遷している。よって,前記認定に反する被告Y10の供述等は信用できない。
 2 争点(1)(被告Y10の不法行為責任の有無)について
  (1) 原告は,本件性的関係及びこれにより原告が妊娠,中絶に至ったことが原告の性的自己決定権を侵害し,また障害者虐待防止法その他関係法令に基づき障害者福祉施設従事者等がその利用者である障害者に対して負う安全配慮義務及び安全確保義務に違反し違法である旨主張する。これに対し,被告法人ら及び被告市は,本件性的関係が原告と被告Y10の自由な恋愛関係に基づくものである以上,不法行為は成立しない旨主張する。
  (2) 障害者虐待防止法は,障害者虐待を防止すること等をもって障害者の権利利益を擁護に資することを目的として定められ(1条),「何人も,障害者に対して,虐待をしてならない。」(3条)と規定している。そして,特に同法における「障害者虐待」の主体を擁護者,障害福祉施設従事者等及び使用者と限定した上(2条2項),当該障害福祉施設に入所し,その他当該障害福祉施設を利用する障害者又は当該障害福祉サービス事業等に係るサービスの提供を受ける障害者に対し,わいせつな行為をすること又はわいせつな行為をさせることが「障害者福祉施設従事者等による障害者虐待」であると定義し(法2条7項2号),第3章において障害者福祉施設従事者等による障害者虐待を防止するための仕組みが規定されている。このような法の規定によれば,障害者福祉施設従事者等が当該障害福祉サービス事業等に係るサービスの提供を受ける障害者に対してわいせつ行為をすること及びわいせつ行為をさせることは,当該障害者が障害の影響を受けることなく同意したと認められるような極めて限定的な場合を除き,原則として禁止されており,障害福祉施設従事者等が障害者虐待をした場合には,当該障害者の権利利益を侵害するものとして,私法上も不法行為を構成すると解される。
  (3) 確かに,前記1(2)及び原告と被告Y10のLINEのやりとり(乙A1の1ないし347,2の1ないし54)によれば,原告と被告Y10が性的関係を持った後に恋愛関係に発展していたと認めることはできる。
 しかし,前記1(2)によれば,被告Y10は,最初の時点で,明確に原告の意思を確認した上で性的接触をしたり,性的関係を結んだりしたとは認められないし,約1年4か月にわたり継続した交際期間中,ほとんど避妊をすることもなく週4回程度性行為を行っていること等の本件事実関係に照らせば,原告が障害の影響を受けることなく,被告Y10との性行為に応じていたとはおよそ認められない。
  (4) これに対し,被告法人ら及び被告市は,原告には好悪の感情に基づき交際相手を選択して性的自己決定をする能力があったと主張するが,障害者福祉施設従事者等による障害者虐待として規制されているのはわいせつ行為であって,交際すること自体ではない。異性と交際することと性的関係を結ぶことでは,障害者がさらされるリスクや自衛のために要求される判断能力の程度は大きく異なる。
 また,被告法人ら及び被告市は,原告がトラブルがあれば他者に相談して問題を解決する能力を有していたところ,本件性的関係をトラブルとして相談していない等と主張するが,原告は,前記1(1)ウ(イ)のとおり,義父からのわいせつ行為というトラブルに遭遇しても適時に相談できていないし,同(ウ)の出来事からは性的自己決定の未熟ささえ認められる。
 したがって,被告法人ら及び被告市が指摘する点は,不法行為の成立を否定する理由にはならない。
  (5) 以上によれば,被告Y10には,原告と本件性的関係を結んだことについて,不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
 3 争点(2)(被告法人の責任の有無)及び争点(3)ア(被告Y2の不法行為責任の有無)について
  (1) 前記2のとおり,本件性的関係は,被告Y10の宿直時にGH内で行われたものであるから,被告法人の事業の執行について行われたと認められる。原告の帰省時に外出先で性行為をしたことがあったとしても,これは事業執行性の認められる一連の行為の一環として行われたものといえる。
 したがって,被告法人は,前記2の被告Y10の不法行為について,使用者責任を負う。
  (2) 原告は,被告法人及び被告Y2が障害者虐待防止法その他関係法令及び本件契約に基づき原告に対する安全確保義務等を負っていたところ,これを怠ったと主張する。
 確かに,被告法人においては,利用者と世話人が連絡先を自由に交換し連絡を取り合うことが規制されておらず,宿直中の世話人が宿直を行う際のルールも何ら定められておらず,その間の世話人の言動を検証する仕組みは全く整えられていなかった(乙B1〔25頁〕)。
 しかしながら,施設従事者と利用者の契約上の関係性からして,施設従事者が利用者である障害者と交際したり,避妊もせずに性的関係を結ぶことが一般的にあり得ることとはいえないし,本件施設の職員や被告Y2が原告と被告Y10の交際に気づいていておらず,本件マニュアルにおいて,施設従事者と利用者との関係に関する内部統制システムの構築が要請されていなかったという本件事情の下では,被告法人及び被告Y2が本件性的関係を具体的に予見し得たとは認められない。
  (3) 以上によれば,被告法人に対する使用者責任に基づく損害賠償請求には理由があるが,被告法人に対するその余の請求及び被告Y2に対する不法行為に基づく損害賠償請求はいずれも理由がない。
 4 争点(3)イ(被告理事らの不法行為責任の有無)について
  (1) 原告は,被告理事らには,法人との委任契約に基づく忠実義務及び善管注意義務として,職員により入所者が性的虐待を受け,妊娠中絶に至らないように安全確保すべき義務や障害者虐待防止研修等の適切な措置を講じるべき義務があったと主張する。
 社会福祉法38条では,理事は全ての社会福祉法人の業務について社会福祉法人を代表するとされ,同法39条では,社会福祉法人の業務は,定款に別段の定めがない限り,理事の過半数をもって決するとされている。しかしながら,被告法人では,被告Y2のみが理事として登記されており,定款によって業務執行の決定権限は理事長である被告Y2の権限とされているものと認められる。
 職員らに受講させるべき研修の選択は,日常の業務執行に関する事項であって,被告理事らが決定権限を持つ事項ではないので,原告の前記主張は採用できない。
  (2) 原告は,被告理事らには被告Y2の業務執行に対する監督義務違反があった旨主張する。
 しかし,証拠(甲5,6,被告Y2本人)によれば,平成25年4月から平成27年3月までに開催された理事会では,被告法人の予算や事業,新役員の提案や新たに建設するGHに関する決議が行われたことが認められるが,理事会の議案その他の方法により,被告理事らに対して世話人の宿直の体制や研修の実施状況等に関する報告が行われたとは認められず,被告理事らにおいて世話人が女性利用者と性的関係を結ぶことについて具体的な予見可能性があったとは認められない。
 したがって,被告理事らに監督義務違反があったとは認められない。
  (3) よって,原告の被告理事らに対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。なお,被告理事らと原告との間に契約関係はないので,債務不履行に基づく損害賠償請求も理由はない。
 5 争点(3)ウ(被告監事らの不法行為責任の有無)について
 原告らは,被告監事らには障害者虐待を防止するために必要な措置を講じていなかったことを知りながらこれを放置した点に注意義務違反がある旨主張するが,被告監事らにおいて障害者虐待防止のために必要な措置が講じられていないことを認識し,又は認識し得たと認めるに足りる証拠はない。
 よって,原告の被告監事らに対する不法行為責任は理由がない。なお,原告と被告監事らとの間に契約関係はないので,債務不履行責任に基づく損害賠償請求も理由がない。
 6 争点(4)(被告市の責任)について
  (1) 前記前提事実に加え,証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実を認めることができる。
   ア 原告母は,平成27年3月5日,伊那市に対し,原告が妊娠していること,相手は世話人の被告Y10であること,原告と被告Y10が1年半ほど恋愛関係にあったこと,被告Y10は責任を持てないと述べており,被告法人は成人のことなので関与しないと述べたが納得できないので行政から指導してほしいこと,計画相談や申請等は被告法人が行っていたのでどうなっているのか分からないことなどを電話で訴えた。(乙B2,乙C7)。
   イ 伊那市から法16条通報を受けた被告市は,同日,被告市社会福祉課の課長,係長,保健師及び係員3名の合計6名で構成員するコアメンバー会議を開催し,障害福祉サービス利用台帳等の記録を確認した上,本件性的関係が合意に基づき行われていれば性的虐待には当たらないという方針のもと,原告に対し,被告Y10との交際関係の有無と妊娠の事実確認等を行うこととした。当日中,被告市の担当者が原告母の携帯電話に2回架電したが応答はなかった。(乙B1,7)。
   ウ(ア) 被告市は,翌6日朝にも原告母の携帯電話に架電したがつながらず,原告宅を訪問するも原告及び原告母は不在だった。(乙B1)
 (イ) その後,被告市は,被告Y2から電話を受け,被告Y10は原告と恋愛関係にあり,子供ができた責任を取るために結婚すると申し出ている旨知らされた。(乙B1)
 (ウ) 被告市は,原告母の携帯電話に架電し,原告母から,①原告が被告Y10と1年半ほど前から交際関係にあったと認めていること,②被告Y10は同月5日に原告宅を訪問し,婚姻の意思はないと述べたこと等を聴取するとともに,被告Y10に気持ちの変化があったことを伝え,話し合いに応じるよう助言し,同月9日に被告法人と原告及び原告母が話し合う場を調整した。(乙B1)
 (エ) 被告市は,以上の経過を踏まえ,コアメンバー会議を開催し,以下の理由から,本件性的関係が原告の意思に反して行われたとは考え難く,恋愛感情に基づくものであると判断できるため,法2条7項2号に規定する「福祉施設従事者等による性的虐待」に当たらないという結論を出した。(乙B1,7)。
  a 原告は意思決定が自立しており,自ら解決できない問題を他者に相談できる能力を有していること
  b 原告と被告Y10は1年半もの長期間にわたり交際していたこと
  c 被告Y10が原告と結婚する意思を持っていること
 (オ) その後,原告母から被告市に電話があった際,被告市の担当者は,原告母に対し,原告と被告Y10は交際関係から性的関係を結んでいるので性的虐待には当たらないと判断した旨伝えた。このとき,原告母から,交際関係にあったことを理由に性的虐待でないと判断するのであれば,原告に嘘を言わせて被告Y10及び被告法人に制裁を加えたいという発言があった。(乙B1)
   エ 被告市は,同月9日,原告母の携帯電話に連絡をしたところ,原告母は原告を被告法人の施設に戻すつもりはないと述べた。被告市は,被告法人の施設の他に即時に入所可能なGHはなく,今後の生活及び日中活動についてボイスと協力して相談に応じるので来所するよう伝えた。
   オ 同月19日,原告母から原告が中絶手術を受けた旨の報告があった際,被告市は今後のことを相談するために同月26日に福祉課に来所するよう伝えたが,原告及び原告母は来所しなかった。(乙B1)
   カ 同年4月13日,原告母が被告市の福祉課に来所し,本件性的関係は性的虐待であると再度訴えた。また,原告が自宅で生活することは大変負担に感じるので,アパートを借りて一人暮らしをさせたいという申し出があった。
   キ 同月27日,原告母はボイスを訪れ,原告の日中活動の場とGH又は一人暮らしの支援に関する相談を行った。その際,原告母から被告市に対する訴訟提起を検討しているという話があったことを受け,被告市は伊那市を通じて被告県の障がい者支援課に相談した。被告県からは,被告市に対し,交際の経緯や正式な交際だったのか等を原告,原告母,被告Y10及び被告Y2から事実確認するよう助言があった。
   ク 被告市は,同月30日に被告Y2に電話で事実確認を行った。同年5月7日には,原告に対し直接事実確認を実施し,本件性的関係が被告法人の施設内で行われていたことが聴取された。さらに,今後のことについては,一般就労は人間関係が怖いので福祉就労を考えていること,一人暮らしをしてみたいが実家も嫌ではないこと,就労は市内の事業所を見学し,住まいはもう少し考えてみることが聴取された。
 被告市は,同月26日に被告法人の事業所を訪問し,被告Y2ほか職員2名から事実関係を確認した。同月29日に被告Y10と面談したところ,被告Y10は施設内で性行為を行ったことを認めた。(乙B1〔12,13,21ないし29頁〕)
   ケ 被告市は,同年6月4日,被告県に対し,被告市の調査の結果,施設従事者と施設利用者との間で性行為があり,利用者が妊娠したが,双方が交際していたことを認めており,妊娠発覚後には施設従事者が施設利用者との結婚を決意したことなどから一概に虐待とは判断しかねるが,夜間の緊急支援体制加算の対象時間内に施設内で性行為が行われていたことについては,施設の管理体制に問題があるという内容の法17条報告を行った。(乙C1)
   コ 原告は,ボイス職員の案内で,同年5月26日には就労継続支援B型事務所を見学し,同年6月19日には就労移行支援事務所を見学し,同月24日には同施設の体験も行ったが,いずれも通所を希望しなかった。同年9月からはボイス職員に付き添われてハローワークで求職活動などを行ったが,カフェでの体験を希望したため,同年11月12日には就労移行支援事務所のカフェギャラリーの見学が行われた。さらに,同年12月3日に就労継続支援A型事業所の見学を行い,同月14日から4日間の体験を経て,原告は同施設への通所を希望した。
 原告の希望を受け,ボイスは指定特定相談支援事務所の計画相談支援専門員を手配し,平成28年1月18日,被告市は同相談員により作成されたサービス等の利用計画のとおりに就労継続支援A型及び計画相談支援の支給決定を行った。
   サ ボイスは,松本市障害保健福祉圏域障害者相談支援事業実施要綱及び松本市障害保健福祉圏域障害支援事業委託契約に基づき,被告市,松本市など松本圏域3市5村の自治体が,中信社会福祉協会に事業委託して設置している総合相談支援センターであり,平成27年当時から被告市が行うべき相談支援事業を実施していた。(乙B4,5)
  (2) 原告は,被告市が平成27年3月6日時点で本件性的関係が障害者虐待には当たらないと判断したことは,調査権限の裁量を逸脱するものであり違法であると主張する。
 確かに,被告市は,法16条通報を受けた翌日,交際関係にある男女が合意に基づき性的関係を結んだものであり,被告Y10が婚姻の申出をしていることを理由に性的虐待には当たらないと判断しているところ(前記(1)ウ),交際や性的関係が始まった経緯について,原告本人や被告Y10から直接事実確認調査をすることなく,交際期間が約1年半(なお,実際には1年4か月である。)であったことを根拠に原告の同意に基づく性的関係であったと判断した点は拙速であるというほかない。本件マニュアルでは,加害者側に対する事実確認方法として,まず虐待を行ったとされる職員の勤務する施設から話を聞くこととされており,これ自体は当該職員の供述の矛盾点を見破る上で有意なことと考えられるが,直接の当事者でない施設が事情を正確かつ具体的に把握しているとは限らない。被告法人は,原告の妊娠が発覚するまで原告と被告Y10が性的関係を持っていることも,交際していたことも把握していなかったのであるから,被告Y2の話は被告Y10から聴取した内容の伝聞供述でしかない。また,原告母も数日前に原告の妊娠を知ったに過ぎず,被告市との電話でのやり取りも具体性を欠くものであった。
 もっとも,被告市は,平成27年5月に原告本人及び被告Y10に対し直接事実確認調査を行っていること(前記(1)ウ)等を考慮すれば,同年3月6日時点で一度障害者虐待に当たらないと判断したことをもって調査権限の裁量を逸脱濫用するものであったとはいえない。
  (3) また,同年5月7日の原告からの事実確認により,GH内で性行為が行われたと新事実が発覚した時点で被告Y10に対する事実確認をしていれば性的虐待に当たるとの判断に至った可能性が高かったのに,必要な調査をせずに虐待非該当の判断を維持したことが調査権限の不法行為に当たり違法であると主張するが,被告市は同月29日に被告Y10に対する事実確認調査を行っていることからすれば,必要な調査を怠ったとは認められない。また,かかる調査において被告Y10はGH内での性行為を認めており,被告市はこれを踏まえて再度コアメンバー会議で協議して虐待非該当という判断をしていることからすれば,より早い時点で被告Y10に対する事実確認を行っていれば,結論が変わったとも認められない。
  (4) 原告は,被告市が原告に対する支援が絶たれたことを知りながら,これを放置した等と主張するが,前記(1)エないしク,コ及びサによれば,被告市は,ボイスを通じて適切に相談支援を行い,新たなサービス等利用計画の作成を手配し,その計画とおりに就労継続支援A型及び計画相談支援の支給決定していることが認められ,被告市が原告に対する支援をせずに放置したとの事実は認められない。
 原告は,被告市が障害者虐待に該当すると適切に判断していれば,より迅速に生活の場や日中活動の場が提供されたはずである旨主張するが,前記(1)コによれば,原告及び原告母はボイス職員の案内により,複数の事業所を見学,体験した上で通所先を決めており,より早い段階で日中活動の場が決まったとは認められない。また,平成27年3月9日時点で被告法人の施設ほかに空きのあるGHはなく(前記(1)エ),同年5月7日に原告が一人暮らしもしてみたいが実家暮らしも嫌ではないのでもう少し考えている旨述べていたこと(前記(1)ク),被告市は原告も元義父が実家の近くに居住していることは把握しておらず,原告及び原告母からそのような申し出もなかったこと(証人六井,証人清水),原告は現在も実家に居住していることからすれば,被告市が障害者虐待に当たると判断していたとしても,他のGHや一人暮らしのアパートなどが手配されていたとは認められない。
  (5) 以上によれば,被告市がその裁量を逸脱濫用して法19条に規定する調査権限等を行使しなかったとも,支援を怠ったとも認められず,被告市に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求は理由がない。
 7 争点(5)(被告県の責任)について
  (1) 認定事実
 証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
   ア 被告県は,平成27年3月5日,伊那市を通じて,施設従事者等による性的虐待の疑いのあるケースの第一報があったとの報告を受けた。翌6日には,原告と被告Y10は正式に交際しており,今後結婚することになったこと,性行為はGH内では行われていないこと,原告母も社会的制裁は求めていないことなどから,被告市は性的虐待ではないと判断し,これ以上介入しない方針であるとの報告があった。被告県は,同月9日,伊那市を通じて,被告市に対し判断経緯などを確認した上,被告市の対応経過及び判断を了承し,引き続き個別支援の継続を依頼した。(乙C5,6,7,8,9)
   イ(ア) 同年4月13日,原告母から被告市に対して再度障害者虐待であると訴えがあり,同月27日には原告母がボイスに対する相談の中で,被告市に対する訴訟提起を検討している旨の発言が見られた。(乙C10)
 (イ) 被告県は,同年4月28日,伊那市を通じて被告市から前記原告母の訴えについて相談を受け,センター打合せを行った上,原告と被告Y10の関係,堕胎や結婚の話が破談になった経緯等について,原告,原告母,被告Y10,被告法人の職員等に事実確認を行うよう指示した。被告県は,被告市が被告Y2及び原告から聴取した内容をセンター打合せで検討した上,同月11日,被告市に対し,被告法人の職員からも話を聞き,コアメンバー会議で協議して公平中立に判断するよう助言した。(乙C10)
 (ウ) 同月14日,被告市から改めてコアメンバー会議で検討した結果,障害者虐待ではないと判断したとの報告があったので,被告県は,同年5月15日にセンター打合せを行い,被告Y10や被告Y2以外の職員に対し事実確認を行うよう助言した。(乙B1,乙C10)
 (エ) 被告市は被告Y10や被告法人の職員に対し事実確認を行った上,同年6月4日,被告県に対し,法17条の報告書を提出した。(乙B1,乙C1,10)
   ウ 被告県は,同年8月27日に被告法人の事業所を訪問して現地確認を行い,被告Y2以外の職員からも事情を確認するとともに,同年11月2日には被告Y10と面談して事実確認を行った。被告県は,原告本人から直接事実確認しようと試みたが,原告母や代理人弁護士と調整がつかなかったため,同年12月25日,性的虐待に当たるか否かの判断は留保して,被告法人への行政指導を行うこととした。(乙C2,3,10,20)
   エ 被告県は,平成28年2月3日,被告施設に対し,①職員が夜間勤務時間中に,GH入所者の居室において入所者と性行為を行うという不適切な行為があったこと,②①について管理者は把握しておらず,また防止するための適切な措置が講じられていなかったことにつき,改善計画の策定,提出を求める行政指導を行った。(乙C4)
  (2) 原告は,被告県が平成27年3月9日時点で独自に調査権限を行使することなく,かつ,被告市の判断を十分に吟味することもなく,対応を終了したことが調査権限の裁量を逸脱濫用したものとして違法であると主張する。
 しかし,前記(1)アの被告市による報告内容に照らせば,この時点で被告県が被告市の判断を支持し,被告県独自の調査を行わなかったとしても,調査権限の裁量を逸脱濫用したものとして違法であるとはいえない。
  (3) また,同年4月28日に本件性的関係に関する対応を再開した後にも,被告県は被告市に対して適正かつ迅速に調査をすることを支持しなかったと主張するが,前記(1)イ(イ)ないし(エ)によれば,被告県は被告市に対して適切に助言していたと認められるし,同年6月4日以降も原告本人からの事情聴取を試みつつ,被告法人の施設に対する実地調査確認や被告Y10に対する事実確認調査を行っていたと認められる。
  (4) 以上によれば,被告県がその裁量を逸脱,濫用して法19条に規定する調査権限を行使しなかったとは認められず,被告県に対する国賠法1条1項に基づく損害賠償請求は理由がない。
 8 争点(6)(損害の有無及び額)について
  (1) 寄付金
 原告は,被告法人に対して支払った寄付金90万円は,原告が死亡するまで被告法人の施設で生活の場の提供を受けられることが解除条件となっていたところ,被告Y10の性的虐待により原告は被告法人の施設を退去せざるを得なくなり,解除条件が成就した旨主張する。
 被告法人の施設利用者の被告法人に対する寄付金交付の法的性質は贈与であると考えられるが,かかる贈与契約において,原告が主張するような解除条件が付されていたとは証拠上認められない。
 もっとも,原告は,被告法人の求めに応じて90万円の寄付金を支払いながら,被告法人及びその職員であった被告Y10の不法行為により,入所からわずか3年ばかりで退所せざるを得ない状況に置かれたことは,後記(3)の慰謝料額算定において考慮する。
  (2) 逸失利益
 原告は,被告法人の施設を退去せざるを得なくなった結果,作業収入を得ることもできなくなったとして,2年分の作業収入額が逸失利益に当たると主張するが,本件において原告の労働能力が損なわれたとは認められないから,逸失利益は認められない。
 もっとも,平成28年1月18日に改めて就労支援A型及び計画相談支援の支給決定を受けるまでの間,就労支援を受けて作業収入を得ることができなくなった点は,後記(3)の慰謝料額算定において考慮する。
  (3) 慰謝料
 本件においては,被告Y10が避妊もせずに本件性的関係を約1年4か月間継続し,原告が妊娠したこと,被告Y10は原告に対し一貫して子供を育てることはできないと伝え,その結果原告は中絶を決断したこと,原告は障害年金等から工面して被告法人に対し寄付金90万円を分割払いしたこと(被告Y2本人),原告は被告法人のGHを退所することとなり,日中活動支援が一定期間中断したことなどが認められ,その他本件に関する一切の事情を斟酌すれば,原告の精神的苦痛を慰藉するために相当な慰謝料額は300万円と認められる。
  (4) 弁護士費用
 本件の相当な弁護士費用は300万円の1割である30万円と認める。
  (5) 遅延損害金利
 商人であるかどうかは,その法人の法律上の性質から決定される(最判昭和63年10月18日)。社会福祉法人は営利を目的とする法人ではないので(社会福祉法人法1条),被告法人に商事法定利率が適用されることはない。
第4 結論
 以上によれば,原告の請求は,被告Y10及び被告法人に対し,連帯して330万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成28年1月31日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,よって主文のとおり判決する。
 長野地方裁判所松本支部
 (裁判官 中井裕美 裁判長裁判官松山昇平は転補のため,裁判官佐々木亮は転官のため,いずれも署名押印することができない。裁判官 中井裕美)