児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録記録被告事件弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 hp@okumura-tanaka-law.com)

性犯罪・福祉犯(監護者性交罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

渡邊卓也 自画撮り規制のあり方

渡邊卓也 自画撮り規制のあり方
「保護対象であるはずの児童自身を処罰するのは背理であって許されない」という高裁判例がいくつかあって、そう判示してない判例もあります

https://sgul.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=2863&item_no=1&page_id=13&block_id=21
https://sgul.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=2863&file_id=20&file_no=1
札幌学院大学総合研究所講演会】
性犯罪規制の現代的課題
児童ポルノ規制について
筑波大学ビジネスサイエンス系准教授渡邊卓也29
(2)自画撮り規制のあり方
次に、ここでの議論は、児童ポルノの自画撮りを如何に規制すべきかという論点と関係する25。
最近では、児童自らが裸の写真を撮影して児童ポルノ画像を製造し、それをネット上で拡散する行為を如何に規制すべきかが議論されている。
自画撮りについては、児童単独で行われる場合も、他者からの働きかけによって行われる場合もあり得る。
また、働き掛ける側が成人の場合も、児童の場合もあり得るし、それが脅迫等を伴う場合もあり得る。
そして、当該自画撮り画像の撮影による製造から所持を経て拡散に至る各段階で、児童ポルノ法違反の罪による規制を論じ得る。
自画撮りが他者からの働きかけによって行われる場合には、まずもって、働きかけた側の犯罪の成否が問われる。
もっとも、この点は、正犯・共犯論における立場に応じて判断すれば足りるため、児童ポルノ法違反の罪に固有の問題は生じないといえよう。
すなわち、働き掛けた側の働きかけの態様や程度等を考慮しつつ、その対象が判断能力の未熟な児童であることを踏まえて、働きかけた側に、間接正犯、共同正犯又は狭義の共犯のいずれを成立させるべきかを検討しなければならない。
そして、それとの関係で、場合によっては、児童にも、犯罪成立の余地が残されることになる。
いずれにしても、そこでは、児童ポルノ法の保護対象たり得る児童を、児童ポルノ法違反の罪によって処罰することの是非が問われるがこの点についても、児童ポルノ法の規制根拠についての議論が関係する。
すなわち、ⓑ説やⓒ説に拠れば、自画撮りをした児童以外の児童一般や社会環境が害される危険を理由に、当該児童を処罰する余地がある一方で、ⓐ説に拠れば、保護対象であるはずの自画撮りをした児童自身を処罰するのは背理であって許されない、という結論になりそうである。
もっとも、この結論を解釈論的に如何にして導くのかは、一つの問題である。
これを構成要件レベルで説明しようとすれば、例えば、殺人罪(刑法199 条)にいう⽛人⽜には行為者自身を含まないのと同様に、児童ポルノ法違反の罪にいう⽛児童⽜には自画撮りをした児童自身を含まない、との解釈が考えられる。
しかし、⽛児童の権利の擁護⽜を掲げる法律において、現にポルノ画像の被写体となった児童を排除する解釈が不自然であることは否めない。
そこで、これを違法レベルで説明しようとすれば、法益主体たる⽛児童⽜自身の承諾がある以上、児童ポルノ法違反の罪の違法性が阻却される、との解釈が考えられる。
しかし、それが判断能力の未熟な児童であることに鑑みれば、承諾の有効性が否定される余地があるかも知れない。
なお、個別の構成要件解釈としては、各種製造罪について、自画撮りが⽛製造⽜にあたり得るかが議論されている。
すなわち、自画撮り画像の⽛製造⽜とは、児童の側における保存では足りず、当該画像が働きかけた側に送信され保存された段階で、初めて完成するというのである。
これを前提に、現在、東京都において、この働きかけ自体につき、一定の態様で行われた⽛青少年自身に係る児童ポルノ等の提供を当該青少年に不当に求める行為⽜の処罰規定を条例に新設することが検討されている。
しかし、⽛製造⽜の文理解釈として、撮影時の保存を排除する理由があるかは疑問である。
また、上述のように、ここで処罰を基礎付けているのが目的要件や姿態要件であることに鑑みれば、むしろ、撮影時の保存こそ⽛製造⽜と呼ぶべきと考える。
さらに、自画撮りをした者において目的要件を欠く場合には、⽛姿態をとらせ⽜て製造した場合(⚗条⚔項)にあたり得るかも問題となり得る。
すなわち、被写体となった児童が主体的に自画撮りに関与していた場合には、姿態を⽛とらせ⽜たことにならず、姿態要件が欠けるのではないかというのである。
確かに、ここで処罰を基礎付けている姿態要件を等閑にすることは出来ない。
そこで、文理解釈として、被写体となった児童が自ら姿態を⽛とった⽜場合は排除されているともいえよう。
もっとも、そのような文言が規定された実質的根拠は、結局は、保護対象であるはずの児童自身を処罰するのは背理であって許されない、という発想に求められるように思われる。