児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

青少年条例違反(わいせつ行為)の無罪事例(静岡地裁h30.3.19)

静岡地方裁判所平成30年03月19日
上記の者に対する静岡県青少年のための良好な環境整備に関する条例違反被告事件について、当裁判所は、検察官香西祐子、同河上晴香及び私選弁護人(主任)諏訪部史人、同佐野雅則、同若狹秀和、同梅田英樹出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人は無罪。
理由
第1 公訴事実及び争点
  本件公訴事実は、「被告人は、D美術館で開催された粘土教室のインストラクターをしていたものであるが、職場体験として前記粘土教室に参加していたAが18歳未満であることを知りながら 
第1 平成28年8月23日午後1時頃から同日午後3時頃までの間に、(住所略)所在のD美術館実技室において、前記Aの臀部を着衣の上から手で触り、さらに床上に仰向けに横になった同人の身体の上に粘土で制作した水着様のものを飾り付けるのに乗じて、着衣の上から同人の陰部を手指で弄ぶなどし 
第2 同月24日午後1時頃から同日午後3時頃までの間に、同所において、前記Aの臀部を着衣の上から手で触り、さらに床上に仰向けに横になった同人の身体の上に粘土で制作した水着様のものを飾り付けるのに乗じて、着衣の上から同人の陰部を手指で弄ぶなどし、もって青少年に対し、わいせつな行為をしたものである。」というものである。
  これに対し、被告人は、いずれの事実についてもそのようなことをした覚えはない旨述べ、弁護人も、これに沿い、各公訴事実記載の被告人の各行為の存否を争うとともに、仮に被告人のAに対する接触行為があったとしても、わいせつ目的はないとして、被告人の無罪を主張している。

第2 当裁判所の判断
 1 当裁判所は、各公訴事実記載の日時、場所において、被告人がいずれも着衣の上からAの臀部付近及び陰部付近を手で触れたことなどは認められるものの、被告人がこれらの行為のわいせつ性を認識していたとまでは認められないと判断した。以下その理由を説明する。
 2 関係証拠によれば、前提として以下の事実が認められ、これらの事実については、概ね当事者間に争いがない。
  (1) 粘土教室は、前記美術館の実技室で不定期に開催されている、子供たちにストーリー展開に沿って粘土を使った作品を制作させ、粘土の重さ等を手や身体で体感させることを内容とする企画であり、平成28年8月23日及び翌24日は、両日とも、夏休みの旅行というテーマで、乗り物のプログラム、粘土服のプログラム、街作りのプログラムという3つのプログラムが行なわれた。
  (2) 被告人は、インストラクターとして、両日の午後1時から午後2時50分までの粘土教室(以下、23日午後の教室を「1日目」と、24日午後の教室を「2日目」という。)を担当し、Aは、通学先の中学校の職場体験学習の一環として、同級生のB及びCとともに、これらの粘土教室に参加した。
  (3) 粘土教室には、通常、前記美術館側のスタッフとして、インストラクター1名のほか助手数名が参加し、参加者側として、子供とその引率者が参加しており、被告人とA、B、Cのほかに、1日目は、助手3名、ボランティア1名、小学1年生から5年生までの52名及び引率者5名が、2日目は、助手3名、ボランティア1名、小学1年生から6年生までの46名及び引率者3名が参加していた。
  (4) 粘土教室では、通常、インストラクターが、実技室の前方中央にある椅子の付近で、参加者に対して作業内容の説明や実演を繰り返しながら進行管理を行うほか、説明や実演の合間に参加者の間を巡回して参加者の作品制作の補助を行い、助手は、参加者の合間に散らばり、参加者の作品制作の補助や粘土の補充などを行い、参加者である子供たちは、実技室内に散らばって、各所で各自作品の制作作業などを行い、引率者は、助手と同様に子供たちの合間に散らばり、子供たちの作品制作の補助を行っていた。
  (5) 実技室は、前記美術館の1階にあり、部屋の大きさは、東西に約11.4メートル、南北に約9メートルであり、西側は通路に、東側は中庭に面しており、実技室の前方となる南側には、粘土準備室(東側)と備品倉庫(西側)が併設されている。
  (6) A及びB、Cは、1日目、2日目の粘土教室の際には、いずれも実技室の前方通路側で、参加者である子どもたちと同じように粘土での作品の制作作業などを行った。
 3(1) そして、Aは、公判及び期日外証人尋問調書において、1日目及び2日目に被害に遭った状況について、要旨以下のとおり供述する。
  1日目は、粘土教室の準備として粘土準備室から実技室へ粘土を運び入れるのを手伝った。列に並んで、一番前にいた被告人から粘土を受け取ったが、左斜め前にいた被告人から自分が両手で粘土を受け取る際、被告人が粘土から手を放したときにその手の甲が自分の胸に当たった。粘土を渡す拍子に手が当たってしまっただけなのか、故意にやったのか、そのときには判断できなかった。この日の教室のときは、自分は、上が体操服で、下がハーフパンツの服装だった。乗り物のプログラムでは、一人一人粘土で乗り物を作り、作った乗り物に乗り、それを順次半分にして乗ることを繰り返し、乗り物が4分の1の大きさになったとき、乗り物が小さく片足しか乗らず、乗り物に左足を乗せ、右足を床につけて立っていたところ、右斜め後ろから被告人が来て、「ちゃんと乗らなきゃだめだよ。」と言いながら、右側のお尻を片手で下から支えるようにぐっと持ち上げる感じで10秒弱触った。次に粘土服のプログラムになり、B、Cと3人でグループになって、1人が床に仰向けに寝て粘土で作った服を着せられる側になり、後の2人が粘土で服を作る側になった。最初に自分が服を着せられる側になっていたところ、被告人が来て、粘土でビキニを作ってそれを自分の体の上に載せてきた。ビキニは、ブラトップとパンツに分かれているものであり、被告人が、ブラトップを自分の胸の上に載せた後、その形を整えるときに、粘土越しや服の上から被告人の手が自分の胸に当たるのを感じた。また、被告人は、パンツの部分を自分の下腹部に載せてきたが、被告人が自分の体に粘土を置いて粘土から手を離す間に、自分の陰部に被告人の指の腹の部分が床から上に動くのを何回か感じた。時間的には10秒はないくらいだった。その後、街作りのプログラムをして粘土教室は終了したが、終了後中庭で足を洗おうとしていたところ、ホースを持った被告人が、自分の膝から下の部分を手でこすって洗ってきた。
  帰宅後、母にその日にあったことを話したが、陰部を触られたということだけは自分の勘違いだったらというのもあり、なかなか言いづらい話だったので、言えなかった。母からは、また粘土教室があるようだったらそのときは具合が悪くなったなどと理由をつけて途中で帰ってくるように言われた。
  2日目の教室は、昼休みが終わる5分ほど前に参加することが分かり、気分が悪いというのも通じないかと思い参加することにした。この日の教室のときは、自分は、上がTシャツ、下がジーンズの服装だった。乗り物のプログラムでは、B、Cと3人で1つの大きな乗り物を作ってその上に乗っていたが、4分の1になると3人で乗るには小さくなり、左からC、B、自分の順番でほぼ横一列に並んで乗るような形で、前日と同じように自分が片足が出た状態で乗っていたところ、被告人が右斜め後ろから来て、前日と同じようにちゃんと乗らなきゃだめだよというようなことを言いながら、右側から片手でお尻を持たれるようにして触られた。次の粘土服のプログラムでは、B、Cと3人で作業をすることにし、最初にCが寝て、自分とBで粘土服を作ろうとしていたところ、被告人が来て加わった。最初にCに粘土服を作って載せ、次の人に替わるときに、自分がBに先にやっていいよと言ったところ、被告人が、リーダーなのに逃げるのかというようなことを言って、自分もBと同時に床に寝て粘土服を載せられる側になった。自分は被告人に、BはCに粘土服を載せられることになった。被告人は、最初にCに載せていたスカートを自分に載せてきた。その際、被告人に粘土が少し割れているのをセクシーだねと言われ、気持ち悪かった。その後、被告人は、ビキニのブラトップを作って胸の上に載せてきた。さらに、被告人は、下もビキニにしないとねと言い、スカートの方の粘土でパンツを作って載せてきた。パンツを載せる際に、被告人は、前日と同じように、指の腹で下から上に数回陰部に触れた。時間的には10秒弱だと思う。その後、被告人にビキニの上部分にひもと飾りを付けられたが、ひもを付けるときに、両脇に手が入り、飾りを付けるときに胸に被告人の両手の甲が当たった。粘土服のプログラムを終わることを被告人が言ったところ、小学生からもうちょっとやりたいという声があり、被告人は30秒くらい延長すると言った。自分は早く粘土服をとりたかったので、起き上がって粘土を外していたところ、被告人が戻ってきて、まだだめだよと言い、自分の肩を押さえてもう1回床に寝かせられ、外した粘土をもう1回載せられた。被告人は、ビキニの下の部分を載せるときに、前日とか前と同じように指の腹で下から上に3、4回くらい陰部に触れた。10秒ないくらいの時間だった。普段ないことが2日連続であって、ものすごく怖かった。街作りのプログラムでは、建物を作っているときに、自分が膝を崩して床に座っていたところ、被告人が自分の膝の上に手を置き、制作の様子を尋ねるような感じで、話し掛けてきた。そこに手を置く必要性はなく、少し気分が悪かったので、膝を動かして手を払った。粘土教室終了後に、被告人から担当しているワークショップのちらしのようなものを渡されたが、その際も1日目の粘土を渡す作業のときのように被告人の手の甲が自分の胸に触った。すごく驚き、怖かった。
  家に帰り、泣きながら、陰部の話を含めて母親に話した。1日目のことだけでは、わざとかどうか、まだ確信し切れない部分もあったが、2日目も同じようなことが続いたので、故意にやっていると確信が持てたことと3日目は行く気分ではなかったので、母親に話をしようと思った。その後、8月25日に、母親に付き添ってもらい、学校の先生に事件の話をした。自分は泣いてしまって話せる状態ではなく、母親が自分から聞いた話を学校の先生に説明してくれた。その後、9月の初めに、母親と共に警察に行って事件の話をした。やはり自分は泣いてしまって話ができず、母親が警察官に説明してくれた。
  (2) Aは、被告人と本件以前に面識はなく、性的被害に遭ったという口外することに羞恥心を感じるような事柄について、敢えて虚偽の被害を作出して被告人を陥れるような理由は考え難い。また、被害に遭ったことを一日目、二日目とも母親に打ち明けたことは、母親の公判供述の内容と符合しており、さらに、被告人が、3人で粘土の乗り物に乗っているA、B、Cの背後の方から近づいて声を掛けたこと、粘土服のプログラムで2人ずつのペアに分かれた際に、被告人が「リーダーが逃げちゃだめだ。」などと言ったこと、被告人が粘土でビキニを作ってAの体の上に載せたこと、1日目の粘土教室終了後、中庭で足を洗おうとしていたAらに対し、ホースを持った被告人が、膝から下の部分を直接手でこすって洗ったことについては、BやCの各公判供述の内容とも整合している。
  以上からすると、Aの供述は、基本的に信用することができ、特に母親やB、Cの公判供述と合致する部分の信用性は高いといえる。
  しかし一方、臀部や陰部に触られた状況に関するAの供述は、Aが目で見て確認した内容ではなく、専ら触られたというAの感触に基づく供述である上、付近にいたB、Cもこれを目撃した記憶がないと供述しており、これを裏付ける客観的証拠もない。また、1日目と2日目とではAの服装が異なり、2日目は下にジーンズをはいていたというのに、陰部に触られた感触が両日とも全く同じという点において、内容的にやや不自然な面も見られる。さらに、Aに殊更に虚偽を述べる理由はないものの、母親に被害に遭ったことを打ち明け、その後母親と共に学校に行って母親に被害の状況を説明してもらい、さらに母親と相談して9月2日に母親と共に警察に行き、母親に被害の状況を説明してもらったという被害申告の状況や経緯に照らすと、捜査機関における事情聴取の過程で被害に遭ったことを明確に説明するために被害の状況が誇張して述べられるようになったおそれのあることは否定できない。
  そうすると、臀部や陰部に触られた状況に関するAの供述の信用性については、より慎重な判断を要する。
  (3) そこでまず、1日目及び2日目の各乗り物のプログラムの際に、それぞれ被告人に臀部を触られた旨のAの供述の信用性について検討する。Aは、粘土の上に左足を乗せ、床につけていたほうの右足の右側のお尻を支えられるように持ち上げられた旨述べており、被告人がその際様子を見に近づいてきたことについては、B、Cの公判供述とも整合していることからすると、その際に臀部を触られた旨のAの供述は、被告人の行動に結びついた動きとして自然な内容であるといえ、その信用性は高いと考えられる。
  (4) 次に、粘土服のプログラムにおいて、被告人に陰部を触られた状況に関するAの供述の信用性について検討する。
  ア まず、Aから被害の状況を聞いたというAの母親は、公判において、要旨以下のとおり供述する。
  8月24日に、Aは、ビキニの下の部分を載せるときに下腹部を触られたということを言った。Aは、最初に足と足の間に手を入れられたと言ったような気がする。嫌悪感が顔に出ていたので、こういう言葉は聞きたくないと思うし、自分も口にもしたくない不愉快な言葉だけれども、我慢して、はっきり聞かなければいけないなどと言って、そこはお股なのと確認したところ、Aはそうだと答えた。主人とも相談して、Aには陰部と言えばよいと教えた。1日目にその話を聞いていたら2日目には職場体験にはやらなかったとAに言ったので、1日目には下腹部の話はしていないと思う。足と足の間を触られたのは、8月23日と8月24日の両方あったという話だった。学校に職場体験に行かせない欠席の理由をいうのに、メモを取ることにした。Aに思い出せる限り正確に、順を追って話をするように言って、メモを取った。8月25日、Aに付き添って2人で学校に行き、担任の先生と記録を取る先生の2人の前で話をしたが、Aはほとんど口をきくことができず、ひたすら泣いていたので、ほとんど自分が話をした。できるだけ正確に話を伝えようと思い、メモを見ながら話をした。当初は警察に行くつもりはなかったが、2日間にわたる執拗な痴漢行為だったので、これを黙っているのはおかしいのではないか、犯罪としてちゃんと表に出すべきではないかと途中から思い始め、Aも自分も行く、行ったほうがいいと思うと言い、最終的にはAの決断で、9月2日に警察に行くことになった。警察に話すときにはいい加減なことを言ってはいけないと思い、前に書いたメモを見ながら、日付を23日と24日に真ん中で分けてメモを書き直した。Aにも、内容に違いがあるといけないので、一応確認して欲しいと言って読んでもらった。確認後修正点や追加点は特になかったと思う。24日に陰部を触られたとき、被告人が水着の下の部分を置くときに、どうやったら触れるのかということをAに聞いたところ、左手で右腰の方、右手で陰部に当たる部分を持って、Aの下腹部に載せたときに、すっと陰部を触っていったという話だった。目で確認はしていないけれども、触られた皮膚感覚でそう思ったという話だった。2日目に30秒延長があった後にもさらに陰部を触られたという被害については、聞いていないと思うが、はっきり覚えていない。9月2日の警察での被害状況の聞取りも、Aと自分の2人で行き、Aが話せる状態ではなかったので、自分が書き直したメモの方を机の上に出して説明した。
  イ Aの母親の上記供述は、学校に説明する際と警察に説明する際にそれぞれ作成したとされるメモ(甲26、27(公判後に修正))によって裏付けられている上、後記のとおり、信用性の認められる警察官E(以下「E」という。)の公判供述の内容とも概ね整合しており、十分信用することができる。
  ウ 次に、Aの母親及びAから9月2日に被害の状況を聞き取ったというEは、公判において要旨以下のとおり供述する。
  Aの母親が実際に話をし、Aはお母さんの後ろに座って、うつむき、時々泣くような状態だった。母親は、Aから聞いた内容を書いたメモを持参して、それを見ながら話をしていた。自分も途中まで手書きのメモを取ったが、母親が持参したメモがあったので、後からコピーを取らせてもらえれば内容としては足りると思い、途中でメモを取るのをやめた。下半身の触られ方についても、確認はしていると思うが、母親自体余りよく分かっていない状態であり、Aの状態も考えて、Aから詳しく聞くことはしなかった。聴取後に、自分の手書きのメモと母親が持参したメモをコピーしたものと自分の記憶に基づいて、係長への報告用のメモを作成した。報告用のメモには、1日目の出来事として、〈1〉「粘土を被害者の股に置く際、置いた後、手を抜くとき股に手の甲が触れるような行為があった」という記載と、2日目の出来事として、〈2〉「昨日と同様下腹部を触るような行為があった。」という記載があるが、意味としては同じ行為である。〈1〉の記載は、「ねんどをのせるさいに下半身をさわる」と書いてあった自分の手書きのメモと「足の間」「に手を入れる」という母親のメモがあったので、粘土を手のひらにおいてただAの下腹部に載せたとすると股は触れないので、手を股の方にずらして手を抜く際に股を触っていくというような状態かと思い、そのような書き方になったが、母親は触り方について手の甲とは言っていなかったと思う。一番最初に粘土を渡すときに手の甲でという話があったので、それが自分の考えとして残っていたのだと思う。
  エ Eに殊更に虚偽を述べるような理由は見当たらない上、上記公判供述の内容は、Aの母親の前記公判供述の内容と概ね整合しており、基本的に信用することができる。
  オ そこで、粘土服のプログラムにおいて、被告人に陰部を触られた状況に関するAの供述とAの母親及びEの各公判供述の内容との整合性についてみる。
  前記のとおり、Aは、証人尋問において、〈1〉1日目及び2日目とも、被告人が、ビキニのパンツの部分を自分の下腹部に載せる際に、10秒弱くらい、指の腹で下から上に数回陰部に触れた旨述べ、触られた指の感触や動き、その回数、触られた時間について具体的に供述しているのに対し、Aの母親は、上記のとおり、Aは、粘土服の持ち方については具体的に述べていたが、触り方については、すっと陰部を触っていったという話をしたというのであり、陰部を触られた状況に関するAの供述内容と事件後にAの母親がAから聞いた内容との間には明らかな違いがある。Aの母親の上記供述は、下半身の触られ方については母親も余り分かっていない状態だったというEの上記供述とも整合している。これに対し、Aは、弁護人の反対尋問に対し、9月2日に警察で下半身の被害の説明をしたときは、自分も母も指で触ったというふうに話しており、手の甲で触ったとは言っていない旨述べているが、この供述は、母親の供述ともEの供述とも整合しない。
  上記のような違いについては、Aが母親らに話した際には、恥ずかしさなどから具体的に話せなかっただけであり、両者に違いはないとする評価も考えられないではない。しかし、上記のとおり、母親は、当初は警察に行くつもりはなかったが、犯罪としてちゃんと表に出すべきではないかと考え直し、警察に話すときにはいい加減なことを言ってはいけないと考えて、あらためてメモを書き直し、Aにも確認してもらった上で警察に行ったというのであり、特に陰部に触れた状況については、水着の下の部分を置くときに、どうやったら触れるのかをAに聞いたところ、上記のような説明だったというのであって、正に触られた状況について具体的な確認がなされていることがうかがわれる。このようなAに対する被害の確認状況を踏まえると、少なくともその時点においてAが陰部の触られ方について具体的な説明ができなかった可能性を否定できない。そもそもAは、1日目も2日目も同じ触られ方であったと供述するところ、1日目の粘土教室が終わった後の段階では、陰部を触られたことは自分の勘違いかもしれないという思いもあって母親に話せなかった旨述べているのであって、証人尋問で述べるほどの具体的な感触を受けていたかどうかについては、疑問が残ると言わざるを得ない。
  また、Aは、証人尋問において、〈2〉2日目の粘土服のプログラムが30秒延長になり、その際にも他の場合と同様に被告人から陰部を触られた旨供述しているのに対し、母親はそのような被害内容をAから聞いていない旨供述しており、母親やEのメモにもそのような記載はないのであって、両者の間に違いがある。この点について、Aは、弁護人からの反対尋問に対し、2日連続で同じような場面のことがたくさんあって、記憶も整理されていなくて、多分、言い忘れたのだと思う旨供述している。しかしながら、Aの母親のメモには、30秒位のばすことになって、Aが起き上がってはずそうとしたら、「まだだめだ」と言って肩をつかまれて押し、寝かされた旨の記載があり、Aが母親に対し、1日目とは異なる場面について、被告人の言動も交えて具体的に話していたことが認められるのであって、その際に被害に遭っていたのであれば、これを話さなかったというのは不自然と言わざるを得ない。
  カ 以上のとおり、被告人に陰部を触られた状況に関するAの供述は、母親の供述内容等とよく整合せず、その後捜査機関から被害を確認される過程で、不確かな感触が誇張され、具体化するに至った可能性を排除できず、少なくともAの上記供述に基づいてその供述どおりの被告人の行為があったと認定することは困難である。
  (5) 以上からすると、Aの供述は、基本的に信用性が認められるものの、陰部を触られた状況については、1日目及び2日目の粘土服のプログラムにおいて、それぞれ被告人がAの下腹部に粘土のビキニのパンツの部分を載せる際に、Aの陰部付近に被告人の手が触れたことが認められるにとどまり、被告人がAの陰部を手指で弄んだことを認めることはできない。
 4 そこで以上の認定事実を前提として、被告人が、Aの身体への接触行為について、わいせつ性を認識していたか否かについて検討する。
  (1) この点について検察官は、Aの供述から認定できる事実によると、〈1〉被告人が触ったAの身体の部位及び触り方、〈2〉連日かつ1日のうちに複数回にわたり、Aの身体の性的部位に接触していること、〈3〉「ちゃんと乗らなきゃだめだよ。」「下もビキニにしないとね。」「リーダーなのに逃げるのか。」などと声を掛けた上で身体に接触している行為があることを指摘して、被告人のAに対する接触は意図しない偶然のものとは考えられない旨主張する。
  一方、弁護人は、本件各行為当時の状況に関し、前記認定のような現場の状況、Aらがいた位置、粘土教室の参加者の人数等を指摘して、被告人が衆目のある状況下で犯行に及ぶこと自体が不自然であると主張する。これに対して検察官は、この種の犯行は人混みに紛れて周囲の無関心に乗じた方が犯行が容易になるとして、本件の状況は、まさに電車内等で痴漢行為が行われる状況と類似しており、犯行が不可能であるとはいえない旨主張する。しかし、電車内等での痴漢行為の場合、被害者を触る犯人が誰なのかわからないくらい不特定人が密集した状態で敢行されることが多いのに対し、本件の場合、ひとたび被害者に声を挙げられれば、犯人が特定される状況にあったものと考えられるから、この点において電車内等での痴漢行為とは大きく異なっている。もっとも、痴漢行為においては、被害者の年齢、性格等により、羞恥心が先に立って被害者が抵抗したり、声を上げにくく、犯人がこれにつけ込んで大胆な行動に出ることも考えられるところ、当時中学生であったAの年齢等も考慮すると、Aが被告人からの接触に対しはっきりした抵抗や拒絶の意思を表していないこと自体を重視することはできない。結局、Aの供述から認められる被告人からの接触行為について、検察官の指摘する接触行為の態様、状況を踏まえて、被告人のわいせつ性の認識を推認できるか否かを検討する。
  (2) そこで、Aが述べる被告人からの体への接触行為について見ると、1日目に、(ア)粘土教室の準備として準備室で被告人から粘土を手渡された際、被告人の手の甲が胸に当たったこと、(イ)乗り物のプログラムで、粘土で作った乗り物に乗る際、4分の1の大きさになった乗り物に左足を乗せ、右足を床につけて立っていたところ、「ちゃんと乗らなきゃだめだよ。」と言いながら、右側のお尻を片手で下から支えるように触られたこと、(ウ)粘土服のプログラムで、B、Cと3人でグループになり、最初にAが服を着せられる側になっていたところ、被告人が来て、粘土でビキニを作ってブラトップをAの胸の上に載せた後、その形を整えるときに、粘土越しなどから被告人の手が自分の胸に当たったこと、(エ)ビキニのパンツの部分を下腹部に載せてきた際、被告人が自分の体に粘土を置いて粘土から手を離す間に被告人の手が陰部に触れたこと、(オ)粘土教室の終了後中庭で足を洗おうとしていたところ、ホースを持った被告人が、膝から下の部分を手でこすって洗ったこと、2日目に、(カ)乗り物プログラムで、B、Cと3人で1つの大きな乗り物を作ってその上に乗っていたが、乗り物の大きさが4分の1になって3人がほぼ横一列に並んで乗るような形で、Aが前日と同じように片足が出た状態で乗っていたところ、被告人が右斜め後ろから来て、ちゃんと乗らなきゃだめだよというようなことを言いながら、右側から片手でお尻を持たれるように触られたこと、(キ)粘土服のプログラムで、B、Cと3人で作業をしていたところ、被告人が加わり、最初に粘土服を着せられる役だったCから次の人に替わるときに、AがBに先にやっていいよと言ったところ、被告人が、リーダーなのに逃げるのかというようなことを言って、被告人に粘土服を載せられることになり、ビキニのパンツを載せる際に、被告人の手が陰部に触れたこと、(ク)ビキニの上部分にひもを付ける際、両脇に手が入り、飾りを付けるときに胸に両手の甲が当たったこと、(ケ)街作りのプログラムで、建物を作っているときに、被告人がAの膝の上に手を置き、制作の様子を尋ねるような感じで話し掛けてきたこと、(コ)粘土教室終了後に、被告人から担当しているワークショップのちらしのようなものを渡された際、被告人の手の甲が胸に当たったことである。
  (3) これらのうち、まず、(オ)は、膝の下という触った部位やホースを持った被告人が手でこすって洗うという触り方からして、わいせつ性を推認することは困難である。(ケ)も、制作の様子を尋ねるときに、膝の上に手を置くという触った部位や触り方、触ったときの状況から、わいせつ性の認識を推認することは困難である。また、(ア)及び(コ)は、触った部位は胸ではあるものの、粘土やチラシを渡すときに、手の甲が当たったという接触の仕方からして、わいせつ性の認識を推認することは困難と言わざるを得ない。
  次に、(イ)及び(カ)は、触った部位は臀部付近であり、被告人は、その際「ちゃんと乗らなきゃだめだよ。」などと声を掛けている。しかし、関係証拠によれば、各行為当時の乗り物プログラムは、小さくなった粘土の乗り物に乗り、被告人が10カウントする間、バランスをとるというゲームを行う形で進められていたことが認められるところ、Aも反対尋問において認めているとおり、Aは、各行為当時、右足を床につけたままの状態でいたというのであるから、被告人が実技室の前方で子供たちのお手本のような形で粘土教室に参加していたAらをゲームに参加させるために、Aを粘土に乗せて支えるための行為として行ったことも十分に考えられる。やはり、接触行為自体からわいせつ性の認識を推認することは困難である。
  さらに(ウ)、(エ)、(キ)、(ク)については、接触の部位は、胸や陰部であり、特に被告人は、(キ)の際に「リーダーなのに逃げるのか。」などと、(ク)の際に「下もビキニにしないとね。」などとそれぞれAに声を掛けている。しかし、(ウ)は、Aの体の上に載せてあった粘土を整形する際の粘土越しなどからの接触であり、(ク)は、粘土のひもをつける際の一瞬の接触であって、それぞれ粘土の形を整えたり、粘土の飾りをつけるための行為と見ることが可能である。「リーダーなのに逃げるのか」という言葉も、B及びCの供述から、被告人がAをリーダーと呼んでいたことが認められるところ、これを前提とすると、Aの粘土教室への積極的な参加を促すために掛けた言葉と見ることもできるのであって、言葉自体が行為のわいせつ性を推認させるようなものとはいえない。さらに、(エ)及び(キ)の陰部の触り方については、前記のとおり、Aの供述をそのまま採用することはできず、陰部に手が接触したことが推認できるにとどまるところ、これを前提とすると、Aの身体の上に粘土の水着を載せたり、これを動かした際の意図しない接触であった可能性を否定することはできない。また、「下もビキニにしないとね。」という言葉も単にこれから粘土で作ろうとするものを述べただけであるともいえ、それ自体が行為のわいせつ性を推認させるものとはいえない。
  上記のとおり、検察官は、被告人が、連日かつ1日のうちに複数回にわたり、Aの身体の性的部位に接触していることを指摘している。しかし、A自身、1日目の(ア)ないし(オ)の接触行為があった後、不快さを感じつつもこれらが意図的なものであるかどうかは分からなかったと供述しており、接触を受けたA自身の感覚からしても、少なくとも1日目は、意図的なものであるかどうか分からない程度の接触であったことをうかがうことができる。また確かに、Aも2日にわたり同じような接触があったことをもってこれを意図的なものであると考えた理由であると述べているが、粘土教室自体が1日目も2日目も同じプログラムで進められており、被告人もAもプログラムにしたがって2日目も1日目と同じような動き方をしていることからすると、プログラム中の同じ機会に無意識的な接触が繰り返された可能性を否定できない。また、関係証拠によれば、2日目にAらが粘土教室に参加することは、その日に急きょ決まったものであり、その決定の過程に被告人が関わった証跡はないから、少なくとも被告人がAにわいせつ行為を行う意図でAを粘土教室に参加させたものでないことは明らかである。さらに、関係証拠(甲25)によれば、Aは、2日目の粘土教室が終了した後、被告人からの写真撮影の呼びかけに対し、Vサインをしてこれに応じていることが認められ、少なくとも外見上Aが被告人からわいせつ行為を受けたことを示す事情は何ら見受けられない。
  (4) 結局、基本的に信用性の認められるAの供述等を前提としても、被告人がわいせつ性を認識した上でAの臀部を触り、Aの陰部を手指で弄ぶなどのわいせつ行為をしたと認めるには、なお合理的な疑いが残る。
 5 よって、本件公訴事実については、犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
刑事第1部
 (裁判官 佐藤正信)