児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録記録被告事件弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 hp@okumura-tanaka-law.com)

性犯罪・福祉犯(監護者性交罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

強制わいせつ罪の保護法益~最高裁判所調査官 馬渡香津子「強制わいせつ罪の成立と行為者の性的意図の要否」ジュリスト1517

 弁護人は「風俗犯だ」と主張してました。だから性的意図が必要になるって。
 大法廷は個人的法益だと匂わせたものの、性的自由なのか羞恥心なのかには言及していません。どういう内容になるかによって、乳幼児の権利侵害が観念できるかという問題も出てきます。
 
 

解説
Ⅰ.強制わいせつ罪及び強姦罪等の性的な被害に係る犯罪規定の保護法益
1.学説の変化
 明治13年に制定された旧刑法では,公然わいせつ罪及びわいせつ物陳列罪を第2編(公益に関する重罪軽罪の中の第2編第6章・風俗を害する罪)に,強制わいせつ罪及び強姦罪等を第3編(身体財産に対する重罪軽罪)にそれぞれ規定しており,強制わいせつ罪及び強姦罪等を個人的法益に対する罪の一環として捉えていたと考えられる。ところが,明治41年に施行された現行刑法は,強制わいせつ罪及び強姦罪等を第22章「猥褻,姦淫及び重婚の罪」の中に,社会的法益を保護法益とする公然わいせつ罪やわいせつ物頒布罪等と共にまとめて規定したことから,強制わいせつ罪及び強姦罪等も社会的法益に対する罪として位置づけられたとの整理がされていたようである。もっとも,学説上は,強制わいせつ罪及び強姦罪等が「性的自由に対する罪」としての性格を有するとの理解が早くから共有されていたようであり,性的自由を侵害する行為は,同時に性に関する善良な風俗をも害するとの理解により,強制わいせつ罪及び強姦罪等は,個人的法益(性的自由)に対する罪としての性格と社会的法益(風俗)に対する罪としての性格を併有すると解されることが多かったようである(嶋矢貴之「旧刑法期における性犯罪規定の立法・判例・解釈論」刑事法ジャーナル45号129頁,成瀬幸典「強制わいせつ罪に関する一考察(上)」法学〔東北大学〕80巻5号3頁等参照)。
 戦後は,強制わいせつ罪及び強姦罪等が個人的法益に対する罪であることは当然とされつつ,しばらくは,個人的法益に加えて社会的法益(風俗,道徳)に対する罪でもあることの意義を強調する学説もあったが(例えば,日高義博「強制わいせつ罪における主観的要件・問題提起と自説の展開」植松正ほか・現代刑法論争Ⅱ〔第2版〕70頁),次第に,社会的法益を強調する学説はみられなくなる。また,強姦罪にいう個人的法益の中身についても,昭和50年代頃までは,被害者自身の性的自由だけではなく,男性に対する女性側の義務を意味することが多い「貞操」を挙げる学説や裁判例が散見されたが(例えば,団藤重光編・注釈刑法(4)277頁[団藤]等),次第に「貞操」に言及するものはみられなくなり,性的自由ないし性的自己決定権に純化していく変化がみられる(佐伯仁志「刑法における自由の保護」曹時67巻9号2472頁参照)。
2.最近の学説の状況
 現在では,強制わいせつ罪及び強姦罪等の主たる保護法益が個人的法益に対する罪であることについて,学説上に異論はみられず,その中身については「性的自由」ないし「性的自己決定権」と捉えるのが通説的見解といえる(大塚仁ほか編・大コンメンタール刑法〔第3版〕(9)[亀山継夫=河村博]65頁等)。
 これに対し,近年,「性的自由」「性的自己決定権」という言葉では,重大な保護法益侵害の実態を十分に捉え切れていないのではないかとの問題提起がされており,強制わいせつ罪及び強姦罪等の法益侵害性の中心はその暴力性にあるとの指摘や,被害者の人格や尊厳をも侵害するものであるとの指摘がされ(木村光江「強姦罪の理解の変化」曹時55巻9号2343頁等),新たな説明も様々に試みられている(例えば,井田良「性犯罪の保護法益をめぐって」研修806号3頁は,他人からのアクセスを欲しない「身体的内密領域」を侵害しようとする性的行為からの防御権という意味での性的自己決定権であるとし,山中敬一「強制わいせつの罪の保護法益について」研修817号3頁は,「性的不可侵性」であるとする)。
3.本判決における保護法益の捉え方
 強制わいせつ罪及び強姦罪等の保護法益とされる個人的法益の中身をどのように表わすのが最も適切かという近年の議論自体は,性的意図の要否を検討する上では直接関係するものではないことから,本判決には,その点への言及はないものの,「今日では,強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするに当たっては,被害者の受けた性的な被害の有無やその内容,程度にこそ目を向けるべき」と判示し,強制わいせつ罪及び強姦罪等の保護法益とされる個人的法益を念頭に解釈すべきことが示されているものと思われる。なお,本判決が強制わいせつ罪及び強姦罪等を「性的な被害に係る犯罪」として判示しているのも,被害者の存在する強制わいせつ罪及び強姦罪等を,社会的法益を保護法益とする公然わいせつ罪やわいせつ物頒布罪等と区別して捉えていることを示すものと思われる。
Ⅱ.性的な被害に係る犯罪規定の特質
1.社会の受け止め方との関係
 性的な行為に関しては,その性質上,男女の社会的地位,夫婦・家族のあり方,多様な性的指向に関する理解等を含む広義の文化を踏まえなければ,その処罰規定を正確に理解することが困難という側面がある。強姦が犯罪とみなされること自体は,かなり普遍的な理解であったように思われるものの,それが何故犯罪とされるのかについての理解や,強姦罪の外延となるような性的行為のどこまでを犯罪として捉えるのかに対する理解は,時代,地域,宗教,道徳観,社会(男性優位社会か,男女同権社会か等をも含む)が形作る広義の文化によって,かなり異なる。そのため,性的な被害に係る犯罪は,何が犯罪なのか,そしてその外延をどのように捉えるべきなのかは,それぞれの社会の受け止め方を踏まえなければ決することができないと考えられ,この点は,普遍的な理解が比較的容易な生命・身体・財産に対する罪とは大きく異なる特質といえる。
 諸外国においても,昭和45年(1970年)以降だけをみても,性的な被害に係る犯罪規定は,各国の実情に応じて,構成要件を含めた大きな改正がされている(刑事比較法研究グループ「本企画の概要」刑事法ジャーナル45号4頁において,イギリス,アメリカ,カナダ,ドイツ,スイス,フランスの状況について詳細に論じられている)。このような諸外国における立法の動きは,本判決が判示しているように「その時代の各国における性的な被害の実態とそれに対する社会の意識の変化に対応していることを示すもの」とみることができ,性的な被害に係る犯罪規定の特質の現われの一つとして理解できる。
 このようなことから,本判決は「元来,性的な被害に係る犯罪規定あるいはその解釈には,社会の受け止め方を踏まえなければ,処罰対象を適切に決することができないという特質があると考えられる。」と判示し,性的な被害に係る犯罪規定を解釈する場面においても,社会の受け止め方とその変化を踏まえたものでなければならないとしたものと思われる。
2.性的な被害に係る犯罪に対する我が国における社会の受け止め方の変化
 個人の尊厳,男女平等を普遍的価値と認める社会においては,性的な行為は対等な関係の下で自由意思に基づいて行われるべきものとの考え方へと社会の受け止め方や規範意識が変化していき,やがては,社会全体として,男性だけではなく女性の視点も踏まえて性的な被害の実態等が見直されていく流れは必然的なものと考えられる(平成22年に閣議決定された「第3次男女共同参画基本計画」等参照)。
 また,性的コミュニケーションを交わすのが男女間には限られないとの理解から,その外延が徐々に広がっていくという流れもある。このような大きな流れとしての変化は,各国の実情や各国の社会の受け止め方による差異があるとはいえ,諸外国の法改正や後述のような我が国の刑法改正の状況に照らしてみても共通して認められるように思われる。
 もっとも,社会の受け止め方の変化は,ある日突然生じるものではなく,緩やかに変化していく場合が多いと考えられるし,意識変化の方向性やスピード感も各社会(各国)の実情によって差異が当然生じてくる性質があることにも留意が必要と思われる。
 そこで,我が国における社会の受け止め方について,昭和45年当時と比べた変化をみると,以下のような点を指摘できるものと思われる。
(1)保護法益の学説上の理解の変化
 前述のとおり,強制わいせつ罪及び強姦罪等の保護法益に関し,昭和45年当時には,個人的法益に加えて道徳的色彩をもつ社会的法益に対する罪であることが強調されたり,「貞操」に言及されたりすることもあったが,現時点で,道徳的犯罪である点を強調するものはみられないし,「貞操」に言及する見解も見当たらない。このような保護法益の理解の変化自体,社会一般の性的な被害に係る犯罪に対する理解の変化を反映しているものと思われる。