児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録記録被告事件弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 hp@okumura-tanaka-law.com)

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今後まず行われるべきことは, イレズミの安全性を確保するための方途を検討し,実施に移すことであろう。 辰井聡子「医行為概念の検討-タトゥーを彫る行為は医行為か-」立教法学97号

技術においてはイレズミ先進国であるはずの日本で, こうした取り組みが遅れているのは, イレズミを反社会的なものと捉える社会通念が根強く存在した(する)ためと考えられる。
すでに述べたように,免許制度には,危険性を伴うが有益である行為を保護するための制度という側面がある。
イレズミが,比較的最近まで,前近代の遺物ないし排除されるべき反社会的勢力の象徴とみなされていたとすれば,免許制度その他の仕組みによって「保護」するという発想も浮かぶことはなかったであろう。
しかし,その間に, イレズミを取り巻く状況は大きく変わっていった。
イレズミは,第二次大戦後に非犯罪化こそされたものの, イレズミをめぐる保健衛生の向上と被施術者の保護が国によって構想されることはなかった。
その結果, イレズミによって発生しうる公衆衛生上の危険は,すべて施術者,被施術者双方の自己責任の下に置かれてきたのである。
2 イレズミ規制の方向性
現代において, イレズミは,反社会的勢力の専有物ではない。
アートとしてのイレズミ, ファッションとしてのイレズミは,国内外で,広く一般の人が楽しむものとなり,先住民族の文化復興運動の高まりに伴って,伝統文化としてのイレズミの価値にも脚光があたっている。
日本国内でも,比較的最近まで風習としてイレズミを保持していたアイヌ文化,琉球奄美文化の伝統を,明治以降の日本が不当に取り扱ってきた歴史が認識されつつある。
日本にとって,イレズミは,排除されるべき対象から,改めてその価値を認め,社会的に包摂されるべき対象に変わっていることを, まずは率直に認めなければならないであろう。
一方で, イレズミの施術は,身体に対する有意の侵襲であり,安全性を保つための社会的仕組みがあることが望ましい。
本稿で検討してきたように,医師法は当然のこととしてこれを禁止の対象に含めておらず, ほかにイレズミを規制する法律も存在しない。
すでに述べたように, イレズミの危険が「自己責任」の下におかれてきたのは, イレズミが反社会的なものと位置づけられてきる。
したがって,今後まず行われるべきことは, イレズミの安全性を確保するための方途を検討し,実施に移すことであろう。
諸外国の取り組みを参考に, イレズミを施術する行為について,届出や認証の制度を設け,衛生基準の明確化や研修の確保,消費者への情報提供等を通じ,被施術者,施術者双方の保護がなされることが望ましい。
過渡的な手段としては,業界団体の自主的な資格・自主基準に委ねる方法も考えられるが,身体への侵襲性,衛生上の危険性の程度に鑑みると,立法を通じて,公的な制度が設けられるのがより適切と思われる。
その際にはあわせて,江戸末期以降,十分な根拠なく「反社会的」なものとして扱ってきたイレズミを,改めて社会的に包摂するための措置が取られるべきであろう。
たとえば, イレズミを理由とした入浴施設等の利用拒否については,不当な差別と位置づけ,その抑制が図られる必要があると思われる。
おわりに
イレズミは,禁止の対象ではなくなった後も,その安全性を保つための公的な取り組みによる保護や恩恵を受けることなく放置され,施術者・被施術者の自己責任の下に置かれてきた。
今回の取締りは, そうした状況の中で, もっとも真摯にイレズミに取り組み,高い安全性を保った施術を行ってきた被告人を突然おそったものである。
イレズミ規制の歴史に対する配盧も,医師法の趣旨への理解もなく,医師法17条の不当な拡大解釈によって気まぐれに行われたこのような取締りを司法が追認するようなことがあれば, わが国が法の支配する社会であるという事実すら危ういものとなる。
「安全性」の標語の下に安易な拡大傾向が認められてきた「医行為」の概念について,本稿が投じた一石が,妥当な判断を求める社会の動きにつながることを期待したい。