児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録記録被告事件弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 hp@okumura-tanaka-law.com)

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「わいせつな行為」とは,性的自由が保護法益であることから,公然わいせつ罪(174条)におけるわいせつ概念より広く,被害者の性的羞恥心を害する行為をいうと解すべきである(中森65頁)。 西田典之著・橋爪隆補訂刑法各論第7版p98

西田典之著・橋爪隆補訂刑法各論第7版p98
2「わいせつな行為」とは,性的自由が保護法益であることから,公然わいせつ罪(174条)におけるわいせつ概念より広く,被害者の性的羞恥心を害する行為をいうと解すべきである(中森65頁)。したがって,相手の意に反して接吻する行為は,現在では公然わいせつ罪にはあたらないであろうが,本罪を構成する(東京高判昭和32.1.22高刑10巻1号10頁)。ただし,一般人の見地からみても性的差恥心を害する行為であることが必要であろう。具体的には,乳房や陰部を触る行為(名古屋高金沢支判昭和36.5.2下刑3巻5=6号399頁),裸にして写真を撮る行為(東京高判昭和29.5.29判特40号138頁),少年の肛門に異物を挿入する行為(東京高判昭和59.6.13刑月16巻5二6号414頁)等が本罪にあたる。改正前の刑法においては,強姦罪の被害者が女性に限定されていたため,男性に性交を強要する行為も本罪を構成していたが,平成29年改正によって,この場合にも強制性交等罪が成立することになった。
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4本罪は故意犯であるから,本条後段の罪については,被害者が13歳未満であることの認識を必要とする。相手を13歳以上と誤信して,その同意を得てわいせつな行為をした場合は事実の錯誤として故意を阻却する。
なお,判例は,本罪を傾向犯と解し,わいせつな行為が「犯人の性欲を刺激興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行なわれること」を要するとして,報復目的で被害者の女性を裸にして写真撮影をしても本罪にあたらないとしている(最判昭和45.1.29刑集24巻1号1頁〔100〕)。しかし,本罪の保護法益を性的自由と解する以上,行為の法益侵害性は行為者の主観的意図により左右されるものではないから,この結論は不当である(実質的に同旨の立場をとるものとして,東京地判昭和62.9.16判時1294号143頁〔101〕)。後述のとおり,最大判平成29年11月29日(裁時1688号1頁〔102〕)は,昭和45年判例を変更し,性的意図を一律に本罪の成立要件とすることは相当ではないと判示している。性的意図の要否について本文で述べたように,昭和45年判例は性的意図を必要と解していたが,その後の下級審裁判例には,性的意図が不要である旨を判示するものも散見された(たとえば東京高判平成26.2.13高刑速(平26)45頁)。このような中,大阪高平成28年10月27日(高刑69巻2号1頁)は,被告人が,被害女児(当時7歳)に自らの陰茎をくわえさせるなどしてこれを撮影したが,被告人の主張によれば,その目的は第三者に画像データを送信して金銭を得ることにあり,性的意図はなかったという事件について,性的意図は不要として,強制わいせつ罪の成立を認めた。被告人の上告に対して,最大判平成29.11.29は,次のように判示して,上告を棄却している。
「刑法176条にいうわいせつな行為と評価されるべき行為の中には,強姦罪に連なる行為のように,行為そのものが持つ性的性質が明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等如何にかかわらず当然に性的な意味があると認められるため,直ちにわいせつな行為と評価できる行為がある一方,行為そのものが持つ性的性質が不明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ当該行為に性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為もある。その上,同条の法定刑の重さに照らすと,性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが同条にいうわいせつな行為として処罰に値すると評価すべきものではない。そして,いかなる行為に性的な意味があり,同条による処罰に値する行為とみるべきかは,規範的評価として,その時代の性的な被害に係る犯罪に対する社会の一般的な受け止め方を考慮しつつ客観的に判断されるべき事柄であると考えられる。そうすると,刑法176条にいうわいせつな行為に当たるか否かの判断を行うためには,行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案によっては,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ないことになる。したがって,そのような個別具体的な事情の一つとして,行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難い。しかし,そのような場合があるとしても,故意以外の行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当でなく,昭和45年判例の解釈は変更されるべきである。」本判決は,「性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とする」べきでないという限度で昭和45年判例を変更するものであり,強制わいせつ罪の成否において,常に性的意図が不要という趣旨の判断ではない。すなわち,①本件被告人の行為のように,行為それ自体に性的な意味が強く認められる行為については,行為者の主観面を問わず,わいせつ行為と評価されることになるが,②性的な意味を帯びているが,客観的には性的意味が必ずしも強くない行為(たとえば児童を抱きかかえる行為など)については,わいせつ行為に該当するか否かは,その「行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮」する必要があり,その判断要素として「行為者の目的等の主観的事情」も考慮されることになる。この場合には,主観的事情の内容の1つとして,行為者の性的意図も考慮される場合がありうるだろう。もっとも,本判決は「行為者の目的等の主観的事情」という表現を用いており,判断要素として考慮されるべき主観的事情は性的意図に限定されていない。たとえば行為者の性的傾向,行為に及んだ動機・目的なども判断資料に含められる可能性があるだろう。したがって,この類型についても性的意図は不可欠の要件とまではいえず,性的意図が認められないとしても,それ以外の主観的事情などによってわいせつ性が肯定される余地が残されているように思われる。これに対して,③行為者が特殊な性的傾向を有しており,一般的には性的意味を有しない行為を,性的意図に基づいて実行した場合には,そもそも当該行為が客観的に性的意味が乏しい以上,行為者の主観的事情を考慮するとしても,わいせつ行為と評価することは困難であろう。本判決が,わいせつ行為性の判断において,「行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえ」る必要がある旨を判示しているのも,このような趣旨に基づくものと解される。