児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録記録被告事件弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 hp@okumura-tanaka-law.com)

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匿名起訴の6パターン(城祐一郎「殺傷犯捜査全書」)

 福井地裁の事件で、起訴状では匿名だったが、検察官請求証拠に実名が出ていたので、判決では実名が出て、判決書謄本で被害者名をマスクしようとした事件があったので、一応控訴しておいた。

名古屋高裁金沢支部平成27年7月23日
    判    決
 上記の者に対する強要,強要未遂,児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反被告事件について,平成27年1月8日福井地方裁判所が言い渡した判決に対し,被告人から控訴の申立てがあったので,当裁判所は,検察官立石英生出席の上審理し,次のとおり判決する。
    主    文
 本件控訴を棄却する。
    理    由
 本件控訴の趣意は,弁護人奥村徹作成の平成27年4月6日付け控訴趣意書,同月10日付け控訴趣意書,同年5月19日付け控訴趣意補充書及び同月21日付け控訴趣意補充書のとおりであるから,これらを引用する。論旨は,第1回公判期日における弁護人の釈明内容を踏まえると,不法な公訴受理,審判の請求を受けない事件について判決をした違法,理由不備,訴訟手続の法令違反及び法令適用の誤りを主張するものである。
第1 控訴趣意中,不法な公訴受理(刑訴法378条2号違反)の主張について
 論旨は,要するに,検察官は,起訴状記載の公訴事実において,各被害児童について,それぞれその実名で特定できる証拠があるにもかかわらず,それをしないまま起訴し,変更後の訴因(以下「本件訴因」という。)においても,各被害児童を,その被害当時の居住場所,年齢並びにインターネットアプリケーション「LINE」(以下「LINE」という。)において使用する名前及びユーザーIDで特定した(以下「本件特定方法」という。)だけで,その氏名で特定しなかったところ,個人的法益に対する罪である強要罪並びに平成26年法律第79号による改正前の児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下「児童ポルノ法」という。)7条3項の児童ポルノ製造罪(以下「3項製造罪」という。)及び同法7条4項の児童ポルノ公然陳列罪にあっては,本件訴因は特定されているとはいえないから,刑訴法256条3項に違反しており,公訴棄却されるべきであるのに,公訴を棄却せずに実体判断をした原判決には,不法に公訴を受理した違法がある,というのである。
 そこで検討するに,公訴事実は,裁判所に対し審判請求の範囲を特定するとともに,被告人に対し防御の範囲を特定することを目的とするものであることから,特に個人的法益に対する罪については,犯罪の客体である人についても,それが具体的事実によって特定されている必要があり,一般的には,その実名を記載することが,その特定のための最も確実かつ簡明な方法である。
 しかしながら,人を特定するにあたって,訴因の特定が求められる目的にもとらない限り,必ずしもその氏名を表示しなくても,訴因不特定として違法となることにはならないと解されるところ,本件において,LINE上では,各個人には一つのユーザーIDが付され,他に同一のユーザーIDを使用する者が存在しないことから(原審甲12),各被害児童に係るユーザーIDを付すことで,各被害児童は,客観的に特定されていると認められ,本件特定方法により各被害児童を特定したとしても,審判請求の範囲を画することにおいて,特に支障は生じないというべきである。
 また,本件は,被告人が,LINEを通じてインターネット上で知り合った18歳未満の被害児童2名に対し,同児童らがいずれも18歳に満たないことを知りながら,それぞれ脅迫して,同児童らをしてその裸体等を撮影させ,その写真画像データ等を送信させるなどした上,その画像データ等をそれぞれインターネット上で公然と陳列するなどしたという事案であり(なお,以下では,原判示第1における被害児童を「被害児童A」,同第2における被害児童を「被害児童B」という。),被告人は,各被害児童の実名を知らないことがうかがわれることからすれば,本件訴因で特定された犯行の日時,場所,犯行方法による特定のほか,各被害児童がLINE上で使用していた名前や被害当時の居住場所を併せ考えることで,被告人において,自らのどの行為が犯罪に問われているのか識別することも十分可能であり,被告人自身も,捜査段階において,それらにより,被疑事実を識別した上で,本件各犯行を自白している(原審乙3ないし7)。また,被害当時の各被害児童の年齢が特定されていることから,各被害児童が児童ポルノ法2条1項に定める児童に該当することも明らかとなっている。そうすると,上記のような本件事案の内容,性質から,検察官が,起訴状の公訴事実に各被害児童の実名を特定して記載する証拠を収集していたとしても,その実名を起訴状に記載することにより,各被害児童の名誉等が侵害され,あるいは,被告人が各被害児童の実名を知ることで,再被害を受けることを考慮して,各被害児童につき,実名で特定せず,本件特定方法によって特定した上,公訴を提起したとしても,訴因の特定方法として十分合理性があり,本件訴因については,その特定に欠けるところはないというべきである。
 弁護人は,本件とは全く別の,被害者を,単に「被害者」としか記載せずに起訴された事例を挙げて,種々論難するが,いずれも本件訴因から離れた一般的,抽象的な主張に過ぎず,採用できない。
 以上によれば,本件公訴を棄却せずに実体判断をした原判決に,不法に公訴を受理した違法はなく,論旨は理由がない。
第2 控訴趣意中,審判の請求を受けない事件について判決をした違法の主張について
 論旨は,要するに,本件訴因では,各被害児童の実名を秘匿し,LINEのID等を用いた本件特定方法によって各被害児童が特定されていたのに,原判決は,訴因変更を経ることなく,その罪となるべき事実において,各被害児童をその実名で特定しているから,原判決には,刑訴法378条3号後段にいう審判の請求を受けない事件について判決をした違法がある,というのである。
 しかしながら,証拠によれば,本件訴因に記載された各被害児童と原判決の罪となるべき事実に実名で記載された各被害児童とがいずれも同一人物であることは明らかであって,原判決には,審判の請求を受けない事件について判決をした違法はなく,被告人に対し不当な不意打ちを与えたことにもならない。論旨は理由がない。
第3 控訴趣意中,理由不備の主張について
 論旨は,要するに,弁護人に対して交付された原判決書抄本では各被害児童の氏名がマスキングされており,他に特定事項がないので,被害児童は1名であると解するほかないのに,「争点に対する判断」の第2の3項において,被害児童が別人であると認定した原判決には,理由不備の違法がある,というのである。
 しかしながら,原判示第1の1ないし3における被害児童Aと,同第2の1ないし3における被害児童Bが別人であることは記録上明らかである(なお,原審裁判所が弁護人に対して交付した原判決書抄本においても,各被害児童の年齢(当時17歳と15歳)や所在地(福井県内と北海道内)からすれば,両者が別人であることは極めて容易に見て取れる。)から,論旨はその前提を欠いており,理由がない。
第4 控訴趣意中,訴訟手続の法令違反の主張について
 論旨は,要するに,原審裁判所は,弁護人からの原判決書謄本交付請求に対し,各被害児童名を秘匿した抄本を交付したが,刑訴法46条は,判決書謄本交付請求に対し裁判所の裁量で一部をマスキングした抄本を交付することを認めておらず,弁護人が交付を受けた原判決書抄本によっては,被害児童が何名いるのかも確認できず,控訴審における被告人の防御活動上支障を生じるから,原審裁判所の上記措置には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。
 しかしながら,刑訴法379条にいう「訴訟手続」とは,原判決の直接の基礎となった審判手続をいうと解されるところ,弁護人の原審裁判所に対する刑訴法46条に基づく判決書謄本交付請求は,原判決の宣告が終了し,原判決書も作成された後にされたものであることは明らかであるから,同請求に対し判決書抄本を交付した原審裁判所の手続は,刑訴法379条の「訴訟手続」には当たらないというべきである。したがって,その余の点について検討するまでもなく,論旨は理由がない。

城祐一郎「殺傷犯捜査全書」p1070

起訴状における対応
一方,起訴状については,被告人の手元に直接に届くものであるだけに, これに被害者特定事項が記載されるとなれば,被害者の上記意図は全く無視されるということになろう。
(1)近時の取組
この点について, 「近年,性犯罪やストーカー規制法違反等の起訴状の公訴事実において,被害者の氏名を実名で記載せず,氏名とは別の表記によって被害者を特定する実務上の取扱いがなされるようになってきている。」(初澤由紀子「起訴状の公訴事実における被害者の氏名秘匿と訴因の特定について」慶應法学31号229頁) ことが広く知られるようになっている。
そして, その際の被害者氏名の記載に代わる被害者特定のための表記の方法としては,
①被害者の氏名をカタカナ表記にし,被害者の生年月日や年齢とともに記載する')。
②被害者が被害に遭った後婚姻するなどして姓が変わった場合において,被告人がこれを知らない場合,被害当時の被害者の旧姓を記載する2)。
③被害者のいずれかの親の氏名及び続柄,被害者の年齢を記載する3)。
④被害者が自宅で被害に遭った後,転居した場合,犯行場所を記載した上,「当時○○○(犯行場所)に単身居住していた女性(当時○歳)」などと記載する4)。
⑤被告人が被害者の勤務先や学校名を把握していて,被害者の通称名や姓又は名だけを知っている場合, 「○○○(勤務先や学校名)に勤務する(通学する) 『△△△』(通称名,姓又は名) と称する女性(当時○歳)」などと記載する5)。
⑥被告人が被害者の携帯電話のメールアドレスなど電子機器の唯一無二の識別番号を把握していた場合, 「携帯電話のメールアドレスが○○@△△だった女性(当時○歳)」などと記載する6)。
という方法が採られていることが知られている(前出・初澤244, 245頁)。
(2)考察
このような被害者の特定を秘匿する記載であっても,刑訴法256条3項が規定する
公訴事実は,訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには,できる限り日時,場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。
との訴因の特定に対する要請に反するものではないと考えられる(もっとも,裁判所がそれでは訴因の特定として不十分であると判断した場合には,公訴棄却判決(同法338条4号)がなされることになる。)。
このような方法を採ることは可能であるにしても,最終的に, そのような記載方法で訴因の特定として十分であるかどうかを判断するのは裁判所であり,現在のところ,個々の裁判所がどのような判断をするかは必ずしも予見できるものではない。したがって,被害者に対し,事前にこのような記載での起訴状で裁判を行うことができると確約することはできないこととなる。
また,仮に, このような記載で裁判が行われたとしても,判決には実名が記載されてしまう例が多く, そのような場合には,判決謄本の交付の際に,当該実名をマスキングすることで対応するしかないという問題も残されている。
l)①の方式での公訴事実による起訴を認めて,判決が言い渡された裁判例としては,住居侵入,強姦致傷及び強制わいせつ等に関する平成26年7月2日横浜地裁判決(公刊物未登載),電車内におけるいわゆる迷惑防止条例違反事件に関する平成26年7月16日横浜地裁判決(公
刊物未登載),通行中の女性に対する強制わいせつ等事件に関する平成26年8月7日前橋地
裁判決(公刊物未登載),住居侵入, ストーカー規制法違反事件に関する平成25年5月7日前橋地裁太田支部判決(公刊物未登載)などがある。
2)②の方式での公訴事実による起訴を認めて,判決が言い渡された裁判例としては,住居侵入,強姦事件に関する平成25年6月6日東京地裁判決(公刊物未登載),通行中の女性に対する強制わいせつ事件に関する平成25年9月20日東京地裁判決(公刊物未登載),住居侵入,強盗強姦事件に関する平成26年2月21日横浜地裁判決(公刊物未登載)などがある。
3)③の方式での公訴事実による起訴を認めて,判決が言い渡された裁判例としては,公園内において行われた女児に対する強制わいせつ等事件に関する平成25年11月12日東京地裁判決(公刊物未登載),駅構内において行われた強制わいせつ事件に関する平成26年1月15日東
京地裁判決(公刊物未登載),電車内における強制わいせつ事件に関する平成25年12月3日東京地裁判決(公刊物未登載),同様の事件に関する平成25年11月28日横浜地裁判決(公刊物未登載)などがある。
4)④の方式での公訴事実による起訴を認めて,判決が言い渡された裁判例はない。逆に,被害者の実名を記載するよう起訴状の補正を検察官に求め,応じなければ公訴棄却判決をするとして,被害者の実名での補正をさせた上で実体判決を行った,住居侵入,強制わいせつ事件に関する平成25年12月26日東京地裁判決(公刊物未登載)がある。
5)⑤の方式での公訴事実による起訴を認めて,判決が言い渡された裁判例としては, ストーIo74第3篇殺傷犯捜査手続法カー規制法違反事件に関する平成25年7月12日東京地裁判決(公刊物未登載)などがある。
6)⑥の方式での公訴事実による起訴を認めて,判決が言い渡された裁判例としては,児童買春・児童ポルノ禁止法違反,脅迫等事件に関する平成26年6月16日水戸地裁土浦支部判決(公刊物未登載),離婚訴訟中の妻の交際相手に対する脅迫事件に関する平成26年9月30日水戸地裁下妻支部判決(公刊物未登載)等がある(以上,前出・初澤247~250頁参照。)。