児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録記録被告事件弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 hp@okumura-tanaka-law.com)

性犯罪・福祉犯(監護者性交罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

性的意図不要説になるとわいせつ行為として有罪になるような治療行為の例(福岡地裁H20.2.4 なお福岡高裁h21.5.28で全部無罪

 性的意図で有罪・無罪を分けています。
 

       準強制わいせつ被告事件
福岡地方裁判所判決平成20年2月4日
   本件公訴事実中,平成18年8月10日付け起訴状記載の公訴事実については,被告人は無罪。

       理   由

(罪となるべき事実)
 被告人は,福岡市中央区(以下略)において診療所「C」を開設していた産婦人科医師であるが,診察を装ってわいせつな行為をしようと企て,
第1(平成18年9月23日付け起訴分)
   平成18年3月28日午後1時過ぎころ,同診療所において,不妊治療を求めて来院したB(当時26歳)に対し,同女が被告人から正当な診察を受けるものと信じて抗拒不能の状態に陥っているのに乗じ,同女の陰部と顔が同一フレームに入った写真をデジタルカメラを用いて撮影し,もって人の抗拒不能に乗じ,わいせつな行為をした
第2(平成18年9月1日付け起訴分)
   平成18年4月4日午前10時55分ころ,同診療所において,生理痛の治療を求めて来院したA(当時16歳)に対し,同女が被告人から正当な診察を受けるものと信じて抗拒不能の状態に陥っているのに乗じ,同女の陰核部を手指でなで回してもてあそび,同女の陰部と顔が同一フレームに入った写真をデジタルカメラを用いて撮影し,もって人の抗拒不能に乗じ,わいせつな行為をした
ものである。
(証拠の標目)
(事実認定の補足説明)
第1 平成18年8月10日付け起訴状記載の公訴事実について
 1 争点
   平成18年8月10日付け起訴状記載の公訴事実の要旨は,「被告人は,平成18年4月11日午後6時ころから同日午後7時ころまでの間,Cにおいて,生理を遅らせる薬剤の処方を求めて来院したI(当時17歳)に対し,同女が被告人から正当な診察を受けるものと信じて抗拒不能の状態に陥っているのに乗じ,同女の両乳房を両手でもみ,膣内に挿入した手指を多数回にわたり前後に動かしてもてあそび,その陰部をデジタルカメラで撮影した上,『見てごらん』などと言いながら上記撮影に係る陰部の画像を同女に見せ,もって人の抗拒不能に乗じ,わいせつな行為をした。」というものである。
   弁護人は,被告人が,I(以下,「I」という。)の乳房の触診及び膣内の内診を行った際,両乳房を両手でもみ,膣内に挿入した手指を多数回にわたり前後に動かしてもてあそんだ事実はなく,また,被告人が,Iの陰部をデジタルカメラで撮影した上,Iに対しその画像を見せた事実はあるが,かかる行為は正当な医療行為として行ったものであって,わいせつ意図を欠くから,被告人は無罪である旨主張しており,被告人も公判廷において弁護人の主張に沿う供述をしている。
   当該公訴事実に関する争点は,①被告人が,Iに対して行った乳房触診の態様,②被告人が,Iの膣内に挿入した手指を多数回にわたり前後に動かした事実が認められるか,③被告人が,Iの陰部を撮影した上,その画像をIに見せた行為が,わいせつ行為と認められるかの3点であるところ,当裁判所は,これらの争点についてはいずれも検察官の主張を採用せず,犯罪の証明がないものとして刑事訴訟法336条により無罪を言い渡すべきであると判断したので,以下,かかる判断に至った理由について,補足して説明する。
 2 証拠上容易に認められ,検察官と被告人との間で争いのない事実(以下「前提事実」という。)
  (1) 被告人は,平成4年に医師免許を取得し,平成9年8月1日に判示冒頭の場所に診療所「C」(以下「本件診療所」という。)を開設し,以後,同診療所において産婦人科医として働いていた。
  (2) Iは,平成18年4月11日午後6時ころ,実母とともに本件診療所を訪れ,生理を遅らせる薬の処方を求めたところ,受付の担当者から「医師が内診をしないと薬は出せないので,内診を受けていただきます。」と言われた。その後,20分ほど待合室で診察の順番を待った後,Iは診察室に通され,同人の実母は待合室で待機していた。
  (3) Iが被告人の問診に対し,「ちょっと胸が痛いです。」と答えたところ,被告人は,Iに着衣をまくり上げて乳房を露出させるように指示し,乳房の触診を行った。
  (4) 被告人は,体操着の短パンと下着を脱いでベッドに仰向けに横たわり,スカートを腹部付近までまくり上げたIに対し,膣内の内診を行った。
  (5) その後,被告人は,Iの陰部を指で触り,Iに対し「こんなところにホクロがあるの知ってる。」と告げ,Iが「知りません。」と答えると,被告人は,「見せてあげるからね。」と言ってIの陰部をデジタルカメラで撮影し,Iに「ほら,見てごらん。」と言いながらデジタルカメラ液晶モニターに映し出されたIの陰部の画像(甲26号証3頁左列最下1点)を見せた。その際,被告人は,Iに「ホクロの大きさが7ミリ以上になると悪性の可能性もあるから,これからもホクロの経過を見せてもらうね。」などと告げ,Iの陰部に薬を塗布した。
  (6) 被告人は,Iに対する診察が終了した後,Iに対して診察結果を説明するとともに,同人に対し母親も一緒に説明を受けた方がよい旨を告げ,Iの実母を診察室に招き入れて,診察結果を同人にも告げた。
  (7) Iの実母は,同月14日ころ,本件診療所に電話して,被告人がIにわいせつ行為をしたのではないかと抗議したところ,被告人は「治療の一環です。」と述べた。
  (8) Iの診療録(弁20号証)の平成18年4月11日付けの部分には,「既往症・原因・主要症状・経過等」の欄に乳房の図が描かれており,左乳房の中心部付近に,「induration」(しこりの意)との記載がされている。
 3 争点①(被告人がIに対して行った乳房触診の態様)及び争点②(被告人がIの膣内に挿入した手指を多数回にわたり前後に動かした事実が認められるか)について
  (1) Iの公判供述の検討
   ア Iの公判供述の要旨
     「私は,平成18年4月11日,生理を遅らせる薬の処方を受けるために,本件診療所を訪れた。受付で20分くらい待った後,被告人から問診を受け,性交経験の有無,初交年齢,性交経験人数を聞かれ,さらに『最後にやったのはいつ。』という言い方で,最後に性交した時期を聞かれた。私は,被告人の言葉遣いがいやらしく,お医者さんらしくないと感じた。」
     「私は,問診を受けた後,被告人から乳房触診を受けた。私は,本件以前に乳房触診を受けたことはない。被告人は,私の正面の椅子に座り,服をまくり上げて露出した私の左右両方の乳房を,両手で同時に,指と掌を私の乳房につけた状態で,両手の指を広げ,手をすぼめたり広げたりするようにしてもんだ。被告人の力の入れ方は平板で,強弱の変化はなく,被告人の手が触れる場所も変化はなかった。私の視線は,まくり上げていた私の衣服で遮られていたので,被告人の手の動きは目で見ていないが,感触で前記のような動きをしていると感じた。被告人が胸をもむ速さは,大体1秒間に1回程度であり,乳房をもんでいた時間は,二,三分間だった。手つきが気持ち悪かったので,早くやめてほしかった。被告人は,私の乳房をもんだ後,私の乳房にしこりがあると言っていた。被告人に言われたしこりの位置は,私の左乳房の中央付近であり,弁20号証4頁目の乳房の図に『induration』と書かれている位置と一致している。その後,被告人は,私の左右どちらかの乳房を強く握り,乳房触診を終了した。乳房触診の際,看護師が同席していたかは覚えていない。」
     「次に,別室に移って内診を受けた。私が,履いていた短パンと下着を脱ぎ,ベッドの上に横たわって脚を開いたところ,被告人は,私の膣に,ゴム手袋をはめた指を入れ,それを1秒間に二,三往復の速さで何度も前後に動かした。内診の際,被告人の指の動きや力の方向が変わったことはない。被告人が指を前後に動かしていた時間は,三,四分程度だったと思う。内診を受けた時間については,捜査段階では5分くらいとか,10分くらいとか言っていたかもしれないが,それは被告人からされた内診が相当嫌で,長く感じたために,そのように述べたのだと思う。被告人の膣内に入れていない方の手は,どこにあったかはわからないが,私の下腹部を押さえてはいなかった。膣内には気持ち悪い痛みがあり,少し痛かったし,気持ち悪かったので,早くやめてほしかった。ただ,内診を受けるのは初めてだったし,相手が医者だったので,何も言えなかった。下腹部に掛けられたタオルで,私には被告人の指の動きを目で見ることはできなかったが,指の動きは感触で分かった。内診の際,看護師は同席していた。」
     「内診を受けた後,私の陰部を見ていた被告人が,『ほくろあるの知ってる。』と言ったので,私が『知りません。』と答えたところ,被告人から『見せてあげるからね。』と言われ,私は『ああ,はい。』と返事をした。その後,被告人から,私の陰部が写ったデジタルカメラのモニターを見せられ,ほくろの位置を示されて,今後気を付けたほうがよいとか,大きくなるようだったら注意しようね等と言われ,経過を見ると言われた。」
     「診察後,被告人からカンジダの薬やピルについて説明された。その際,被告人が『次は彼氏といつエッチするの。』と聞いてきた。言葉遣いが気持ち悪いと感じた。診察後の説明を受ける前に,被告人から『お母さんにも説明しようか。』と聞かれたが,私は当時,被告人の診察が産婦人科で行われる通常の診察であり,特別いやらしい行為をされたとは思っていなかったので,特に母親と一緒に聞こうとは思わなかった。ただ,説明の途中で,被告人が再度母親を呼ぼうかと言ってきたので,結局母親も一緒に聞いた。」
     「私は,本件当日も被告人の診察を気持ち悪いと感じたが,わいせつな行為を受けたと感じたのは,後日,被告人から受けた診察の内容を母親や友人に話したところ,母親からは,診察時間が長すぎるし,陰部に指を出し入れするのはおかしい旨,友人からは,デジタルカメラで陰部を撮影することと,膣内に挿入した手指を前後に動かすことはおかしい旨をそれぞれ言われたためである。」
   イ 信用性の検討
    (ア) Iは,本件診療所を初めて訪れた患者であり,被告人との間に特段の人的関係は有していないことからすると,Iには,公判廷に出頭した上,あえて虚偽を述べてまで,被告人を罪責に陥れる動機は認められない。しかしながら,I供述に対しては,以下の指摘をすることができる。
    (イ) 前記2(8)のとおり,Iの診療録(弁20号証)の本件当日の部分には,Iの乳房について被告人が得た所見が記載されている上,Iは,乳房触診の後に被告人から説明されたしこりの位置と,診療録に記載されたしこりの位置とが合致している旨述べていることからすると,被告人が,Iに対する乳房触診により,同人の乳房のしこりの位置について一定の所見を得た事実が認められる。しかし,産婦人科医である証人D(以下,「D」という。)及び同J(以下,「J」という。)の各公判供述によれば,Iの述べるような乳房触診の態様によっては,しこりの位置について正確な所見を得ることは難しいものと認められる。そうすると,被告人が,Iの乳房触診に際して,単にIの乳房をもむような行為を続けるのみであった旨のI供述は,診療録の記載に合致しないというほかない。
    (ウ) Iは,被告人が,Iの膣内に挿入した手指を1秒間に二,三往復させる行為を,少なくとも三,四分間継続して行った旨述べる。しかし,手指をかかる速度で三,四分間前後させ続けること自体,相当の肉体的な負担を伴うもので困難と思われることに加え,Iの供述によると,被告人は,その間単に指の前後運動を繰り返すのみだったというのであり,かかる単調な行為を継続するのは,わいせつ行為としても不自然な感じがすることは否めない。
    (エ) 産婦人科医である証人H(以下,「H」という。)及びJ証人の各公判供述によれば,乳房触診においては,左右の両乳房の対称性を確認するために,両手で両乳房に同時に触れることもあり得ること,通常の乳房触診においても,乳房を押すような動作や掴むような動作を行う場合があることが認められ,内診についても,D証人及びJ証人の公判供述によれば,患者の膣内に挿入した手指を前後に動かす動作もあり得ることを認めることができる。そうすると,産婦人科における通常の診察行為においても,Iが供述する被告人の行為態様とある程度類似した行為を行うことがあり得ることになり,加えてIが乳房触診及び内診における被告人の手指の動きを直接目で見たわけではなく,いずれも感触に基づいて供述していること,Iは本件以前に乳房触診及び内診を受けた経験がないことを考え合わせると,Iが通常の診療行為として行われた乳房触診及び内診を前記のようなわいせつ行為と誤解した可能性があることを払拭できない。
    (オ) Iは,乳房触診及び内診を受けること自体について抵抗感を有していた旨供述していること,そもそも生理を遅らせるための薬剤の処方を受けることのみを目的として本件診療所に来院したところ,過去に受診した別の産婦人科医からは乳房触診や内診を受けることなく同様の薬剤の処方を受けることができたのとは異なり,予想外に乳房触診や内診を含む多数の検査を行われたことなどからすると,被告人に対して不信感を持ったために,通常の診察行為をわいせつ行為と誤解した可能性があることを否定できない。
      また,Iは,被告人の診察をわいせつ行為であると感じた経緯について,診察を受けた後にその模様を母親及び友人に話したところ,わいせつ行為をされたのではないかとの指摘を受けたためである旨述べており,これら周囲の人物の影響により,事後的に被告人から受けた診察行為がわいせつ行為であると思い込んだ可能性があることも否定できないというべきである。
    (カ) なお,検察官は,本件診療所の患者であったA(以下,「A」という。)及びB(以下,「B」という。)が,それぞれ被告人から,Iの述べる乳房触診及び内診の態様と概ね同様の診察を受けたことがある旨供述していること,同診療所において看護師として勤務していたF(以下,「F」という。)が,被告人が患者に対してIの述べる乳房触診及び内診の態様と概ね同様の診察を行うのを目撃した旨の供述をしていることを,Iの公判供述の信用性を増強する事情として主張する。
      しかしながら,仮にこれらの者の供述が信用でき,被告人が,A及びBその他の患者に対し,Iが述べるような態様の乳房触診及び内診を行った事実が認められたとしても,被告人がIに対しても同様の行為を行ったことが推認されるものではないから,検察官の主張は失当である(なお,Fは,Iが本件の診察を受けた際,看護師として立ち会っていた者であるが,Fは被告人のIに対する診察の様子は覚えていない旨供述しているところ,仮に被告人の診察内容がIが述べる態様のとおりのものであったとすれば,Fの印象に強く残っているのが自然であると思われることに鑑みると,同人がIの診察状況について記憶がない旨供述していることは,かえってIの公判供述の信用性を減殺するとすらいえる。)。
    (キ) 以上より,Iが被告人から受けた診察の内容を誤解した上で供述している可能性があることを払拭できず,Iの公判供述の信用性には疑問が残るといわざるを得ない。
  (2) 争点の検討
    Iの公判供述の信用性に疑問が残ることから,被告人がIに対し,同人の述べるような態様で乳房触診及び内診を行った事実を認定することはできない。よって,争点①及び争点②については,検察官の主張は採用しない。
 4 争点③(被告人が,Iの陰部を撮影した上,その画像をIに見せた行為が,わいせつ行為と認められるか)について
  (1) Iの陰部を撮影した上,その画像をIに見せる行為が,徒に性欲を興奮又は刺激せしめ,普通人の正常な性的しゅう恥心を害する行為となりうることは明らかである。したがって,被告人が,かかる行為をわいせつな意図の下に行ったとすれば,当該行為はわいせつ行為と認められる。しかしながら,以下の諸事情に照らすと,被告人が,当該行為時にわいせつな意図を有していたと認めるには,なお合理的な疑いが残るというべきである。
  (2) 検察官は,そもそもIの陰部を写真撮影し,これを同人に示す医学的な必要性は認められず,被告人があえてこれを行ったのは,わいせつな意図を有していたからである旨主張する。
    そこで検討すると,被告人は,患者の陰部の写真撮影を行う目的につき,患者に対する病状の説明の際に,口頭のみや図を示しながらの説明よりも,陰部の写真を見せながら説明する方が患者にとって理解しやすいことから,説明目的で撮影する場合が主である旨述べ,その他,患者ないしその親族が診察後に再説明を求めてきたり,クレームを述べてくることが予想される場合にはこれらに対応するために,また患部の経過観察が必要と思われる患者の場合には経過観察を可能にするために,それぞれ陰部の写真を撮影している旨述べている。そして,Iの場合には,Iの陰部にあるほくろが,今後悪性黒色腫に変化する可能性もあると考えたことから,写真を見せながら同人にその旨を説明するとともに,今後の経過観察のために陰部を撮影した旨述べる。
    この点,産婦人科医師である証人D,J及びK(以下,「K」という。)は,患者に病状を説明するために,その陰部の写真を撮影した上,これを患者に示す行為自体は有効である旨述べている。中でもK証人は,用いる機器がビデオカメラであるという違いはあるものの,同人自身も日常業務において,患者の陰部に病変がある場合にその画像を患者に示しつつ病状の説明を行っている旨述べている。これらの供述に照らすと,患者の陰部に病変等がある場合に,それを撮影して患者に示す行為が,患者に対し病状説明を行う上で有効であること自体は否定し難い。
    そして,Iの陰部の写真に写されているほくろについて,D証人は,写真を撮影するまでの必要はないと考えた旨述べるが,同人の供述は当該ほくろが通常のほくろであって,特に悪性黒色腫であることが疑われるものではないことを根拠としていると思われるところ,J証人及びH証人は,本件当時,当該ほくろは悪性黒色腫ではないものの,それに変化する可能性があることを疑ってもおかしくないものであり,患者に対してその旨を説明する際に写真を示すことも妥当である旨供述している。
    そうすると,Iの陰部のほくろについて,これを撮影した上でIに見せる医学的な必要性がないとはいえないから,前記の検察官の主張には理由がない。
  (3) 検察官は,陰部の写真撮影は,患者の性的しゅう恥心を著しく害する行為であるから,患者の明示的な同意を得て行う必要があるところ,被告人はIから陰部の写真撮影についての同意を得ておらず,これは被告人がわいせつ意図を有していたことを裏付けるものである旨主張する。
    この点,被告人は,陰部の写真を撮影する前に,患者に対し「写真を撮りますがいいですか。」などと尋ね,患者から明確な承諾を得られない限り撮影はしていなかった旨述べているのに対し,Iは被告人から明確に陰部の写真を撮影する旨言われたことも,それに対する同意を求められたこともない旨供述しており,両者の供述は食い違っている。
    しかしながら,Iの述べるところを前提としても,前記のとおり,被告人は,Iの陰部を写真撮影する前に,同人の陰部を指で触りつつ,同人に対し「こんなところにホクロがあるの知ってる。」と告げ,Iが「知りません。」と答えると,被告人は,「見せてあげるからね。」と言って陰部の写真を撮影したこと,その後Iに陰部が映し出されたデジタルカメラのモニターを見せていることを認めることができる。そうすると,被告人は,Iに対し,事前に写真撮影をすることをうかがわせる発言をした上,同人の陰部を写真撮影し,事後的にはIに対して撮影した陰部の写真を見せているのであって,いわゆる隠し撮りのように,Iに知られないように同人の陰部の写真を撮影したというわけではない(なお,F供述によれば,被告人は患者のみでなく看護師がいる面前でも患者の陰部を写真撮影していたことが認められ,看護師及び患者に対し陰部の写真を撮影していることを隠すような態度に出たという事実は認められない。)。仮に被告人がわいせつな意図の下にIの陰部の写真を撮影したのであれば,これを同人やその他の人物に知られないようにするのが自然と思われることを考えると,被告人が陰部の写真撮影以前にIから明確な同意をとっていないからといって,被告人がわいせつな意図を有していたことを推認することはできない。
  (4) 検察官は,被告人は,本件以前に福岡市医師会から,陰部の写真を撮影する際には患者の同意を得た上で行うべきこと及び患者の陰部を撮影した際には当該写真を診療録に貼付すべきことを内容とする指導を受けていたにもかかわらず,本件診療所から押収された診療録1661綴のうち,陰部の写真が貼付されているのは9綴にすぎないことをあげ,これを被告人がわいせつな意図の下に写真撮影行為を行っていたことを裏付ける事実として主張している。
   ア E供述の信用性の検討
    (ア) 供述内容の要旨
      医師である証人E(以下,「E」という。)は,福岡市医師会の副会長として当該指導の際に同席していた者であるところ,公判廷において概ね以下のように供述している。
      「私は,平成16年9月24日,福岡市医師会に被告人の出頭を求め,診察内容について指導した。被告人に対して指導を行うことになったきっかけは,被告人が,診察中に陰部の写真撮影等の不適切な診療行為を行っているとのうわさがあったからである。」
      「患者の陰部の写真撮影を行っているか否かについて被告人に尋ねたところ,被告人は,患者の病状の記録及び記憶の為に陰部の写真撮影を行っていると述べた。医師会としては,陰部の写真撮影は,特異な症例の場合など必要最小限度に限るべきこと,撮影する場合には必ず患者の同意を得て,診療録にその旨を記載すべきこと,撮影した写真は診療録に添付すべきことなどを指導した。また,被告人が患者の陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影していることも問題となり,被告人に対して個人が特定できるような写真は撮影しないように指導した。」
      「医師会の指導は,会員である医師に対するアドバイスに過ぎず,強制力を有するものではないし,以後継続的に調査を行うという性質のものでもない。被告人に対する指導においても,被告人から,今後医師会の指導に従うかどうかについて明確な返答は得ていない。」
    (イ) 信用性の検討
      Eは,被告人に対し,患者の陰部と顔が同一フレームに入った写真など,個人が特定できるような写真は撮影しないように指導した旨供述する。しかし,E自身はかかる写真を確認したことはなく,指導内容及びそれに対する被告人の返答についても,極めてあいまいな供述をするにとどまっている。また,Eの捜査機関に対する供述調書には,医師会が被告人に対してかかる指導をした旨は一切記載されていない。当該指導において,被告人が患者の陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影していることが問題となり,それについて指導したのであれば,かかる事実はEにとって強い印象に残っているはずであるから,捜査機関に対して当該指導の内容について述べるのが自然である上,仮に同人が捜査機関に対して当該指導内容について何らかの供述をしたのであれば,本件事案の内容に照らして,捜査機関が当該供述内容を録取しないことは考え難い。そうすると,Eは捜査機関に対して当該指導については述べていないものと認めるほかなく,同人の公判供述は,捜査段階から不自然に変遷しているといえる。
      また,Eは,写真撮影に際して同意を得ているかどうか尋ねた際の被告人の回答について,検察官の再主尋問に対しては,正式には同意をとっていないが,正当な医療行為として許されると考えている旨回答したと供述する。しかし,弁護人の再反対尋問に対しては,被告人は患者の同意を得ていない旨明確に回答したことはないと供述を変遷させ,さらに検察官の再々主尋問に対しては,やはり同意をとっていない旨回答したと供述し,再度供述を変遷させている。加えて,Eの捜査機関に対する供述調書には,被告人が患者の同意なく写真を撮影していると答えた旨の記載は一切ない。被告人が写真撮影に際して患者の同意を得ていたか否かは,捜査機関が捜査上の重大な関心を有していた事柄であると思われることからすると,Eの供述調書に当該記載がない事実は,Eが捜査機関に対しては前記の供述をしていなかったことを推認させる。そうすると,Eの公判供述は,捜査段階からも不自然に変遷しているといえる。
      Eの公判供述には,上記の他にもあいまいな点や不自然な点が見られ,全体として信用性に乏しいというほかない。
   イ 関係各証拠によれば,被告人が,本件に先立つ平成16年9月24日に,医師会から診療方針についての指導を受けたこと,押収された本件診療所の診療録1661綴のうち,陰部の写真が貼付されているのは9綴のみであることは認めることができる。
      しかしながら,前記のようにE証言を信用することができない以上,被告人が検察官の主張する内容の指導を受けたこと自体を認定することができない。また,仮に被告人が医師会から検察官が主張するとおりの内容の指導を受けた事実があるとしても,E自身,医師会の指導には強制力がなく,被告人の明確な返答を聴取してもいないと述べていること,医師会の指導は,陰部の写真撮影は学術的稀少例のみについて行うべきであることを前提とするもので,被告人が念頭に置いている患者に対する説明目的での写真撮影とは前提が異なることに照らすと,被告人が医師会からの指導内容に従わなかったからといって,それがわいせつ意図を基礎づけるとまでは言い難い。
     以上より,この点に関する検察官の主張には理由がない。
  (5) 検察官は,患者の陰部を撮影する場合,診察用に限定された専用の撮影機器を用いるべきであるのに,被告人が陰部の撮影に用いたデジタルカメラは,プライベートでも使用していたものであるとして,これを被告人がわいせつ意図を有していたことを基礎づける事実として主張する。
    確かに,被告人が患者の陰部等を撮影するために使用していたデジタルカメラ付属の記録媒体を解析し,消去されていた画像を復元した結果によれば,同媒体にA及びBの陰部等の画像と,被告人のプライベート画像が記録されていたこと,これらの画像はすべて上記デジタルカメラで撮影されたことが認められる(甲27,54,56,57)。
    もっとも,この点について被告人は,A及びBの陰部等を撮影したデジタルカメラは,もともとプライベート用に使っていたものであるが,それ以前に診察用に使用していたデジタルカメラが平成18年1月か2月ころに故障したことから,プライベート用のデジタルカメラを診察用に転用したのであり,記録媒体に残されているプライベートの画像は,プライベート用のデジタルカメラを診察用に転用する以前のものである旨供述しているところ,画像とともに保存されている撮影日時の情報によれば,プライベートのものと思われる画像は平成17年12月30日から平成18年1月3日までのものであり,診察時に撮影したと思われる画像は同年3月14日から同年4月4日までのものとなっており,前記の被告人供述と合致している。その他,被告人の当該供述部分の信用性に疑問を差し挟むべき事情は証拠上認められず,したがって被告人供述の信用性を排斥できない以上,検察官の前記主張は,被告人がわいせつ意図を有していたことを基礎づけるものとはいえない。
  (6) 検察官は,被告人が,被告人宅から押収されたMOディスク内に,患者の陰部を撮影した画像を,プライベート画像と区別せずに保存していたことをもって,被告人がわいせつ意図を有していたことを基礎づける事実として主張する。
    確かに,被告人宅から押収されたMOディスク内に,患者の陰部等を撮影したと思われる画像と,プライベートと思われる画像が混在していることは認められる(甲28)。もっとも,これらの画像が撮影された時期は平成11年から平成12年ころであり(一部平成18年の日時が表示されているものは,撮影日時の情報が画像とともに保存されていないため,解析時の日時が表示されたものである。),本件とは時期に隔たりがあることからすると,これをもって被告人が本件当時にわいせつ意図を有していたことを基礎づける事情とするのは困難である。よって,この点についての検察官の主張も理由がない。
  (7) 以上のほか,検察官が縷々主張する点を検討しても,被告人がわいせつ意図を有していたことを認めるに足りる事情はない。
    他方,証拠上,被告人は,Iの病状説明の際に同人の母親の同席を勧め,実際にも母親に対してもIの陰部にほくろがある旨及び悪性であれば外科的手術が必要である旨を述べていること,医師会による指導に対し,陰部の画像を撮影していることを認めた上,今後も継続するつもりである旨述べていることを認めることができるところ,被告人がわいせつな意図の下にIの陰部の写真撮影を行ったとすれば,これらの行動に出ることは考え難いから,これらの事実は被告人がわいせつ意図を有していなかったことを推認させるといえる。そうすると,被告人が,Iの陰部を写真撮影した上,これを同人に見せた行為を,わいせつ意図の下に行ったと認めることはできないというべきである。
 5 結論
   以上の次第であって,平成18年8月10日付け起訴状記載の公訴事実に関する争点①ないし③のいずれについても検察官の主張を採用することはできず,当該公訴事実については被告人は無罪であると判断した。
第2 平成18年9月1日付け起訴状記載の公訴事実について
 1 争点
   平成18年9月1日付け起訴状記載の公訴事実の要旨は,「被告人は,平成18年4月4日午前10時55分ころ,本件診療所において,生理痛の治療を求めて来院したAに対し,同女が被告人から正当な診察を受けるものと信じて抗拒不能の状態に陥っているのに乗じ,同女の陰核部を手指でなで回してもてあそび,その陰部をデジタルカメラで撮影した上(Aの陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影した行為を含む。),上記撮影に係る陰部の画像を同女に見せ,もって人の抗拒不能に乗じ,わいせつな行為をした。」というものである。
   弁護人は,被告人が,Aの陰核部を手指でなで回してもてあそんだ事実はなく,また,被告人が,デジタルカメラを用いて,同人の陰部の写真及び陰部と顔が同一フレームに入った写真をそれぞれ撮影した事実はあるが,かかる行為は正当な医療行為として行ったものであって,わいせつ意図を欠くから,被告人は無罪である旨主張しており,被告人も公判廷において弁護人の主張に沿う供述をしている。
   当該公訴事実に関する争点は,①被告人が,Aの陰部を手指でなで回してもてあそんだ事実が認められるか,②被告人が,Aの陰部をデジタルカメラで撮影した上,その画像を同女に見せた行為が,わいせつ行為と認められるか,③被告人が,Aの陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影した行為が,わいせつ行為と認められるかの3点であるところ,当裁判所は,争点①及び③については弁護人の主張を採用せず,犯罪の証明があるものとして判示第2のとおりの事実を認定し,他方,争点②については検察官の主張を採用しなかったので,以下,かかる判断に至った理由について,補足して説明する。
 2 前提事実
  (1) Aは,生理痛の治療を目的として,平成17年12月1日に本件診療所を初めて受診し,以後,平成18年4月4日まで,本件を含めて合計6回本件診療所に来院した。
  (2) Aは,平成18年4月4日,生理痛の治療を目的として,本件診療所に来院した。被告人は,下着を脱いで診察用のベッドに横たわったAに対し,陰部の診察を行った。
  (3) その後,被告人は,デジタルカメラを用いて,Aの陰部のみの写真と,Aの陰部と顔が同一フレームに入った写真(甲27号証8頁右列最下1点〔甲39号証3頁はその拡大写真〕及び9頁左列3点)を撮影し,陰部のみの写真については,デジタルカメラ液晶モニターに映しだしてAに見せ,「ここ色違うやろ。」などと告げた。陰部と顔が同一フレームに写っている写真については,Aには見せなかった。
  (4) Aは,被告人の診察を受けた後,同月8日にも診療予約を入れたが,同日には来院せず,以後本件診療所に来院した事実はない。
  (5) 前記の陰部と顔が同一フレームに入った写真は,診察用のベッドの上に仰向けに横たわり,開脚して陰部を露出したAを,下半身方向から陰部と顔が同一フレームに入るように撮影したもので,Aの陰部の小陰唇後方から会陰後連部にかけて発赤が認められる。また,当該写真は,平成18年4月18日までの間に消去されている。
  (6) Aの診療録(弁21号証)の平成18年4月4日付けの部分には,「既往症・原因・主要症状・経過等」の欄に,「発赤++」「candida」「痒みあまりないと」「おりもの++」との記載がある。
 3 争点①(被告人が,Aの陰部を手指でなで回してもてあそんだ事実が認められるか)について
  (1) Aの公判供述の検討
   ア 供述内容の要旨
     「私は,平成18年4月4日,生理痛の治療を受けるために,本件診療所を訪れた。私が,診察室に入り,下半身の下着を取ってベッドに横になったところ,被告人が私の足下に座り,陰核部を指の腹で触ってきた。目で直接見たわけではないが,感触で分かった。被告人は,1秒間に2回くらい,小さい円を描くようにして私の陰核をなで回す行為を,20秒以下くらいの間続けた。被告人は,私の陰核を触る前に,私に対して陰核に触れる理由や,陰核部に病変があることなどは言わなかった。私は,陰核部が女性の性感帯であることは知っていたことから,被告人に触られて気持ち悪く感じた。被告人が私の陰核部をなで回している間,被告人の指は私の陰核部から離れなかった。」
     「その後,被告人は,私の陰部を見てカンジダがあると言い,『けっこうやられとうね。』と言っていた。被告人から,陰部にかゆみがないかと質問されたが,それに対する私の返答は覚えていない。その後,被告人は,私に陰部が写ったデジタルカメラのモニターを見せ,『色が変わっとるやろ。』と言った。もっとも,デジタルカメラのモニターは2秒程度しか見せてもらえなかったし,私からの距離も離れていたので,私には色が変わっているのかどうかはわからなかった。陰部の写真を撮る前に,被告人からは,陰部の写真を撮ることの同意は求められなかったし,何故陰部の写真を撮るかの説明もされなかった。被告人からは,診察を受けた後,カンジダの薬をもらい,今後自分で塗っておくように言われた。」
     「私がこのとき,被告人から見せられた画像は,私の陰部が写ったもの1枚だけであり,警察で本件についての事情聴取を受けた際,陰部と顔が同一フレームに入った写真があることを初めて聞かされた。警察からは,一旦消去した写真を,警察が復元したものである旨の説明を受けた。」
     「私は,被告人の診察行為が気持ち悪いと感じていたが,医療行為だと信じていたので,その場で被告人にやめてくれるように頼むなどはしなかった。平成18年7月に,被告人が患者にわいせつ行為をした疑いで逮捕されたことをニュースで知った際には,驚くと同時に,自分が受けた診察を振り返って,思い当たることがあった。その後,警察から私に連絡があり,被告人を告訴するように説得され,私自身は恥ずかしい思いもあったが,告訴することを決意した。」
   イ 信用性の検討
    (ア) Aの公判供述は,実際にそれを体験した者でなければ語り得ない迫真性を有しており,不自然な点や不合理な点はない。Aは,平成17年12月1日から本件に至るまで,合計6回本件診療所に通院し,乳房診や内診を含む一通りの診察を受けた経験があり,被告人による産婦人科的診察には慣れていると思われることから,緊張や被告人に対する不信感などに基づく誤解や思いこみの可能性は低いといえる。
    (イ) 弁護人は,後記の被告人の公判供述を受けて,被告人がAの陰核部及びその周辺を視診するために,①陰核包皮をまくり上げるようにした行為,あるいは②陰核部周辺に付着していたおりもの等を指で除去した行為を,Aが陰核部をなで回されたものと誤解した可能性がある旨主張する。
      しかしながら,被告人が①及び②の行為を行ったこと自体,抽象的可能性にすぎない。また,①の行為については,仮に被告人がかかる行為を行ったとしても,その動作は直線的な動作になるものと思われ,少なくとも陰核部に当てた指を円を描くように十数秒間動かし続けるとは考えられないのであって,Aの述べる行為態様との間には大きな隔たりがあるから,Aが両者を誤解したとは考え難い。また,②の行為については,被告人の行為態様が,陰核部周辺の付着物を軽くぬぐうようなものであったとすれば,これをAが十数秒間にわたって陰核部をなで回されたものと誤解するとは考え難いし,他方で付着物を時間を掛けてぬぐうようなものであったとすれば,被告人がAに告げることなく同人の供述内容と類似するような態様で同人の陰核部に触れたとは考え難い(後記のようにその旨の被告人供述は信用できない。)ことから,結局,②の行為についても誤解の可能性はないといえる。そうすると,弁護人の指摘がAの公判供述の信用性を減殺するものではない。
    (ウ) 弁護人は,Aが被告人を告訴した経緯が,捜査機関の方からAに接触し,被告人が患者に対してわいせつ行為をしていることを告げた上,Aに被告人を告訴するように求めたというものであることから,その過程でAが被告人からわいせつ行為をされたものと思い込んだ可能性がある旨主張する。
      しかしながら,Aが被告人を告訴するに至る経緯が上記のようなものであるとしても,Aは,被告人の診察行為について,診察中に気持ち悪いと感じていたこと,被告人が逮捕されたことを知った際に自己が受けた診察に照らして思い当たる点があったことを明確に供述している上,平成18年4月8日にも診療予約を入れておきながら,本件以後一切通院していないことに照らすと,Aが,本件当時既に被告人からわいせつ行為をされたと感じていたことを認めることができる。なお,Aは,本件の後直ちに被告人に対して抗議をするとか,家族等周囲の人物に相談するなどの行動はとっていないが,Aは,本件当時16歳の高校生であったことからすると,しゅう恥心から被告人にされた行為を被告人あるいは自己の周囲の人物に訴えることができなかったとしても,何ら不自然ではない。さらに,Aの述べる被告人を告訴しようと考えた経緯も,合理的で納得のできるものである。以上より,Aが被告人を告訴するに至る経緯が,Aの供述の信用性を減殺するとはいえず,弁護人の前記主張は失当である。
  (2) 被告人の公判供述の検討
   ア 供述内容の要旨
     「私が,平成18年4月4日にAを診察したことは間違いないが,診察中,Aの陰核部に触った記憶はない。もっとも,Aの陰部の写真を見たところ,Aの陰部には陰核周辺に及ぶ外陰炎があること,Aが陰核包茎であることからすると,私が,陰核自体あるいは陰核周辺の炎症の程度を視診するために,指で陰核包皮をめくりあげるようにした動きを,Aが陰核を触られていると感じた可能性はあると思う。また,Aの診療録にはおりものが多い旨の記載がなされていることから,同人の陰核部がおりものや恥垢で汚れており,それによって陰核部の視診が困難であったとすれば,私が,視診をするために陰核部に付着しているおりもの等を指で拭い,Aがその動作を陰核を触られていると感じた可能性はある。患者の中には,陰部におりもの等がべったりと付着した状態で来院する者もおり,そのような場合には付着物をぬぐうのにある程度時間がかかる場合もある。陰部におりもの等が付着している場合には,通常の内診台を使用している病院であれば洗浄器具を用いると思うが,私の診療所では内診台ではなく普通のベッドを使用しており,洗浄器具を使えないことから,陰部周辺の付着物等を指でぬぐうことがある。」
   イ 信用性の検討
     しかし,被告人の公判供述に対しては,以下の指摘をすることができる。
    (ア) 医師G(以下,「G」という。)及びH証人は,患者の陰核部に触れることは患者のしゅう恥心を害するおそれが強い行為であるため,診察においては陰核部には極力触れるべきでない旨供述しており,患者の陰核部に極力触れるべきでないことは,産婦人科医にとって常識的事項であると認められる(被告人自身,陰核部に触れることは極力避けるべきであることを認めている。)。そうすると,やむを得ず陰核部に触れるのであれば,その旨及びその理由を患者に告げるべきであり,またそれが自然と考えられるにもかかわらず,被告人はそれらの行動をとった旨は一切述べていない。
    (イ) Aの診療録には,おりものが多い旨の記載(「おりもの++」)が認められ,これは一見被告人の供述を裏付けるようにも見える。しかしながら,Aの陰核部及びその周辺に少量の付着物があるのであれば,これを手指でぬぐうこともあり得ないとはいえないとしても,おりもの等が視診を困難にするほど大量に付着していたのであれば,手指ではなく消毒液をしみこませた綿球などを用いておりもの等をぬぐう方が容易かつ適切であると思われるにもかかわらず(被告人は,前記のとおり患者の陰核部周辺には極力触れるべきでない旨供述しているほか,患者の膣内の洗浄に際しては,綿球を用いる旨供述している。),あえて手指でぬぐう方法を選択するのは不自然である。被告人は,内診台ではなくベッドを用いていることから,洗浄器具を用いることはできない旨述べるが,前記のとおり綿球やガーゼ等,手指以外の物を用いることは可能なのであるから,被告人の説明は合理的とはいえない。
  (3) 争点の検討
    以上より,A供述を信用すべきであり,被告人供述は信用すべきではない。そして,信用できるA供述によれば,被告人がAの陰核部をなで回すように触れた事実を認めることができ,かかる行為が正当な医療行為としてはあり得ないことは,被告人自身も認めるところである。
    そうすると,被告人がわいせつな意図をもって,Aの陰核部をなでまわしたことは,優に認めることができる。したがって,この点に関する弁護人の主張は採用しない。
 4 争点②(被告人が,Aの陰部をデジタルカメラで撮影した上,その画像を同女に見せた行為が,わいせつ行為と認められるか)について
  (1) 当該争点について,被告人がわいせつ意図を有していたことを基礎づける検察官の主張は,概ね前記第1の4と同様であることから,以下,Iと異なるAの個別事情について検討する。
  (2) 写真撮影の必要性
    被告人は,Aの陰部の写真を撮影した理由について,Aの陰部に外陰炎と思われる発赤が認められるところ,同人は外陰炎の自覚症状(かゆみ等)に乏しかったことから,画像を示して病状説明をするためと,Aは高校生であり,親を同伴していなかったことから,事後に親に再説明をする可能性を考えたためである旨述べている。
    そこで,Aの陰部が写された写真(なお,証拠上,Aの陰部のみを撮影した画像は見当たらないが,被告人自身撮影したこと自体は認めており,またAも当該画像を見せられた旨供述していること,Aの陰部と顔が同一フレームに入った写真は一旦消去された後に復元されたものであり,陰部のみの写真については復元することができなかった可能性もあることからすると,被告人が陰部のみの写真を撮影したこと自体は認定することができる。)を見ると,陰部の小陰唇後方から会陰後連部にかけて外陰炎と思われる発赤が認められる。G証人は,外陰炎は産婦人科においてはありふれた病気であり,特段写真撮影をした上で患者に見せる必要性はない旨供述し,H証人もまた,写真を示して説明することにある程度の意義はあると思うが,あえて写真撮影まですることはなく,口頭の説明で足りるのではないかと思う旨供述していることに照らすと,Aの陰部について,写真を撮影する必要性があったかについては疑問が残る。もっとも,前記G証人は,患者に自覚がない場合には写真に撮って見せることもあり得る旨供述しているところ,Aの診療録の平成18年4月4日の部分を見ると,「痒みあまりないと」との同人に自覚症状がなかったことを示すともとれる記載があり,これは被告人の供述を裏付けるものといい得ることからすると,Aが外陰炎の自覚に乏しかったとの被告人供述の信用性を排斥できず,したがってまた陰部の写真を撮影した上,これをAに見せて病状を説明することの必要性も否定しきれないというべきである。
  (3) 同意の取得状況
    前記のとおり信用できるA供述によれば,被告人はAに対し,陰部の写真を撮影することについて明確な同意を得ず,また撮影する理由を説明することもないままに,陰部の写真を撮影したことが認められる。
    もっとも,被告人は,Aの写真を撮影する前に,同人の陰部を視診し,カンジダがある旨を告げていること,写真を撮影した後は,これをAに示していることが認められることからすると,明確な同意を得ていないことが医学上妥当か否かは別として,前記第1の4(3)において検討したように,これをもって被告人がわいせつ意図を有していたと推認することはできない。
  (4) 以上のように,検察官が主張する諸点を検討しても,被告人がわいせつ意図を有していたというには合理的疑いが残り,結局,争点②については検察官の主張を採用しない。
 5 争点③(被告人が,Aの陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影した行為が,わいせつ行為と認められるか)について
  (1) 被告人が,Aの陰部と顔が同一フレームに入った写真(以下,「本件写真」という。)を撮影したことについては争いがないところ,本件写真を撮影する行為が,徒に性欲を興奮又は刺激せしめ,普通人の正常な性的しゅう恥心を害し得る行為であることは明らかである。したがって,本争点についても,被告人が本件写真を撮影した当時,わいせつ意図を有していたかが問題となる。
  (2)ア 被告人は,後記のように,患者の顔と陰部を同一フレームで写真撮影した目的について,ある程度の期間保存する目的で陰部の写真を撮影した場合に,その写真がどの患者のものかを識別することを可能にするためである旨述べている。
     確かに,保存目的で患者の陰部の写真を撮影した場合には,それがどの患者のものであるかを識別し得る手段が必要であること,また,そのために本件写真が一定の有効性をもつことは,当公判廷において証人として証言した多くの医師が肯定するところである。
     しかしながら,そのようなメリットの反面,本件写真の画像が患者のしゅう恥心を著しく害するものであり,また万が一情報が流出した場合に患者のプライバシーを害する危険が大きいなど,デメリットの大きいものであることもまた,多くの医師が認めるところである。さらに,本件写真は,仮に患者が事後的にその撮影の事実を知った場合,撮影した医師に対する重大な不信を抱く可能性が極めて高く,医師にとってもデメリットの大きいものである。そして,産婦人科医師であれば,その診療方針の如何を問わず,これらのデメリットは容易に認識し得るものである。個人識別を目的とするのであれば,陰部の撮影の直後に当該患者の診療録番号を撮影するとか,陰部の写真を撮影した時刻を記録するなど,よりデメリットの小さい他の方法も容易に考え得ることからすると,あえて顔を含めた写真を撮影することの必要性は認め難い。そうすると,被告人があえてかかるデメリットの大きい本件写真を撮影したことは,わいせつ意図を有していたことを推認させるといえる。
   イ 前記のように,本件写真を撮影する行為が多大なデメリットを含む行為であることに照らすと,やむを得ず撮影するのであれば,患者に対し写真撮影の必要性を説明した上,患者から明確な同意を得るべきと思われ,D,G及びH等の医師も,本件写真を撮影するのであれば,患者に対し十分な説明をした上,明確に同意を得る必要がある旨述べている。それにもかかわらず,被告人は,本件写真の撮影について,撮影前にAの同意を得ていないばかりか,撮影後も本件写真を同人に見せておらず,同人に対し,本件写真を撮影したことを一切告げていない。このことは,被告人が,Aから本件写真を撮影することについて理解を得られないことを認識した上で,わいせつの意図であえて本件写真を撮影したことを推認させる。
     ところで,Aの陰部のみの写真については,前記のように,当裁判所は,これがAの明確な同意を得ずに撮影されたと認める一方で,同意を得ていないことをもって被告人がわいせつな意図を有していたと推認することはできないと判断した。しかしながら,陰部のみの写真と,陰部に加えて顔まで写った写真とでは,患者のしゅう恥心やプライバシーを害する程度に大きな隔たりがあり,同列に論じ得ないことは明らかである。また,陰部のみの写真の場合には,被告人は事前に写真を撮影することをうかがわせるような発言をし,また事後的には撮影した写真を患者に見せているのに対し,本件写真の場合には,これを撮影したことを患者に対して一切知らせていないのであり,全く事情を異にするというべきである。本件写真を撮影する際にも,陰部のみの写真を撮影する際と同様,患者に一言断りを入れることも容易であると思われるのに,あえてそれをしていないことは,被告人がわいせつ意図を有していたことを推認させるといえる。
   ウ 以上からすると,本件写真を撮影した際,被告人がわいせつ意図を有していたことを推認することができる。
  (3) 被告人の公判供述の検討
   ア 供述内容の要旨
     「私が,患者の陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影した理由は,ある程度の期間保存する目的で患者の陰部の写真を撮影した場合に,その写真がどの患者のものであるかを事後的に識別できるようにするためである。」
     「私が患者の陰部の写真を撮影した理由は,主に患者に対する病状説明のためであり,その場合には写真を保存する必要はない。しかし,患者が高校生などの若年者で親が同伴しておらず,事後的に親に対して再説明が必要になるかもしれないと判断した場合や,患者がクレームをつけてくるかもしれないと考えた場合,また陰部の病変の経過観察が必要と判断した場合には,陰部の写真をデジタルカメラの中に保存することにしており,その場合,後に陰部の写真がどの患者のものか識別できるようにするため,陰部の写真を撮影した直後に,陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影していた。」
     「以前は,陰部の写真を撮影した後に,診療録を撮影する方法をとったこともあるが,その方法によると診療録を撮り忘れることがたまにあり,また診療録を撮影する前に他の患者の陰部の写真を撮ってしまい,結局陰部の写真がどの患者のものかを特定できなくなることがあった。撮影した陰部の写真をすぐにプリントアウトして診療録に貼れば,事後的な識別の問題は生じないが,写真をプリントするのは時間がかかるし,本件で使用していたデジタルカメラはプリンターに直接接続できないものであったので,プリントアウトはしていなかった。」
     「陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影する際,患者の同意は得ていなかったが,その理由は,当該写真は,診療録に貼ったり学会に発表するなど他人の目に触れることを予定しておらず,単に私が陰部の写真の識別用に用いるものにすぎないことから,陰部のみの写真を撮影することの同意の他に,改めて同意を得る必要があるとは考えなかったからである。」
     「私は,陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影することが,患者のしゅう恥心を害するであろうことや,万が一当該写真が流出した場合の危険性について,全く考慮していなかったわけではない。しかしながら,陰部と顔が同一フレームに入った写真のアングルは,産婦人科医としては毎日見ているアングルであることから,それほどしゅう恥心を害するようなものであるとは思い至らなかったし,情報流出の危険性についても,たとえば個人情報が記載されている診療録の写真が流出した場合に比べれば問題が少ないと思っていたので,陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影することについては,さほど問題ではないと思っていた。」
     「Aについて,本件写真を撮影した理由は,はっきりと覚えていないが,Aが高校生であり,いつもは母親と一緒に来ているにもかかわらず,本件当日は一人で来たことから,後に母親に対する再説明が必要になる可能性を考えたからではないかと思う。」
   イ 信用性の検討
     しかしながら,被告人の公判供述に対しては,以下の指摘ができる。
    (ア) 被告人は,患者のしゅう恥心や情報流出の危険性など,陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影することのデメリットについては,あまり意識していなかった旨述べる。しかしながら,産婦人科医が患者のしゅう恥心に配慮しなければならないことは,産婦人科医師の間では常識的事実である上,H証言によれば,思春期外来においては特にかかる配慮の重要性が高いことを認めることができる。また,陰部と顔が同一フレームに入った写真が非常にプライバシー性の高いものであり,これが流出した場合にプライバシー侵害の程度が極めて高いことは常識的に明らかであって,陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影することのデメリットをあまり意識していなかった旨の被告人供述は,極めて不自然というべきである。
      被告人は,陰部と顔が同一フレームに入った写真のアングルは,産婦人科医として毎日見ているアングルなので,それほど患者のしゅう恥心を害するものであるとは考えなかった旨述べるが,それ自体合理的説明とはいえない。加えて,被告人は,写真撮影行為以外の産婦人科における診療行為については,内診台は患者がしゅう恥心を感ずることが多いため,本件診療所においては内診台を用いずに通常のベッドを用いている旨,思春期外来においては若年の患者がリラックスできるように言葉遣い等に配慮すべきである旨,産婦人科の診察においては,患者の愁訴にかかわらず全身を診療することで疾病の早期発見に努めるべきである旨など,患者への配慮の重要性について再三述べているのに比して,いかにも不自然である。
    (イ) 被告人は,陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影する目的について,再説明,クレームへの対応,経過観察のために保存を要する陰部の写真がどの患者のものか識別するためである旨述べる一方で,写真の保存については,概ね一,二週間程度保存した後に記憶に基づいて消去するか否かを判断していた旨述べる。しかしながら,個々の写真について,診療録を参照して診療状況や写真撮影後の患者の動向を確認することなく,画像と記憶のみに基づいて,被告人が述べる写真撮影の目的を達したか否かを判断することは,困難な場合が多いと考えられる上(被告人自身,写真を消去した後に患者に対する再説明等の必要が生じたこともあった旨述べている。),消去されない写真が記録媒体に蓄積されれば,画像と記憶のみに基づいて,消去する写真と保存する写真を選別することは益々困難となる。このように写真撮影の目的及び写真の保存状況についての被告人の供述は不自然であり,陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影する必要性がないのではないかと疑わせる。
    (ウ) 被告人は,Aの陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影した理由について,診察時に親が同伴していなかったことから,再説明の必要に備えるためであった旨述べる。しかしながら,前記のとおり,Aの陰部に認められる病変はありふれた外陰炎に過ぎず,同人に陰部の写真を確認させることに加え,さらに陰部と顔が同一フレームに入った写真まで撮影して,事後的な再説明に備えるまでの必要性があるとは考え難い。その他,Aはある程度継続的に通院している患者であって,被告人自身特に扱いにくい患者であるとの印象は持っていない旨述べているとおり,事後のクレームを予測させる要素が考え難いこと,Aの外陰炎が経過観察を必要とするものとは考えられないことからすると,被告人の述べる陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影すべき場合の基準に照らしても,Aについて顔を含めた画像を撮影する必要性があったとは考え難く,本件写真を撮影した理由についての被告人の説明は不合理である。
    (エ) Aは,本件の4日後の平成18年4月8日にも診療予約をしていたものの,同日来院せず,それ以降も来院していない。仮に被告人がAについて再説明の可能性を考慮していたのであれば,かかる事態になれば再説明の必要性を強く予期し,本件写真を保存しておくのが自然と思われるにもかかわらず,被告人は,同月18日の時点で既にAの写真を消去している。
      この点,被告人は,捜査段階において,予約をしていながら来院しない患者がいても,これを被告人が把握できるシステムになっていないこと,予約をしていながら来院しない患者は少なくないことを述べている。しかしながら,被告人の公判供述によれば,被告人は本件当時,相応の必要性を感じて本件写真を撮影したはずであるから(被告人は,陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影する患者は,全体の1割から2割程度にすぎない旨述べている。),Aについてはその他一般の患者と異なり,その後の通院状況等の動向を個別に確認した上で写真を保存するか否かを判断するのが自然であり,かつそれが可能と思われることに照らすと,被告人の説明は合理的とはいえない。
    (オ) 被告人は,Aについては本件写真を撮影している一方で,Iについては陰部と顔が同一フレームに入った写真は撮影していない。Iは診察時高校生であり,また被告人はIのほくろについて悪性黒色腫に変化する可能性があり,経過観察の必要性が高いと考えた旨供述しているのであるから,被告人が述べる陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影すべき基準に照らせば,Iの場合こそかかる写真を撮影すべき場合に該当するといえ,少なくともその必要性はAと比すれば格段に高いはずである。しかしながら,被告人は,Iについては陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影しておらず,自身の定立した撮影基準と行動が沿わないというほかない。
      この点,被告人は,Iのほくろについては経過観察の必要は感じていたが,ほくろは数年単位で変化するものであり,長期的な経過観察を必要とするところ,自分はデジタルカメラのデータ上で長期的な画像データの保存をする意思はないこと,長期的な経過観察を行うためには画像をプリントアウトして診療録に貼付することになるが,デジタルカメラがプリンターに直接接続することができないものであったため,印刷して診療録に貼付するのには手間がかかること,Iのほくろは,必ずしもすぐに悪性黒色腫に変化するようなものではないと考えたことから,Iについては画像の保存の必要はなく,とりあえずはI本人にほくろを見せた上,変化があれば皮膚科等を受診するように注意喚起すれば足りると考えた旨述べる。しかしながら,被告人は,Iのほくろの大きさ等を測定していないことから,写真を保存しなければ被告人自身がIのほくろの大きさ等からその経過観察を行うことは不可能であるが,他方で被告人は,Iの陰部の写真を撮影した理由について述べる中で,悪性黒色腫は極めて早期の発見及び治療を行わないと生命に関わるものであるとの認識を有している旨述べているのであるから,プリントアウトして診療録に貼付するまでの必要はないと考えたとか,Iに対する注意喚起で十分と考えたというのも不自然である。
      結局のところ,被告人は,写真撮影にかかわる自己の行動につき,一貫した合理的な説明ができておらず,これは陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影する目的についての被告人供述の信用性を減殺するものといえる。
  (4) 以上のように,本件写真は,その態様,撮影の必要性が認められないこと,Aに対し,そのような構図での写真を撮ることにつき同意のみならず,告知すらしておらず,また,撮影した写真についても見せていないこと等から,わいせつな意図の下に撮影されたものと認めることができ,これに反する被告人供述には不自然不合理な点が多く,信用できない。よって,争点③については,弁護人の主張は採用しない。
第3 平成18年9月23日付け起訴状記載の公訴事実について
 1 争点
   平成18年9月23日付け起訴状記載の公訴事実の要旨は,「被告人は,平成18年3月28日午後1時過ぎころ,本件診療所において,不妊治療を求めて来院したBに対し,同女が被告人から正当な診察を受けるものと信じて抗拒不能の状態に陥っているのに乗じ,同女の陰部をデジタルカメラで撮影し(Bの陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影した行為を含む。),もって人の抗拒不能に乗じ,わいせつな行為をした。」というものである。
   弁護人は,被告人が,デジタルカメラを用いて,Bの陰部の写真及び陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影した事実はあるが,かかる行為は正当な医療行為として行ったものであって,わいせつ意図を欠くから,被告人は無罪である旨主張しており,被告人も公判廷において弁護人の主張に沿う供述をしている。
   当該公訴事実に関する争点は,①被告人が,Bの陰部をデジタルカメラで撮影した行為が,わいせつ行為と認められるか,②被告人が,Bの陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影した行為が,わいせつ行為と認められるかの2点であるところ,当裁判所は,争点②については弁護人の主張を採用せず,犯罪の証明があるものとして判示第1のとおりの事実を認定し,他方,争点①については検察官の主張を採用しなかったので,以下,かかる判断に至った理由について,補足して説明する。
 2 前提事実
  (1) Bは,平成16年9月ころから,当初は生理不順の治療のため,その後は不妊治療のために,平成18年7月12日まで,本件診療所に通院しており,平成18年3月28日も不妊治療を受けるために本件診療所に来院した。
  (2) 被告人は,下着を脱いで診察用のベッドに横たわったBに対し,「おしりがかぶれてるみたいだよ。痛いやろ。かゆみはない。」と尋ねたところ,Bはかゆみよりもひりひりする旨答えた。被告人は,デジタルカメラを取り出し,Bに「最近デジカメを買ったんやけど,まだ使い方がよくわからなくてね。患者さんが見れないところを撮って,患者さんに見せてあげるために買ったんだよ。写真を撮るね。」などと述べ,Bが「はい。」と答えた後,Bの陰部及び肛門の写真(甲27号証8頁左列下2点)及び陰部と顔が同一フレームに入った写真(甲27号証7頁右列下2点及び8頁左列上2点)を撮影した。
  (3) その後,被告人は,「自分で見てごらん,こんなになっているよ。わかるやろ。」などと言いながら,Bに対し,デジタルカメラ液晶モニターに映しだされた同人の肛門の写真を二度にわたって見せた。
  (4) 被告人は,Bに「カンジダのように見えるね。軟膏を出しておくから,それを塗っても治らなかったら皮膚科を紹介するね。」と述べた。
  (5) 前記の陰部及び肛門の写真(甲27号証8頁左列下2点)は,中心に肛門が写され,陰部は画面の上方に下半分のみが写されており,肛門周辺に発赤が認められる。
  (6) 前記の陰部と顔が同一フレームに入った写真(甲27号証7頁右列下2点及び8頁左列上2点)は,いずれも診察用のベッドの上に仰向けに横たわり,開脚して陰部を露出したBを,下半身方向から顔と陰部が同一フレームに入るように撮影したものである。うち2点(甲27号証7頁右列下2点)は,被告人の指と思われるものが,Bの陰部を広げるような状態で撮影されている。
 3 争点①(被告人が,Bの陰部をデジタルカメラで撮影した行為が,わいせつ行為と認められるか)について
  (1) 当該争点について,被告人がわいせつ意図を有していたことを基礎づける検察官の主張は,概ね前記第1の4と同様であることから,以下,Iと異なるBの個別事情について検討する。
  (2) 写真撮影の必要性
    被告人は,Bの陰部及び肛門の写真を撮影した理由について,Bの肛門周辺にカンジダと思われる炎症が認められたところ,本人はひりひりする感じはあるがかゆみはない旨述べていたことから,写真を示してBに病状を説明するとともに,カンジダである旨の確定的診断ができなかったことから,経過観察のために撮影した旨述べている。
    そこで,Bの陰部及び肛門が写された写真(甲27号証8頁左列下2点)を見ると,肛門周辺に炎症様のものが認められる。この写真を見たH証人は,写真を示して説明することにもある程度の意義はあると思うが,口頭の説明で足りるのではないかと思う旨述べていること,Bは肛門周囲の病変について,かゆみはない旨述べているものの,病変の存在自体は認識していることに照らすと,口頭での説明に加え,さらに写真を撮影してこれを示す必要があるかについては疑問が残る。もっとも,J証人及びK証人など,写真を撮影してこれを患者に示すのも妥当であろうと述べる医師もいることに照らすと,写真を撮影する必要性がないとまではいいきれない。
  (3) 同意の取得状況
    前記2(2)のとおり,被告人は,Bに対し肛門周辺がかぶれていることを告げた上で,写真を撮影する旨告げ,これに対しBが「はい。」と答えた後,Bの陰部及び肛門が写った写真を撮影しており,被告人は,少なくとも肛門部分の写真を撮影することについては,Bの承諾を得ている。加えて,被告人が事後的にBに撮影した写真を見せていることからすると,前記第1の4(2)で検討したと同様に,被告人がわいせつ意図を有していたことを推認することはできない。
    なお,被告人は,当該写真の肛門が写った部分のみをBに見せ,陰部が写った部分については見せていないが,Bの病変が存在するのは肛門部分であることからすると,これをもって被告人がBの陰部も含めて撮影した事実を隠蔽しようとしたなどと評価することはできないから,これが前記の認定を左右するものではない(なお,当該写真には,陰部は下半分のみしか写っていないことに照らすと,そもそも被告人が意図的に陰部を撮影したとも考え難い。)。
  (4) 以上より,被告人がBの陰部及び肛門が写った写真を撮影した行為が,わいせつ意図の下になされたものと認めることはできず,争点①については検察官の主張は採用しない。
 4 争点②(被告人が,Bの陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影した行為が,わいせつ行為と認められるか)について
  (1) 前記第2の5(2)で検討したとおり,かかる写真を撮影する必要性は認め難い上,被告人はAと同様,Bに対してもかかる写真を撮影したことを一切告げていないことからすると,被告人がわいせつな意図をもってBの陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影したことを推認することができる。
  (2) そして,陰部と顔が同一フレームに入った写真を撮影した理由に関する被告人の公判供述の信用性の検討については,前記第2の5(3)でした指摘がBについても概ね当てはまる。
    加えて,甲27号証7頁右列下2点の写真は,前記第2の5(3)の被告人供述を前提とすれば,経過観察あるいは再説明等のために保存目的で撮影した陰部の写真(もっとも,当該写真自体は証拠上見当たらない。)について,事後にBのものであることを識別するために撮影したことになる。しかしながら,Bは本件当日に陰部の写真を見せられたとか,陰部の病変について被告人から経過観察をするなどと言われた旨は一切述べていないこと,Bの診療録の平成18年3月28日付けの部分を見ると,被告人がBの陰部について何らかの所見を得た旨の記載はないこと(仮に被告人がBの陰部の炎症様のものについて経過観察の必要性を認めたのであれば,診療録にその旨を記載するのが自然である。),H証人は,陰部に炎症様のものは認められるが,非常に軽微なものであると供述していることに照らすと,被告人が当該写真を経過観察目的で撮影したとは考え難い。また,Bについて再説明やクレーム対策の必要性は考え難い(被告人自身,そのような目的ではないと思う旨供述している。)。そうすると,前記の被告人供述を前提としても,甲27号証7頁右列下2点の写真については撮影する必要性が認められない。
    また,同様に,Bの肛門周辺のかぶれが軽微なものであることからすると,被告人の述べる基準に照らしても,顔と陰部が同一フレームに入った写真を撮影してまで,経過観察を行う必要があるとは認められないから,甲27号証8頁左列上2点の写真についても,撮影する必要性はないと認められる。
    したがって,これらの写真を撮影した理由についての被告人の説明は不合理である。
  (3) 以上より,争点②については,弁護人の主張は採用しない。
(法令の適用)
  罰条
   第1及び第2の各行為につき  刑法178条1項,176条前段
  併合罪の処理          刑法45条前段,47条本文,10条(犯情の重い判示第2の罪の刑に法定の加重)
  刑の執行猶予          刑法25条1項
  訴訟費用の負担         刑事訴訟法181条1項本文
(量刑の理由)
(検察官白川哲也,私選弁護人松尾重信(主任),同森部節夫,同佐藤俊司 各出席)
(求刑 懲役5年)
 平成20年2月4日
    福岡地方裁判所第1刑事部
        裁判長裁判官  鈴木 浩美
           裁判官  今井 理
           裁判官  下山 洋司