児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録記録被告事件弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 hp@okumura-tanaka-law.com)

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電車内痴漢の強制わいせつ被告事件で、故意を否定して無罪にした事例(名古屋地裁h29.9.5)

電車内痴漢の強制わいせつ被告事件で、故意を否定して無罪にした事例(名古屋地裁h29.9.5)

名古屋地方裁判所平成29年09月05日
主文
被告人は無罪。

理由
 第1 本件公訴事実は、「被告人は、平成28年6月26日午後9時43分頃から同日午後10時8分頃までの間、愛知県(以下略)B株式会社C駅から(住所略)同社D駅に至るまでの間を進行中の電車内において、座席に座っていたA(別紙記載。当時23歳)に対し、同人の右隣に座って、同人の後頭部を右手でつかんで、その唇に接吻した上、同人の右手を手でつかんで引っ張って、同人の右手で自己の陰茎を着衣の上から触らせるなどし、もって強いてわいせつな行為をしたものである。」というものである。
 被告人は、上記日時場所においてAに接吻したことはあるが陰茎を触らせたことはなく、接吻もAの意に反してしたものではない旨供述し、弁護人もその供述に沿って陰茎を触らせる行為については否認し、接吻についてはAの同意があった、仮に同意がなかったとしても被告人は同意があると誤信していたとして、無罪を主張する。
 証拠調べの結果、被告人がAに対して公訴事実記載の行為をしたこと、これらの行為がAの意に反したものであったことは認められるものの、被告人にはこれらの行為がAの意に反するとの認識がなかったという合理的な疑いが認められるので、強制わいせつの故意を欠くものとして無罪と判断した。以下詳述する。
 第2 A供述の評価
 被告人の客観的行為態様を認定する上で中核となるのはAの警察官調書(同意部分)及び公判供述であるところ、その概要は以下のとおりである。本件当日、当時の婚約者(現在の夫)の実家に挨拶に行き、帰宅のため単独で本件電車に乗り、進行方向左側にある二人掛けの座席の左側(窓側)に座ったところ、被告人がAの右側に座った。被告人はAに自分の名前を言い、Aの氏名や仕事先を聞いてきたので、すぐには答えなかったものの、結局下の名前と仕事先については答えた。被告人から電話番号の交換を求められ、最初は断っていたが、最終的に被告人の電話番号を携帯電話に登録することを承諾し、登録後被告人の携帯電話に発信した。その後被告人から飲みに行かないかと誘われ、仕事が忙しくていけない、なかなか休みが取れないなどと少なくとも3回は断った。その後、特に会話などなく、被告人がAに体を向け、後頭部を右手でつかみ、被告人の方を向かされて唇に接吻された。歯をしっかりかみ合わせた状態でいたところ、歯の上を被告人の舌がなぞってきて、とても気持ち悪かった。荷物を持っており、被告人の胸との間に手を差し込むほどのスペースもなかったため、抵抗はできなかった。被告人に「やめてください」と言ったような気がするが記憶は曖昧である。同様のやり方で計3回、唇に接吻された。2回目の接吻の前に再度被告人から飲みに誘われて断り、3回目の接吻の後、「君、かわいいね」と言われた。席を立ったり、周囲に助けを求めることはできなかったものの、助けてほしいと思って夫宛に2度携帯電話で発信したが、夫と会話はしていない。その後被告人が「もう僕こんなになっちゃったんだよね。」と言いながら、Aの右手首をつかんで被告人の着衣の上から陰茎の勃起している股間に手を置いた。Aはすぐ手を放した。その後D駅に着くまでの約5分間ほど会話等はなかった。D駅に到着した後、被告人より先に席を立ち、帰宅してすぐ夫に電話して被害に遭ったことを話した。以上である。
 Aの供述は、若い女性が面識のない外国人の男性と、夜間の電車内の二人掛けのシートに隣り合わせて座った合計25分ほどの間に、声をかけられて強く拒否することもできず、結局接吻や陰茎接触等の行為に及ばれたという状況に照らして、特に不自然不合理な点はない。その場で被告人の接吻等を拒絶できなかったというのも、動揺、羞恥心、恐怖心等によるものと合理的に理解できる。記憶が変容した点や曖昧な点は率直にその旨供述しており、被告人の行為について虚偽を述べたり、誤解が入り込んだ余地も伺われない。陰茎接触を強いられたという点も、その際被告人が発した言葉と符合するものであって、誤信したとは考え難い。夫に助けを求めようとしたり、直後に夫に被害を申告した経緯及びその内容は、Aの携帯電話の発信履歴等の客観的証拠や夫の公判供述と整合している。Aの供述は、被告人の行為がAの意に反したものであったという点を含めて、その根幹部分において信用できる。
 被告人は、Aが積極的に会話に応じていたと述べている。弁護人は、被告人の供述に沿って、Aが結婚間近の身でありながら被告人と意気投合し、その場の雰囲気に流されて接吻を許したものの、夫の手前、虚偽の被害申告をした可能性があると主張するが、電車乗車中、夫に2度にわたり携帯電話から発信している事実に照らし、そのようなことは考えられない。Aが自分の電話番号を被告人に知らせるため調べようとした際に誤って夫宛の発信をした可能性も指摘するが、現実的に到底考えられず、採用できない。
 第3 被告人の故意について
 初対面の女性に対し、明示の承諾を求めず繰り返し唇に接吻し、自己の陰茎を触れさせる行為に及ぶことは、それだけでその女性の意に反する行為であることが一般的に推認される事情である。
 しかしながら、被告人はまずAの隣に座って自ら名乗り、Aの氏名や仕事先を尋ね、電話番号の交換を求め、飲酒に誘うなどの会話を行っている。これに対してAは即答ではないものの、結局下の名前や仕事先の概略を回答し、電話番号の交換にも結果的に応じ、飲酒の誘いは断ったものの、「行きたくない」と言うのではなく、「忙しいので行けない」という口実を設けた返答をしている。Aの対応は消極的であり、婉曲に拒絶の意を示したものと理解することができるが、一方ではっきりとした拒絶の意思や態度を示したわけではなく、むしろ被告人の求めを受け容れているように理解することも可能な対応である。特に被告人は外国人であり、Aの婉曲な拒絶の態度が理解できず、はにかんでいるに過ぎないと受け止めた上で、Aが名前や電話番号などプライベートな情報を教えてくれたことで、自分に好意を抱いているものと誤解した可能性が否定できない。被告人が電車内で、被告人とAの顔を携帯電話で撮影している(Aは記憶がないという。)こともその可能性を強める事情である。
 また、本件行為は3回の接吻と、その後陰茎を着衣の上から触れさせるというものであるが、その際行使された有形力は、Aの後頭部をつかんで引き寄せ被告人の方に向かせる、Aの手首をつかんで股間に持ってくるというものである。通常これらの行為に伴う程度の有形力であって殊更強いものとはいえず、Aもこれに対するはっきりした抵抗を示していない。被告人が外国人であることをも考慮すれば、好意を抱き、自分にも好意を抱いていると思った相手にまず接吻し、それが受け入れられたとみて更に接吻を繰り返し、それも受け入れられたとみて更に性的な興奮を示す言葉を発しながら陰茎を触れさせる行為に出ることは、被告人がAとの関係を深めていくため行ったと解して、さほど不自然なものではない。
 更に、現場は夜間とはいえ走行中の電車内であり、他の乗客も乗り合わせていた(Aの供述によっても、通路を挟んだ隣の席に女性客がいたという。)。Aがその場から逃げたり、他の乗客に救助を求めることが、客観的には比較的容易にできる状況であったといえる。それにもかかわらず、被告人は特段人目を避けることもせず、Aの被害申告を殊更困難にさせるような手段も講じることなく、Aとの会話等の段階を経て順次本件行為に及んでいる。電車内の混雑に乗じて密かに女性の体を触る、隙をみて瞬時に触るなどという典型的な痴漢の事案とは全く異なる。このことは、被告人が、Aの同意があると誤信していたことをうかがわせる事情である。
 以上のとおりであって、被告人はAの意に反する行為であることを認識していなかったと、合理的に疑うに足りる事情が認められる。
 第4 結論
 結局、被告人には本件行為時、強制わいせつの故意があったと認めることはできないので、結局本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑訴法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
(求刑 懲役2年)
刑事第6部
 (裁判官 田邊三保子)