児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

「傾向犯でない」としても, 「治療行為の形式を備えておれば,いかにわいせつ目的があろうと処罰すべきではない」ということには,必ずしもならない~日本大学大学院法務研究科教授前田雅英「傾向犯」 捜査研究800号

 治療目的・性欲目的併存事例は、強制わいせつ罪になるそうです。
 前田先生、性欲要件外すとき わいせつ(176条)はどう定義しますか?

前田雅英刑法各論講義 第4版p119
わいせつの意義
本罪の実行行為は,わいせつな行為である.刑法上のわいせつの意義は,主として公然わいせつ罪(174条),わいせつ物頒布罪(175条)の解釈論の中で議論されて,「徒に性欲を興奮または刺激せしめ,かつ普通人の性的差恥心を害し,善良な性的道義観念に反すること」という定義が維持されている(最判昭26・5・10刑集'6・1026).ただ,強制わいせつ罪は個人の性的人格を直接侵害する罪である以上,公然わいせつ罪等のわいせつ概念よりも広くならざるを得ない.無理やりキスする行為は強制わいせつであるが(東京高判昭32・1'22高刑集10・1・10),映画のキスシーンが,善良な道義観念に反するとは考えられない.174条は第三者的視点からのわいせつ性判断であるのに比し,176条は被害者本人の視点によるもので,しかも明確な意思に反した直接的な侵害であるということが加わりわいせつ行為の幅が広がる.
着衣の上からされたものであっても,女性の啓部を手のひらで撫で回した行為が強制わいせつ罪の「わいせつ行為」にあたる(名古屋高判平15・6・2判時1834・161).契約手続のために自宅を訪問した自動車販売会社の係員の臂部などを撫で回した行為について強制わいせつ罪に問擬した例もある(東京高判平13・9・18束高刑時報52・1・12・54).
また,176条のわいせつ行為は,必ずしも被害者の身体に触れる必要はない.裸にして写真を撮る行為も含むのである(最判昭45.1.29刑集24・1.1)8).


傾向犯 
強制わいせつ罪は,強制的にわいせつな行為をしている認識(通常の故意)に加えて,犯人の性欲を刺激,興奮させ,または満足させる性的意図という主観的超過要素(わいせつの傾向)がなければ処罰し得ないとされる(大塚100頁 総論47頁参照).例えば,医師が裸の患者に触れても強制わいせつ罪にならないのは,わいせつな主観的傾向がないからであるとされる.最高裁も主観的超過要素が必要だとし,自己の性的な欲望の満足のためではなく報復.仕返しの目的で,「硫酸をかける」と脅し23歳の女性を約5分間裸で立たせ写真を撮影した行為につき,強制わいせつ罪の成立を否定した9)(最判昭45・1・29刑集24・l・l)
このように,客観的構成要件要素の認識に加え,内心的傾向を要求することは,処罰を限定することになる.しかし,176条には目的犯の目的のような形で「わいせつ傾向」が規定されてはいない.被害者に性的な蓋恥心を抱かせるに足る客観的行為を行い,そのことを十分に認識しているⅡの場合,強制わいせつ罪の法益侵害性,責任非難ともに可罰性を満たす.被害者の性的な自由・感情が害されたか否かは,行為者の主観とは無関係に客観的に決まるし,責任を高めるわいせつ傾向が欠けたからといって,構成要件該当性を否定する理由は見あたらない.
たしかに,「わいせつ傾向を欠く強制わいせつ行為」は例外的で処罰の必要性はなく,類型的にわいせつ傾向の認められる場合のみを禁圧すれば足りると解することも不可能ではないが,実際にかなりの事案が生じている以上,そのような政策的判断は説得性が弱い.
傾向犯を認める論拠の最大のものは,内心傾向を問題としなければ処罰範囲が決定し得ないという点であった.しかし,例えば治療行為かわいせつ行為かは,外形的に見て区別すべきである.完全な治療行為であれば,いかにわいせつ目的があろうと処罰すべきではない.逆に性的差恥心を著しく害する行為であり,そのことを認識しつつ行為するのであれば,わいせつ目的が欠けても処罰に値する.被害者の側からみれば十分な法益侵害を被っているし,被告人の側からみても,処罰に値する責任非難が可能なのである.

前田雅英 刑法各論講義 第6版p95
本罪の実行行為は,わいせつな行為である.刑法上のわいせつ行為の意義は, 徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ,かつ普通人の性的差恥心を害し,善良な性的道義観念に反すること とされているが.公然、わいせつ罪(174条),わいせつ物頒布罪(I75条)に閲するもので,本罪は個人の性的人格・身体を直接侵害する以上,別異に考ーえられ,キスする行為もわいせつ行為である.着衣の上からであっても,女性の臀部を手のひらでなで回す行為も「わいせつ行為」に当たる.いわゆる痴漢行為は,本条の要件に該当する場合がある(態様により,条例による処罰にとどまることもある)
必ずしも被答者の身体に触れる必要はない. 裸にして写真を撮る行為も含む

日本大学大学院法務研究科教授前田雅英「傾向犯」 捜査研究800号
たしかに処罰範囲は,安易に拡大してはならない。たしかに,わいせつ傾向を要件としなければ,性的差恥心を著しく害する行為を行っていることを認識しつつも,わいせつ目的が認定し得ない場合を処罰化することになる。
しかし,東京高判平成筋年のパイプ挿入行為や,本件の陰茎をくわえさせる行為を,わいせつ目的・傾向が認定できないので強制わいせつに該当しないとすることは,国民の常識からしても,不合理であるように思われる。女性・児童の視点をより考慮することにより,被害者に性的な侵害が生じ,行為者がそのことを完全に認識している以上,強制わいせつ罪の構成要件該当性を認める時期に来たといってよい。前述の下級審判例の指摘にも見られるとおり, 「処罰は狭いほど良い」という命題は,常に妥当するわけではない5)。
たしかに,強制わいせつ罪の保護法益は,単純に被害者個人の「性的自由」被害者の差恥感情」に尽きるものではない。「風俗」「倫理」も,その犯罪性に影響する。ただ,現代の日本社会では,本件のような行為を,わいせつ傾向なしで行っても,処罰に値する法益侵害性を認めるべきである。わいせつ傾向が欠け,その意味で「反倫理性の低い」被告人でも,本件のような行為を故意に行えば,強制わいせつ罪は成立すると解すべきである6)。
「報復目的なのだから,わいせつ犯罪の類型にはあたらない」という結論と, 「わいせつの傾向がないのだから, さらにわいせつな行為を行う危険性は低く,倫理的な非難も処罰に値する程度に達しない」という説明は,心から恥ずかしい思いをしたと思っている被害女性にとっては,説得性を欠き納得のいかない説明であり,割り切れなさを超えて憤りを感じるであろう。そして,その不当さを,被害女性に限らず,国民の大多数が共有することになってきていると思われる。
5) 傾向犯性を否定すると,処罰範囲が狭まる面もある。いかに反倫理的目的で行為しても,一般人から見て客観的なわいせつ行為がなければ,強制わいせつ罪にはならない。
「わいせつ傾向があれば,客観的に被害者や一般人が性的蓋恥心を感じない行為を行っても,強制わいせつ罪が成立する」とすべきではないのである。たとえば, 自己の特異な性的欲求を満足させるため女子高校生の口腔内に中指を押し込んで同人に嘔吐させたような行為は,いかにわいせつ目的からの行為であっても,暴行にすぎず,強制わいせつ行為を行ったとは認定されなかった(青森地判平成18.3.16裁判所web・口淫した女性がその後嘔吐したアダルトビデオを観て性的興奮を覚えたことから,女子高生と性交したり, 口淫させて嘔吐させたいと考え,本件犯行を思い立った事案であった。)。

6) そうだとしても,わいせつ目的の有無は,実際の犯罪の成否の判断に影響し得る。「傾向犯でない」としても, 「治療行為の形式を備えておれば,いかにわいせつ目的があろうと処罰すべきではない」ということには,必ずしもならない。いかに治療に役立っても,わいせつ行為を行う認識があり被害者が差恥心を感じていることも認識している場合には, 176条は成立し得る。わいせつ行為を行っているという故意の認定は,わいせつ傾向と連続的な微妙な判断なのである。
わいせつ目的を否定した最近の例として,臨床検査技師Xが,患者Aに対し,検査名目で肛門部から陰核に至るまで,検査器具を押し当てながら往復させたという準強制わいせつの事案において,わいせつ目的を有していたことの徴表とみる余地のある事情も存するが,それらを総合しても,被告人がわいせつ行為に及んだとの確信を抱くには足りず,被告人にわいせつ目的があったと認定するには合理的な疑いが残るとしている(京都地判平成18.12.18裁判所Web)。
また,東京高判平成19年3月別日(高裁刑裁速報(平19)号181頁)は,暴行を加えて,深夜で人気のない公園の方向に意図的に連行しようとした行為について,①襲った相手が若い女性であり,②その時間帯と場所,暴行の態様や連行状況等に照らすと,わいせつ行為ないしは金員奪取あるいは拉致監禁もしくは通り魔的な暴行以外には想定し難く,③わざわざ百数十メートルの距離がある公園の方まで連行し, しかも被害者に対する金品要求行為や持ち物の奪取行為には及んではおらず,被害者が暴行脅迫を受けて抵抗をやめると,連行行為を別にして更なる暴行を加えようともしていないことなどからすれば,金品奪取や暴行それ自体を目的としていたとはにわかには考え難いことを根拠に, 「最終的な目的は被害者に対するわいせつ行為にあった疑いが濃厚ではある」としつつ,関係証拠を総合しても,本件暴行,脅迫行為の時点において,わいせつ行為目的があったと断定するまでには至らないとした。
捜査研究No.800(20I7.8.5)