児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録記録被告事件弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 hp@okumura-tanaka-law.com)

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だまされたふり作戦で詐欺未遂罪で起訴されたのを無罪とした事例(福岡地裁h28.9.12)

D1-Law.com判例体系
■28243552
福岡地方裁判所平成28年09月12日
平成28年09月12日
弁護人 鐘ケ江啓司(国選)
主文
被告人は無罪。
理由
1 本件の争点及び当裁判所の判断の概要等
 本件公訴事実の要旨は、「被告人は、氏名不詳者らと共謀の上、A(当時84歳)が、数字選択式宝くじであるロト6に必ず当選する特別抽選に選ばれたことによりその当選金を受け取ることができると誤信しているのに乗じ、同人から現金をだまし取ろうと考え、平成27年3月16日頃、福岡県(以下略)前記A方にいた同人に対し、真実は同人が特別抽選に選ばれた事実はなく、契約に違反した事実も違約金を支払う必要もないのにあるように装い、B株式会社のCを名乗る氏名不詳者が、電話で、「Aさんの100万円が間に合わなかったので、立て替えて100万円を私が払いました。」「Aさんじゃない人が送ったことがD銀行にばれてしまい、今回の特別抽選はなくなりました。不正があったので、D銀行に私とAさんで297万円の違約金を払わないといけなくなりました。違約金を払わないと今度の抽選にも参加できないので、半分の150万円を準備できますか。」などとうそを言って現金150万円の交付方を要求し、前記Aをして、違約金を支払う必要があり、違約金を支払えばロト6に必ず当たる特別抽選に参加できる旨誤信させ、(住所略)E(省略)号の空き部屋に現金120万円を配送させて、被告人が受取人であるFの振りをして配達業者から受け取る方法により、現金をだまし取ろうとしたが、警察官に相談した前記Aがうそを見破り、現金が入っていない箱1個を発送したため、その目的を遂げなかった」というものである。
 検察官は、B株式会社のCを名乗る氏名不詳者(以下「C」という。)がA(以下「A」という。)に対して公訴事実記載の欺罔行為(以下「本件欺罔行為」という。)を開始するよりも前の時点で、被告人とC又はその共犯者(以下「Cら」というときにはこれを指す。)との間で本件詐欺に係る共謀(事前共謀)が成立していたと主張し、仮にそれが認定できないとしても、被告人は、平成27年3月25日、公訴事実記載の空き部屋(以下「本件受領場所」という。)でAから発送された荷物(以下「本件荷物」という。)を受領するまでにはCらとの間で共謀が成立していたのであり、被告人は本件欺罔行為の効果を利用して本件受領場所で本件荷物を受け取ろうとしたのであるから、被告人は詐欺未遂の共同正犯(承継的共同正犯)の罪責を負う旨主張した。
 これに対して弁護人は、CがAに対して本件欺罔行為を行ったこと、被告人が、何者かの依頼により、本件受領場所で本件荷物を受け取ったことについては争わないが、被告人がCらから本件荷物の受取りを依頼されたのは同月24日以降であって、検察官の主張するような事前共謀はなく、また、被告人が本件荷物の受取りを依頼された段階では、Cの欺罔行為は終了していた一方、AはCの話が嘘であることを見破り、警察官の提案する「だまされたふり作戦」に協力して本件受領場所宛てに現金の入っていない偽装の荷物を発送していたのであるから、被告人がCらに加担した後に犯行に寄与した部分が存在しないから、共同正犯は成立しない旨主張し、さらに、被告人には詐欺未遂罪に関与している旨の認識は未必的にもなかったから、被告人は無罪であると主張する。
 当裁判所は、被告人とCらとの間で、検察官の主張する事前共謀は成立しておらず、本件欺罔行為後である平成27年3月24日、被告人とCらとの間で本件詐欺に関する共謀がなされたとは認められるものの、被告人の共謀加担前にCによる本件欺罔行為によって詐欺の結果発生の危険性を生じさせたことについてはそれを被告人に帰責することができず、かつ、被告人の共謀加担後は、被告人及びCらにおいて詐欺の実行行為がなされていない(被告人及びCらにおいて更なる欺罔行為がなされた事実は認められず、また、被告人は本件荷物を受け取っているが、本件荷物は、AがCの欺罔行為によって錯誤に陥ったことにより交付したものではなく、「だまされたふり作戦」の一環として犯人検挙の目的で発送されたものであるから、それを受け取る行為は詐欺の実行行為に該当しない。)ことから、被告人は、詐欺の結果発生の危険性に寄与したとは認められず、被告人は無罪であると判断した。
2 前提事実
 以下の事実は証拠上比較的容易に認定でき、かつ当事者間にも概ね争いがない。
ア 平成27年(以下に挙げる日時は特記がない限り同年中のものである)2月下旬頃、Cは、公訴事実記載のA方に複数回にわたって電話を掛け、Aに対し、「Gの推薦で、当選金額1980万円が必ず当たるロト6の特別抽選に選ばれた人に案内している。特別抽選には、D銀行の審査を受けてそれに通らないと参加できない。D銀行から審査のための電話がある。」旨を告げた(それと相前後して、Aに対して、「Hグループ・宝くじ部特別抽せん管理課・責任者I」作成名義の「宝くじ特別抽選参加当選せん確約証明書」と題する書面が送付されていた。)。さらにその後、「D銀行の審査担当のJ」を名乗る氏名不詳者(以下「J」という。)がA方に電話を掛け、Aに対して住宅ローンや定期預金の有無を尋ねるなどした上、後日、審査に通った旨を電話でAに伝えた。Jの話を信じたAは、3月初旬、Cにその旨連絡すると、Cは、Aに対し、「特別抽選に参加するためにはD銀行に金を払わなければならない」旨話して現金を送付するよう指示し、それを信じたAは、Cの指定する送付先に、3月4日に50万円を、3月13日に100万円をそれぞれ宅配便で送った(3月13日の送付先は本件受領現場と同じであった。)。
イ 更に、3月16日、Cは、Aに対し、電話で、「Aさんの100万円が間に合わなかったので、本当はしてはならないが、立て替えて100万円を私が払いました。」「Aさんじゃない人が送ったことがD銀行にばれてしまい、今回の特別抽選はなくなりました。」「不正があったので、D銀行に私とAさんで297万円の違約金を払わないといけなくなりました。違約金を払わないと今度の抽選にも参加できないので、半分の150万円を準備できますか。」などと告げた(本件欺罔行為)。
ウ それを聞いたAは、東京に住む息子にそのことを相談したところ、息子から詐欺に遭っていると言われ、3月21日、警察署に赴いて警察官と相談した。相談を受けた警察官は、3月23日、D銀行に電話で確認したところ、同銀行に「特別抽せん管理課」という部署はなく、Iという職員もいないこと、同銀行は宝くじの当選者を把握していないので、同銀行から客に対して連絡することはありえないことなどが判明し、Aも、自身がだまされていたことを認識した。そして、警察官は、Aに対し、詐欺の犯人を捕まえるため、引き続きだまされたふりをしてほしいと依頼し、Aはそれに応じた。
エ 3月24日午前10時3分頃、Cが、Aに対し、電話で、「何とか半分は自分が用意できた。」などと言ってきた。Aは、だまされているふりをして、Cに対し、「何とか友人にお金を借りて120万円は用意できました。」などと嘘を言ったところ、Cは、「送り先を確認してまた連絡します。」と答えて電話を切った。そして、同日午前10時35分頃、Cは、Aに対し、電話で、送付先を本件受領場所、宛名をF、品名を「本」として、現金を入れた荷物を宅配便で送付するよう伝え、配達時間帯も指示した。また、その際、Cは、Aに対し、手持ちの宅配便の伝票番号を尋ね、Aは、準備していたK運輸の伝票の番号をCに伝えた(なお、これ以降、CらがAに対して何らかの連絡をした事実は認められず、Aに対して「宝くじ特別抽選」に関連する書類が送付された事実も認められない。)。
オ その後直ちに、Aは、手持ちの箱に不要な本を詰める一方、現金は入れずに本件荷物を作り、前記のK運輸の伝票にCから指示のあった宛先や配達時間帯等を記入した上、それらを持ってコンビニエンスストアに赴き、同日午後0時40分頃、本件荷物を本件受領場所に宛て発送した。
カ 3月25日午後0時56分頃、K運輸の配達員を装った警察官が本件荷物を持って本件受領場所に赴き、「こんにちは、宅急便です。」と呼んだところ、室内にいた被告人がそれに対応した。警察官が、被告人に対して「Fさんですか。」と尋ねると、被告人は「Fです。」と答え、荷物の受取りサイン欄に「F」とサインして本件荷物を受け取った。その直後、警察官は被告人を詐欺未遂の現行犯人として逮捕した。
3 被告人が本件荷物を受領することになった経緯
 被告人は、当公判廷において、本件荷物を受領するに至った経緯につき、概ね以下のとおり供述する。
ア 3月中旬ころ、被告人は、知人から、他人の名前を使って荷物を受け取り、1回5000円から1万円の報酬がもらえる仕事があると持ち掛けられ、それを引き受けることにした。
イ 荷物を受け取る方法は、予め、前記知人から紹介された氏名不詳者から、荷物の伝票番号、受取りの場所や時間帯等の連絡があるので、被告人は、その指示に従って荷物を受け取り、受け取った荷物は前記知人に渡して、その際報酬を受け取った。
ウ 被告人は、本件荷物を受け取るまでに、そのような方法で三、四回荷物を受け取ったことがあり、その中には、本件受領場所と同じ場所で荷物を受け取ったこともあった。一方、被告人は、荷物の受取り依頼の連絡があった場合でも、都合が合わないときには引き受けないこともあった。
エ 本件荷物の受取りに関する依頼も、同様の方法で依頼を受けたものであり、依頼を受けた時期は、本件荷物を受け取った前日の3月24日であったと思う。
 被告人の公判供述にはかなりあいまいな部分もあるが、前記の限度においては明らかに不自然・不合理な点は見当たらず、虚偽と排斥すべき証拠もない。特に、本件荷物の受取りを依頼されたのが3月24日だったことについては、被告人は捜査段階においても同様の供述をし、その際の状況として、兵庫県L市内のバス停付近に、荷物の受取人の名前や配達時刻、受取場所等の依頼内容が記載されたメモが入れられていたバッグが置かれていたので、その中のメモを見て本件荷物を受け取った旨詳細に述べている。そうすると、客観的な事実経過に関する被告人の公判供述は基本的に信用することができ、被告人の述べるような経緯で本件荷物の受領に至ったと認められる。
4 事前共謀の有無
 本件で取り調べた証拠を見渡しても、本件欺罔行為以前の段階で、被告人とCらとの間で、Aをだまして金銭を交付させることにつき、明示的な謀議があったことを認めることはできない。
 もっとも、これまでに検討した事実経過を踏まえれば、〈1〉3月24日に被告人に本件荷物を受け取ることを依頼したのがCらであることは疑いがなく、かつ、〈2〉被告人は、それ以前にも三、四回荷物の受取りを引き受けていたところ、それらの際の依頼方法は3月24日の依頼とほぼ同様であったことから、それらの依頼をしたのもCらであり、被告人が受け取った荷物はいずれも詐欺の被害金品であったことも推認され、さらに、〈3〉被告人が引き受けた仕事の内容が、空き部屋で他人の名前を名乗って荷物を受け取り、それだけで5000円から1万円の報酬が与えられるという特異なものであったことに加え、ニセ電話詐欺が深刻な問題となっている社会情勢からすれば、被告人において、自身の携わっている行為が何らかの犯罪行為に加担するものであり、その犯罪行為は詐欺であるかもしれないという程度の認識はあったものと推認される。しかしながら他方において、被告人とCらとの間で、詐欺を行うことについて一般的な役割分担が取り決められていたり、一定の指揮命令系統に基づいて行動することが共通認識となっていたとまでは認められず、また、被告人やCらのとるべき行動について一定の準則(マニュアル)が存在していた事実も認められないことから、被告人とCらとが詐欺を行うことについて組織化されていたとはいえない。被告人は、基本的に、Cらの個別の依頼に対してその都度その諾否を決め、応ずる場合にはその際の個別の依頼に従って行動していたにすぎない。そうすると、本件欺罔行為前に、被告人とCらとの間で、詐欺に関する包括的な共謀があったとみることは困難である。
 なお、前記(2ア)のとおり、Aは、3月13日に本件受領場所に宛てて現金を送付していることが認められ、被告人も、3月25日以前に本件受領場所で荷物を受け取ったことがある旨述べていることなどからして、被告人は、Aが3月13日に発送した詐欺の被害金を本件受領場所で受け取った可能性が高いが、これまで検討したところによれば、仮にそのような事実があったとしても、その後新たに本件欺罔行為に及ぶことについて、被告人とCらとの間で事前に意思疎通があったことを推認させるものではない。
 よって、被告人とCらとの間で本件欺罔行為に先立つ事前共謀があったとは認定できない。
5 承継的共同正犯の成否
 (1) 問題の所在
 これまでの検討を踏まえると、本件欺罔行為に係る詐欺に対する被告人の関与は、Cらから、本件荷物の受取りを依頼された時点以降であるということになる。また、前記の被告人の供述によれば、被告人がCらから本件荷物の受取りを依頼された際には、既にその伝票番号や配達日時が特定されていたことが推認されるところ、AがCに対して本件荷物の伝票番号を伝えたのは、3月24日午前10時35分頃の通話においてであるから、Cらが被告人に対して本件荷物の受取りを依頼したのは、早くてもその日時より後のことであると認められる。なお、既に述べたとおり、被告人は、依頼されている仕事の内容などからして、自身が受け取る荷物が犯罪に関係するものであり、詐欺の被害金であるかもしれないという程度の認識は有していたものと認められるし、依頼する側も、被告人においてその程度の認識を抱くことは当然想定していたと考えられるから、Cらが被告人に対して本件荷物の受取りを依頼し、被告人がそれを了承することにより、詐欺の共謀があったと認めることができる。
 そうすると、本件では、C(先行者)が詐欺の実行行為である欺罔行為を開始した後に、被告人(後行者)がCらに共謀加担したことになるが、そのような被告人に、詐欺未遂の共同正犯(いわゆる承継的共同正犯)の罪責を問うことができるかが問題となる。
 (2) 視点
 承継的共同正犯を認めるか否か、あるいはどの範囲で認めるかについては様々な見解があるが、共犯の処罰根拠は、共犯が犯罪結果に対して因果性(寄与)を持つという点に求められるべきである(因果的共犯論)ことからすると、共謀加担前の先行者の行為により既に生じた犯罪結果については、後行者の共謀やそれに基づく行為がそれに因果性を及ぼすことはありえないから、後行者が共同正犯としてそれに責任を負うことはないというべきである。一方、本件で問題となる詐欺罪については、欺罔行為、それによる被欺罔者の錯誤、その錯誤に基づく財物の交付及び交付された財物の受領という、因果関係によって結びつけられた一定の段階を経て成立する犯罪類型であるから、未だ詐欺の犯罪行為が終了していない段階で、後行者が、共謀加担前の先行者の行為の効果を利用することによって犯罪の結果に対して因果関係を持ち、その結果犯罪が成立するという場合が想定できるから、そのような場合には、承継的共同正犯の成立を認めることができると考えられる。
 他方、本件で被告人に問われているのは詐欺未遂の罪責であるから、未遂犯の処罰根拠は何かを見定めておく必要があるが、この点については、犯罪を決意した性格の危険性などではなく、当該犯罪の結果が生ずる危険性を発生させたという点に、可罰性の根拠があると考えるべきである。
 そうすると、本件においては、後行者である被告人が、詐欺の結果が生じる危険性を発生させることについて、何らかの因果性を及ぼした(寄与があった)といえるか否かが問題の核心である。
 (3) 検討
 前記の前提事実によれば、Cは、Aに対して本件欺罔行為を行っており、それによって、詐欺の結果が生ずる危険性を発生させたことが明らかであるが、被告人の共謀加担前の事情であるから、それについて被告人が罪責を負わないことは明らかである。そして、被告人の共謀加担後は、Cら又は被告人においてAに対する欺罔行為はなされていないから、共謀に基づく欺罔行為によって詐欺の結果発生の危険性を新たに生じさせたと認めることはできない。
 さらに、被告人は、共謀加担後、本件荷物を受領しているが、既に認定したとおり、本件荷物はCの欺罔行為によって生じた錯誤に基づき発送(交付)されたものではないから、被告人がそれを受け取ったとしても、詐欺の構成要件に該当する行為ではなく、実行行為に当たらない。すなわち、前記のとおり、詐欺罪は、欺罔行為、それによる被欺罔者の錯誤、その錯誤に基づく財物の交付及び交付された財物の受領という、因果関係によって結びつけられた一定の段階を経て初めて成立するのであり、各段階間のいずれかで因果が切断された場合には、詐欺罪は成立しない。本件において、Aは、Cの欺罔行為によって、一時は錯誤に陥ったが、その後、だまされていることに気付いて錯誤から脱しており、本件荷物を発送したのは、欺罔行為に起因する錯誤に基づくものではなく、専ら、警察官の犯人逮捕に協力するという意図から行ったものであるから、詐欺罪の成立に必要な因果関係が切断されていることは明白である。したがって、被告人が本件荷物を受け取った行為は、詐欺の構成要件に該当する行為(実行行為)ではない。
 この点、検察官は、概ね以下のような理由を挙げ、被告人が本件荷物を受け取った行為は詐欺の実行行為に当たるという。すなわち、〈1〉実行行為とは、法益侵害の現実的危険を有し、特定の構成要件に形式的にも実質的にも該当する行為と認められる行為をいい、本件に即していえば、現金詐取という詐欺罪の構成要件的結果発生の現実的危険を有する行為のことである。そして、構成要件的結果発生の現実的危険とは、必ずしも物理的・科学的な危険性を意味するものではなく、具体的状況下において、社会通念に照らして、その有無が判断されるべき危険性のことと解されるから、行為当時、行為者が特に認識した事情及び一般人に認識可能な事情を基礎とし、客観的な事後予測として犯罪の実現される危険性の有無を判断するのが相当である。〈2〉本件については、Aが現金を入れないで本件荷物を発送したという事情があるため、一見、事後的にみると、詐欺罪の構成要件的結果が発生しない状態だったと評価されるようにみえるが、かかる事情については、本件詐欺の犯人であるC及び被告人は全く認識していなかったものであるし、また、一般人が認識可能であったともいえないものであった。したがって、Aが詐欺被害に気付いた後に行われた、CがAに電話で指示した行為や、被告人が報酬目的で空き部屋である本件受領場所で待機し、偽名を用いて本件荷物を受け取ろうとした行為について、これらの行為当時、被告人が特に認識した事情及び一般人が認識可能な事情を基礎とし、客観的な事後予測として判断した場合、Cの前記行為はAの財産的処分行為に向けられた欺罔行為であるといえ、また、被告人の前記行為は、詐欺の実行行為の一部を分担したものであって、いずれも詐欺罪の構成要件的結果発生の現実的危険を有する行為と判断される。
 以上の検察官の主張のうち、〈1〉の点に異論はないが、〈2〉については看過できない問題点がある。まず、検察官は、本件荷物に現金が入っていなかったことが詐欺罪の成立を阻む客観的事情ととらえているかのようであるが、既に述べたとおり、本件において詐欺罪が成立しない本質的な理由は、Cによる欺罔行為と、Aによる本件荷物の発送(交付)との間に因果関係が存しないことにあり、たまたま本件荷物の中に現金が入っていたか否かといった事情によるのではない(仮に、本件荷物の中に現金が入っていたとしても、詐欺罪が成立することはない。)。また、危険性の判断過程についても、検察官は、危険性判断の指標とする一般人を、専ら犯人側の状況だけを観察する者と仮定し、その認識内容を基礎として危険性を判断しているが、一般人(もとよりその存在は危険性判断のために仮定したフィクションである)の認識という視点を取り入れるのは、まさに検察官自身が主張するように、当該事案の具体的状況下において、社会通念に照らし、客観的な事後予測として危険性を判断するためであるから、そこで仮定すべき一般人は、犯人側の状況と共に、それに対応する被害者側の状況をも観察し得る一般人でなければならないはずである。そして、そのような一般人を前提とすれば、CがAに欺罔行為を行い、Aはそれによっていったんは錯誤に陥ったが、その後錯誤を脱し、むしろ警察官からの依頼に応じて犯人検挙のためにだまされたふりをすることにし、犯人を捕捉するために本件荷物を発送し、被告人はそれを受け取った、という事実経過を、特段の科学的知見などを用いることなく認識しうると考えられるのであり、その認識を基礎とすれば、被告人が本件荷物を受け取る行為は、Cの欺罔行為やそれによるAの錯誤とは因果関係のない行為であり、詐欺罪の結果発生の危険性を有しないものであるとの判断がなされることは明らかというべきである。検察官の主張を慎重に検討しても、それを採用することは困難である。
 以上の検討からすると、本件固有の事実関係においては、被告人が、共謀加担後、詐欺の結果が生じる危険性を発生させることについて何らかの因果性(寄与)を及ぼしたとはいえず、詐欺未遂の承継的共同正犯の罪責を負うとは認められない。
6 結語
 これまで検討したところからすると、本件固有の事実関係の下では、被告人は詐欺未遂罪の共同正犯の罪責を負うとは認められない。
 もとより、被告人は、詐欺の受け子としての役割を負うことになるかもしれないとの認識を有しながら、報酬に目がくらみ、空き室で偽名を名乗って荷物を受け取る行為に及んだもので、その非常識な行いと卑劣な心根については、社会的・道義的に非難を受けてしかるべきである。しかし、犯罪の成否は、行為者の性格等の主観面によって判断されるべきものではなく、あくまでも当該犯罪で想定されている法益侵害の客観的な危険性を基礎として検討されるべきである以上、被告人を詐欺未遂罪の共犯として有罪とすることは許されない。
 かくて、本件については、犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法336条により、無罪の言渡しをする。
第3刑事部
 (裁判官 丸田顕)