児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

だまされたふり作戦で詐欺未遂が無罪となった事例(名古屋高裁h28.9.21) 弁護人廣田和彦

LEX/DBに出てます

【文献番号】25544184
名古屋高等裁判所
平成28年9月21日刑事第2部判決
       判   決
 上記の者に対する詐欺未遂被告事件について,平成28年3月23日名古屋地方裁判所が言い渡した判決に対し,検察官から控訴の申立てがあったので,当裁判所は,検察官田澤奈津子出席の上審理し,次のとおり判決する。

       主   文
本件控訴を棄却する。
       理   由

 本件控訴の趣意は,検察官小暮輝信作成の控訴趣意書に,控訴趣意に対する答弁は,弁護人廣田和彦作成の答弁書に,それぞれ記載されているとおりであるから,これらを引用する。論旨は,事実誤認をいうものと理解される。
第1 公訴事実の要旨
 本件公訴事実の要旨は,被告人が,他人の親族等になりすまし,その親族が現金を至急必要としているかのように装って現金をだまし取ろうと考え,氏名不詳者らと共謀の上,平成27年8月20日(以下「平成27年」の記載は省略する。),氏名不詳者が,複数回にわたり,名古屋市α区内のB方に電話をかけ,同人(当時81歳。同人が詐欺未遂の被害者であることは間違いないので,以下「被害者」という。)に対し,電話の相手が被害者の息子であり,同人が現金300万円を至急必要としているので,取引先のある埼玉県秩父郡β内のC(被告人が便利業として掲げている屋号である。)に宛てて現金を送付してもらいたい旨うそを言い,その旨誤信させて,被害者から現金の交付を受けようとしたが,同人が警察に相談したためその目的を遂げなかった,というものである(なお,被告人は現金受取役として起訴されている。)。
第2 原判決の概要
 原判決は,〔1〕被告人が共犯者から現金受取の依頼を受けた時点で,被害者は詐欺に気付いて模擬現金入りの荷物の配達依頼をしていたのであるから,詐欺の結果発生の現実的危険は既に消失しており,その段階で詐欺未遂の共謀が成立する余地はなく,かつ,〔2〕被告人が共犯者との間で本件詐欺についての共謀を遂げたとも認められないとして,被告人に無罪を言い渡した。
第3 論旨
 論旨は,原判決が,被告人を無罪とした点(前記の〔1〕,〔2〕)について,以下に述べるような判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があると主張している。
1 被害者が詐欺に気付いて模擬現金入りの荷物の配達依頼等をしたからといって詐欺既遂の結果発生の現実的危険は消失しておらず,その後に荷物を受領した被告人の行為は詐欺の実行行為に当たり,詐欺未遂の成立する余地がないとしたのは誤りである。
2 被告人は,「DのE」を名乗る者(この者が本件詐欺未遂の共犯者であることは証拠上明らかである。以下「E」という。)からの郵便物の転送依頼に関し,本件以前の4月11日,警察官から詐欺の可能性があると伝えられた時点で,自分が受け取る配達物が詐欺の被害金等であるかもしれないと認識していたのであるから,その上で,遅くとも8月20日の電話でEから荷物の受取を依頼されてこれを承諾した時点で,本件詐欺の共謀が成立したのに,これを否定したのは誤りである。
第4 当裁判所の判断
1 前提事実
 関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1)本件以前のEからの依頼
ア 被告人は,住居地で「C」の屋号で便利業を営む者である。3月,被告人方に,Fなる会社からの,赤珊瑚の購入権がある旨の内容の郵便物が届き,次いで,被告人に対しEから初めて電話があり,その内容は赤珊瑚の購入権を売ってほしいというものだった。被告人がこれを断ると,今度は,Eは,被告人宛に本人限定郵便物が届くのでそれを転送してほしいという被告人の営む便利業の仕事として依頼をしてきたので,被告人はこの依頼を引き受けた。そして,郵便局で5通の本人限定郵便物を受け取り,これをまとめてEから指定された住所に転送し,同月19日,報酬として1万0360円(1通につき2000円に加え送料360円)の振込みを受けた。なお,被告人は,Eから開封しないように言われていたが,転送に当たって念のため5通のうち1通を開封したところ,簡単な挨拶文と銀行の振込口座番号が記載された書面が入っていたため,問題がないと判断して転送したものであった。
イ 4月,Eから被告人に対し,前と同じ方法で郵便物を転送する依頼があった。被告人はこれを引き受けたが,転送先が前回と違ったため怪しいと感じたことから,4月11日,埼玉県小川警察署に電話をかけ,同署のG警察官(以下「G」という。)に対し,これまでのいきさつを説明するとともに,個人情報をEに教えてしまったことと,郵便物を転送する行為が問題になるかといった相談をした。Gは被告人に対し,何らかの犯罪に関わっている可能性があるので(なお,このときGが被告人に対し「詐欺の可能性がある。」と述べたかどうかは争いがある。),今後はEと一切の関わりを持たないように教示した。しかし,被告人は,前記のとおり1回目の転送の際に開封して中身を確認し,特に問題がないと判断したことなどから,2回目も依頼どおり郵便物1通の転送を行い,同月16日,報酬として5000円の振込みを受けた。
ウ 被告人は,6月にもEから同様の転送依頼を受けてこれを引き受け,郵便物1通の転送をして,同月9日,報酬として5000円の振込みを受けた。
(2)本件犯行と,Eと被告人の連絡等
ア 本件犯行は,被害者への息子を名乗る者の電話から始まった。すなわち,被害者は,8月20日午後零時過ぎ頃,被害者の息子を名乗る氏名不詳者から自宅にかかってきた電話で,「会社の者がへまをしてしまった。取引先に600万円を支払わないといけない。」「300万円でいいから銀行でお金をおろしてきてほしい。」などと言われてこれを承諾し,300万円を引き出すために銀行に行ったが,その際,息子に電話をして確認したところ,息子が,詐欺であると見抜き,警察に連絡した。
イ 警察が被害者方に到着した後,氏名不詳者から6回電話があった。4回目の電話で,氏名不詳者は,被害者に対し,現金を,取引先である埼玉県秩父郡β内のCに宛てて,8月21日午前中に到着するように宅配便で送るように指示し,住所等を伝えた。
ウ 被害者は,8月20日の遅くとも午後3時55分までに,模擬現金を梱包し(以下「本件荷物」という。),これにCの住所等を記載した宅配便の伝票を貼り付けた。そして,同時刻から午後4時16分までの間に,住所近くのコンビニエンスストアで本件荷物を発送した。
エ 本件荷物の発送後,氏名不詳者から被害者に電話があり,本件荷物のお問い合わせ送り状番号を尋ねてきたので,被害者はこれを伝えた。
オ 一方,被告人は,8月20日午後2時10分頃,Eから被告人の携帯電話に不在着信があった後,午後4時05分,Eに電話をかけて約160秒通話した(以下この通話を「本件通話」という。)。本件通話の中で,Eが被告人の翌日の在宅する時間を尋ね,被告人が4時過ぎであればいる旨答え,Eが,一つ受け取ってもらいたい荷物があるなどと述べた。
カ 8月20日午後5時58分,宅配便業者のサービスセンターに電話があり,本件荷物のお問い合わせ送り状番号を告げた上で,配達時間帯を8月21日午前中から,同日午後4時から6時までの間に変更を求めてきた。
キ 8月21日午後4時17分,被告人住居地に,配達員を装った警察官が本件荷物を届けた。被告人は,依頼主の名の記載された伝票を提示され「届くっていう連絡は受けていますので。」と答え,本人確認を求められて運転免許証を提示し,配達票に自分の名前と電話番号を記載し,本件荷物を受け取った。午後4時23分,前記配達員を装った警察官が,被告人に対し警察官であることを告げ,他の警察官が被告人に検証許可状,捜索差押許可状を呈示して,以後,午後4時41分までの間,C事務所の検証及び捜索が行われた。この間の午後4時29分,被告人が携帯電話の操作を誤ってEに誤発信し,その後の午後4時34分,Eから被告人の携帯電話に電話が入り,約110秒間の通話がなされた。この通話終了の約1分前,午後4時36分頃からの会話には以下のようなものがあった。
被告人「届いてますので,取りに来てもらえれば。」
E「お名前ってどちらのになってますかね。」
被告人「名古屋市の,何と読むのかな,これ,ちょっと字が薄いので。」
E「あのすぐに折り返しご連絡いれて大丈夫ですかね。」
被告人「はい,はい,よろしくお願いします。」
2 被害者が詐欺に気付いて模擬現金入り本件荷物の配達依頼等をした時点以降に,詐欺未遂罪の成立する余地について(前記第3の1)
(1)関係証拠上,本件通話以前に,被告人がEからの荷物受領の依頼を受けた事実は認められない。また,前記1(2)アないしウのとおり,被害者は,8月20日午後3時55分までには,氏名不詳者からの電話が詐欺であることを知って警察に通報し,氏名不詳者からの配達指示を受けて模擬現金入り本件荷物を準備し,午後4時16分までの間に本件荷物を発送していることが認められる。
(2)原判決は,被告人が荷物を受け取ることを承諾した行為が,被害者が荷物を発送するまでに氏名不詳者らがした行為に何らかの影響を与えたと認めることはできず,加えて,被害者が本件荷物を発送した時点(被告人の利益に考え,本件通話以前に発送したと認める。)で既に詐欺既遂の現実的危険も消失していたから,その後に関与した被告人の行為が本件詐欺未遂の結果と因果関係を有することはなく,この点で,被告人に本件詐欺未遂の共同正犯の責任を負わせることはできないと判断している。
 この点について,原審検察官が,本件詐欺の結果発生の現実的危険の有無については,いわゆる不能犯に当たるかどうかが問題となる場合と同様の基準により判断すべきであると主張したのに対し,原判決は,本件では氏名不詳者による本件詐欺の実行行為後に関与した被告人に詐欺未遂の共同正犯の罪責を問うことができるかが問題となっているのであるから,犯罪の成否自体を問題とする不能犯とは問題状況が異なるとして,その主張を排斥して上記のとおり判断した。
(3)しかし,不能犯の考え方は,行為者が犯罪を実現する意思で行為をしても,結果発生がおよそ不可能な場合には刑事処罰の対象としないという考え方であり,未遂犯として処罰を加えるか,不能犯として不処罰とするかが問題となるものである。このように,不能犯の考え方が,結果発生が不可能と思われる場合に,未遂犯として処罰すべきか,未遂犯としても処罰すべきではないかを分ける機能を有するものであり,結果発生が不可能になる事由や時期も様々であることに鑑みれば,単独犯だけでなく,共犯の場合,それも共犯関係に後から入った場合でも,不能犯という言葉を使うかどうかはともかく,同じような判断方法を用いることは肯定されてよい。単独犯で結果発生が当初から不可能な場合という典型的な不能犯の場合と,結果発生が後発的に不可能になった場合の,不可能になった後に共犯関係に入った者の犯罪の成否は,結果に対する因果性といった問題を考慮しても,基本的に同じ問題状況にあり,全く別に考えるのは不当である。結果発生が当初から不可能な犯罪を実行しようとした者に,後から犯罪実行の意思を持って加担した者がいた場合,原判決の立論では,仮に,当初から実行しようとした者については未遂犯が成立するとしても,後から関与した者は常に処罰されないことになると思われるが,そのような結論は正当とは思われない。また,原判決は,不能犯は犯罪の成否自体を問題にするというが,そこでは全体としての詐欺罪のみを問題にしていると思われる。仮に,本件の被告人について,詐欺を行うことについての意思の連絡があった場合は,詐欺という犯罪に加担する意思を持って現金等を受領しようとしたが,実際は既にその結果が発生することはない状態にあったことから,まさに,自己の行為が詐欺未遂罪として処罰されるのか,結果発生が不可能になっていたとして刑事処罰を免れるかが問題になっている,換言すれば,共犯者の一人については,犯罪の成否が問題となっている場面なのである。このような場合に不能犯の考え方を用いて判断するのは,必要かつ妥当であると考えられる。
 したがって,この点についての原判決の結論は是認できない。
 そして,実際には結果発生が不可能であっても,行為時の結果発生の可能性の判断に当たっては,一般人が認識し得た事情及び行為者が特に認識していた事情を基礎とすべきである。そうすると,仮に,被害者が,被告人がEからの荷物受領の依頼を受ける以前に既に本件荷物の発送を終えていたとしても,被害者が警察に相談して模擬現金入りの本件荷物を発送したという事実は,被告人及び氏名不詳者らは認識していなかったし,一般人が認識し得たともいえないから,この事実は,詐欺既遂の結果発生の現実的危険の有無の判断に当たっての基礎事情とすることはできない。本件通話の時点で氏名不詳者らは,実際に現金を受け取る意思であったと認められるから,詐欺の犯意は失われておらず,被告人が氏名不詳者らとの間で共謀したとみられれば,被告人に詐欺未遂罪が成立することとなる。
 なお,被告人がEからの依頼を受けて被害金を受領する行為が本件詐欺の実行行為に当たるかは一個の問題であるが,仮にこれが実行行為に当たらないとしても,当該受領行為は,財物の騙取を実現するための重要な行為であり,通謀の上これを分担したのであれば,正犯者といえる程度に犯罪の遂行に重要な役割を果たしたものとして,少なくとも共謀共同正犯には当たり得るものと考えられる。
3 被告人の共謀の有無について(前記第3の2)
 前記2のとおり,本件通話の時点でも,被告人に詐欺未遂罪の成立する余地がある。
 なお,原判決は,本件通話の時点で詐欺既遂の現実的危険が消失していたとしつつも,8月19日以前の概括的共謀の成否や,本件通話で荷物の受取を承諾した時点及び実際に本件荷物を受領した時点での被告人の認識についても論じている。
(1)原判決は,論旨とほぼ同旨と理解される原審検察官の主張に対し,〔1〕被告人が,Gから詐欺の可能性があると伝えられたとしても,以後にEから依頼された郵便物の転送を承諾した時点で,その中身が詐欺の被害金等であるかもしれないと認識していたと認めるには疑問があり,〔2〕また,被告人が本件通話でEから本件荷物の受取を依頼されてこれを承諾した時点及びその後実際に本件荷物を受け取った時点までに,当該荷物が詐欺で騙された被害者から送付される現金であるかもしれないと認識していたと認めるにも疑問が残るとして,被告人が本件詐欺未遂について氏名不詳者らと共謀した事実を認めるに足りる証拠はないという判断を示している。
(2)原判決は,(1)の判断に当たり,被告人の原審公判供述は,Gから詐欺だと告げられてはいないという点を除けば,その信用性を否定できないと評価している。
 被告人供述の内容は,おおむね,原判決が「第3 当裁判所の判断」3(3)の項で要約しているとおりである。要するに,前記1(1)のとおりの経過で警察に相談し,何らかの犯罪に関わっている可能性があるのでEと縁を切るように指導されたが,詐欺とは言われなかった,このようなアドバイスはあったが,同アのとおり,1回目の郵便物の中身に特に問題がなかったことや,Eの話し方が紳士的であったので信用してしまったこと等から,犯罪性はないと判断してEの依頼を受け続けた,本件時も8月20日に荷物の受取を依頼され,Dの社員が取りに行くので渡してほしいと言われたが,犯罪に当たるとは思っていなかった,報酬については決まっていなかったが多くて1万円くらいと思った。以上のとおり供述している。
(3)前記被告人供述のうち,Gから詐欺とは言われなかったという点については,被告人に詐欺の可能性があるとアドバイスした旨のGの原審公判証言(その内容に不自然,不合理な点は見当たらず,同人が通報を受けた際の管理票(原審甲10)の内容と符合しており,信用することができる。)に反し,捜査段階供述(原審乙3,5)からも変遷しており,信用することができない。この点は原判決も指摘するとおりである。
 しかし,その余の部分については,捜査段階,公判を通じてほぼ一貫しており,前記G証言や管理票,通話記録,取引履歴等に符合する内容である。そして,前記1(1)アのとおり,Eからの当初の依頼は郵便物を転送するというものであり,被告人は,最初の転送の際,転送依頼された郵便物を開封し,前記のような書面が入っていたに過ぎないことを確認していたこと,同イのとおり,警察に相談した動機は,個人情報をEに教えてしまったことと,郵便物を転送する行為が問題になるかといったことについて相談するといったもので,これに対するGのアドバイスの内容は「詐欺の可能性がある(詐欺被害に遭っているかもしれない,若しくは詐欺に加担しているかもしれない)」という以上の具体的なものではなかったと認められる。なるほど,警察官から詐欺の可能性を指摘されれば,自分がそれに加担することのないように注意し,依頼を断るなどすることも考えられるところであり,この点が,被告人が,Gからのアドバイスを受けた時点で,その後Eからの依頼を受けて自分が受け取る配達物が詐欺の被害金等であるかもしれないと認識したのではないかと推認する一つの理由になることは否定できない。しかし,Gの指摘は,前記のとおり具体的なものではなかったし,被告人が,前記1(2)キのとおり,警察官から令状を呈示され捜索等を受けている正にその最中に,Eからの電話に対し,荷物が届いているので取りに来るよう告げるなど,詐欺の被害品を受領したことを認識していたのであれば通常考え難い会話をしていること(所論は,警察官に対し詐欺の故意を有していないように見せるため,あるいはEに責任転嫁するため平静を装ってそのような言動をしたと理解できるというが,原判決がいうような,被告人が令状呈示時に告げられたであろう詐欺未遂という言葉と自身の行為を結びつけていない表れという見方もできるのであって,所論のように理解すべきであると断定することはできない。)などにも照らせば,被告人の原審公判供述中,Gから詐欺だと告げられなかったという点以外の信用性を否定できないとして,前記(1)のとおり説示した原判決の判断に,誤りはないというべきである。
(4)この判断に対し,所論は,以下の理由を述べて反論している。 
 すなわち,〔1〕近時,特殊詐欺事案の新たな手口として,受取役が直接被害者方に赴いたり,宅配便を利用して現金を送付させたりする事例が報道されており,被告人がそのことを知っているからこそ警察に相談したとも考えられるのであり,その被告人が警察官から「詐欺に加担しているかもしれない。」などと告げられれば,Eの依頼で受け取る郵便物に詐欺の被害現金等が在中しているのではないかという疑念を強く抱いたことが容易に推認できる。〔2〕被告人は警察への相談後にもEからの転送依頼を2回引受けているが,1回目と同様の依頼内容であったのに報酬額が1通2000円から5000円に一方的に引き上げられているし,被告人が本件通話でEから引き受けた依頼は配達物を預かるという,従前と比べて手間の軽いものであるのに,被告人は従前より高額の報酬を期待していたものであって,このことから,Eからの報酬が手間だけで決まるのではないことを被告人は認識していたといえるし,本件で報酬が増額する理由としては,Dの社員と直接接触することで詐欺の発覚のリスクが高まること以外に合理的な理由が見いだせない。〔3〕Gから詐欺と告げられたかどうかという点についての供述の変遷は,被告人供述全体の信用性を減殺させる事情である。
 しかしながら,まず〔1〕の点については,その事実の被告人の認識に対する推認力は検察官が主張するほど強いとはいえないし(はっきりと警告を受けたわけではない。),本件では前記(3)のとおり推認を妨げるような事情も認められる。〔2〕については,報酬額が引き上げられた理由は必ずしも判然としないが,Eの方からの提示額で仕事を請け負ったという被告人の供述も否定できず,そうであれば,顧客がくれるというのでもらっておく程度の認識もありえ,上がった金額も特に異常というほど高額とはいえないものである。報酬が上がったことやその額自体から,受け取る郵便物に詐欺の被害現金等が入っていることを認識したと推認するのは相当な飛躍があるというべきである。〔3〕については,先に述べたとおり,被告人供述の他の部分は,その信用性を肯定する理由があり,上記のような変遷があったことで被告人の供述全体の信用性が失われるとはいえない。
 よって,所論のいうところは結局採用できない。
(5)したがって,被告人が,本件詐欺未遂について氏名不詳者らと共謀を遂げた事実を認めるに足りる証拠はなく,本件公訴事実についての証明は不十分である。
第5 結論
 以上の次第であって,結局,被告人を無罪とした原判決は結論において正当であるから,論旨は理由がない。
 よって,刑訴法396条を適用して,主文のとおり判決する。
平成28年9月21日
名古屋高等裁判所刑事第2部
裁判長裁判官 村山浩昭 裁判官 大村泰平 裁判官 赤松亨太

文献番号】25448222

詐欺未遂,詐欺事件
名古屋地方裁判所
平成28年4月18日刑事第5部判決
       主   文
本件公訴事実中,平成27年3月27日付け起訴状記載の詐欺未遂の公訴事実については,被告人は無罪。
       理   由
(犯罪事実)
 被告人は,「A」との屋号でバイク便等の業務に従事していたものであるが,氏名不詳者らと共謀の上,かねてからプラチナ代金名目で現金をだまし取られていたB(当時79歳)から更にプラチナ代金名目で現金をだまし取ろうと考え,平成27年2月24日頃,氏名不詳者が,浜松市a区b町c番地d前記B方に電話をかけ,同人に対し,同人名義で購入したとされるプラチナ代金の支払いが終わっておらず,逮捕を回避するためには100万円を支払う必要がある旨うそを言って,前記Bをして,100万円を支払えば逮捕が回避できるものと誤信させ,同日午後2時46分頃,同区e町f番地gCD店から東京都江東区hi丁目j番k号lE宛てに現金100万円を送付させ,同月25日午後零時24分頃,同所において,被告人が前記Eになりすましてその交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させた。(平成27年5月28日付け起訴状記載の公訴事実関係)
(事実認定に関する補足説明及び一部無罪の理由)
 本件公訴事実中,平成27年3月27日付け起訴状記載の詐欺未遂の公訴事実は,「被告人は,「A」との屋号でバイク便等の業務に従事していたものであるが,前記「A」従業員F及び氏名不詳者らと共謀の上,真実は,GグループとH薬品が共同で建設する介護施設は実在せず,同施設入居に関する名義貸しが存在し得ないのに,これがあるかのように装い,氏名不詳者らが,平成27年2月中旬頃,数回にわたり,名古屋市m区no丁目p番地I方に電話をかけ,同人(当時70歳)に対し,GグループのJ,H薬品のKを名乗り,前記IがあたかもGグループとH薬品が共同で建設する介護施設の入居に関し違法な名義貸しをし,これにより同人が指定された現金を送らなければ刑事訴追を受けるものと誤信させた上,氏名不詳者が,平成27年2月24日から同月25日までの間,数回にわたり,前記Iに対し,H薬品のLを名乗り,電話で,「私はKの上司ですが,部下のKはIさんの代わりに400万円を立て替えましたよね。これはKの不始末ですので,Kはクビにしました。Iさんはあと200万円を支払ってもらわなければいけません。」,「金が作れないなら,あんたの家も土地も,全財産を差し押さえることになるぞ。」,「送り先は,東京都大田区qr−s−tu,M,品名はお菓子にしてください。2月26日午後2時から午後4時までに到着するように指定してください。」旨うそを言い,前記Iをして,介護施設入居に関する違法な名義貸しによる刑事訴追を回避するには指定された住所に宛てて現金を送る必要があるものと誤信させ,もって人を欺いて財物を交付させようとしたが,同人が警察に相談したためその目的を遂げなかった。」というものである。
 当裁判所は,判示詐欺の事実(以下では「B事件」という。)について被告人を共同正犯と認めたが,前記公訴事実記載の詐欺未遂の事実(以下「I事件」という。)について,被告人を共同正犯と認めることはできないと判断したので,以下,その理由を説明する。
第1 本件の主要な争点等
 本件の主要な争点は,各事件について,被告人に詐欺の故意があり,氏名不詳者らとの詐欺の共謀が成立していたかである(なお,検察官は,I事件で処罰の対象とされているのは,平成27年2月24日からの詐欺行為であり,公訴事実に記載されたそれ以前の氏名不詳者らの行為は,経緯を記載したものにとどまる旨釈明した。)。
 ただし,詐欺の共謀とはいっても,B事件の公訴事実(判示詐欺と同旨)では,被告人が犯罪事実の一部である詐取金の受取に関与したと記載されており,実行共同正犯の成否が問題になるのに対し,I事件の公訴事実には,氏名不詳者らの同月24日から25日にかけての行為のみが記載されており,問題となるのは,共謀共同正犯の成否である。
第2 前提事実
 関係証拠によれば,各事件について,次の事実が認められる。
1 被告人による便利屋事業の内容等
 被告人は,東京都中野区で「A」の屋号で便利屋を営んでおり,平成27年2月当時,Fほか3名を雇用し,換気扇の設置,家具の修理,内装工事,室内清掃等のほか,電話等で依頼を受け,指示された場所で荷物を受け取り,指示された場所へ運ぶいわゆるバイク便の業務を行っていた。
2 B事件に関する事実関係
(1)氏名不詳者らは,平成27年2月2日以降,Bに対し,電話で架空のプラチナ購入の話をしてその代金合計1960万円を支払わなければならないと誤信させ,同月3日に現金270万円,同月10日に現金280万円,同月18日に現金200万円をそれぞれゆうパックで東京都内に送付させていた。これらの荷物の受取に被告人ら「A」関係者が関与したとは認められない。なお,氏名不詳者らは,後記のI事件が発覚した後も,Bに対する詐欺を続けており,同年3月10日には現金200万円をゆうパックで東京都内に送付させていた。
(2)氏名不詳者らは,同年2月24日頃,Bに電話をかけて,判示のとおり,残代金の一部を支払うようにうそを言って,同月24日午後2時46分頃,静岡県浜松市内のコンビニエンスストアから現金100万円をゆうパック(品名・菓子)で配達希望時間を翌25日12時から14時と指定して東京都江東区内の「l E」宛に送付させた。実際には,同室は,入居者募集中の賃貸物件であり,空室であった。
(3)被告人は,同月24日午後4時54分頃,以前にも「A」に依頼をしてきた男(以下「本件依頼人」という。)から,電話(固定電話番号である03−●●●●−●●●●)でバイク便の仕事の依頼を料金4万円で受けた。その依頼の内容は,前記「l」に配達される荷物を受け取って運んでほしいというものであり,受取人名や配達先は現地で指示されることになっていた。そして,同室が空室であり,室外のメーターボックス内に部屋の鍵を入れたキーボックスがあること,その暗証番号等も伝えられた。このキーボックスは,同室を管理する不動産業者が内見依頼のあった不動産会社等の関係者に暗証番号を知らせ,直接鍵のやり取りをすることなく鍵の受渡しをするために設置していたものであったが,氏名不詳者らの詐欺グループは,この暗証番号を何らかの方法で知り,これを被告人に伝えていたものと考えられる。
 被告人は,同月25日,前記キーボックス内の鍵を使って同室に立ち入り,本件依頼人からの電話での指示に従い,インターホンが使えるように部屋のブレーカーを上げるなどして,荷物の到着を待ち,ゆうパックの配達担当者から上記E宛ての荷物を受け取り,部屋を施錠してキーボックスに鍵を戻した。その後,本件依頼人からの電話の指示で,N駅に向かい,その後同駅近くの喫茶店に向かうよう指示を受け,その後指示に従って喫茶店裏の路地に向かい,そこにいた男に荷物を渡し,料金4万円を受け取った。
3 I事件に関する事実関係
(1)B事件と同一の詐欺グループに属する氏名不詳者らは,平成27年2月10日頃以降,Iに対し,それぞれ電話で,IがあたかもGグループとH薬品が共同で建設する介護施設の入居に関し違法な名義貸しをし,これにより同人が指定された現金を送らなければ刑事訴追を受けるものと誤信させ,郵便局のゆうパックで,同月13日に現金200万円を東京都世田谷区の「v」のO宛に,同月16日にも現金34万円を同じ宛先に,同月19日には,現金100万円を東京都新宿区内の「w」のM宛に送付させていた(いずれも発送翌日の正午から午後2時までの配達時間指定)。これらの荷物の受取は,被告人ら「A」関係者とは別の者によって行われていた。
(2)氏名不詳者らは,さらに,同月24日,Iに対し,I事件の公訴事実記載のとおり,Lを名乗って電話をかけ,さらに200万円を送付させようとしたが(ただし,現金の送付先については,前記「w」の前記M宛とするよう告げていた。),Iは,同月25日昼過ぎに長女と警察に行って相談し,氏名不詳者らの行為が詐欺であることが発覚した。そこでIは,警察の騙されたふり作戦に協力することとし,警察官の用意した現金入りにみせかけた箱を,指示されたゆうパックではなく,Pの宅急便で宛先として電話で指示された前記「w」の前記M宛に正午から午後2時までの配達時間指定で送付し,Lに対し,宅急便で送った旨を伝えた。すると,Lは,その後,宅急便で送るのであれば,東京都大田区内の「u」の前記M宛に翌26日午後2時から午後4時までの配達時刻指定で送るよう電話で連絡してきたため,Iは警察官とともにPのサービスセンターを訪れて,荷物(品名・菓子)の発送手続をやり直し,その旨をLに電話し,配送伝票の番号を伝えた。
 このように氏名不詳者らは,I事件の公訴事実記載のとおり,同月24日から25日にかけてIに対する欺罔行為を行ったが,Iが同月25日に警察に相談したため,その犯行は未遂に終わった。
 なお,前記「u」は,同マンションを管理する不動産管理会社が入居希望者用のモデルルームとして使用していた部屋であり,家具等は設置されていたものの,居住者はいなかった。
(3)被告人は,同月25日午後5時9分頃,本件依頼人から,電話(前記末尾●●●●の番号)で,前記「u」に配達される荷物を受け取って運ぶ仕事の依頼を受け,料金4万円でこれを引き受けた(この時点で氏名不詳者らの公訴事実記載の詐欺による結果惹起は不能になっており,また,この時点での意思連絡が氏名不詳者らの前記詐欺を促進するものでもない。)。
 被告人は,その際,本件依頼人から,オートロックの鍵を入れたキーボックスの場所とその暗証番号,同室のジョイナーキー(玄関扉用のダイヤル式錠)の暗証番号等を伝えられた。このキーボックスやジョイナーキーは,同室をモデルルームとして使用する前記不動産管理会社が内覧依頼のあった不動産業者や内装業者等の関係者に暗証番号を伝え,直接鍵の受渡しをすることなく入室できるように設置していたものであり,同室の玄関扉の鍵はもとから施錠されていなかった。氏名不詳者らの詐欺グループは,この暗証番号を何らかの方法で知り,被告人に伝えていたものと考えられる。
 被告人は,この仕事を従業員のFに行わせることとし,同月26日午前6時51分頃,Fに対し,メールで,同日の仕事としてこの依頼とピアノ搬入の仕事の指示をした。
 Fは,同日,「u」に到着し,キーボックスから鍵を取り出してオートロックを開け,玄関扉のジョイナーキーを取り外すなどして同室に入室し,本件依頼人からの電話の指示に従い,Pの配達員を装った警察官から荷物を受け取った。
第3 詐欺の共謀に関する検察官の主張
1 以上のとおり,氏名不詳者らは,判示事実あるいはI事件の公訴事実記載のとおり,平成27年2月24日頃から翌25日の間に各犯行に及んだものであるところ,検察官は,同月19日の時点で被告人と氏名不詳者らとの間に包括的な詐欺の共謀が成立し,被告人は,その後に氏名不詳者らの行う一連の詐欺の犯行について共同正犯としての責任を負うと主張する。なお,検察官は,論告において,前記のような共謀成立時期を前提としながらも,この共謀成立時期より後の事実関係を多数援用して被告人は詐欺であることを認識したと主張しており,実質的には,その後に詐欺の共謀が成立したことも併せて主張する趣旨ではないかと解される。
2 ただし,I事件については,共謀の成立時期に関する検察官の当初の主張,すなわち,氏名不詳者らとの直接の共謀が成立したのが,同月25日の被告人に対する仕事依頼の際であったとの主張は,公判において明示的に撤回されている(当裁判所が第3回公判期日において検察官にこの点に関する釈明を命じたところ,検察官は,論告においても援用する平成27年6月22日付け上申書において,直接の共謀に関する主張を撤回するとし,前記依頼は共謀成立後の日時や場所の指示に過ぎないと述べて共謀を構成する意思連絡であることを否定して釈明に応じず,前記の包括的な共謀の成立を主張するに至った。)。そして,I事件については,前記依頼(検察官が共謀成立後の事情にすぎないとするもの)を含めて考慮しても,公訴事実記載の氏名不詳者らの詐欺につき,被告人と氏名不詳者らとの間で個別的な共謀を構成する意思の連絡があったとは認められないから,専ら包括的な共謀の成立を考えるべきことになる。
第4 本件の経緯について
 以上の争点及び検察官の主張に照らし,本件各犯行前にさかのぼってその経緯をみると,関係証拠によれば,次の事実が認められる。
1 被告人に対する大分県警による事情聴取とその後の「A」の経営
(1)被告人は,平成26年2月27日,Qという人物から,東京都渋谷区内の私設私書箱から書類かカタログを受け取り,東京都新宿区内のマンション前まで運んでほしいというバイク便の仕事の依頼を受けた。被告人は,指定された私設私書箱に向かい,荷物を受け取って建物の外に出たところ,大分県警の警察官数名から,受け取った荷物は詐欺に関するものであり,捜査に協力してほしいと言われ,被告人は,捜査に協力することとした。
 被告人は,依頼人に荷物を受け取った旨の電話をして,指定された配送先に向かったところ,Qから受渡し先をホテル付近の路上に変更したいとの連絡があり,これを警察官に伝え,指定された場所で男に荷物を渡した。
(2)被告人は,その後数回,警察官の事情聴取を受けた。
 大分県警の警察官は,この際,被告人に対し,私設私書箱とかに荷物を取りに行くのはおかしい,相手の確認をしないで運ぶのは振り込め詐欺とか組織的な詐欺の片棒を担ぐことになる,覚せい剤などを運んでしまうといった注意をしたが,居住者のいない部屋での荷物受取に言及することはなかった。
 被告人は,このように事情聴取を受けた後,いわゆる私設私書箱で荷物の受取をする仕事の依頼は断っていたが,バイク便の仕事は止めずに続けていた。
2 検察官の主張する詐欺共謀成立の頃までの経緯
(1)平成27年2月当時,「A」の売り上げは,1か月200万円程度であり,そのうち15パーセント程度がバイク便の売り上げであった。
 被告人は,同月14日午後5時22分頃,電話(通話先は固定電話番号03−▲▲▲▲−▲▲▲▲)により本件依頼人から「A」の仕事の依頼を受けた。依頼の内容は,翌15日に東京都目黒区内か世田谷区内のマンションの空室に届いた荷物を受け取って運んでほしいというものであって,報酬は3万円,受け取るのは書類との説明であり,届け先等は,部屋についてから指示するというものであった。本件依頼人からは,部屋の鍵は,マンションの郵便ポスト内にあることが説明され,郵便ポストのダイヤル式の鍵の暗証番号を教えられた。この際,被告人は連絡先となる前記電話番号は確認しているものの,本件依頼人の氏名の確認は怠っていた。
 被告人は,同月15日,指定の空室に入室し,本件依頼人に電話をしたところ,インターホンが使えるようにブレーカーを上げてほしいとの依頼があり,ブレーカを上げて待っていたところ,約1時間半待ったところで,宅配便の配達があり,本件依頼人に指示された名前で配達担当者から荷物を受け取った。その後,指示されたR駅に向かい,本件依頼人に電話をかけたところ,近くのコンビニエンスストアに受渡し場所が変更され,20代前半くらいの男に荷物を渡し,料金を受け取った。
(2)被告人は,同月18日午後3時32分頃,電話(通話先は前記末尾▲▲▲▲番号の電話)により本件依頼人から料金3万円で同様の仕事の依頼を受け,これを引き受けた。その依頼の内容は,翌19日に空室である東京都世田谷区内の「x」で荷物を受け取り,これを指定した場所に運んでほしいというもので,その際,同室の鍵はかかっていないことや,マンションのオートロックの暗証番号等を伝えられた。
 被告人は,この仕事を引き受け,これを従業員のSにさせることとし,同月19日午前0時47分頃,Sに対し,メールで同日の仕事としてこの依頼と家具組立の仕事の指示をした。Sは,同日,「x」に立ち入り,電話(前記末尾▲▲▲▲の番号)で指示を受けたとおりに荷物を受け取り,指示された場所に運び,男に荷物を渡して料金を受け取った。
(3)被告人は,同日午後7時8分頃,本件依頼人から,電話(通話先は前記末尾▲▲▲▲番号の電話)により,空室である東京都中野区内の「y」で荷物を受け取る仕事の依頼を報酬4万円で受け,同室の鍵はかかっていないことや,マンションのエントランスの暗証番号等を伝えられた。この際,本件依頼人は,今後定期的に同じ仕事を依頼したい,報酬を3万円から4万円に増やす代わりに1人人員を確保してもらいたい旨述べ,被告人は,これに応じる返事をしたが,実際には,新たに人を確保したわけではなかった。
 被告人は,この仕事も従業員のSにさせることとし,同日午後11時22分頃,Sに対し,メールで翌日の仕事としてこの依頼と前日の家具組み立ての仕事の続きをするよう指示した。
 Sは,同月20日,「y」に立ち入り,電話(前記末尾▲▲▲▲の番号)での指示通りに荷物を受け取って,これを指示された場所に運び,男に渡して,料金を受け取った。
3 検察官が主張する詐欺共謀の成立後の経緯
 被告人は、同月23日午後5時52分頃,本件依頼人からの電話(これまでと異なる前提事実記載の末尾●●●●の番号)で,空室である東京都世田谷区内の「z」で荷物を受け取る仕事の依頼を受け,鍵が郵便ポスト内にあることや,その解錠方法を指示された。
 被告人は,この仕事を従業員のFにさせることとし,同日午後11時37分頃,Fに対し,メールで,この依頼と別のバイク便の仕事の指示をした。なお,本件依頼人は,以前とは別の固定電話番号で連絡をしてきたが,被告人は,これに気付かないまま,メールで指示を出していた。 
 Fは,同月24日,「z」に着き,前記電話番号(前記末尾▲▲▲▲の番号)に電話をしたが通じず,これを被告人に連絡した。被告人には,その頃,本件依頼人から電話番号が変更になった旨の連絡があり,被告人は,Fに新たな電話番号(前記末尾●●●●の番号)を伝えた。Fは,この番号に電話をして,その指示通りに「z」に立ち入って荷物を受け取り,指示された場所に運び,男に荷物を渡して料金を受け取った。
第5 詐欺の共謀及び故意に関する判断
1 被告人の認識等の検討
(1)本件依頼人が平成27年2月14日から同月23日までの間に受取りを依頼した荷物というのは,B事件と同様に詐取金入りのものであったと考えられる。そして,本件依頼人からの仕事の依頼内容は,同月14日の依頼当初から居住者のいない部屋で荷物を受け取って運ぶということであり,荷物の受取人名や配達先については現地で電話連絡を受ける手はずであったことも認められる。そして,最初に依頼を受けた仕事で,現地で指示された配達先は都度変更され,路上で受渡しをするという経緯をたどっていたのであるから,被告人は,その後の依頼でも同様の経緯をたどる可能性を認識していたといえる(実際にその後,被告人がSあるいはFにさせた仕事でも同様の経緯をたどったが,被告人がそのような経緯を事後的に把握していたと認めるに足りる証拠はない。)。しかも,同月19日の時点で,本件依頼人から同様の仕事の依頼を今後も続けて行うことが告げられていた。
 加えて,移動時間や室内での待ち時間を含めて3時間程度は要する可能性のある仕事であって,相応の料金は得られるものとはいえ,それにしても本件依頼人が示した3万円あるいは4万円といった料金は,通常より高額なものであった(通常であれば,1万5000円程度から高くみても2万5000円程度であった。)。
(2)何かの事情で送り主が空室に荷物を送り,部屋の管理者の承諾を得て管理者が室外に置いていた鍵等で部屋に入って荷物を受け取ること自体は考えられないことではないとしても,そのような空室での荷物の受取の依頼が続くとなれば,それは,はなはだ不自然であるというほかない。そして,最初に依頼を受けた荷物の配送方法等については,これまでバイク便の仕事の中で関与するに至った詐欺事件での依頼内容の類似性も認められる。
 そうすると,被告人には,空室に詐取金を送らせる手口の実現に重要な部屋の管理者によって管理される鍵の隠し場所やキーボックスの暗証番号等を本件依頼人が的確に指示できた理由・経緯はわかっておらず,被告人の認識において,送り主自身がやましいことに関わり,中身や送付先などを隠したいといった理由から荷物をあえて空室に送っている可能性を排除できるまでの事情があったわけではないものの,被告人は,同月19日か,遅くともその次に仕事の依頼を受けた同月23日の時点では,これまで本件依頼人から受取の依頼を受けた荷物について,送り主は,何かの意図があって空室に荷物を送っているのではなく,だまされて財産的価値のある物を空室に送っているのかもしれないという認識はあったと認められる。このような認識が本件依頼人からの依頼につき被告人が他の便利屋の仕事と一緒に従業員に指示を出していることや,従業員に仕事内容の口外を禁じていなかったことなどの被告人の従業員への対応と特に矛盾するものとまでは考えられない。このような認識までも否定する被告人の供述は信用することはできない。
 なお,検察官は,本件依頼人が連絡に使った固定電話番号が同月23日に変わったことを捉え,固定電話の番号は,通常変更されることはなく,固定電話様の番号が変更となるのは相当な事情がある場合であり,そのような相当な事情というのは,本件では特殊詐欺で電話が不通になるなどの事情と認識でき,現金を送付させる特殊詐欺であることを容易に認識することができたと主張する(そういいながら,検察官は,実際に当初の固定電話番号が不通になった事情は立証していない。)。しかし,連絡先の固定電話番号が変更されること自体は,転居などに伴う電話の設置場所の変更によりしばしばみられるものであり,詐欺を含めた犯罪への関与をうかがわせるような特殊な事情ではない。そして,本件では実際には二つの固定電話番号の設置場所がデータセンタであって,本件依頼人は転送サービス等を利用して被告人と連絡を取っていたと考えられることなどの本件依頼人側の事情を被告人は知る由もないのであるから,電話に関する検察官の主張には無理があるというほかない。
2 B事件に関する共謀等の検討
 氏名不詳者らは,同月24日頃からBにうそを言って,同月24日に詐取金を空室である前記「l」に送付させていたところ,被告人は,その後,同日中に本件依頼人からこの荷物を受け取るよう依頼を受け,上記の荷物に関する認識の下,この依頼を引受け,翌25日に実際に同室で荷物を受け取ったというのである。
 そうすると,被告人は,本件依頼人からの依頼に際し,だまされて送られてきた荷物でも構わないと考えてこれを引き受けたものであって,詐欺に加担する意思を有し,荷物の受取という判示詐欺の一部に加わり,実際に詐欺の結果を生じさせたと認められるから,自ら行った行為とその結果にとどまらず,加担前に行われた氏名不詳者らの詐欺行為についてもその責任を負うものであり,前記依頼の際の意思連絡により,判示詐欺について被告人が判示の氏名不詳者らと共謀を遂げたと認めるのに十分である。また,被告人について詐欺罪の故意に欠ける点もない。被告人は,判示詐欺の全部について共同正犯としての責任を負うものである。
3 検察官主張の包括的な共謀についての検討
(1)これに対し,検察官は,この共謀に先立って被告人が同月19日に氏名不詳者らの1人人員を確保してもらいたい旨の依頼に応じる旨回答したことを捉え(実際にだれか人を確保したわけではない。),これによって氏名不詳者らのその後の詐欺について因果的寄与があり,その時点で氏名不詳者らとの間に包括的な詐欺の共謀が成立したものであって,被告人は,その後に氏名不詳者らにより行われた一連の詐欺に含まれるB事件及びI事件について共同正犯としての責任を負うと主張する。被告人に対する荷物受取の依頼やその実行がなくとも共謀は成立し,共同正犯としての責任を免れないというのである。
(2)しかしながら,本件の詐欺グループがどのようなメンバーで構成され,どの程度の規模であったのかといった事情はまったくわかっていない。被告人は,I事件以前の氏名不詳者らのIに対する詐欺について関与をしておらず,「A」とは別に,本件グループの行う詐欺について詐取金を受け取る者が存在していたことは明らかであるところ,その人数も確定することはできない。したがって,氏名不詳者らによる受取をする者の使い分けの理由・基準も明らかになっていない。
 このような証拠関係の下で,被告人による上記回答がその後の氏名不詳者らの本件各犯行を具体的にどのように促進したのかについて,検察官は何も立証しておらず(要するに,受取役が1人でも多い方が氏名不詳者らの犯行をより容易にするという自らの見立てを述べているだけである。),因果的寄与の内実は明らかになっていない。
 加えて,〔1〕被告人の詐欺の認識は上記の程度にとどまっており,被告人は,犯人グループがどのようなメンバーで構成されていたかや,実際にどのような詐欺を行っているかといった詐欺の核心部分は何も知らなかったこと,〔2〕被告人は,営業実態のある便利屋としての「A」を経営しており,本件の犯人グループとは別の組織であり,依頼を受けた仕事以外について報酬(料金)を得るものではないことを併せて考えると,被告人について,同月19日あるいはそれ以降の時点であっても,包括的な詐欺の共謀が成立したとして,その後の氏名不詳者らによる一連の詐欺・詐欺未遂について,被告人が共犯正犯としての責任を負うと考えることはできない。この点についての検察官の主張は採ることができない。
4 I事件の共謀についての判断
 そうすると,I事件について,共謀共同正犯成立の前提となる包括的な共謀の成立は認められない(個別的な共謀を構成する意思の連絡があったとは認められないことは既に述べたとおりである。)。したがって,氏名不詳者らが,公訴事実記載の詐欺を行うに際して被告人との共謀を遂げていたとは認められず,被告人が共同正犯としての責任を負うものではない。
第6 結論
 以上検討してきたところによれば,B事件に係る判示事実は認められるものの,I事件に係る公訴事実については,犯罪の証明がないことに帰着し,同公訴事実については,刑訴法336条により被告人に対し,無罪の言渡しをすることとする。
(量刑の理由)
平成28年4月20日
名古屋地方裁判所刑事第5部
裁判官 奥山豪