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強姦致傷の無罪判決(大阪地裁堺支部H28.3.22)

 強姦は未遂で求刑5年(法定刑の下限)

大阪地方裁判所支部
平成28年3月22日第2刑事部判決
       判   決
 上記の者に対する強姦致傷被告事件について,当裁判所は,検察官山崎誠及び池田恵,国選弁護人原田隆之介(主任)及び梶広征各出席の上審理し,次のとおり判決する。
       主   文

被告人は無罪。
       理   由

第1 公訴事実の要旨
 被告人は,■(当時25歳。以下「A」という。)を強いて姦淫しようと考え,平成26年9月30日午前2時頃から同日午前2時40分頃までの間,堺市■号同人方において,その上半身を上から押さえつけるなどの暴行を加えてその反抗を抑圧し,その陰部に自己の指を挿入し,陰茎を押しつけるなどして,強いて同人を姦淫しようとしたが,同人に抵抗されたため,その目的を遂げず,その際,前記一連の行為により,同人に全治まで約7日間を要する膣壁裂傷の傷害を負わせたものである。
第2 当裁判所の判断
 検察官は,Aの証言が信用できるから,公訴事実のとおりの事実が認定でき,被告人には強姦致傷罪が成立すると主張する。
 しかしながら,当裁判所は,Aの証言には不自然な点がある上,客観性の高い証拠により認められる事実と整合しない部分があり,強姦致傷罪に該当する事実があったと認定するには合理的な疑いが残るといわざるを得ず,被告人の供述を前提にすると説明が難しいと思われる点もなくはないものの,それを踏まえてもこの結論は揺るがないものと判断した。
 以下にその検討内容を示す。
1 前提となる事実
(1)平成26年9月29日,Aがフェイスブック上に被告人の名前を見つけ,被告人にメッセージを送ったことがきっかけとなり,Aと被告人は,携帯電話の番号を交換した。
(2)被告人は,同日午後11時43分頃からAと携帯電話で話をした。この通話の中で,被告人は,A宅で話を続けたいと言い,Aがこれに応じたことから,A宅に向かった。
(3)被告人は,A宅前に到着し,翌30日午前1時4分頃,Aに電話し,オートロックを解除してもらい,A宅に入った。
(4)被告人とAは,A宅の6畳洋室で,被告人の子供のことや女性が自慰行為をするかなどの話をし,その後,両名は6畳和室に移動した。
2 Aの証言の要旨
 Aは,6畳和室に移動した後の状況について,次のように証言する。
 6畳和室で寝ていた子供(当時1歳9か月)が目を覚ましたため,寝かせつけるためにそちらへ行った。添い寝をしていたがすっかり目がさえた様子だったので,被告人を一人で放っておくのも悪いと感じ,こちらで静かに話をしようと思い,6畳和室に被告人を呼んだ。子供,A,被告人が並ぶように寝転がっていると,被告人から胸を触られたり,キスをされたり,首などを舐められたりした。やめろや,お前とはそんなんちゃうねんなどと言ったがやめないので,被告人の頭をたたいたりもした。それでも被告人はやめず,ズボンと下着を脱がされ,膣内に指を挿入された。すごく痛かった。起き上がろうとしたが,両胸付近(証言時に,胸から鎖骨にかけての辺りに手を置いてその位置を示した)を押さえ付けられていたため,体をよじらせることしかできなかった。その後,陰茎を陰部に擦り付けられ,子供ができなくなる,傷があるなどと言って拒絶すると,うそやろなどと言われたが,コンドームがないなどと話すと,口でやれなどと言われた。無理だと言ったけれども,被告人が仰向けに寝ている自分に馬乗りになって両胸付近(同上)を押さえ付ける体勢で、陰茎を口に入れ,前後に動かして射精した。台所に行ってその精液を吐き出し,泣いていると,被告人が謝ってきた。こんなん無理矢理やし,レイプやん,早く帰ってなどと言うと,自殺とか変なことせんといてなどと言って,A方から出て行った。
 このような場面を,子供は無表情で見ていた。 
 被告人が出て行った後でトイレに行くと,膣から大量に出血していた。
3 疑問点
(1)犯行態様に関する証言
 Aは,無理矢理口淫をさせられた旨証言するが,そもそも,嫌がっている女性に口淫を強いるというのは,女性が口を閉じたり,顔をそむけたりするだけで極めて困難になるものと思われる。
 女性が口を閉じたりしても,あごを強くつかんで無理に口を開かせるといった暴行を加えれば,それでも可能といえるが,Aはそのような態様の暴行を受けたとは証言していない。そうすると,Aが抵抗する意思を失うような状態になっていたのでなければ,Aがこのような行動(抵抗)をしていないことは不自然といわざるを得ない。
 そこで,Aが置かれていたと証言する状況に即して検討すると,Aが自己の生命・身体の危険を感じたり,子供に危害が及ぶのをさけたいと思ったり,強姦だけは免れたいと思ったりしたといった場合には,抵抗する意思を失うことが考えられる。しかしながら,Aの証言によっても,被告人から殴るなどの暴力行為や身体に危害を加える旨の脅迫を受けておらず,子供に関して何らかの脅迫を受けたこともないということになるし,また,被告人は,Aから拒絶された後,比較的速やかに性交の意思を放棄し,このことをAも感じとることができたものと認められる。そうすると,Aが抵抗する意思を失うような状態になるだけの事情はなかったといわざるを得ない。特に,Aは,被告人を強い口調でののしり,頭をたたき,口淫を命じられても無理と言って拒絶したと証言しているのであるから,なおさらそのような状態になるとは考えられない。
 その他にも,Aが証言するような体勢で被告人がAの口の中に陰茎を入れようとすれば,被告人の体は前方に大きく傾くはずであり,そうであれば,Aとしても,両足に力を入れて体を反らしたり左右に動かすなどして,被告人に押さえ付けられた状態から逃れることができたのではないかと思われるし,そのような体勢で被告人が口淫を強い続ければ,Aの両胸付近にかかる力はかなりのものとなり,あざなどのけがが生じると思われるが,本件と同日の夕刻にAを診察した主治医であるB医師の証言やそのカルテの記載にもこのような訴えは現れていないといった疑問点も指摘できる。
(2)子供の様子に関する証言
 Aの子供は6畳和室にいたと考えられるが,当時の年齢(1歳9か月)や,Aの証言によっても被告人がいきなり激しい暴行・脅迫を加え始めたわけではないことからすると,恐怖で立ちすくむというよりも,Aに抱き付こうとしたり,泣き叫ぶなどするのが自然であるといえ,無表情のままこれを見ていたというAの証言には疑問がある。
 本当に子供が見ていたのであれば,Aは,被告人に対し,子供の目の前だからやめろなどといった発言をするのではないかと思われるが,そのような発言をしたとの証言もない。
 また,Aの証言を前提とすると,被告人は,目が覚めている幼い子供に添い寝をしていたAを押さえ付けて膣内に指を入れ,性交に及ぼうとし,子宮の傷等を理由に拒絶されると,うそだろうなどと言いながらも比較的あっさりとその意思を放棄したが,無理矢理口淫させたということになり,このような行動は相当に不自然なものといわざるを得ない。
 これらの事情からは,本件の大半の時間帯において,子供は熟睡していたと考えられる。
(3)膣壁裂傷,これに伴う出血に関する証言
ア Aの証言は,被告人から膣内に指を挿入された際,すごい痛みを感じ,その後,膣内に何かを挿入されるということはなかったが,被告人がA宅から出ていった後にトイレに行くと,膣から大量に血が出ていることに気が付いたというものであるから,これを前提にすると,被告人がAの膣内に指を挿入した際に,膣壁裂傷が生じたと考えられる。
 しかし,B医師の証言によれば,膣壁裂傷は多量の出血を伴い,その出血は裂傷が生じた直後からはじまるものであると認められる。そうであれば,被告人が陰部に挿入した指を介してAの服や体に血液が付着したり,Aが寝ていた敷布団に血液が付着したりする可能性が高いといえるし,Aが下着やズボンをはく際に出血に気付く可能性も高いといえるが,Aはこれらの血液の付着等につき何ら証言することなく,受傷後かなりの時間が経ったこととなる,被告人が立ち去った後にトイレに行った時点で初めて出血に気付いたと証言している。
 また,Aが出血に気付いたと証言するこの時点は,被告人からAに電話がかかってきた時点(同日の午前3時51分頃と認められる。)よりも前であったと思われるところ,そうであれば,この電話の際に,Aが被告人に出血に関する訴え(抗議等)をするのが自然であると思われるのに,Aは,このような訴えをしたとの証言をしていない。
 さらに,膣壁裂傷による多量の出血が生じていたのであれば,いくら夕方にB医師による診察を受ける予定であったとしても,まずこの傷の手当をしようと考えるのが自然である。特に,B医師の証言によれば,Aは,持病のこともあり,子宮等の検診をひんぱんに受けるような性格の持ち主であるというのであるから,膣からの出血に気付きながら電話等による問合せすらしていないというのは余りにも不自然である。
イ B医師は,一般に膣壁に裂傷を生じさせるには相当強い圧迫が加わる必要があり,出産の際を除いては考えにくく,同医師自身,ほとんど経験した例はない,出産を経験しているAの膣は柔らかく伸展性もあると証言しているほか,仮に指により膣壁裂傷が生じるとすれば,挿入された指で膣壁が圧迫されている状態で何らかの強い力が加わる,例えば,外力によってAの体が動くといったことが考えられる旨証言する。
 しかしながら,被告人の指の長さ(中指でも約8.5センチ)と傷の位置の膣口からの深さ(約8センチから10センチ)からすると,指は,傷のある部位に当たっている際には,ほぼ伸びきった状態にあったとみるべきであって,指自体による圧迫はさほど強いものとは考えにくい上,Aが証言するような,押さえ付けられた状態で起き上がろうとする,体をよじるといった程度の動きで,膣壁裂傷を生じさせるだけの強い力が生じるとも思われない。
(4)Aの友人によるフェイスブック投稿
 Aの友人は,本件と同日の午後零時50分頃に,「ガミースマイルの安い治療法教えてあげてください」というコメントを付して,Aが電話をしている姿を写した画像をフェイスブックに投稿しているが,Aは,この投稿がされた際にはこの友人と一緒におり,その時点では本件のことを伝えていたと証言する。しかしながら,性被害を受け,膣から出血するけがまで負わされたことを打ち明けられた友人がこのような投稿をするというのは余りにも不自然といわなければならず,この投稿がされるまでに,Aが本件を友人に話した事実はなかったと思われる。そうすると,被告人からされたことはAにとってさほど深刻なものではなかったと考えられるから,この時点までに多量の出血を伴う膣壁裂傷を負っていた事実や,無理矢理口淫をさせられた事実はなかったのではないかという疑問が生じる。
(5)まとめ
 以上のとおり,Aの証言は,犯行態様やその場面における子供の様子として述べる内容自体に疑問や不自然な点があり,被告人の行為によって膣壁裂傷が生じたことを合理的に説明できていないから,これによって強姦致傷罪に該当する事実があったと認めることはできない。
4 被告人供述
(1)被告人は,Aから誘われて6畳和室に移動すると,布団に入りやなどと言われ,布団に入りAと横並びに寝転ぶ体勢になった,そこでAの乳首がすけて見えたので,そんなん見たらやりたくなるなどと言い,Aの胸を触ったり,膣に指を入れたりしたが特に抵抗されることはなかった,その後,入れさせてやなどと言ったが,傷があるから無理,子供ができなくなると言われたので,口でしてほしいと言ったら,Aが自分の足元付近に行き,口淫してくれたなどと供述する。
(2)被告人が供述する性的な行為の態様は,直ちにあり得ないだとか不自然だなどといえるものではない。Aには子宮の手術歴があり,B医師からは,子宮頸がん予防のため,コンドームを用いる,不特定多数との性交は避けるなどの指導を受けていたが,被告人が述べる範囲の性的な行為であれば,直ちにこの指導内容に反するとはいえず,膣に指を入れるのを拒まないこともあり得るといえる。
 また,被告人の供述を前提にすれば,Aは,わざわざ幼い子供のいる部屋に被告人を招き入れて性的行為に及んだことになるが,上述したとおり,子供が熟睡していたと考えられるから,布団の敷いてある部屋に移動しようとすることもあり得るといえる。
(3)Aの膣からの出血がなかったと供述する点については,被告人の行為によって膣壁裂傷が生じたのであれば極めて不自然なものであるが,既に述べたとおり,このこと自体に疑問があるのであって,被告人の供述が不自然,不合理であると評価する理由にはならない。
 そうすると,この膣壁裂傷は本件後に生じたものと考えざるを得ないが,これが生じた原因としては様々なものがあり得るといえ,これも上記結論に影響を及ぼすものではない。
(4)まとめ
 以上によれば,被告人の供述中に明らかに不自然であるといった点などはなく,Aの証言によって強姦致傷罪の成立を認めることができないとの結論は揺るがない。
5 結論
 以上のとおりであるから,本件公訴事実については,犯罪の証明がないことになるから,刑訴法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをする。
(求刑 懲役5年)
平成28年3月30日
大阪地方裁判所支部第2刑事部
裁判長裁判官 真鍋秀永 裁判官 西山芳樹 裁判官 大木健一郎