児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

被告人Yが鹿児島市内の路上で被害者を強姦したとする強姦被告事件につき、被害者の膣液から検出された精液からDNA型鑑定ができなかったものの、Yに姦淫されたとする被害者供述に信用性があるとして有罪判決を下した原判決を不服としてYが控訴した控訴審において、DNA型鑑定ができなかったとする鑑定経過自体に疑義があり、姦淫されたとする被害者の供述も信用できないとして、Yに無罪が言い渡された事例(福岡高裁宮崎支部h28.1.12)

 第一法規に出ています。

平成4年(以下略)生
上記の者に対する強姦被告事件について、平成26年2月24日鹿児島地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官和久本圭介及び同川北哲義出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文
原判決を破棄する。
被告人は無罪。

理由
 被告人の控訴の趣意は、主任弁護人伊藤俊介、弁護人西田隆二、同野平康博、同北川貴史連名作成の控訴趣意書、同訂正申立書、同補充書に記載のとおりであり、これに対する検察官の答弁は、検察官和久本圭介作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用するが、被告人の控訴趣意は、事実誤認の主張である。
 論旨は、要するに、被告人は、強姦事件が存在せず無罪であるのに、信用性のない被害者供述に依拠して、これを有罪とした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。
。。。。
 5 検察官嘱託によるR・S大学教授による膣液のDNA鑑定関連の証拠(以下併せて「R鑑定」という。)について
  (1) 検察官は、R鑑定につき、被害者の膣液から被告人のものと合致するY―STR型のDNAが検出されたことを立証趣旨として事実調べ請求を行っており、これは被害者の膣液上清から上記DNA型のDNAが検出されたことを立証しようというものである。
 当裁判所は、R鑑定については、上記各証拠と異なり、必要性に加えて相当性もないと判断してこれを却下した。
 上記のとおり、膣液上清のY―STR型の鑑定については、本件の事実認定との関係で事実調べの必要性がないことは明白である。
  (2) 相当性にかかる事実関係は、以下のとおりである。
  ア 当審検察官和久本圭介は、平成27年2月22日、E鑑定人作成の鑑定書が提出され、同年4月16日、E鑑定人から上記鑑定試料が返還されたのを受けて、翌17日に本件各資料について、そのDNA型の鑑定をR教授に嘱託している(当審検7の採用部分、当審検18)。なお、この間、同年3月18日及び同年4月17日に本件につき打合せが実施されているが、上記検察官は同年3月18日の打合せ期日においてE鑑定人作成の鑑定書について同意したのみで、特に信用性を争う意見を述べることもなく、上記鑑定嘱託の意向について何ら触れておらず、その間、鑑定請求をすることもなかった。
 上記検察官は、R鑑定書の完成後の同年5月12日の打合せ期日においてその存在を初めて明らかにし、その後同月19日、R鑑定について事実調べ請求を行った。
  イ 上記検察官は、当審鑑定採用前に、平成26年8月29日提出の意見書において、「膣前庭部、膣口部から採取されたDNA資料からは、精子の存在が確認されており、これがDNA型鑑定の結果、検出された精子のDNAが被告人以外の者のDNAであることが判明すれば、被害者を姦淫した者は被告人以外の者ということになり、ひいては、被告人は犯人でないことになる。」と記載しており、また、当審鑑定の採用に当たって、繰り返し、精子に由来しないDNA型が検出されないような鑑定方法の採用を求め、他方で、膣液上清のY―STR型について鑑定事項に加えるように申し立てたことはなかった。さらに、上記検察官は、平成27年5月29日に実施された本件打合せ期日において、裁判所に膣液上清のDNA型について鑑定請求をせず、また、鑑定嘱託による鑑定を実施する旨を当審及び弁護人に対し事前に連絡しなかった理由として、同鑑定に対し必要性が認められるかどうか疑念があったため及び簡易な手続で迅速に行えると考えたためである旨発言しており、上記検察官においても、膣液上清DNAのY―STR型の鑑定について本来必要性が認められないことを十分に理解していたことは明らかである。
  (3) DNA鑑定は、その性質上、適切に行っても、実施する際にその鑑定試料を一定量消費せざるを得ないものである。
 R鑑定の鑑定試料とされたのは、当審鑑定の資料とされた、事件直後にそれぞれ綿棒1本に採取された被害者の膣前庭部、膣口部及び子宮口部の各膣液の残部であり、これらの資料は、それ自体では原審及び当審の証拠とはされていない(鑑定等の専門的知見を得ることなく、これらを証拠物として取り調べても、事実認定上得られるものはないから、原審及び当審においてこれらが証拠とされなかったのはいわば当然のことである。)けれども、それらについて行われた鑑定が、原審においては膣内の精子の存在を明らかにし、当審ではその精子のDNA型を明らかにする前提となる、いわば本件において決定的な重要性を有する資料である。同時に、これらは、事件当時の現場資料という非代替的なものである上、採取当時から各綿棒1本分という微小な資料であり、さらに捜査段階の鑑定及び当審鑑定によってそれぞれ一定量費消されたため、残量は相当乏しくなっていたものである。これら希少かつ重要な非代替的資料が、R鑑定によってさらに一定量消費される結果となっている(なお、当審鑑定においては、膣前庭部の資料については再々鑑定に備えるためにオピッツ染色法を用いた精子の有無の検査が実施されていない。また、子宮口部の資料については、当審鑑定において既に綿球部分を全て費消しており、R鑑定は、残余の軸の先端部分を切断して使用しているところ、記録によれば、軸部分の膣液は、膣液採取時に子宮口部に綿棒の綿球部分を差し入れた際に、軸部分が膣壁に当たることによってDNA等の膣内容物が付着して得られたものとうかがわれ、R鑑定後に残存している、綿球部と直接接しない軸部分から検出されるDNAは、「子宮口部の膣液」から得られたものといえなくなると考えられるのであって、「子宮口部の膣液」は、R鑑定によって最終的に全部費消されたに等しいとも考えられる。)。
  (4)ア 以上によれば、上記検察官は、E鑑定人から上記鑑定試料を受領するやその翌日に、裁判所にも弁護人にもあらかじめ連絡することなく、R鑑定を嘱託し、被告人と同一の型のY―STR型が検出されたとの鑑定結果を得て初めて鑑定書等、R鑑定の事実調べ請求を行ったものである。上記検察官は、既に、E鑑定について信用性を争わず同意しており、膣液沈渣部分について改めて鑑定するべき理由はなく、立証趣旨に係る膣液上清部分のDNAのY―STR型についても、当時、R鑑定を実施すべき必要性がないことはもちろん、その緊急性もなかったことは明らかである。なお、膣液上清部分についてのR鑑定と同趣旨の鑑定は、E鑑定人が保管している各膣液上清の残余資料を利用することで実施可能であった。
 上記検察官は、領置していた資料につき、一定量の資料消費が不可避でありかつ全く必要性も緊急性もないR鑑定を嘱託したことで、上記のとおり本件において決定的な重要性を有する非代替的な資料を、本件の事案の解明との関係では全く無意味に、一部滅失毀損させたものといわざるを得ない。
 このような検察官の措置は、著しく不適切である。
  イ 加えて、上記のとおり、上記検察官が自己に有利と考える鑑定結果を得て初めて裁判所及び弁護人に対して鑑定嘱託の事実を明かしたという事実関係に照らせば、上記検察官においては、自己に有利な鑑定結果を得られなかった場合には、R鑑定を実施したこと自体を秘匿する意向であったとうかがわれる。
 検察官が、起訴後、独自に補充捜査を行うこと自体は許容されるし、控訴審段階においても独自の補充捜査が否定されるわけではないが、起訴後第1回公判期日以降の段階においては、公判中心主義の理念、当事者対等の原則が妥当し、希少かつ非代替的な資料が存在し、それらの消費を伴う鑑定を実施することが考えられる場合、ある鑑定を実施することは、同時に、同一資料を使用する異なる観点からの鑑定を不可能にしてしまう可能性があるのであるから、鑑定を実施するか否か、その際に、どのような観点から、何を鑑定事項とし、誰を鑑定人として、どのような鑑定を実施するかについては、当事者双方の意見を踏まえて、受訴裁判所が決するのが本来の在り方であると考えられ、これは、控訴審段階においても同様であると解される。
 本件においては、検察官が公益の代表者として重要な資料を領置していることを奇貨として、秘密裏に、希少かつ非代替的な重要資料の費消を伴う鑑定を嘱託したもので、その結果が検察官に有利な方向に働く場合に限って証拠請求を行う意図があったことすらうかがわれるのであって、単に上記の本来の在り方を逸脱したにとどまらず、訴訟法上の信義則及び当事者対等主義の理念に違背し、これをそのまま採用することは、裁判の公正を疑わせかねないものである。
  ウ これらの事情に照らすと、R鑑定についての事実調べ請求は相当性に欠けるというべきである。
第4 破棄自判
 第2において説示したとおり、原判決には事実の誤認がある。
 そこで、刑訴法397条1項、382条により原判決を破棄し、同法400条ただし書により更に判決することとし、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、同法336条により被告人に無罪の言渡しをすることとする。
 (裁判長裁判官 岡田信 裁判官 増尾崇 裁判官 安部利幸)