児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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病院に勤務していた医師である被告Y1が診察を装って原告にわいせつ行為を行った場合につき280万円を認容した事例(東京地裁H27.8.28)

 内容証明で300万請求
 訴額は586万円。
 

東京地方裁判所判決/平成27年8月28日
       主   文
 1 被告らは,原告に対し,連帯して280万円及びこれに対する平成23年3月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告のその余の請求を棄却する。
 3 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。
 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

       事実及び理由

第1 請求
   被告らは,原告に対し,連帯して586万4000円及びこれに対する平成23年3月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
   本件は,原告が,被告機構が運営する病院に勤務していた医師である被告Y1が診察を装って原告にわいせつ行為を行ったとして,被告Y1に対しては民法709条に基づき,被告機構に対しては同法715条に基づき,慰謝料等及び遅延損害金の支払を求める事案である。
 1 争いのない事実等(認定事実は末尾の括弧内に証拠を掲記する。)
  (1) 当事者
   ア 原告は,平成23年2月28日,左膝の靭帯の手術を受けるために被告機構が運営するA病院の整形外科に入院した女性であり,当時18歳で高校3年生であった。
   イ 被告Y1は,同日当時,整形外科医としてA病院に勤務していた男性であり,原告の担当医を務めていた。
   ウ 被告機構は,被告Y1が勤務していたA病院を運営する独立行政法人である。
  (2) 本件訴訟に至る経緯等
   ア 原告は,A病院に入院中であった平成23年2月28日午後7時15分頃に被告Y1からわいせつ行為を受けたとして,捜査機関に告訴した。
   イ 被告Y1は,平成24年2月23日,さいたま地方裁判所において,準強制わいせつ罪により懲役2年の判決(以下「本件刑事判決」という。)を受け(同裁判所平成23年(わ)第1161号準強制わいせつ被告事件),本件刑事判決は,東京高等裁判所控訴棄却)及び最高裁判所(上告棄却)の各判決を経て,平成25年6月8日に確定した(以下,この訴訟手続を「本件刑事裁判」という。)。
   ウ 原告は,本件刑事判決の確定後である平成26年1月23日,被告らに対し,損害賠償金300万円を支払うよう内容証明郵便で請求し,同書面は,同月24日に被告機構に,同月27日に被告Y1にそれぞれ到達した(甲3の1及び2)。
   エ 被告Y1は,同年6月16日,原告に対し,原告の主張するわいせつ行為に及んだ事実はないなどと主張して,上記請求を拒絶した。
 2 争点及び当事者の主張
  (1) 被告Y1によるわいせつ行為の有無
  (原告の主張)
    被告Y1は,平成23年2月28日午後7時15分頃,「明日の手術の説明をする」などと言って原告をA病院6階病棟にある第3面談室に連れて行き,原告が被告Y1による診察がなされるものと誤信しているのに乗じて,原告に着ていたTシャツをまくり上げさせ,ブラジャーをめくって乳房に聴診器をあて,さらに,原告に「手術のとき導尿をするために尿道を確認する」などと申し向けてパンツを脱ぐようにさせ,尿道の状態を診察するふりをした後,陰部に指を挿入するわいせつ行為(以下,この一連のわいせつ行為を「本件行為」という。)をした。
  (被告Y1の主張)
    被告Y1は,本件行為をしていない。
    本件刑事裁判の第1審における原告の証言は,明確な虚偽を述べている点があること,それまでの供述との間に変遷が見られること,内容が不合理であること,虚偽供述の動機があることなどからして信用できない。
  (2) 被告機構の使用者責任
  (原告の主張)
    被告機構は,被告Y1が勤務していたA病院を運営する独立行政法人であるから,使用者責任を負う。被告機構は,被告Y1に対し,医師としての倫理に反した行為をしないよう監督するとともに,A病院に勤務する者がわいせつ行為等に及ばないよう面談室の中が見えるような窓を設置するなどの施設運営上の配慮をする義務があったのにこれを怠ったものであり,相当の注意をしたとはいえない。
  (被告機構の主張)
    原告が主張するような窓を設置すると,患者等のプライバシーを確保できなくなるから,これを設置しなくても施設運営上の配慮義務に反しないし,被告機構は,セクハラの防止等に関する規程(丙6)を定め,職員への周知徹底を指示しているから,民法715条1項ただし書前段の注意を尽くした。また,医師は一般に高度な倫理観を備え,診療行為につき広い裁量を有する上,被告Y1は約4年の経験を有する医師であったから,被告機構が相当な注意をしても被告Y1のわいせつ行為を回避できなかったといえ,被告機構は同項ただし書後段により免責される。
第3 当裁判所の判断
 1 被告Y1による本件行為の有無について
  (1) 前記争いのない事実等,証拠(乙1ないし25,27ないし29,31ないし33)及び弁論の全趣旨によれば,次のとおりの事実が認められる。
   ア 被告Y1は,平成23年2月28日午後5時頃,翌日に手術を控えた原告に対し,手術前説明を行うとして原告の都合を聞いたところ,原告から,夕食とシャワーの後にしてほしいとの返答を受けた。
   イ 被告Y1は,同日午後7時頃,ナースステーションにいた看護師らに対し,第3面談室(6階病棟)で手術前説明をする旨を告げた後,病室まで原告を迎えに行き,同日午後7時10分頃,原告と2人で,第3面談室に入室した。
   ウ 被告Y1は,第3面談室のパソコン(以下「本件パソコン」という。)の前の椅子に座り,原告を隣の椅子に座らせて,本件パソコンを用いながら手術の説明をした。
   エ 被告Y1は,その後,原告に対し,手術のために胸の聴診をするとして,服をまくるように言い,原告がTシャツの裾をつかんで広げると,裾から聴診器を入れ,胸と背中の聴診をしたが,さらに,もう一度胸の聴診をするからちゃんと服をまくるように言い,原告がTシャツをあごの辺りまでまくり上げると,原告のブラジャーの左胸のカップをめくり,乳房が全部見える状態で乳首の周りに聴診器を当てて聴診し,右胸についても,同様にブラジャーをめくって乳首の周りを聴診した後,「じゃあ大丈夫だね。」と言った。
   オ 被告Y1は,その後,原告に対し,膝の具合を診るとして,ズボンを上にまくるように言い,膝の状態を確認するために従前の定期検診でも行っていたような検査をしながら,「手術する上で必要なんだけど,生理はちゃんと来てる?」,「妊娠はしてないよね?」,「最後にエッチしたのはいつ?」と質問し,原告が「生理は先月ちゃんと来たし,妊娠はもちろんしていないし,最後にエッチしたのは去年の夏。」と答えると,「へえ。」というような返事をし,膝の検査については,「じゃあ大丈夫だね。」と言った。
   カ 被告Y1は,その後,原告に対し,「足の付け根の具合も見たいから,ズボンを脱いで机に座って。」と言い,原告が一瞬ためらった後にズボンを脱いで机に座ると,原告の前に立ち,左足の膝の上から左足の付け根のパンツのラインぎりぎりのところまで両手の親指で押して行くという行為を何度か繰り返したあと,右足についても同様の行為をした。
   キ 被告Y1は,その後,原告に対し,「明日の手術のためにやる導尿の確認のために,お小水を確認しなきゃいけないから,パンツを脱いで椅子に座って。」と言いながら,椅子を引っ張って移動させた。原告は,少しためらったが,パンツを脱いで椅子に座ったところ,被告Y1は,原告の前にしゃがみ込み,原告の左足を押し広げ,右足を被告Y1の左膝に乗せ,尿道の部分を両手で触った後,陰部,膣の周りを触り,さらに膣の中に指を入れ,その指を何度かゆっくり出し入れした。原告が,被告Y1に対し,「長くないですか。」と言うと,被告Y1は,「じゃあ大丈夫だね。」と言って指を抜き,原告は,ズボンとパンツを履いた。
   ク 被告Y1は,その後,本件パソコンの前の椅子に戻り,原告を隣の椅子に座らせると,手術の同意書を画面に映し,手術の説明をした。
   ケ 説明後,原告が第3面談室から退出するために出入口の前に行くと,被告Y1は,原告の後ろから「鍵が掛かっているから。」と言って開錠し,ドアを開けた。
   コ 原告は,同日午後7時28分頃に第3面談室を出た後,直ちに病室に戻って携帯電話とタオルを取り,同日午後7時32分頃,携帯電話の使用が許されている6階病棟のラウンジにおいて,原告の母であるB(以下「母親」という。)に対して泣きながら電話をかけ,被告Y1にエッチなことをされたなどと伝えた上,その後も,タオルに顔を押し当てて泣きながら母親が病院に来るのを待った。その際,原告の担当看護師であるC(以下「C」という。)が通りかかって原告に声をかけたところ,原告は,泣きながらCに対し,被告Y1にエッチされたと伝え,上記イないしクの経緯に概ね符合する事情を説明した。
  (2) これに対し,被告Y1は,同被告が本件行為をしたことを否認しているので,上記のとおり事実認定をした理由について述べておくこととする。
    まず,上記(1)コの事実は,いずれもその信用性が高いと認められる原告の担当看護師C及び原告の母親の各供述に基づいてこれを認定し得るものであるところ,証拠(乙1,7,8,23の1ないし10,乙31)によれば,原告は,本件行為が行われた当日から本件刑事裁判第1審の証人尋問に至るまで一貫して,上記(1)アないしケに概ね合致する供述をしているが,原告が上記(1)コのような言動を取っていることは,本件行為のような被害を受けた当時18歳の女性としてはごく自然であり,原告の上記供述ともよく整合していると考えられること,本件行為に係る原告の供述は,医療行為を装った段階的な言動を経て本件行為が行われたという比較的複雑な内容を具体的に述べたものであり,若年で医療関係者でもない原告が短時間のうちに創作すること自体が困難なものであると考えられる上,本件行為の直後にCに申告した内容とも概ね符合していること,原告には,虚偽の申告をしてまで被告Y1を陥れる動機が窺われないことからすれば,原告の上記供述の信用性は高いということができる。これに対して,被告Y1は,第3面談室においては原告に対する手術前説明や診察を行ったにすぎないなどと供述するが(乙2,24),上記(1)コ認定のとおりの原告の一連の言動とは全く整合していないし,面談室において手術前説明等に要した時間の内訳に関する供述には後述するとおりの不合理な変遷が認められることからすれば,同被告の上記供述の信用性は低いといわざるを得ない。
    したがって,原告が供述するとおり,被告Y1が上記(1)のとおりの経緯で本件行為をしたと認めるのが相当である。
  (3) ところで,被告Y1は,同被告が本件行為に及ぶはずがないと主張し,その根拠として,同被告が原告の担当医であるとはいっても,手術の助手を務め,手術前後の状態管理をするのみであり,原告の手術を行うD医師(以下「D医師」という。)の患者を預かる立場にあったにすぎないところ,D医師は,同被告が所属するE大学医学部整形外科学教室において専任講師を務め,膝関節外科ではチーフの地位にあって,いわば同被告の上司であったばかりか,同被告が研修医であった頃には同被告の指導を担当しており,同被告にとっては迷惑をかけられない極めて特別な関係にあったこと,駆け出しの整形外科医である同被告にとっては,D医師の手術に助手として立ち会うことは光栄なことであり,しかも,同被告は,D医師の奨めにより,手術の際に膝関節鏡の操作を担当することとなっていたこと,同被告は,第3面談室で原告に手術前説明を行うに先立ち,看護師らに対してその旨を告げていること,同被告には前科前歴がないばかりか,セクハラのトラブル歴もないこと,同被告の夫婦関係は良好であること,同被告が当日の帰宅後に副看護師長から受けた電話にも普通に応対していること,同被告が多額の費用をかけ,本件パソコン等の履歴の復元等を依頼したことなどの事実を指摘する。
    しかしながら,被告Y1が当初は手術前説明のみを目的として原告を呼び出したものの,第3面談室に入るまでに本件行為を行う意思を生じた可能性を否定できないことからすれば,同被告が看護師らに対して手術前説明を行う旨を告げたことが不自然であるとはいえない。
    また,被告Y1は,当日の帰宅後に副看護師長から受けた電話にも普通に対応したと主張しているが,原告が同被告からセクシュアルな被害を受けたと訴えているとまで聞かされていたにもかかわらず,直ちに病院に戻って原告や母親と話し合うなどの原告の誤解を解くための行動を同被告が一切取っていないこと(乙2,7,31)は,上記のような関係にあるD医師とともに行う手術を翌日に控えた同被告の行動としてはむしろ不自然であると思われる。
    そして,被告Y1が指摘するその余の点については,同被告が本件行為に及んだことととりたてて矛盾するものとは認められないから,いずれにしても上記(2)の判断を左右するものではない。
  (4) 次に,被告Y1は,原告の供述には信用性がないと主張し,その根拠として,①椅子に座った原告の股間付近にしゃがみ込んだ同被告が原告の膣内に指を出し入れすることは不可能であること,②廊下に面しており,ラウンジやエレベーターにも程近い第3面談室は,本件行為を行う場所としては不自然であり,同被告が第3面談室の内鍵を施錠したというのも不自然であること,③同被告の医療行為を装う言動はお粗末なものであり,原告は元来医師の指示に従順な患者ではないのに同被告の不合理な指示に唯々諾々と従ったというのも不自然であること,④同被告が原告に対して何の言い訳もしていないこと,⑤同被告が本件行為後に原告の体液が付着していたと思われる手指で本件パソコンを操作したというのも不自然であること,⑥原告が,当日病院から帰宅する途中で,「だいぶ色んな事情があって手術中止になって帰ってきた とりあえず今ものすごくつらい」と本件行為があったことを示唆する記事をブログに書き込み,翌日には何事もなかったかのように楽しげな記事を書き込み,本件刑事裁判で原告に対する証人尋問が行われた日には「決定権の人のハートがっつり奪った(笑)」などと書き込んでいることは,本件行為の被害者の行動としては不自然であることを指摘する。
   ア 上記①については,確かに,東京衛生病院産婦人科部長作成の意見書(乙17)には,産婦人科医師が行う内診の例を参考として,パイプ椅子に座った状態の女性の陰部に指をスムーズに挿入することは困難と考えられる旨の意見が述べられている。しかしながら,上記(1)認定のとおり,被告Y1は指をゆっくり出し入れしていたことが認められるところ,原告は,その際にずきずきした痛みを感じたと供述している(乙1)から,陰部への指の挿入が必ずしもスムーズに行われたとはいえないし,原告は,椅子の背もたれに体を固定されていたわけではなく,導尿のためと言われて足を広げさせられ,右足は同被告の左膝に乗せられ,左足は同被告によってさらに押し広げられた(乙1)というのであるから,上記のような体勢にあった原告の陰部に同被告がゆっくりと指を出し入れすることは十分に可能であったということができる。
   イ 上記②については,上記(3)のとおり,被告Y1が原告を呼び出して第3面談室に入るまでに本件行為を行う意思を生じたとすれば,同被告が第3面談室を使用したことは不自然ではないし,本件行為の内容を考慮すれば,内鍵をかけたことも不自然であるとはいえない。
   ウ 上記③については,被告Y1の医療行為を装う言動が,医師が行う説明としてお粗末といえるようなものであったとしても,原告が短時間のうちに創作すること自体が困難なものと考えられるものであることは上記(2)のとおりであるし,原告は,ブラジャーのカップをめくって聴診が行われた時点から少しおかしいと感じるようになり,陰部に指を出し入れされた時点でわいせつ行為をされていると思ったと供述しており(乙1),若年の女性である原告が,主治医である同被告と二人きりの室内で,医療行為を装ったわいせつ行為を不審に思いつつも,医療行為であるとの思いや羞恥心等から同被告の指示に従ったというのも十分に考えられることであり,これが不自然であるということはできない。被告Y1は,原告の性格に関する二つのエピソード(原告がシャワーを浴びるために同被告による手術前説明を2時間程度遅らせたこと,前回入院した際に,担当医師の説得を聞かずに早期退院をしたこと)を指摘して,原告が医師の指示に従順な患者ではないとも主張するが,そのようなエピソードが存在したとしても,そのことをもって原告の供述内容が不合理であるとはいえない。
   エ 上記④については,被告Y1に言い訳をする余裕もなかったと考えれば直ちに不自然であるとはいえないし,上記⑤については,同被告が原告の体液が付着したままの手指で本件パソコンを操作したかどうかは判然としないから,その前提を欠いているといわざるを得ない。
   オ 上記⑥については,ブログにおける原告の書込みがもっぱら親しい友人等が読むことを前提としてされており(乙19の1及び2,乙32の1及び2),表現や趣旨を誇張して書き込まれる場合もあることも容易に想定し得ることを踏まえれば,上記書込みは,原告が本件行為をされたことと矛盾するものとはいえない。
  (5) さらに,被告Y1は,「供述の信用性に関する心理学的鑑定書」(以下「本件鑑定書」という。乙35)に基づき,①原告が,大学受験,前回手術時の尿道カテーテル処置及び第3面談室のドアに関して,記憶心理学の観点からは記憶違いとはいえない明確な虚偽を述べていること,②原告の供述には,ズボンやパンツを脱いだ経緯,脱いだズボンやパンツをどうしたか,同被告が乳首の周りに何度も聴診器を当てたかどうかといった点で多数の変遷が見られるが,これらについても心理学的に見て記憶違いの類ではないこと,③原告には大学受験のストレスによる不安感や前回手術の際に苦痛を味わった尿道カテーテル処置に対する不安感があったところ,初めての部屋で男性医師と二人きりという状況で愉快でない手術の説明を受け,併せて膝の触診,胸部の聴診,性的な質問を受けたことによって不安感や緊張感が増大し,手術前説明の最後に恵まれた境遇にある同被告から「合格通知が来るといいね」などと言われたことによって同被告に対する拒否感情,悪感情が噴出し,原告は,手術を回避したいと考えて母親に電話をかけたものの,それをストレートに伝えることができずに「エッチなことをされた」と述べ,さらに,Cに対して「エッチされた」と述べたため,強度のわいせつ行為がされたと思い込んだ同人から「それで?」,「それから?」と次々と質問されて,事実と異なるわいせつ被害を作り出した上,原告の想定とは異なって,当日には手術の中止が決定して退院し,翌日には弁護士に相談に行き,その翌日には陳述書を作って警察に相談に行くこととなってしまったことによって虚偽の申告を覆すことができなくなったということも原告が虚偽の申告をした経緯として十分に考えられ,原告が大学受験や前回手術時の尿道カテーテル処置に関して虚偽の供述をしているのも,これらの事情が虚偽の申告をした経緯に関係していることを隠すためのものであると考えられることを指摘し,原告の供述が信用できないと主張する一方で,同被告の供述には具体的な虚偽が見られずに一貫しており,不合理な点もなく,本件パソコンのログの復元結果とも合致しており,第3面談室での手術前説明における時間の内訳については変遷が見られるものの信用性を失わせるものではないとして,全体として信用できると主張する。
   ア 上記①については,本件鑑定書には,原告が,本件刑事裁判の第1審の証人尋問において,志望大学を被告Y1に伝えたかどうかについて「記憶にないです。」と回答したことは,大学受験に関する記憶が自伝的記憶として頭の中に残っていた蓋然性が高いことからすると虚偽供述であり,原告が大学受験の失敗について特段のストレスがなかったかのような供述をしたことについても同様に虚偽が含まれるとの意見が述べられているところ,確かに,証拠(乙2)によれば,原告が自らの志望大学を同被告に話していたことが窺われるし,原告が供述する大学受験のストレスの程度が実際のそれよりも弱いものであった可能性があることは否定できない。しかしながら,志望大学に関する会話が一般論としては自伝的記憶として頭に残りやすいとしても,被告Y1との雑談の中でされたにすぎない志望大学についての会話についても同様に原告の記憶に残りやすいといえるかどうかは疑問であり,この点については本件鑑定書でも明らかにされていないから,原告があえて記憶と異なる供述をしたものと直ちにはいえないし,原告がこの点に関して虚偽の供述をしたと疑うべき事情もない。
     次に,大学受験のストレスに係る原告の供述に関しては,本件鑑定書では,本件行為前後に原告が書き込んだブログの記事(乙19の1及び2,乙32の1及び2)との比較を行った上で,原告の供述に虚偽が含まれると結論付けられている。しかしながら,上記(4)オのとおり,ブログにおける原告の書込みはもっぱら親しい友人等が読むことを前提としてされており,表現や趣旨を誇張して書き込まれる場合もあることが容易に想定し得るにもかかわらず,本件鑑定書においては上記記事が原告の真意を反映したものであるかどうかについての検討が十分になされているとは言い難く,鑑定結果には疑問があるといわざるを得ないから,原告があえて記憶と異なる供述をしたものと直ちにはいえないし,原告がこの点に関して虚偽の供述をしたと疑うべき事情もない。
     また,本件鑑定書では,前回手術時における尿道カテーテルの挿入・抜去に伴う苦痛に関する原告の供述も虚偽であるとの意見が述べられているが,原告の上記供述は,その前後の尋問の流れからすれば,尿道カテーテルを挿入した際及び手術が終わった直後の状況について述べるにとどまるものと解され,尿道カテーテルの抜去に伴って苦痛が生じたことを否定し,あるいはその程度を偽る趣旨でされたものと見ることはできないから,原告があえて記憶と異なる供述をしたものと直ちにはいえないし,原告がこの点に関して虚偽の供述をしたと疑うべき事情もない。
     さらに,本件鑑定書には,原告が,原告代理人作成の平成23年3月2日付け陳述書(以下「本件陳述書」という。乙23の1)及び同月8日付け警察官調書(乙23の2)において,被告Y1が鍵を開けた際の状況に関連して,実際には存在しないドアノブについて供述したことについて,原告が第3面談室から外に出るために手を掛けようとしたところに同被告の手が伸びてきて開錠したという場面におけるドアの形状という情報はよく覚えている可能性の方が高く,記憶違いをするとは考えにくいとの意見が述べられており,同被告も,実際には同被告が鍵を開けるのを見ていないのに原告が故意に虚偽供述をしたものであると主張するところ,確かに第3面談室のドアにはドアノブは存在しない(乙18)。しかしながら,原告がドアを見たのは本件行為後に第3面談室から出ようとした際の短時間のことであるから,記憶違いがあること自体は不自然なことではないし,原告が,鍵の形状については,当初から,つまみを回して掛けるタイプのものであったと客観的事実に沿う供述をしていたこと(乙23の1及び2)や,同被告が鍵を開けた際に初めて鍵が掛けられていたことを知って恐怖感が増したと供述していること(乙1)をも考慮すれば,同被告がまさに鍵を開けた場面については強く記憶をした一方で鍵以外の部分の形状については特に記憶に残らなかったとしても不自然なことであるとはいえないから,ドアノブに関して原告が客観的事実と異なる供述をしたことをもって,原告があえて記憶と異なる供述をしたものと直ちにはいえないし,原告がこの点に関して虚偽の供述をしたと疑うべき事情もないばかりか,同被告が鍵を開けたとの原告の供述が虚偽であるということもできない。
   イ 上記②については,本件鑑定書には,原告がズボンやパンツを脱いだ際に被告Y1が両手を差し出してきたのであれば強く記憶に残るはずであるのに原告の初期供述に登場しないこと,脱いだズボンやパンツをどうしたかについても初期供述に登場しないこと,時間をかけて丁寧に作成されたはずの本件陳述書に同被告が乳首の周りに何度も聴診器を当てたことが登場しないことについて,いずれも不自然であるとの意見が述べられている。
     しかしながら,本件鑑定書においても,「調書は,文体こそ独白体であるものの,取り調べる側が要約的に供述内容をまとめたものである。したがって,そこに書かれている供述内容は,このように記憶の再構成によって誤った情報が混入する可能性が高いため,そのことを十分に意識して,その内容の信用性を吟味することが重要である。」とされており,これは重要な指摘であると解されるにもかかわらず,上記のような原告の供述に関しては,本件陳述書や警察官調書の具体的な作成過程を踏まえて検討がされた様子はなく,原告の供述の信用性の検討として十分なものではないといわざるを得ないから,上記のような事情が直ちに原告の供述の信用性を失わせるに足りるものではない。
     また,被告Y1が主張するその余の原告の供述の変遷については,そもそも変遷とまで評価できるものではないし,そうでないとしても,原告の供述の信用性を否定し得るものではない。
   ウ 上記③については,本件鑑定書にはこれに沿う意見が述べられている。
     しかしながら,上記鑑定結果は,原告の供述が虚偽であったと仮定した上で,虚偽の申告をした経緯としてどのような可能性があるかについて憶測を交えながら検討したにとどまるものである。
     また,被告Y1は,原告が大学受験や前回手術時の尿道カテーテル処置に関して虚偽の供述をしているのも,これらの事情が虚偽の申告をした経緯に関係していることを隠すためのものであると考えられるなどと主張するが,原告が上記の点について虚偽の供述をしたと認めることができないことは上記アのとおりである。
     したがって,仮に被告Y1が主張するような経緯で原告が虚偽の申告をするに至ったことが可能性の一つとして考え得るとしても,直ちに原告の供述の信用性を左右するものではない。
   エ これに対し,被告Y1の供述については,時間に関する記憶は必ずしも正確なものではないことを前提にしても,同被告は,捜査段階では手術同意書を供覧しての説明が一番長くかかったとの供述をしていた(乙24の10)にもかかわらず,本件刑事裁判の第1審では画像を供覧しての説明が一番長くかかった(乙2)との供述をしており,最も時間がかかったのはどの部分かという比較的間違いが生じにくいと思われる部分について合理的な理由なく供述を変遷させていることからすれば,被告Y1の供述の信用性には疑問があるといわざるを得ない。
     また,被告Y1は,デジタルフォレンジックの結果(乙21の2)によれば,本件面談の際に少なくとも68枚の画像を供覧したことは確実であり,同被告には原告が主張するような執拗なわいせつ行為に及ぶ時間はなかったとも主張するが,被告Y1が68枚以上の画像を供覧していたとしても,その具体的な状況については判然とせず,その枚数の画像を供覧するためにどの程度の時間を要したのかは明らかではないから,上記結果を考慮しても,同被告が本件行為を行うことができなかったということはできない。
  (6) 以上によれば,被告Y1は原告に対して本件行為に及んだと認めることができ,同被告のこのような行為は原告に対する不法行為に該当する。
 2 被告機構の使用者責任の有無について
   被告機構は,被告Y1が勤務していたA病院を運営する独立行政法人であるから,同被告の使用者として,同被告が同病院における職務に関連して行った本件行為につき使用者責任を負うこととなる。
   この点について,被告機構は,事業の監督について相当の注意をしたとか,相当の注意をしたとしても損害が生じたと主張する。
   しかしながら,被告機構が行っていたのは,セクハラの防止等に関する規程(丙6)を定め,ホームページに掲載して職員の閲覧に供するという程度にすぎないから,この程度のことで事業の監督について相当の注意をしたということはできないし,医師には高度の倫理観が備わっていることが一般的であることを前提としても,診察等の医療行為が患者の身体に直接触れる機会の多いものであることから,上記医療行為に伴って患者に対するわいせつ行為が行われる危険性が低いとはいえない面があり,同被告において上記以上の対応を採ることは可能であったと思われるから,相当の注意をしたとしても損害が生じたということもできない。
   したがって,上記のような被告機構の主張を採用することはできない。
 3 損害額について
   そこで,原告が被った損害について検討するが,原告は,被告Y1による本件行為によって性的自由を侵害され,多大な精神的苦痛を被ったところ,同被告が原告の担当医であるという立場を利用して,若年である原告に対し,医療行為を装って本件行為を行ったことなど本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると,原告に支払われるべき慰謝料額を250万円とし,本件と相当因果関係のある弁護士費用を30万円と認めるのが相当である。
 4 よって,原告の請求は,主文認容額の限度で理由があるから,この限度でこれを認容し,その余は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
   なお,被告機構の仮執行免脱宣言の申立てについては,相当でないからこれを却下し,仮執行につき執行開始の時期を定めることも,相当でないから,これを定めないこととする。
    東京地方裁判所民事第16部
           裁判官  茂木典子
           裁判官  丹野由莉
  裁判長裁判官土田昭彦は,転官につき署名押印することができない。
           裁判官  茂木典子