児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録記録被告事件弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 hp@okumura-tanaka-law.com)

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千田恵介「性犯罪事犯等の刑事手続における被害者氏名等の秘匿」〔警察学論集第67巻第9号〕

 法律の根拠がないので試行錯誤ですよ。
 弁護人としては、被告人にメリットがないのであれば、法律を曲げてまで有罪になるという選択はできません。

v 被告人に対する被害者氏名の秘匿
起訴状公訴事実への被害者氏名不記載
上記のとおり、検察官は、一定の要件の下に、弁護人に対して被告人に被害者特定事項等を知らせないように要請することができるが、その要請は起訴状に記載された事項には及ばないし、そもそも起訴状謄本は被告人に送達されるから、起訴状に記載された事項を被告人に秘匿することはできない。つまり、被害者の氏名を被告人に秘匿しようとする場合、最低限、起訴状公訴事実に被害者の氏名を記載しないことが必要となる。問題はそのようなことが許容されるか否かである。
刑事訴訟法は、起訴状には公訴事実を記載すべきものとし、公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならず、訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法をもって罪となるべき事実を特定してこれをしなければならないと定めている(256条2項、3項)が、被害者氏名を記載すべきとする規定はなく、刑事訴訟法上、必ずしも被害者の氏名を記載することが求められているものではないと解される。
もっとも、起訴状の記載に関し、256条2項及び3項が訴因を特定することを要求している趣旨は、判例によれば、裁判所に対し審判の対象を限定するとともに、被告人に対し防御の範囲を示す点にあるとされるところ7)、被害者の特定が不十分では、ある事件を他の事件から識別することが困難となるし、被告人の防御に支障を来す場合も生じ得る。そして、性犯罪事案等においては、被害者は、通常、犯罪行為の対象であるから、訴因の特定の趣旨を踏まえると被害者の特定は必要であり、人を特定するため確実かつ有効な手段であるとされている氏名を公訴事実に記載することが実務上一般的な取扱いとなってきた。
しかし、被害者の氏名が被告人に知られることによって、被害者が更に害を受けることが想定される場合があり、このような場合には、被害者の氏名を不記載とすることの可否を検討せざるを得ず、被告人に被害者の氏名が知られておらず、かつ、被害者(又はその親族)の身体等に危害が加えられ、又は被害者等の名誉若しくは社会生活の平穏が著しく害されるおそれがある等、被害者保護の必要性が認められるような性犯罪事犯、ストーカ一事犯等において、被害者の氏名不記載が検討されることになるように思われる8)。また、被害者氏名を不記載とした場合も、被害者を特定する必要があることは明らかであるから、被害者を他の者から区別するに足りるような方法で十分に特定する必要があるのであり、その記載方法をよく検討する必要がある。特定が十分か否かは個別事案ごとに検討されるべき事柄ではあるが、例えば、事案によっては、単に「34歳の女性」と記載するのみでは特定が足りないと裁判所に判断されることもあり得るであろう。一方で、例えば、被害者が幼児である場合、「甲野太郎(実名)の長女(平成O年O月O日生まれ)」などと記載した場合には、裁判所においても特定が十分であると判断することが期待できると考えられる。
どのような場合に公訴事実における被害者氏名を不記載とすべきか、その場合の被害者の特定の在り方はどのようなものかについては、いまだ実務の運用が定まっておらず、被害者保護の必要性や訴因の特定を厳しく考える裁判所も多いようである。
検察官が被害者の氏名を公訴事実に記載しなかったのに対して、裁判所が氏名を記載すべきだと判断した場合、裁判所は検察官に対して、公訴事実に被害者氏名を記載するよう訴因の補正を促すことになる。この場合、検察官としては、まず、当該事案において、訴因の特定に問題がないこと、被害者保護のため被害者の氏名を記載することが相当で、ないこと等を、関係証拠等に基づいて説得的に記載した意見書を提出するなどして、裁判所の理解を得られるよう努めるべきであろう。また、弁護人との協議を行い、公訴事実に被害者の氏名を記載しないことが被告人の防御権に影響しないこと等を確認しておくことも有益であろう。仮に、裁判所が飽くまで公訴事実に被害者の氏名の記載が必要であり、そうでなければ訴因が不特定であるなどとして、被害者の氏名の記載を求める場合には、被害者の氏名を記載する訴因補正に応じるか否かを決断しなければならない。被害者が害を受けることになるおそれの有無や程度等を再検討し、被害者氏名の記載をすることが相当と判断した場合には、被害者の氏名を記載することになるが、このような場合には、被害者(又は両親等保護者)の了解を得るよう努めるべきであろう。しかし、再検討の結果、やはり氏名を記載することが被害者保護の観点から相当といえないと判断される場合には、検察官としては、氏名を記載する訴因補正に応じることなく、原則として、当初の訴因のまま審理を求めることになる。その場合、裁判所は、訴因の明示が不十分であるとして、実体審理に入らないまま公訴棄却の判決を言い渡す可能性がある(338条4号) 。
裁判所が被害者氏名を秘匿した公訴事実の記載を許容した場合、当該公訴事実を前提に証拠調べが行われることになるが、公訴事実を立証する証拠中には、被害者の氏名が含まれている場合がほとんどである。供述者の氏名の記載及び本名による署名のない供述録取書は通常は考えられないからである(321条1項柱書参照) 。したがって、裁判所は、証拠調べの結果、被害者の氏名を知ることになる(弁護人も当然被害者の氏名を知ることになるが、この点については、下記VIで検討する。)。裁判所が有罪の心証を得た場合には、罪となるべき事実を示した判決(335条1項)を言い渡さなければならないが、裁判所によっては、罪となるべき事実に、被害者の実名を記載する可能性もある。(検察官としては、当然判決書にも被害者の氏名を記載することは適当ではないと意見を述べておくべきであろう。)。被告人は、裁判書の謄本を請求することができるが(46条)、公訴事実で被害者の氏名を秘匿したまま審理した事案で、判決書に被害者の氏名が記載された事件については、被告人に裁判所謄本を交付することは適当ではないから、被告人から裁判書を入手したいとの意向が示されたときには、被害者の氏名を秘匿した抄本を交付する等の配慮が必要である。なお、被害者特定事項秘匿決定がなされていれば、判決宣告の際もこれを明らかにしない方法で朗読されるから、傍聴人には被害者氏名が知られることはない(規則35条2項) 。
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VI 被告人に対する被害者氏名の秘匿一一弁護人への秘匿要請
上記のとおり、起訴状公訴事実に被害者の氏名を記載しなかったとしても、全ての証拠書類で被害者の氏名を秘匿することは困難であり、上記Ⅲに鑑みれば、弁護人が被害者の氏名を知ることを避けることはできない。
したがって、起訴状公訴事実に被害者の氏名を記載しなかった事件について、被告人に被害者の氏名を知られないようにするには、上記Ⅳ(2)で述べたとおり、299条の3等に基づき、検察官が、弁護人に対して、被告人に被害者の氏名を知られないようにすることを要請するほかない。同条ただし書は、秘匿要請の対象となる事項から起訴状に記載された事項を除外しているが、起訴状公訴事実に被害者氏名が記載されていないのであるから、被害者氏名も検察官による秘匿要請の対象となる。ただし、同条に定める秘匿要請からは、被害者氏名を知ることが被告人の防御に関し必要がある場合は除かれることとなるので、秘匿要請があったとしても、弁護人が防御のために必要と判断して、被告人に被害者の氏名を知らせる可能性がないとはいえない。被告人と被害者との間に何らの関係もなく、被告人が被害者の氏名をそもそも知らない事件において、被害者の氏名を知ることが被告人の防御に必要であるような場合はあまり想定できず、また、被告人が被害者の氏名を知ると、報復等の再被害のおそれが大きい事案においては、被害者の氏名を被告人に知らせないことについて弁護人の理解が得られることが多いであろうが、防御に関する弁護人の考え方によっては、実名を知らせるべきだと考える弁護人がいないと断言はできないであろう。また、実際に弁護人が、被害者の氏名を知らせないとの検察官の依頼に応じていたとしても、将来、解任等により別の弁護人が選任される可能性もあるから(特に、国選弁護人が付された事件で被告人が控訴した場合は、別の国選弁護人が選任される。)、新たな弁護人が実名を知らせるべきだと考える可能性もある。
このように、起訴状公訴事実に被害者の氏名を記載せず、これを裁判所が認めたとしても、被害者の氏名を被告人から秘匿することが100パーセント可能とはいえないことに留意すべきである。