児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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イカタコウイルス事件判決いわゆるコンビュータウイルスを受信,実行させるなどの行為がパソコンのハードディスクの効用を害したとして器物損壊罪に当たるとされた事例(判例タイムズ 第1393号)

 判例雑誌の匿名の解説を引用しただけじゃ守秘義務に問われないだろうということで紹介しておきます。

判例タイムズ 第1393号(2013年12月号)
イカタコウイルス事件判決いわゆるコンビュータウイルスを受信,実行させるなどの行為がパソコンのハードディスクの効用を害したとして器物損壊罪に当たるとされた事例
対象事件:東京地裁平22刑(わ)第2150号,平22刑(わ)第2651号
事件名:器物損壊被告事件
年月日等:平23.7.20刑事第3部判決
裁判内容:有罪・控訴(後控訴棄却・確定)
1 事案の概要
本件は,いわゆるイカタコウイルス(文はタコイカウイルス)と呼ばれるコンビュータウイルスをインターネット上に公開して被害者に受信,実行させた行為が器物損壊罪に問われたものである。
本件の前,被告人は,同種ウイルスを作成して名誉艶損及び著作権法違反の各界で有罪判決を受けており,他人の写真画像を無断で使用したことが名誉段損罪に,他人の著作物であるアニメイラスト画像を無断で使用したことが著作権法違反に問われたものの,器物損壊罪には問われなかった。
そこで,被告人は,他人の写真やイラストを使用しなければ処罰されないと考え,自作の魚介類のイラストを使った本件ウイルスを「放流」した結果, 2009年夏頃から翌年夏頃までの聞に数万人が被害を受けた。
本件で被告人は,本件ウイルスの実行によってハードディスク自体は損壊されておらず,器物損壊罪は成立しない等と主張して争った。
器物損壊罪における「損壊」が物の物理的破壊に限らず,効用喪失を含むことは判例では早くから認められてきた。
すなわち,既に明治時代に食器に放尿する行為が(大判明42.4.16刑録15輯452頁),大正時代には座敷に掛けた幅物に「不吉」の文字を墨で大書した行為が(大判大10.3.71f!J録27輯158頁)それぞれ「損壊」と認められた。
また,昭和時代には労働争議等でピラ貼りや落書きを巡る多くの裁判例があった。
こらの判例では,器物(建造物)は通常,本来的効用に加え美観,偉容,外観など付随的効用など複数の効用を持っているところ,そのいずれか一つ以上を滅失ないし減損すれば積極に解されてきたように思われる。
また,損壊行為によって生じた状態の原状回復の難易と器物損壊罪の成否との関係については,ビラ貼り事件のいくつかでは原状回復の容易性を理由に消極に解したものがあるほか,建造物損壊罪に関するものであるが,便所の外壁にペンキを吹き付けた行為につき,再塗装を要するなど原状回復に相当の困難を生じることを理由に「損壊J を認めており(最三小決平18.1.17刑集60巻l号29頁,判タ1207号144頁),原状回復の難易は効用侵害の固定化の程度を判断する上で重視されてきたように思われる。
2 本判決について本判決は,まず,?効用侵害の有無については,ハードディスクは読み出し機能と書き込み機能の2つが本来的効用であり,ウイルスの感染によってこれら2つの効用がいずれも失われたとした上で,?いずれの効用も一般人には容易に原状回復できなかったとして,器物損壊罪の成立を認めたものである。
本判決の判断は,これまでの裁判例の流れに沿ったものであるが,事例判断としては以下の点に注目すべきものと思われる。
まず,効用侵害(ソフト面)を理由に「損壊」を認めながら,物理的変化(ハード面)に言及している点である。
被告人側は,本件ウイルスの作用は純粋にソフトウェア的なものであってハードウェア的な変化を生じさせるものではない,本件起訴はハードとソフトを混同するものと主張していた。
確かにこれまでの判例では,効用侵害を理由に「損壊」と認めた事例であっても,物理的変化が全くないものは見当たらないように思われる。
例えば,放尿であれば食器に尿の付着,「不吉」の大書では墨が幅物に染みこむなどの物理的変化が生じている。
ピラ貼り,ペンキ付着でも同様である。
仮に電磁的ファイルとハードディスクの関係が本と本棚のような関係だとすれば,本を読めなくすることと本棚を使えなくすることとは区別されなければならないであろう。
本判決は,ハードディスクの構造論に踏み込み,ハードディスクが自身の磁性を変化させてファイルを読み書きする構造であって,ハードディスク本体に物理的変化が生じているとして被告人の主張を退けた。
電磁的ファイルとハードディスクとの関係は,本と本棚のような関係とは異なり,別物とはいえないということである。
次に,ハードディスクの効用をどう捉えるかも問題である。
ハードディスクには文書,写真,音楽など様々なファイルが保存されているところ,被告人は,前記ハードとソフトの区別と関連して,これらを利用できることはファイル自体の効用であって,ハードディスクの効用ではないと主張していたが,本判決は,これらのファイルを適時に読み出せることもハードディスクの効用に含まれるという判断を示した(同旨の見解を採るものとして山口厚・法教51号86頁,同旨のドイツの学説につき井田良・ジュリ846号43頁)。
さらに,被告人側が,本件ウイルスに感染しても新しいファイルを書き込むことはできるから書き込み機能は維持されていると主張したのに対し,本判決は,書き込んだファイルも時聞が総量するとウイルスによって書き換えられてしまう以上,失われたと評価した。
物の効用をどう捉えるかは,必ずしも一義的に明白とはいえない場合もあり,今後類似事例の参考となろう。
また,原状回復の難易について,これまでの裁判例では,原状回復の主体やその知識の多寡が正面から問題にされたことはほとんどなかったように思われる。
被告人は,本件ウイルスに感染しでも原状回復は容易だと主張して具体的な方法を摘示していたが,それらはコンビューターに対する一定の知識が必要なものであった。
本判決は,被告人の主張するような方法はおよそ一般人が思いつかないか,思いついたとしても採り得ないとして,原状回復が容易だという主張を退け,原状回復の主体や知識について一般人を基準に考えるという判断を示した。
最後に,本件の審理中に,不正指令電磁的記録に関する罪(刑法第19章の2)等を内容に含む「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律」が国会で審議可決され,コンピュータウイルスを直接取り締まる刑罰法規が整備されたため,新しい処罰規定との関係についても判示されている。
なお,本判決に対して被告人が控訴し,事実誤認ないし法令適用の誤りを主張したが,いずれも排斥され(刑期については原判決後の事情を理由に2か月短縮),そのまま確定したとのことである。