児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

被告から事実でない準強制わいせつで告訴されたことにより,逮捕,勾留され,これが報道されたことに伴い経営する指圧・マッサージはり灸店の閉店を余儀なくされたとする原告が,逮捕,勾留に関する慰謝料500万0000円,犯罪者として報道されたことによる慰謝料500万0000円,閉店を余儀なくされた経済的被害700万0000円(年収2年分)のうち,1000万0000円につき不法行為に基づく損害賠償を求めた事案につき300万円を認容した事例(東京地裁H24.12.19)

損害賠償請求事件
東京地方裁判所
平成24年12月19日民事第15部判決
       判   決
原告 A
同訴訟代理人弁護士 金井克仁
被告 B
同訴訟代理人弁護士 湯澤功栄


       主   文

1 被告は,原告に対し,300万0000円及びこれに対する平成24年1月27日から支払済みに至るまで,年5%の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,うち6を原告の負担と,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,主文1項に限り仮に執行することができる。ただし,被告が260万0000円の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。


       事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判
1 被告は,原告に対し,1000万0000円及びこれに対する平成24年1月27日(訴状送達の日の翌日)から支払済みに至るまで,年5%の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は,被告から事実でない準強制わいせつで告訴されたことにより,逮捕,勾留され,これが報道されたことに伴い経営する指圧・マッサージはり灸店の閉店を余儀なくされたとする原告が,逮捕,勾留に関する慰謝料500万0000円,犯罪者として報道されたことによる慰謝料500万0000円,閉店を余儀なくされた経済的被害700万0000円(年収2年分)のうち,1000万0000円につき不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
2 前提事実
 当事者間に争いのない事実,かっこ内に摘示した証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実は,以下のとおりである。
(1)原告(甲3)
 原告は,昭和20年生の男性である。
 あん摩マツサージ指圧師,はり師及びきゆう師の資格を有する。
 マッサージ,はり灸店「■堂」を経営していた。
(2)被告
 昭和60年生の女性である。
 原告の経営する■堂の来店客であった。
(4)被告の来店(甲3,乙1,乙2)
 被告は,平成22年3月18日午後4時ころ、原告の経営する■堂を訪れ,マッサージや指圧を依頼した。
 原告は,被告に全身のマッサージ,指圧を施術したが,さらにはり治療を勧めたところ,被告が了解したので,全身にはり治療を施術した。 
 その際,原告は,被告が着用していたパジャマ及び下着を引き下ろし,下腹部の股の付け根付近をもみ,はりを打ち,その後,これを抜いて,さらに同部分をもんだ。
(5)被告の告訴(乙6)
 被告は,平成22年10月26日,原告を告訴した。
(6)逮捕,勾留(甲3)
 原告は,平成23年1月25日,逮捕され,引き続き勾留された。
(7)釈放
 原告は,平成23年2月10日,処分保留により釈放された。
(8)不起訴処分(乙6)
 原告については,準強制わいせつ被疑事件について,嫌疑不十分として不起訴処分がなされた。
(9)本件訴えの提起と訴状送達
 原告は,平成23年12月29日,本件訴えを提起し,その訴状は平成24年1月26日,被告に送達された。
第3 争点
1 本件の争点は,〔1〕原告の行為がわいせつ行為に該当するか,〔2〕故意又は過失の有無,〔3〕経済的損害の額,〔4〕慰謝料相当額である。
2 原告の行為がわいせつ行為に該当するか
(1)原告の主張
 原告は,被告の骨盤を治し,リンパの活性化を促進すべく,下腹部の股にあるつぼである「帰来気衝」にはりを打つべくマッサージをし,これにはりを打ち,はりを抜いた際にマッサージを施術した。これは,正当な施術行為である。
(2)被告の主張
 原告は,被告の下腹部の股付近をもんだり,はりを打ったりしている。これはわいせつ目的でなされたものである。被告は,はりを打たれ身動きできず,抗拒不能の状態でかかるわいせつ行為を為したものである。
3 故意又は過失の有無
(1)原告の主張
 原告は,施術に先立ち,下着をおろして施術することを説明した。
 被告は,告訴が理由のない虚偽のものであることを知っていたか,知らないことにつき過失があった。
(2)被告の主張
 否認ないし争う。
4 経済的損害の有無
(1)原告の主張
 ■堂の売上は月額150万0000円であり,原告の年収は350万0000円であったところ,原告は,被告の告訴とこれに基づく逮捕,勾留,これがテレビやインターネットで報道されたことに伴い■堂の売上が激減して廃業を余儀なくされた。原告は,少なくとも年収2年分700万0000円の損害を被っている。
(2)被告の主張
 不知ないし否認。
 原告は,店舗をαに移転して営業を継続している。
5 慰謝料相当額
(1)原告の主張
 不当な告訴に由来する逮捕,勾留につき原告を慰藉するには,少なくとも500万0000円を,テレビやインターネットで原告が準強制猥褻で逮捕されたことが報道されたことにつき原告を慰藉するには少なくとも500万0000円を要する。
(2)被告の主張
 否認ないし争う。
第4 当裁判所の判断
1 認定事実
 当事者間に争いのない事実,かっこ内に摘示した証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)身体のつぼに関して専門的に論じた書物では,下腹部の股の付け根付近に「帰来」,「気衝」という2つのつぼがあるとされている。これら2つのつぼを含む胃経は,首のこりなどに効果があるとされる(甲1)。
(2)はり治療においては,〔1〕刺鍼前にもむ前揉法と,〔2〕抜鍼後にもむ後揉法が最も広く行われている手技である(甲7)。
(3)鍼灸の施術においては,鍼灸を施す局部だけでなく,遠く離れた部位をも治療できるとされている(甲6)。
(4)被告は,平成22年3月13日,首,肩,背中の治療を希望して,■堂を訪れ,原告とは別の従業員の施術を受けた。
(5)被告は,平成22年10月中旬ころ,■堂にいた原告に架電し,謝罪を求めたが,原告が正当な治療行為であると主張し,これに応じなかったので,警察に行く旨告げた。
(6)平成23年1月26日,原告が被告に対して準強制わいせつの嫌疑で逮捕されたことがインターネット上で報道された。同報道においては,原告の実名の他,■堂の名前もそのまま報道されていた。これら報道は,平成23年2月15日の段階でも(甲8の1),同年7月14日の段階でも閲覧可能な状態であった。
(7)原告は,平成23年4月1日,税務署に対して廃業する旨の届出をした(甲9)。
(8)原告の平成22年度の確定申告状況は以下のとおりである(甲16)。
 売上金額 1787万8903円
 経費合計 2350万6902円
 うち減価償却費 39万8149円
 差引 △562万7999円
(9)原告の平成23年度の確定申告状況は以下のとおりである(甲17)
 売上金額 375万9050円
 経費合計 572万3777円
 うち減価償却費 33万9450円
 差引 △196万4727円
2 原告の行為がわいせつ行為に該当するか
 前記認定事実からすれば,はり治療の施術の一環として,下腹部の股付近の「帰来」及び「気衝」とそれぞれ呼ばれるつぼを刺激すべく,はりを打つこと,これに先立ち前揉法として,また,はりを抜いた後に後揉法としてマッサージを施術することは鍼灸法の一般的な手技であると認められる。
 被告が最初に■堂を訪れた際に治療を希望していた部位は,首,肩,背中であり,5日後である原告の施術を受けた日も肩こりがひどいと治療を希望したというのであるが(乙7,被告本人),鍼灸の施術においては,必ずしも治療する部位のみに鍼灸の施術をするのではなく,そこから遠い部分に施術することもあり得るところ,「帰来」及び「気衝」のつぼも首のこりに効果があるとされていることが認められる。
 そうすると,はり治療の施術の一環として被告の下腹部の股付近をもみ,はりを打ったという原告の供述は,合理的である。
 この点,被告は,〔1〕原告が被告の下着を陰部が露出するまで下げていること,〔2〕そこまで下げずにはり治療をすることは可能であったことから,正常な治療行為を逸脱していると主張する。
 まず,陰部が露出するまで下着を下げたと認定するに足りる証拠はない。被告の供述中にはこれに沿う部分もあるが(乙7。なお,被告本人尋問の際は「陰毛が見えてる状態」と述べた部分もある。),裏付けがない。
 むしろ,原告が手を離しても下着を下げた状態が維持されたこと,被告の膝の内と外にはりが打たれていたことは明らかであることからして(原告本人,被告本人),下着とパジャマのズボンを原告が言うように大きく引下げることははりを折ってしまう危険があることからすると,骨盤の盛上った部分の下辺りまで下げた程度なので,陰毛が少し見えるくらいに下げたに留まるという原告の供述(原告本人9頁)が合理的で信用できる。
 また,捜査機関の実験では,下着を脱がさずとも,下着を脚側からまくり上げてタオルを巻き付けることにより「帰来」,「気衝」の各つぼを露出させられることが確認されているが(乙5),痛みの刺激を伴うはりの刺突で不用意に被告が動き,着衣によってはりが折れる危険があることや,タオルを巻き付けてもほどける危険があることから,安全のためにそのような方法をとらなかったとの原告の説明(原告本人10頁)は合理的で,乙5の記載を以て正常な治療を逸脱していると認定することはできない。
 以上で検討したところによれば,原告の行為がわいせつ目的であったとは認められず,むしろはり治療の施術の一環として行ったことが認められる。
3 故意又は過失の有無
 被告の故意又は過失との関連で,原告が施術に先立ち,被告に対し,下腹部へ施術することもあると説明したのか問題となる。
 この点,原告は,肩こりにいいつぼで,リンパの活性化にもつながる旨説明をして同意を得たと述べる(原告本人8頁)。原告が告訴をした時期が平成22年10月であることからすると,事前の捜査機関への相談の時間を考えてもいささか遅いとの感が禁じ得ず,原告が述べるように事前に説明と同意があったと考える余地もあるが,さりとて裏付けもなく直ちに採用できないところである。
 次に,被告が平成22年10月中旬,告訴に先立って原告に架電した際のやり取りについて検討する。この際,原告は,正当な治療行為であり,謝罪する必要がない旨述べていることは明らかである。しかしながら,被告は,その真偽について殊更に確認した形跡はない。他人を刑事告訴するということは,これが逮捕,勾留等の捜査段階の身柄拘束のみならず,場合によっては懲役刑を科されることにもつながり得るのであり,身柄拘束に伴う心身への直接的な負担のみならず,その後の人生にも影響を及ぼす重大な行為である。従って,告訴に当たっては,相当の根拠を以て犯罪であることの確信を有することが求められる。もちろん,告訴をする一般人は,捜査機関のような強制的な捜査権限を有していないので,捜査機関と同等の証拠に基づき確信を得る必要はないが,一応合理的な弁解がなされたのに,それについて確認することもなく,告訴を行うことは,その結果に照らせば,何ら責任を負うことはないとすべきでない。この意味で,被告には,少なくとも過失があると言わざるを得ない。
 従って,被告には,少なくとも過失が認められる。
4 経済的損害について
 原告の確定申告状況に照らせば,平成22年も平成23年も■堂の収支は赤字である。赤字のまま事業を営み続けることはあまり考えられないことからすると,実際には原告に一定の利益が上がっていた可能性はあるが,一件記録からこれを認定するのは困難である。実際には期中に支払が発生しない経費は減価償却費くらいしか見当たらないが,これを差し引いても大幅な赤字である。
 以上によれば,原告の経済的損害を証拠から認めることはできない。
5 慰謝料相当額について
(1)一件記録に照らせば,逮捕,勾留により身柄拘束されたことによる精神的苦痛を慰謝するには,100万0000円を下らない額が必要である。
(2)一件記録に照らせば,インターネットで原告が準強制わいせつで逮捕されたことが報道されたことに伴う精神的苦痛を慰謝するには,200万0000円を下らない額が必要である。なぜなら,原告は,あん摩マツサージ指圧師,はり師及びきゆう師として資格を取得して働いていたところ,これは,業務の性質上,密室において顧客の身体に直接触れる職業であり,わいせつ行為を行ったとの風評は,原告の職業上の信頼性及び名誉を著しく傷つけるものであり,原告の精神的苦痛は相当に高度なものであったと認められるからである。インターネットでの報道は,様々なサイトに転載され,その後,事実に反すると判明した後も長く残り,原告の実名と結びつけられて検索結果に表示されるのであり(甲8の1ないし甲8の3),この点でも原告の被った精神的苦痛は相当に高度なものであったと認められる。
 なお,原告は,テレビでも報道があった旨主張するが,被告はこれを争うところ,原告の主張を裏付けるに足りる証拠は見当たらない。
6 過失相殺について
 念のために検討すると,原告が施術に先立ち下腹部に施術することを説明し,同意を得ていなかったとすれば,過失相殺の余地があるが,前記のとおり,原告が説明してなかったと積極的に認定することもできないので,過失相殺はしないこととした。
7 まとめ
 以上によれば,原告には300万0000円の慰謝料請求権が認められるべきである。
8 結語
 よって,原告の請求は主文1項掲記の限度で理由があるのでこれを認容し,その余は理由がないので棄却することとして主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第15部
裁判官 足立堅太