児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

学習塾における13回の強制わいせつ行為(176条後段)につき慰謝料(250万円)及び弁護士費用(30万円)を認めた事例(広島地裁H24.10.31)

 訴額は1100万円
 1回20万くらいになります。

       主   文

 1 被告Y1及び被告Y2は,原告に対し,連帯して金280万円及びこれに対する平成23年1月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告の被告Y1及び被告Y2に対するその余の請求をいずれも棄却する。
 3 訴訟費用は,これを4分し,その3を原告の負担とし,その余を被告Y1及び被告Y2の連帯負担とする。
 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

       事実及び理由

第1 請求
   被告Y1及び被告Y2(以下「被告ら」という。)は,連帯して金1100万円及びこれに対する平成23年1月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 1 事案の要旨
   本件は,被告Y2の経営する個別指導方式の学習塾「C塾D教室」に通っていた原告(女子・当時12歳)が,被告Y2に雇用されて同教室の講師(教室長)を務めていた被告Y1から受講中に複数回にわたってわいせつ行為を受けたと主張して,被告Y1に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告Y2に対しては使用者責任民法715条1項)による損害賠償請求権に基づき,被告らに対し,連帯して同わいせつ行為によって原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料1000万円及び弁護士費用100万円の合計1100万円を支払うよう求めている事案である(附帯請求は,最後にわいせつ行為を受けた日の翌日(不法行為の後の日)からの民法所定年5分の割合による遅延損害金請求である。)。
 2 前提となる事実(証拠等を掲記した事実以外は,当事者間に争いがない。)
  (1) 当事者等
   ア 原告(平成10年6月生)は,AとB夫婦の長女である(弁論の全趣旨)。
   イ 被告Y1(昭和54年9月生)は,平成14年3月に××大学教育学部社会科を卒業した後,平成17年3月まで,山口県に臨時職員として採用されていた(丙5)。
   ウ 被告Y2は,不動産業を営むとともに「C塾」のフランチャイジーとして個別指導方式の学習塾を経営しており,広島県大竹市(以下略)に所在するDビルの2階(1階は被告Y2の不動産部門)において,「C塾D教室」(以下,この教室を「本件教室」という。)を開設しているところ,被告Y2の学習塾部門は,代表取締役の1人であるEが統括している(丙7,被告Y2代表者E)。
   エ 被告Y2は,平成17年5月,被告Y2が開設していた「C塾F校」のアルバイト講師として,被告Y1を雇用した(丙7,被告Y1本人,被告Y2代表者E)。
   オ 被告Y1は,同年8月,被告Y2に正社員として雇用され,以後,被告Y2が開設する次の教室において勤務した(丙7,被告Y2代表者E)。
    (ア) 平成19年まで F教室
    (イ) 平成20年3月まで G教室
    (ウ) 平成20年3月以降 本件教室(D教室)
   カ 被告Y1は,G教室及び本件教室(D教室)において,教育長(各教室に正社員1名があてられる役職で学習指導のみならず教室の運営管理を行う)を務めていた(丙7,被告Y2代表者E)。
  (2) 本件教室
   ア フランチャイズ方式によって全国に展開しているC塾は,個別指導の方式を採る学習塾であり,本件教室においても,間仕切り(パーテーション)で仕切られた塾生一人用のブース(その概要は,別紙「見取図」のとおりである。)が数十席設けられ,各ブースで学習する塾生3名程度を1名の講師が個別に指導する方式が採られている(甲6,丙7,被告Y2代表者E)。
   イ 本件教室には,平成22年当時,教室内に監視カメラは設置されていなかった(被告Y2代表者E)。
   ウ 原告は,中学受験に備えて小学校4年生から本件教室に入塾し,小学6年生であった平成22年12月当時は,次のとおり,週に3回,本件教室に通っていたところ,被告Y1は,火曜日と木曜日において,原告の指導を担当していた(甲5,12の1,甲13)。
    (ア) 火曜日 午後4時20分から午後5時50分
    (イ) 木曜日 午後4時20分から午後5時50分
    (ウ) 土曜日 午後2時40分から午後4時10分
  (3) 本件各犯行
   ア 被告Y1は,原告に対し,同人の入学試験が迫っているにもかかわらず十分に成績が上がらないことなどを理由として,上記通塾日の他に,本来なら休校日である平成23年1月9日と同月16日の各日曜日に補習を行うことを提案し,原告は,母親に相談した上で,これを了承した(甲4,5,8,12の1,甲13,14,原告法定代理人親権者母,被告Y1)。
   イ 被告Y1は,平成23年1月9日(本件教室の休校日),同人と原告しかいない本件教室において,学習中の原告に対し,隣に座った状態から,手を着衣の中に差し入れてその乳房を揉み,陰部を着衣の上から手で触るなどのわいせつ行為に及んだ(以下,この行為を「本件第1犯行」という。)(甲3の1・2,甲4ないし6,乙3,被告Y1)。
   ウ 原告は,本件第1犯行の翌日,小学校の級友に対し,被告Y1によるわいせつ行為について相談し,この級友からは両親に相談するよう勧められたが,被告Y1から指導が受けられなければ希望する中学校の入学試験に合格できないかもしれないと考えたことや両親に心配をかけたくないなどの思いから,被害を母親等に相談する決心がつかなかった(甲5)。
   エ 被告Y1は,平成23年1月16日(本件教室の休校日),同人と原告しかいない本件教室において,学習中の原告に対し,隣に座った状態から,手を着衣の中に差し入れてその乳房を揉み,手を下着の中に差し入れて陰部を触るなどのわいせつ行為に及んだ(以下,この行為を「本件第2犯行」といい,本件第1犯行と併せて「本件各犯行」と総称する。)(甲3の1・2,甲4ないし6,乙3,被告Y1)。
   オ 原告は,平成23年1月17日,通学していた小学校で最も信頼を寄せていた教諭に対し,本件各犯行等について相談し,これにより,被告Y1の原告に対するわいせつ行為が発覚した(甲5,7)。
   カ 被告Y2は,平成23年1月28日,被告Y1の原告に対するわいせつ行為を理由として,被告Y1を懲戒解雇した(丙2,7,被告Y2代表者E)。
  (4) 本件刑事裁判
   ア 被告Y1は,原告に対する本件各犯行について強制わいせつの罪(刑法176条後段)で起訴され(広島地方裁判所平成23年(わ)第129号強制わいせつ被告事件),平成23年5月6日,懲役2年6月の実刑判決を受けた(甲2)。
   イ 被告Y1は,上記判決には事実の誤認があり,また量刑も不当であるなどとして控訴したが(広島高等裁判所平成23年(う)第118号),同裁判所は,平成23年9月8日,被告Y1の控訴を棄却し,この判決は確定した(甲9,弁論の全趣旨)(以下,この刑事事件を第一審及び第二審を通じて「本件刑事事件」と総称する。)。
   ウ 被告Y1は,本件刑事事件において,原告に対し,本件各犯行に対する慰謝料として100万円を支払う旨申し入れていたが,原告に対する慰謝料は,現在まで全く支払われていない(甲2,3の1,甲9,乙1,弁論の全趣旨)。
   エ 原告は,本件の原告訴訟代理人弁護士に委任して,平成23年4月1日,犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律17条に基づき,広島地方裁判所に対し,被告Y1を相手方として,損害賠償命令の申立てをしたが(同裁判所平成23年(損)第3号),平成23年6月17日に実施された第2回審尋期日において,被告Y1の代理人弁護士ら(本件の被告Y1訴訟代理人弁護士でもある。)が民事訴訟手続への移行を申し立て,これに原告代理人が同意したことから,同裁判所は,同法32条2項2号に基づき,同損害賠償命令事件を終了させる旨決定した(当裁判所に顕著)。
   オ 被告Y1の代理人弁護士は,上記損害賠償命令申立事件の第2回審尋期日において,被告Y1は刑事記録中の供述調書や公判廷で供述した公訴事実以外のわいせつ行為を否認するものではないが,被害状況を明らかにするためにはこれらの調書等では不十分と考えており,原告本人の尋問を行って,具体的被害状況について本人から直接聞く必要があると考えているなどと述べた(甲10)。
 3 争点
第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)(被告Y1は本件各犯行の他にも原告に対してわいせつ行為に及んだか。)について
  (1) 上記前提となる事実(2)ないし(4)の各事実に証拠(甲3の1,甲4ないし8,10,12の1ないし3,甲13,14,乙1,原告法定代理人親権者母)及び弁論の全趣旨を総合すると,被告Y1が,本件各犯行の他に,下記(ア)ないし(ス)の各日に本件教室において学習していた原告に対し,ほぼ毎回,当初は偶然を装うなどしつつ,衣服の上から胸や太ももを触るなどのわいせつ行為に及んでいたことを認めることができる。
    (ア) 平成22年12月27日(月曜日)
    (イ)       同月28日(火曜日)
    (ウ)       同月29日(水曜日)
    (エ)       同月30日(木曜日)
    (オ) 平成23年 1月 4日(火曜日)
    (カ)       同月 5日(水曜日)
    (キ)       同月 6日(木曜日)
    (ク)       同月 7日(金曜日)
    (ケ)       同月11日(火曜日)
    (コ)       同月12日(水曜日)
    (サ)       同月13日(木曜日)
    (シ)       同月14日(金曜日)
    (ス)       同月15日(土曜日)
  (2) この点,被告Y1は,その本人尋問において,上記認定に反する旨の供述,すなわち,被告Y1の原告に対するわいせつ行為は本件各犯行の2回のみであって,捜査段階や本件刑事事件の第一審段階において本件各犯行以外のわいせつ行為を認めていたのは,原告が本件各犯行以外にも被害を申告しているなどと捜査官からの誘導及び圧力があったのと,公判廷において原告の言い分を否定することが憚られたからであるなどと供述し,その陳述書である乙3号証及び乙6号証にも同旨の記載がある。
  (3) しかしながら,? 被告Y1が,本件刑事事件の第一審の公判期日において,明確に本件各犯行以外にも原告に対してわいせつ行為に及んでいたと述べていること(甲3の1),? そればかりでなく,証拠(被告Y1)及び弁論の全趣旨によると,被告Y1が,少なくとも本件刑事事件において第一審判決が言い渡されるまでは,同事件の弁護人(本件の被告Y1訴訟代理人弁護士)との打合せにおいても,平成22年11月頃から原告に対してわいせつ行為に及んでいたことを否定しきれないと述べており,本件各犯行以外のわいせつ行為を明確に否定するに至ったのは,第一審において実刑判決が言い渡された後,控訴審の弁護方針を確認するために接見した弁護人(本件の被告訴訟代理人弁護士)から,「覚えていないんだったら,それはやっていないんじゃないか。」などと水を向けられたときが初めてであると認められること(被告Y1の証拠調べ調書1頁から8頁等),? 本件教室は,塾生がブースごとに学習しており,個別に指導している振りをして原告の隣に座り,他の講師や塾生に気付かれないでわいせつ行為に及ぶことも十分可能であると認められること(前提となる事実(2)ア,イ),? 本件各犯行は,他の講師や塾生がいない休校日に補講と称して原告を通塾させ,二人きりの本件教室において着衣の中に手を入れてわいせつ行為に及ぶという悪質な犯行であるところ,被告Y1の立場など照らすと同人がいきなりこのような大胆で悪質な犯行に及ぶとは通常考え難いこと(逆に,被告Y1が,それまでの偶然を装ったわいせつ行為に対する原告の反応等から,さらに行為をエスカレートさせても大事には至らない(犯行が発覚しない)と考えていたと仮定するならば,上記に認定した事実経過に照らして何ら不自然な点はない。)などに鑑みると,上記(2)の被告Y1の供述及び陳述書の記載はにわかに信用できない。他に,上記(1)の認定を覆すに足りる的確な証拠はない。
 2 争点(2)(被告Y2は,被告Y1のわいせつ行為について使用者責任を負うか。)について
  (1) まず,原告の主張する損害が被告Y1が被告Y2の事業の執行について加えた損害(民法715条1項)といえるかという点について検討するに,同項にいう事業の執行について加えた損害とは,被用者との個人的な関係に基づくものではなく,被用者による使用者の業務の執行の一部あるいはその延長もしくはそれとの密接な関係に基づく行為によって加えられたといえる場合(最高裁昭和31年(オ)第364号同36年1月24日第三小法廷判決・民集15巻1号35頁参照)や使用者の事業の執行行為を契機としてこれと密接な関連性を有すると認められる行為によって加えられた場合(最高裁昭和44年(オ)第580号同年11月18日第三小法廷判決・民集23巻11号2079頁参照)も含まれると解するのが相当である。
    そうすると,被告Y1の原告に対する本件各犯行及び上記1(1)で認定した各わいせつ行為(以下,本件各犯行と併せて「本件わいせつ行為」と総称する。)は,被告Y2に塾講師として雇用されていた被告Y1が被告Y2の経営する本件教室の講師として担当塾生であった原告を指導する際になされたものであるから,本件わいせつ行為が学習塾の経営という被告Y2の事業の執行を契機とし,これと密接な関連性を有するものであることは明らかであり,被告Y2は,民法715条1項に基づき,被告Y1の使用者として,被告Y1による本件わいせつ行為(不法行為)によって原告が被った損害を賠償すべき義務を負うこととなる。
  (2) 次に,被告Y2が民法715条1項ただし書によって使用者責任を免れるか,すなわち,被告Y2による被告Y1の選任,監督に過失がなかったといえるか,また,被告Y2が相当の注意をしても本件わいせつ行為が行われたといえるかについて検討するに,証拠(被告Y1,被告Y2代表者E)及び弁論の全趣旨によると,? 被告Y2は,本件教室の鍵を教室長である被告Y1にも交付して所持させ,休校日であっても被告Y1が本件教室を利用することを可能な状態としていたこと,? 被告Y1については,女子生徒に抱きついたりメール交換したなどの苦情が保護者から被告Y2に寄せられたことがあり,被告Y1も被告Y2の代表者であるEに同事実を肯定する説明をしていたことが認められる(被告Y1は,その本人尋問において,被告Y2代表者Eに対して女子生徒に抱きついたことを謝罪したところ,二度とするなと注意されたと明確に供述しており,これを否定する被告Y2代表者Eの供述(丙7号証の陳述書の記載を含む。)は信用できない。)。これらの事実に加えて,本件わいせつ行為がなされた当時,本件教室には監視カメラが設置されておらず(前提となる事実(2)イ),講師が各ブースにおいて個別指導する塾生に対して不適切な行為に及ぶことを防止する十分な措置が講じられていたとはいえないことなどに照らすと,被告Y2が被告Y1の選任,監督について相当の注意をしていたとは認められないし,また,相当の注意をしていても本件わいせつ行為がなされたとも認められない。したがって,被告Y2が民法715条1項ただし書によって使用者責任を免れるとは認められない。
  (3) なお,被告Y2が本件わいせつ行為について使用者責任を負わないと縷々主張するので敷衍するに,要するに本件は,児童を対象とした学習塾の経営という収益事業に不可避的に内在する典型的なリスクが顕在化した事案といえるのであって,そもそも本件わいせつ行為が学習塾の経営という被告Y2の事業と無関係であるということはできない。
    おって,被告Y2が原告の損害の一部についてのみ被告Y1と連帯して損害賠償義務を負うとの被告Y2の主張は,独自の見解であるから当裁判所の採用するところではない。
 3 争点(3)(被告Y1のわいせつ行為によって原告が被った損害)について
  (1) まず,本件わいせつ行為によって原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料の額について検討するに,本件に顕れた一切の事情,特に,本件わいせつ行為が学習塾において行われた男性塾講師による当時12歳の女子塾生に対するものであること及び本件各犯行が塾講師であった被告Y1の提案によって実施された補講の際になされたことなどに照らすと,被告Y1に対して実刑判決が下されていること(前提となる事実(4)イ),本件わいせつ行為が概ね衣服の上などから原告の身体を触るという態様であったこと及び原告に身体的外傷が生じた訳ではないことなどを十分考慮しても,本件わいせつ行為と相当因果関係にある損害として認めるべき原告の慰謝料の額は,250万円を下らないと認められる。
  (2) なお,被告Y1は,原告が本件第2犯行の後に友人である児童に対して被害を申告した携帯電話のメールに絵文字が使われていることや中学校入学後の原告の様子等をもって,原告の精神的苦痛が小さかったはずであるなどと主張する(同被告訴訟代理人らの「最終準備書面」5頁以下)。しかしながら,これらの主張は,犯罪被害にあった原告の心境や被告Y1の犯罪行為が当時12歳であった原告に与えた深刻な影響に対して著しく考察を欠く荒唐無稽な主張というべきであって,およそ採用できない。
  (3) 本件の難易度や上記慰謝料額に加えて,被告らの応訴態度や本件の審理経過などに照らすと,本件わいせつ行為と相当因果関係にある損害として認めるべき弁護士費用は,30万円をもって相当と認める。
 4 結論
   以上によると,原告の被告らに対する請求は,被告Y1に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告Y2に対しては使用者責任民法715条1項)による損害賠償請求権に基づき,連帯して280万円及びこれに対する不法行為の後の日である平成23年1月17日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し,その余は理由がないからいずれも棄却すべきである。よって,主文のとおり判決する。
    広島地方裁判所民事第3部
           裁判官  岩井一真