児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

性的非違行為を理由に懲戒解雇・免職がなされた事例は、強姦、強制わいせつ、児童買春、淫行など直接の侵襲行為であったり、撮影など直接的な侵害性のある行為であったものがほとんどを占めており、二次的侵害や直接侵害の誘因という観点から問題とされる本件犯行とは明らかに質的に異なるものといわざるを得ないし、企業のコンプライアンスの要請から直ちに従業員に対する厳罰主義が要請されるわけではなく、とりわけ従業員の私生活上の非行に対して厳罰主義をとることは、企業の対従業員関係のコンプライアンス(プライバシー尊重等)の観点からは

 10歳の児童の性交場面が流布されても、直接的な侵害性は薄いというのです。

地位確認等請求事件
津地方裁判所
平成25年03月05日
主文

事実及び理由
第3 当裁判所の判断
 1 証拠(甲3、乙2ないし9、17、18、20、25、26、証人B、同C、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
  (1) 本件非違行為の経緯
  ア 原告は、約10年前から自宅に設置した自己のパソコン内に複数のファイル共有ソフトをインストールし、インターネットを経由して画像ファイルや音楽ファイルなどをダウンロードしており、職業柄もあって、ファイル共有ソフトを含むコンピューターソフトウェアやインターネットに関する知識は通常人よりもあり、本件非違行為に先立ち、「eMule」をインストールし、使用できるように設定したときも、「eMule」の共有フォルダの特性である、incomingフォルダ1つでダウンフォルダ(別のユーザーの共有フォルダから入手したファイルがダウンロードされ保存されるフォルダ)とアップフォルダ(別のユーザーの要求に応じて保存データが自動的にアップロードされるフォルダ)を兼ねること、すなわち「eMule」で入手したファイルは、そのままでは他のユーザーのために自動的にアップロードされる仕組みであることを知っていたが、ファイル欲しさから、「eMule」をインストールし、使用できるように設定した。
  イ 原告は、8年くらい前から、児童ポルノをいくつもダウンロードし、ファイルの内容を確認しており、そのことは、共有フォルダがアップロードフォルダという認識はなかった旨故意を否定する内容の供述をしていた平成23年1月26日の時点においても警察官に対し認めていた。
  本件非違行為に係る動画ファイルは、少女の裸体や陰部を撮影し、少女に性交類似行為をさせているものであり、平成12年に大阪府警察が製造者を摘発し、モデルが製造(平成10年ころ)当時13歳であることが確認されているものであって、児童ポルノかつわいせつ図画であることが明らかなものであったが、原告は、同動画ファイルをダウンロードして入手した際、内容確認を行い、児童ポルノであることを確認した上で、少女の顔が比較的綺麗であったことから、気に入ったデータとして、フォルダ名を変更した上で、incomingフォルダに保存した。
  ウ 原告は、インターネット利用開始後、転送データ量(ファイル共有ソフトでアップロードしていたデータ量)が多く、プロバイダ会社から警告を受けたり通信制限をかけられたりしていた。
  エ 原告は、逮捕当時、自己のパソコンにインストールしていたファイル交換ソフト6個のうち、ウィニー、シェア、パーフェクトダーク及びBitcometを起動させており、警察官に現認されていた。
  オ 原告は、逮捕当初は、逮捕の被疑事実は、過失によるものであるという趣旨の供述をしていたが、その後、警察官及び検察官に対し、前記アないしウの事実を認め、同被疑事実を故意によるものとして認める供述をしている。
  カ 本件犯行は、原告の逮捕日の翌日である平成23年1月27日、毎日新聞群馬版、群馬新聞中毛・西毛版及び毎日新聞インターネットニュースで実名報道されたが、被告の社名が記載されたものはなかった。なお、原告に関するインターネット記事を、グーグル社の提供する検索エンジンに原告の氏名を入力して検索したところ、その上位には、本件犯行に関する記事やそれを引用したサイト数件と、ある特許について、発明者として原告の氏名が被告の名称とともに掲載された記事1件が出るという結果が得られた。
  (2) 本件処分の経緯
  ア Bは、平成23年2月7日、被告野洲事業所において、原告と面談して聞き取りを行った。原告は、本件非違行為につき、
  (ア) 児童ポルノを10年ぐらい前からファイル共有ソフトを使って集め、公開していたと話している旨報道されているが、実際は、ファイル共有ソフトは確かに10年前から使っていたが、児童ポルノを収集したのは1〜3年前くらいのみである。
  (イ) 公開は意図したものではなく過失であり、結果として公開していた時期は1ないし2年前の約1年間で、不定期である。
  (ウ) 「eMule」や「ウィニー」など6種類のファイル共有ソフトを利用していた旨報道されており、確かに6種類のファイル共有ソフトをインストールはしていたが、使っていたのはシェアとBitcometの2つであり、「eMule」はBitcometに添付されていた。
  (エ) パソコンには児童とみられる画像約3000点が保存されていたらしい旨報道されているが、既に削除済みなので正確な数は不明だが、おそらく100〜200点程度である。
  旨、毎日新聞のインターネットニュースをプリントアウトしたものに書き込みながら説明した。
  イ 被告は、本件第1処分に係る通知書を、処分当日である平成23年3月3日に原告に交付した。原告は、同通知書を受領した際は、特段強い異議は唱えず、「懲戒通知受領書および誓約書」(乙2)及び「退職願」(乙3)を提出した。
  ウ 原告は、前記イの後、被告に対し、労働組合経由で、釈明と事情説明の機会を設けてもらいたい旨申し入れ、平成23年3月7日、被告の管理部長及びBが、労働組合関係者立会いの上で、原告と面談した。原告は、その席で、以下の記載を含む嘆願書を提出し、懲戒処分の見直しを嘆願した。
  (ア) 「私は自分のPCの児童ポルノを含むフォルダが公然陳列、つまり不特定多数が閲覧できる状態になっていたことを全く知りませんでした。また、私自身に児童ポルノを公然陳列する意図は全くありませんでした。」
  (イ) 「その点で、今回の事件は過失によるものであり、警察・検察においても終始過失を主張しました。」
  (ウ) 「しかし、過失犯では成立しない本罪状を最終的には認めました。それは、取り調べにおいて「故意性を否定するなら勾留期間延長・起訴公判」と言われ続け、私は心身ともに限界であり訴訟に耐えられる状態ではなく、また被写体の児童に本当に申し訳ないことをしてしまった、という反省の気持ちがあったからです。」
  被告の管理部長及びBは、平成23年3月16日、原告と面談し、懲戒解雇処分は変更しない旨を告げた。
  エ 原告は、被告訴訟代理人から本件犯行に係る刑事記録の提出を求められたが、それには応じず、平成23年9月5日、下記の記載を含む経緯報告書(甲3の別紙はその写し)を作成し、被告に提出した。
  (ア) 「私はファイルを他人と共有する意図はありませんでしたので、「ファイル“ダウンロード”ソフト」のつもりで使っていました。」
  (イ) 「児童ポルノが公開状態になっていたのは、次の3つの事情が重なったことに起因するものです。
  〈1〉 eMuleと他のファイル共有ソフトの仕組みの違いを混同していたこと
  〈2〉 児童ポルノを所持していたこと
  〈3〉 〈1〉を混同したまま、eMuleの使用を一時的に再開したこと」
  (ウ) 「私はアップロード専用フォルダを空にしていました(正確には、アップロード専用フォルダ自体を作らなかった)ので、何らかのファイルを意図的にアップロードする、つまり不特定多数に公開するということはありません。」「ただし、キャッシュフォルダには自分に不要なピースも溜まるので、専用の削除ツールで極力削除していましたし、特に完全キャッシュ(ピースが揃ったキャッシュ)は削除ツールで自動削除していました。」
  (3) 同種事例における他の懲戒事例の状況
  ア 被告において、平成13年以降、性的非違行為を理由とする懲戒解雇・諭旨退職事案は6件(7名)存在するが、いずれも、強制わいせつ、児童買春、淫行、セクハラなど直接の侵襲行為の事案であったり、撮影など直接的な侵害性のある行為の事案であった。
  イ 本件の証拠(乙17、18)上、被告の従業員以外の懲戒事例で、性的非違行為を理由とする懲戒事例(学生に対する大学の懲戒処分とみられるものを除く。)は合計208件あり、うち懲戒解雇・免職となったものは138件あるが、懲戒解雇・免職事案の内訳は、〈1〉職責との関係(特に教職員については、職務上教え導かなければならない相手を性的対象としたことになり、職務への自己否定性が強いことになる。)で厳しい規律が要請される立場にある法務・検察職員や警察職員、教職員であったものが2件、〈2〉強姦、強制わいせつ、児童買春、淫行など直接の侵襲行為であったり、撮影など直接的な侵害性のある行為であったものが28件、上記〈1〉及び〈2〉の両者に該当するものが107件であり、上記〈1〉及び〈2〉のいずれにも該当しない事案で懲戒解雇・免職となったのは1件のみ(市役所職員の児童ポルノ公然陳列事案である。乙17の5)であった。
 2 本件処分の解雇権濫用該当性について
  (1) 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は無効とされる(労働契約法15条参照)。
  (2) これを本件についてみるに、本件犯行は、児童に対する性的侵害(直接的でないものを含む。)の総合的防止の観点から問題となっている児童ポルノの公然陳列事案であり、社会的非難を免れないものであるが、反面、本件犯行は、原告の私生活上の非行であって被告の事業に直接関連するものではないし、内容的にも、強姦、強制わいせつ、児童買春、淫行など直接の侵襲行為であったり、撮影など直接的な侵害性のある行為だったりするものではないし、原告の被告における地位は単なる従業員である上、本件犯行についての報道には、被告の社名を含むものはなく、インターネット検索の結果からみても、原告と被告との関係が明らかになって、そのことにより被告の名誉や信用等、企業秩序に具体的な損害が生じるとは考えにくく、また、現に損害が生じたことを認めるに足りる証拠はない。そして、他の懲戒事例と比較しても、本件犯行と同種事案において懲戒解雇がなされたものは、200件以上もの懲戒事案の中で1件のみであり、〈1〉職責との関係で厳しい規律が要請される立場にあったか、〈2〉強姦、強制わいせつ、児童買春、淫行など直接の侵襲行為であったり、撮影など直接的な侵害性のある行為であったりした場合でなければ解雇まではしないのが基本的な方向性であるといえる。
  以上によれば、本件第1処分は、懲戒解雇として客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないから、その権利を濫用したものとして無効というべきである。
  (3) 次に、本件第2処分の根拠とされた虚偽陳述(前記第2、1(7)アないしコ)についてみるに、前記第3、1(2)に判示したところに照らせば、原告は、被告に対し、前記第2、1(7)アないしコの虚偽陳述をいずれも行ったと認められる。
  そして、前記第3、1(1)イに判示したとおり、原告は、過失を主張して本件犯行を否認していた段階から、(本件犯行の)約8年前から児童ポルノを収集していたことを認めていたのであるから、前記第2、1(7)アの陳述は、事実に反するものであったものと認められる。また、前記第3、1(1)エに判示したところに照らせば、前記第2、1(7)エの陳述は、警察官によって現認された事実に反するものであったと認められる。さらに、前記第3、1(1)アないしオに判示したところを総合すると、原告は、ファイル共有に参加しダウンロードしたいファイルを獲得する実質的代償等の目的で、恒常的に、児童ポルノたるファイルを含む好事家好みのファイルを多数アップロード(自らはアップロードのための積極的操作をしない場合を含む。)していて、本件犯行は故意によるものであったと推認するのが相当であり、前記第2、1(7)のその余の陳述も、事実に反するものであったと推認できる。
  しかし、前記第2、1(7)アないしコの虚偽陳述は、いずれも、懲戒処分に先立つ弁明聴取や、懲戒処分に対する撤回要請等における、懲戒処分対象行為に係る弁明としてなされたものであるところ、制裁措置である懲戒処分に係る弁明行為については、制裁を受ける者の防御権を考慮する必要があることも考慮すると、証拠隠滅や偽証教唆、その他防御権の行使として許容できない行為を含まない、単なる否認や過少申告は、それ自体としては懲戒処分の根拠とならず、懲戒処分対象行為に係る反省の状況資料として情状面で考慮し得るにとどまると解するのが相当であるから、前記第2、1(7)アないしコの虚偽陳述は、前記第2、1(4)イ(イ)に該当しないというべきである。そして、前記第2、1(7)アないしコの虚偽陳述のうち同クないしコの陳述については、被告から客観的資料たる捜査記録の提出を求められたのに対し、それには応じないで被告に送付しているという経緯はあるものの、防御権の行使として許容できない行為とまではいえないし、その他、前記第2、1(7)アないしコの虚偽陳述において、防御権の行使として許容できない行為が含まれていたことはうかがわれない。
  したがって、本件第2処分も、本件第1処分と同様に考察するべきことに帰するから、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、解雇権を濫用したものとして無効となる。
  (4) この点、被告は、性的非違行為に係る懲戒処分の事例が多くみられることや、企業のコンプライアンスの要請を強調するが、本件の関係各証拠によっても、性的非違行為を理由に懲戒解雇・免職がなされた事例は、強姦、強制わいせつ、児童買春、淫行など直接の侵襲行為であったり、撮影など直接的な侵害性のある行為であったものがほとんどを占めており、二次的侵害や直接侵害の誘因という観点から問題とされる本件犯行とは明らかに質的に異なるものといわざるを得ないし、企業のコンプライアンスの要請から直ちに従業員に対する厳罰主義が要請されるわけではなく、とりわけ従業員の私生活上の非行に対して厳罰主義をとることは、企業の対従業員関係のコンプライアンス(プライバシー尊重等)の観点からは難しいものがあるから、いずれも採用することができない。
  (5) 
 3 結論
  以上によれば、原告の請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を、仮執行宣言につき同法259条1項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
民事部
 (裁判官 宮本博文)