児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

校長であり、かつ、控訴人が所属していた剣道部の副顧問であった被控訴人Aにより、その立場をことさらに利用してなされたわいせつ行為について慰謝料100万円を認容した事例(宮崎支部h24.8.31)

 

損害賠償請求控訴事件
福岡高等裁判所宮崎支部平成24年(ネ)第123号
平成24年8月31日判決
口頭弁論終結日 平成24年6月1日

       判   決

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり


       主   文

1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴鹿屋市は,控訴人に対し,141万2300円及びこれに対する平成19年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 控訴人の被控訴鹿屋市に対するその余の請求及び被控訴人Aに対する請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は第1,2審を通じて,控訴人に生じた費用の10分の1と被控訴鹿屋市に生じた費用を被控訴鹿屋市の負担とし,控訴人に生じたその余の費用と被控訴人Aに生じた費用を控訴人の負担とする。
5 この判決は第2項に限り,仮に執行することができる。


       事実及び理由

第1 控訴の趣旨
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人らは,控訴人に対し,各自1671万2300円及びこれに対する平成19年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第1,2審を通じて被控訴人らの負担とする。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要等
 以下,略称は,当裁判所において新たに定めるほか,原判決のそれに従う。
1 請求,争点及び各審級における判断の概要
 本件(平成22年6月3日訴え提起)は,被控訴鹿屋市が設置する鹿屋市立鹿屋中学校に通学していた控訴人が,同中学校の校長であり,控訴人が所属していた剣道部の副顧問であった被控訴人A(以下「被控訴人A」という。)からわいせつ行為をされたことにより,多大な精神的苦痛を受け,心的外傷後ストレス障害を発症したとして,被控訴鹿屋市に対しては国家賠償法1条1項に基づき,被控訴人Aに対しては民法709条,710条に基づき,各自,損害賠償金1671万2300円及びこれに対する平成19年6月16日(不法行為日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
 本件の争点は,〔1〕被控訴人Aによる不法行為の成否,〔2〕控訴人が被った損害の有無及び数額,〔3〕被控訴人Aの損害賠償責任の有無(被控訴人Aは,仮に自らの行為が違法であったとしても,被控訴鹿屋市国家賠償法1条1項に基づいて控訴人に対する損害賠償責任を負うものであって,被控訴人A個人が責任を負うものではないと主張している。)の3点である。
 原判決(平成24年2月15日言渡し)は,争点〔1〕について,関係各証拠によれば,被控訴人Aが本件ドライブの際に走行中の本件自動車内において,同車を右手で運転しながら,左手で助手席に座っていた控訴人の右手を指を絡めるように握ったほか,控訴人の右太ももをデニム生地のパンツの上から触ったこと,「彼氏は作らなくていいぞ。」,「かわいいなぁ。」,「嫁にしたいなぁ。」などと声を掛けたことが認められるほか,本件路上に停車中の本件自動車内において,助手席に座っていた控訴人の両肩を掴んで控訴人に覆い被さり,右向きに顔を反らした控訴人の左頬に口づけし,同女の唇に口づけしたことが認められ,上記一連の行為(本件わいせつ行為)は控訴人に対する不法行為に当たる旨の,争点〔2〕について,治療費(桜ヶ丘病院につき1万4330円の限度),慰謝料60万円及び弁護士費用6万円の合計67万4330円の限度で控訴人に生じた損害と認められる旨の,争点〔3〕について,被控訴人Aは地方公共団体である被控訴鹿屋市の公権力の行使に当たる公務員として,客観的に職務執行の外形を備える行為として控訴人を本件ドライブに同行させ,その際に本件わいせつ行為に及んでいるところ,公権力の行使に当たる公共団体の公務員が,その職務を行うにつき故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には,当該公共団体が国家賠償法1条1項に基づきその被害者に対して賠償の責に任ずるもので,公務員個人はその責めを負わない旨の各判断をして,本件各請求を被控訴鹿屋市に対する67万4330円及びこれに対する上記同旨の遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余の請求をいずれも棄却した。
 これに対し,敗訴部分を不服として,控訴人が本件控訴に及んだものである。当裁判所は,争点〔1〕及び争点〔3〕については原判決と同旨の,争点〔2〕については原判決と異なり,治療費については控訴人が主張する全額(21万2300円),慰謝料100万円及び弁護士費用20万円の合計141万2300円の限度で控訴人に生じた損害と認められるものとして,本件各請求を被控訴鹿屋市に対する141万2300円及びこれに対する上記同旨の遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余の請求をいずれも棄却するのが相当であると判断し,これと異なる原判決を主文のとおりに変更するものである。
2 争いのない事実等及び争点
 この点は,原判決2頁11行目から5頁7行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
第3 当裁判所の判断
 この点は,以下の点を付加,訂正するほかは,原判決5頁9行目から22頁16行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決6頁4行目の「原告に話しかけ」を「控訴人に話しかけ,親には言わない方がいいなどと告げた上で」に,同行目の「原告は」を「控訴人は,以前から何度も同じように被控訴人Aから声をかけられていたこともあって」にそれぞれ改め,18行目と19行目の間に
「被控訴人Aは,本件自動車の運転中に,控訴人の右手指を自らの左手指に絡めるように握るなどしながら,控訴人に対し,家庭や高校のこと,部活動のことなどを話したほか,控訴人に対し,「彼氏は作らなくていいぞ。」,「かわいいなぁ。」,「嫁にしたいなぁ。」と述べ,控訴人の右太ももを左手で撫でるなどした。」
を加え,24行目の「進行してた」を「進行していた」に改める。
2 原判決7頁1行目と2行目の間に
「被控訴人Aは,本件路上に停めた本件自動車の車内において,無言で,控訴人の両肩を掴み,同女を抱き寄せて左頬に口づけしたほか,同女の頭部を両手で掴んで唇に口づけした。その後,被控訴人Aが「嫌だったか。」と問いかけたのに対し,控訴人は無言でうなずいた。」
を加え,4行目及び5行目の全部を「その後,控訴人と被控訴人Aは,鹿屋までの車中ではほとんど会話を交わさず,無言のままであった。」に,6行目の「本件自動車を下車した」を「被控訴人Aに対し,友達の家に行くなどと述べて団地のある大きな道路の近くで下車し,そのまま自宅まで歩いて帰宅した。結局,控訴人と被控訴人Aは,1時間半にも及ぶ本件ドライブの間,何も飲食せず,また,一度も降車することなく本件自動車内に乗り合わせていたことになる。」に,7行目の「甲第1号証」を「甲第1,第14号証」にそれぞれ改める。
3 原判決8頁3行目の「B少年に対し,」の後に「私は汚れている,」を,19行目の「甲第1,」の後に「第14,」をそれぞれ加え,22行目の「性的な行為をされた旨告げた。」を「性的な行為をされている,事態がやばいと思ったので相談することにしたなどと告げた。」に改め,26行目の「C教諭に対し,」の後に「当初は口が重かったものの,しだいに心を開き,時折涙を流しながら,」を加える。
4 原判決9頁3行目の「唇に口づけをされたことを告白した」を「唇に口づけされ,ひげがちくちくして痛かったことなどを告白した」に改め,4行目末尾に「このとき,控訴人は,教職員にこのことが知れ渡ると大事になると思ってずっと隠しておくつもりだった,親には言わないでほしいなどと述べ,両親への報告を強く拒絶した。」を加え,8行目の「甲第21号証」を「甲第14,第20,第21号証」に,25行目の「甲第20」を「甲第14,20」にそれぞれ改める。
5 原判決10頁2行目の「本件告白の内容を肯定も否定もせず,」の後に「「そんなことまで言っているの?」,」を,4行目の「証人Cの証言」の前に「甲第13,第20号証,」をそれぞれ加え,8行目の「報告をした」を「報告し,併せて,この時点における被控訴人Aの言動として,控訴人の身体に触ったことを認めているほか,身辺整理をすると述べていることなどを控訴人の両親に伝えた。」に,9行目の「原告Aは,後日」を「被控訴人Aは,同日中に」にそれぞれ改め,11行目の「証人Cの証言」の前に「甲第14号証,」を加え,26行目の「被告Aは」を「被控訴人Aは,下を向いて控訴人の両親と目を合わせようとせず,「太ももや肩にポンポンと触れたかもしれない。」,「行過ぎた指導があったかもしれない。」,「辞表を出すつもりである。」などと述べる一方で」に改める。
6 原判決11頁2行目の「証人Cの証言」の前に「甲第18号証,」を,5行目末尾に「この際に,D教頭は,集まった教職員らの前で,(本件告白について,被控訴人Aが)「そんなことまで言っているの?」,「身辺整理を考えなければならない。」などと発言していると報告した。」を,8行目の「被告A本人尋問の結果」の前に「甲第13号証,」をそれぞれ加え,12行目の「鹿屋中学校教職員の朝礼において」を「午後4時40分ころに開かれた臨時職員会議において,教職員らに対し,「メモを取らずに聞いて下さい。この件について口外しないことを約束してください。」などと前置きした上で,」に,15行目の「甲第13」を「甲第13,第20」に,18行目の「訴えた」を「涙を流しながら訴えた」に,19行目の「甲第22号証」を「甲第21,第22号証」にそれぞれ改める。
7 原判決16頁18行目の「知ったにもかかわらず,」の後に「「そんなことまで言っているの?」,」を加える。
8 原判決17頁16行目末尾の後に「本件ドライブの後である同年7月上旬に行われたあすぱる大崎での剣道の試合の際に,控訴人の様子がおかしくなっていたことが,控訴人の母親によって確認されている(控訴法定代理人E尋問の結果)。」を,19行目の「考えられること」の後に「(証人Fの証言)」をそれぞれ加える。
9 原判決18頁8行目の「行為態様」を「心理状態」に改める。
10 原判決19頁26行目から22頁1行目までを以下のとおり改める。
「被控訴人Aによる前記1(3)の不法行為により,控訴人に後記(1)ないし(3)の合計141万2300円の損害が生じたことになる。
(1)治療費 21万2300円
 証拠(甲第6,第10,第23号証の1ないし9,第24,第25号証の1ないし5,第26号証の1ないし15,第27号証,証人Fの証言)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人が,被控訴人Aのわいせつ行為により被った精神的苦痛の治療のために,桜ヶ丘病院の通院にかかる治療費1万4330円,さよウィメンズ・メンタルクリニックの通院にかかる治療費3150円,鹿児島心理オフィスの通院にかかる治療費3万円,西原保養院の通院にかかる治療費2万3940円,三州病院の入院にかかる治療費14万0880円をそれぞれ負担したことが認められる。
 上記の入通院に要した治療費は,いずれも被控訴人Aによるわいせつ行為と相当因果関係のある損害と認めることができるところ,その合計額は21万2300円である。
(2)慰謝料 100万円
 前記1(3)で判示した本件わいせつ行為の態様に加え,本件わいせつ行為が,鹿屋中学校の校長職にあり,かつ,控訴人が所属していた剣道部の副顧問であった被控訴人Aにより,その立場をことさらに利用して,当時中学3年生の女子生徒であった控訴人に対してなされたものであること,被控訴人Aが事実関係を全面的に争い,自らの非を認めず,控訴人に対して反省の態度を一度も示していないこと,控訴人が,本件わいせつ行為によって心的外傷後ストレス障害と診断を受けるほどの強い精神的苦痛を被り,長期間に亘る入通院を余儀なくされるなど,その後の生活設計においてかなりの悪影響が生じていることなどの諸事情を斟酌すれば,控訴人が本件わいせつ行為によって受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては100万円が相当である。
(3)弁護士費用 20万円
 控訴人が弁護士である控訴人訴訟代理人に対して本件訴訟の提起及び遂行を委任したことは当裁判所に顕著である。そして、本件訴訟の内容や,本件訴訟が控訴審にまで及んでいることなどの諸事情を勘案すると,控訴人が控訴人訴訟代理人弁護士に支払う着手金及び報酬のうち,20万円の範囲内で本件わいせつ行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。」
11 原判決22頁15行目から16行目にかけての「被告Aはその責任を負わないというべきである。」を,「被控訴人Aは,控訴人に対し,同条同項に基づく責任を負わないというべきである。ただし,これまでに検討したところによれば,本件わいせつ行為が故意になされた不法行為であることは明らかであるから,被控訴人Aは,同条2項に基づき,被控訴鹿屋市に対して求償債務を負うことになり,その限りにおいては法的責任が認められることになる。」に改める。
第4 結論
 よって,控訴人の本件各請求は,被控訴鹿屋市に対する141万2300円及びこれに対する上記同旨の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余の請求はいずれも棄却するのが相当であるから,これと異なる原判決を変更することとして,主文のとおり判決する。 
福岡高等裁判所宮崎支部
裁判長裁判官 横山秀憲 裁判官 三井教匡 裁判官 空閑直樹

別紙 当事者目録
控訴人 G
上記法定代理人親権者父 H
上記法定代理人親権者母 E
上記訴訟代理人弁護士 増田博 小堀清直 井口貴博 森雅美 蓑毛まりえ 大毛裕貴 中山和貴 山口政幸 岩井作太 野平康博 白鳥努 森本祥子
控訴人 鹿屋市
上記代表者市長 J
上記訴訟代理人弁護士 井上順夫 泉武臣
控訴人 A
上記訴訟代理人弁護士 松下良成

損害賠償請求事件
鹿児島地方裁判所平成22年(ワ)第579号
平成24年2月15日民事第2部判決
口頭弁論終結日 平成23年11月9日
       判   決
       主   文
1 被告鹿屋市は,原告に対し,67万4330円及びこれに対する平成19年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告鹿屋市に対するその余の請求及び被告Aに対する請求を棄却する。
3 訴訟費用は,原告に生じた費用の20分の1と被告鹿屋市に生じた費用を同被告の負担とし,原告に生じたその余の費用と被告Aに生じた費用を原告の負担とする。
4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。


       事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1)被告両名は,原告に対し,各自1671万2300円及びこれに対する平成19年6月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)訴訟費用は被告両名の負担とする。
(3)仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1)被告鹿屋市
ア 原告の被告鹿屋市に対する請求を棄却する。
イ 訴訟費用は原告の負担とする。
(2)被告A
ア 原告の被告Aに対する請求を棄却する。
イ 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 事案の概要
1 本件事案の要旨
 本件は,被告鹿屋市が設置する中学校に通っていた原告が,同中学校の校長であった被告Aから,わいせつ行為をされたことにより,多大な精神的苦痛を受け心的外傷後ストレス障害を発症したとして,被告鹿屋市に対しては国家賠償法1条1項に基づいて,また,被告Aに対しては民法709条,710条に基づいて,損害賠償金1671万2300円及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
2 争いのない事実等
 以下の事実は,争いのない事実及び当裁判所に顕著な事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によって認めることができる事実である。
(1)原告(平成4年○○月○日出生)は,平成17年9月1日,那覇市立金城中学校第1学年から被告鹿屋市が設置する鹿児島県鹿屋市立鹿屋中学校(以下「鹿屋中学校」という。)第1学年に転入した。原告は,鹿屋中学校に転入後,同校の剣道部(以下,単に「剣道部」という。)に入部し活動をするようになった。
(争いのない事実,当裁判所に顕著な事実,甲第2号証の1・2,弁論の全趣旨)
(2)被告A(以下「被告A」という。)は,原告が鹿屋中学校に転入した当時,同中学校の校長の職にあり,また,剣道部の副顧問を務めていた。
(争いのない事実)
(3)被告Aは,平成19年6月16日土曜日の午後,自己の運転する自動車(以下「本件自動車」という。)に原告を乗車させ,鹿屋市内と鹿児島県曽於郡<以下略>所在の広域交流活性化センターあすぱる大崎(以下「あすぱる大崎」という。)との間を往復した(以下「本件ドライブ」という。)。
(争いのない事実,当裁判所に顕著な事実,甲第1号証,丙第2号証)
3 争点
(1)被告Aの不法行為の成否について
ア 原告
 被告Aは,本件ドライブの際,本件自動車内において,原告に対し,以下のわいせつ行為をした。
 このような被告Aの行為は,原告に対する不法行為に該当する。
(ア)被告Aは,出発後直ぐに,左手で原告の右手を指を絡めるように握りはじめた。また,被告Aは,原告に対し,原告の右手を握ったまま,「彼氏は作らなくていいぞ。」「かわいいなあ。」「嫁にしたいなあ。」などの言葉をかけた。
 さらに,被告Aは,原告の右太ももを左手で触るようになった。
 被告Aは,本件自動車内において,常に原告の右手を握るか,右太ももを触っている状態であった。
(イ)被告Aは,あすぱる大崎からの帰路において林に囲まれた人気のない道路に本件自動車を停車させ,同車内で,やにわに両腕で原告の両肩をつかむと,上から覆いかぶさるようにして原告を抱き寄せた。そして,原告の左頬に強く口付けをし,さらに,原告の顔を両手でつかんで唇にも口付けをした。
イ 被告鹿屋市
 原告主張の事実は知らない。
ウ 被告A
 否認する。
 被告Aは,精神的に不安定であった原告を励ます目的で,同人を本件ドライブに誘った。被告Aは,本件ドライブ中、原告から進路,友人及び家族等に関する相談を受けていたのであり,原告に対し,手を握る,太ももを触る,口付けをするなどのわいせつ行為をしたことなど一切ない。
(2)原告に生じた損害の額について
ア 原告
 被告Aの(1)ア記載のわいせつ行為によって,原告は重大な精神的苦痛を受け,心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症し,その結果,原告には後記(ア)ないし(ウ)の合計1671万2300円の損害が生じた。 
(ア)治療費(21万2300円)
 原告は,被告Aのわいせつ行為により被った精神的苦痛の治療のため,後記aないしeの医療機関等に入通院をし,合計21万2300円の診療報酬等を支払った。
a 桜ヶ丘病院 1万4330円
b さよウィメンズ・メンタルクリニック 3150円
c 鹿児島心理オフィス 3万0000円
d 西原保養院 2万3940円
e 三州病院 14万0880円
(イ)慰謝料(1500万円)
(ウ)弁護士費用(150万円)
イ 被告両名
 争う。
(3)被告Aの損害賠償責任の有無について
ア 被告A
 被告Aは,公共団体たる被告鹿屋市の公権力の行使に当る公務員として,その職務を行うについて,原告を本件ドライブに同行させている。
 したがって,仮に被告Aの行為が違法なものであっても,被告鹿屋市国家賠償法1条1項に基づき原告に対し損害を賠償する責めに任ずるのであって,被告Aはその責任を負わない。
イ 原告
 国又は公共団体が国家賠償法1条1項に基づき損害を賠償する責めに任ずる場合であっても,違法に他人に損害を加えた公務員は,少なくとも故意又は重過失のある限り,被害者に対し直接個人責任を負う。
 したがって,故意にわいせつ行為を行った被告Aは,被告鹿屋市が損害を賠償する責めに任ずる場合であっても,原告に対し損害賠償責任を負う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告Aの不法行為の成否)について
(1)判断の前提となる事実
 以下の事実は,争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨によって認めることができる事実である。
ア 原告の就学状況等
 原告は,平成17年8月頃,父の転勤に伴い那覇市から鹿児島県鹿屋市に転居し,同年9月1日,鹿屋中学校第1学年に転入した。
 原告は,鹿屋中学校に転入後,鹿屋中学校剣道部に入部し活動をするようになった。
 原告は,第1,第2学年において遅刻をしたことはなく,欠席をしたのも2日間だけであった。
 原告は,平成19年4月,第3学年に進級した。原告の在籍する学級の担任教員は,B教諭(以下「B教諭」という。)であった。
(争いのない事実,甲第2号証の1・2,第3,第4号証,証人Bの証言,原告本人尋問の結果,弁論の全趣旨)
イ 本件ドライブの経緯(以下の事実はいずれも平成19年6月16日の出来事である。)
(ア)原告は,平成19年6月16日土曜日午前中,鹿屋中学校剣道部の練習に参加した。上記練習には,同剣道部の副顧問であった被告Aも参加していた。
 被告Aは,休憩時間であった午前10時頃,武道館の出入口付近で涼んでいた原告に話しかけ,同人を自動車での遠乗りに誘った。原告は,これに応じ,被告Aと,午後1時頃に鹿児島県鹿屋市立図書館(以下「市立図書館」という。)において待ち合わせることを約した。
(イ)原告は,剣道の練習が終わった後,一度帰宅をし,制服から私服に着替えをした。原告の服装は,上半身にキャミソール型のチュニック及びカーディガン,下半身にデニム生地のパンツというものであった。
 原告は,待ち合わせの時間に遅れそうになったため,被告Aの所有する携帯電話機に電話を架け,待ち合わせの時間を午後1時30分に変更した。
(ウ)原告と被告Aは,午後1時30分頃,市立図書館の駐車場において落ち合った。そして,被告Aは,本件自動車の助手席に原告を乗せると,同車を運転してあすぱる大崎に向かった。
 なお,本件自動車は,進行方向右側にハンドルが設置され(以下「右ハンドル仕様」という。),オートマチック・トランスミッションが採られた普通乗用自動車(以下「AT車」という。)であった。
(エ)被告Aは,午後2時10分頃,あすぱる大崎の駐車場に本件自動車を停車させた。しかし,原告及び被告Aは,本件自動車から降車することはなかった。被告Aは,午後2時20分頃,鹿屋市内に引き返すため,本件自動車を発車させた。なお,あすぱる大崎付近の当時の天候は雨であった。
(オ)被告Aは,午後2時45分頃,それまで進行してた幹線道路から支線道路に本件自動車の進路を変更し,同道路上に本件自動車を停車させた(以下,本件自動車が停車した地点を「本件路上」という。)。なお,本件路上付近に,特別な施設,設備ないし景観は存在しない。
(カ)被告Aは,午後2時50分頃,鹿屋市内に向けて,本件自動車を再度発車させた。
 なお,原告及び被告Aは,本件路上に停車していた間,本件自動車から降車することはなかった。
(キ)原告は,午後3時過ぎ,鹿屋市内において,本件自動車を下車した。
(争いのない事実,甲第1号証,丙第1,第2号証,原告及び被告A各本人尋問の結果,弁論の全趣旨)
ウ 本件ドライブからの夏季休業期間までの経緯
(ア)原告は,平成19年6月17日に行われた大隅地区少年女子剣道選手権大会及び同月19日に行われた鹿児島県中学校総合体育大会剣道競技に出場した。また,原告は,平成19年7月7日及び8日,鹿屋中学校剣道部の男子部員の試合を応援した。なお,被告Aは,上記各試合において,鹿屋中学校剣道部を引率していた。
(原告及び被告A各本人尋問の結果)
(イ)鹿屋中学校では,平成19年7月20日に第1学期の終業式が執り行われ,同月21日から夏季休業期間(いわゆる夏休み)に入った。なお,原告は第1学期において遅刻はしておらず,欠席日数も2日間のみであった。
 原告は,平成19年7月27日から同月31日まで,鹿屋中学校で行われた剣道の昇段審査のための練習会及び同練習会の前に実施された高校受験のための勉強会に出席した。なお,被告Aも,上記練習会及び勉強会に全て参加していた。
 原告は,平成19年8月5日に実施された剣道初段審査を受審し,同審査に合格した。
(甲第4号証,原告及び被告A各本人尋問の結果,調査嘱託の結果)
(ウ)原告は,夏季休業期間中に,同級生であったC(以下「C少年」という。)から,交際してほしいとの申入れを受けた。
 その後しばらくして,原告は,C少年に対し,交際することはできないと告げて同人の申入れを断った。
(原告本人尋問の結果)
(エ)原告は,夏季休業期間の終わり頃,同級生であったDに対し,被告Aと本件ドライブに出かけた際,同被告から性的な行為をされた旨告白した。また,原告ないしDは,その後,同級生のC少年及びE(以下「E少年」という。)他4名の生徒に対し,同趣旨の話をした。
(甲第1,第21,第22号証,証人Bの証言,原告本人尋問の結果)
エ 第2学期以降の経緯
(ア)鹿屋中学校は,平成19年9月3日から第2学期に入った。
 原告は,遅くともこの頃から,刃物で左手首を傷つける行為(いわゆる「リストカット」)を繰り返すようになった。また,原告は,始業時間に遅刻しがちになり,平成19年9月10日及び11日には,鹿屋中学校に連絡をすることなく授業を欠席した。
(甲第1,第21,第22号証,証人Bの証言,原告本人尋問の結果)
(イ)C少年は,平成19年9月11日,B教諭に対し,原告が被告Aから性的な行為をされた旨告げた。
 そのため,B教諭は,平成19年9月12日,原告と面談し,無断で授業を欠席した理由を尋ねたり,悩み事の有無を確認するなどして,上記C少年の発言の真否を確認しようとした。
 その結果,原告は,B教諭に対し,被告Aと本件ドライブに出かけた際,同被告から走行中の自動車内において手を握り指を絡められ,また,太ももを触られたこと,そして,人気のない場所に停車された自動車内において,頬及び唇に口付けをされたことを告白した(以下「本件告白」という。)。
 そこで,B教諭は,平成19年9月13日,鹿屋中学校の教頭であったF(以下「F教頭」という。)に対し,原告が本件告白をしたことについて報告をした。
(甲第21号証,証人Bの証言,原告本人尋問の結果,調査嘱託の結果)
(ウ)鹿屋中学校では,平成19年9月17日,体育大会が催された。
 原告は,体育大会の終了後,同級生であったE(以下「E少年」という。)に対し,交際してほしい旨申入れた。
 これに対し,E少年は,平成19年9月下旬頃,原告に対し,交際できない旨告げて原告の申入れを断った。
(証人Gの証言,原告本人尋問の結果)
(エ)B教諭は,平成19年9月19日,原告と面談し,本件告白の内容に誤りがないかを改めて確認した。
 また,B教諭は,同僚のH教諭とともに,平成19年9月25日,原告と面談し,原告法定代理人親権者父J(以下「原告の父」という。)及び原告法定代理人親権者母K(以下「原告の母」といい,原告の父と併せて「原告の両親」という。)に対し,原告が本件告白をしたことを報告して構わないとの了承を得た。このとき,原告は,上記両教諭に対し,平成19年9月2日以降,リストカットを繰り返している旨告白した。
(甲第20,第21号証,証人Bの証言)
(オ)F教頭は,平成19年9月25日午後5時頃,被告Aに対し,原告が本件告白をしたことについて初めて報告をした。これに対し,被告Aは,本件告白の内容を肯定も否定もせず,「身辺整理をしなければならない。」と述べるにとどまった。
(証人Bの証言,被告A本人尋問の結果)
(カ)F教頭及びB教諭は,平成19年9月25日夜,被告Aに断ることなく,原告方を訪ねた。そして,F教頭は,原告の両親に対し,土下座をして「謝罪します。」と述べた。また,B教諭は,原告の両親に対し,原告が本件告白をしたことについて報告をした。
 原告Aは,後日,F教頭及びB教諭が原告方に謝罪及び報告に出向いたことを知ったが,両名に対し特段異議を述べることはなかった。
(証人Bの証言,原告法定代理人K尋問及び被告A本人尋問の各結果)
(キ)原告の両親は,平成19年9月26日,原告に対し,本件告白の内容の真否を確認した。
 これに対し,原告は,本件告白の内容に間違いはないと回答した。また,原告が本件告白をしたことが被告Aの耳に入った以上,同被告から何をされるか分からないとして,同被告に対する恐怖を訴えた。
 原告の父は,原告に対し,鹿屋中学校へ登校しなくてもよいと告げた。
 そのため,原告は,同日以降鹿屋中学校に登校しなくなった。なお,この頃の原告の体重は,平成19年4月頃の体重と比較して,約4キログラムほど減少していた。
(甲第4,第16号証,原告本人及び原告法定代理人K各尋問の結果)
(ク)他方,原告の両親は,平成19年9月26日夜,鹿屋中学校を訪ね,被告Aに対し,本件告白の内容の真否を問いただした。
 これに対し,被告Aは,本件告白の内容を明確に否定したり,弁明したりするようなことはしなかった。
(証人Bの証言,原告法定代理人K及び被告A本人各尋問の結果)
(ケ)平成19年9月27日,鹿屋中学校において教職員の緊急集会が開かれ,全教職員に対し,原告が本件告白をしたことについての報告がされた。
 一方で,被告Aは,上記集会に出席せず,また,自分が出席できない集会が開かれることについて,特段異議を述べなかった。
(被告A本人尋問の結果,弁論の全趣旨)
(コ)平成19年10月5日,鹿屋中学校生徒のPTA(親と教師の会)役員らに対し,原告が本件告白をしたことについての報告がされた。
(甲第13,第29号証,丙第20号証)
(サ)被告Aは,平成19年10月9日,鹿屋中学校教職員の朝礼において,「原告が事実と反することを述べていると断言する。」と述べて,原告に対しわいせつ行為を行っていない旨を説明をした。
(甲第13,第21号証,被告A本人尋問の結果)
(シ)原告は,平成19年10月14日,鹿屋中学校生徒の一部の保護者らが開いた集会の場で,本件ドライブの際,被告Aから口付けをされるなどの被害を受けたと訴えた。
(甲第22号証,原告本人尋問の結果,弁論の全趣旨)
(ス)平成19年10月15日夜,鹿屋中学校において,生徒の保護者を対象とした,原告と被告Aを巡る問題についての集会が開かれた。
 上記集会の参加者の中には,原告を支持する保護者がいる一方で,被告Aを支持する保護者もいた。
(甲第13,第21号証,弁論の全趣旨)
(セ)平成19年10月16日,新聞に原告と被告Aを巡る問題についての記事が掲載された。また,平成19年11月には,上記問題についてテレビ報道がされた。
(甲第13,第21号証)
(ソ)被告Aは,平成19年11月7日水曜日,鹿屋中学校から異動をした。
(被告A本人尋問の結果)
(タ)原告は,平成19年9月26日以降,同年10月2日に実施された遠足に参加した以外は,鹿屋中学校に登校していなかった。しかし,原告は,平成19年11月12日月曜日以降,再び鹿屋中学校に登校するようになった。
 なお,原告が登校しなかった上記期間は,その後,鹿屋中学校の取計らいにより,授業に出席したものとして扱われることとなった。
(争いのない事実,証人Bの証言)
(チ)原告は,平成20年3月,鹿屋中学校を卒業し,同年4月,鹿児島県霧島市所在の私立鹿児島第一高等学校に進学した。なお,原告は,平成19年4月に実施された進路希望調査では,鹿児島県立鹿屋高等学校への進学を希望していた。
 原告は,平成20年4月以降,鹿児島県霧島市に転居し,鹿児島第一高等学校に通学していたが,その後,同高等学校から他の定時制の高等学校へと転入した。
(甲第4,第20号証,証人Bの証言,原告本人尋問の結果,弁論の全趣旨)
(ツ)原告は,被告Aを,強制わいせつないし強制わいせつ致傷の被疑事実で告訴した。
 しかし,鹿児島地方検察庁検察官は,平成21年2月18日,被告Aを不起訴処分とした。
 原告は,これを不服として,鹿児島検察審査会に,上記不起訴処分の当否の審査を申し立てた。
 これに対し,鹿児島検察審査会は,平成21年9月16日,上記不起訴処分は不当である旨の議決をした。
(甲第15号証,弁論の全趣旨)
オ 原告の入通院状況
(ア)原告は,平成19年9月28日,中学校へ登校できなくなったこと,入眠困難等を主訴として,原告の母に付き添われて鹿児島県鹿屋市所在の桜ヶ丘病院を受診し,同年12月15日までのうちの6日間,同病院に通院して治療を受けた。一方で,原告は,平成19年12月15日をもって桜ヶ丘病院への通院を自発的に取りやめ,以降,同病院に通院して治療を受けることはなかった。
 桜ヶ丘病院のL医師(以下「L医師」という。)は,原告の母への聴取り及び原告に対する検査等の結果を踏まえて,原告の症状について,不安や恐怖感に起因する精神神経症,詳言すれば被告Aのセクシャルハラスメント行為に起因する心的外傷後ストレス障害であると診断した。
 原告は,桜ヶ丘病院において,上記診療報酬として7750円,診断書等の文書料としてを6580円をそれぞれ支払った。
(甲第6,第16号証,第23号証の1ないし9,証人Lの証言)
(イ)原告は,平成19年11月20日,沖縄県宜野湾市所在のさよウィメンズ・メンタルクリニックを受診した。
 さよウィメンズ・メンタルクリニックのM医師(以下「M医師」という。)は,原告の症状について,被告Aからの性被害に起因する心的外傷後ストレス障害であると診断した。
 原告は,さよウィメンズ・メンタルクリニックにおいて,上記診療報酬として3150円を支払った。
(甲第10,第24号証)
(ウ)原告は,平成21年3月4日,登校が困難であることや不眠を主訴として鹿児島県姶良市所在の鹿児島心理オフィスを受診し,同月5日から同年6月20日までのうちの4日間,カウンセリングを受けた。
 鹿児島心理オフィスのN臨床心理士(以下「N臨床心理士」という。)は,原告の症状について,心的外傷後ストレス障害の症状が継続していると判断した。
 なお,原告は,N診療心理士に対し,被告Aに対する恐怖心を訴えるほか,教師やPTAが原告の支援者と被告Aの支援者に2分されてしまったこと,友人たちと付き合いにくくなったこと,地元の高校に進学することができなくなったこと等が辛い旨述べた。
 原告は,鹿児島心理オフィスにおいて,上記カウンセリング費用として3万円を支払った。
(甲第25号証の1ないし5,第30号証)
(エ)原告は,平成21年7月27日から同年9月28日までのうちの6日間,鹿児島県鹿屋市所在の西原保養院に通院し,治療を受けた。
 また,原告は,平成21年10月2日から同年29日までの28日間,鹿児島市所在の三州病院に入院し,治療を受けた。
 その後,原告は,平成21年11月9日から平成22年11月29日までのうちの20日間,再び西原保養院に通院し,治療を受けた。
 原告は,西原保養院において,上記診療報酬として2万3940円を支払った。
 また,原告は,三州病院において,上記診療報酬として14万0880円を支払った。
(甲第26号証の1ないし15,甲第27号証)
(2)原告供述の信用性について
 被告Aからわいせつ行為を受けたとの原告主張事実の有無を判断するため,原告本人尋問における供述の信用性について検討する。
ア 原告が主張し,またその本人尋問において供述する被告Aのわいせつ行為の要旨は,被告Aが,本件自動車を運転しながら,左手で原告の右手を握り,また,右太ももを触った,そして,本件路上に停車した本件自動車内において,覆い被さるように原告を抱き寄せ,原告の左頬と唇に口付けをしたというものである。
 前記(1)で認定した事実によれば,原告は,平成19年8月末ないし9月初旬頃,複数の同級生に対し被告Aから性的な行為をされた旨告白したのを端緒として,同月11日にはB教諭に対し上記主張内容とほぼ同一の告白(本件告白)をし,以降ほぼ一貫して同趣旨の説明をしてきている。原告の供述が変遷したとの証拠はない。
 また,前記(1)で認定した事実によれば,被告Aは,原告を本件自動車に乗車させて鹿屋市内に向けて走行中,それまで走行していた幹線道路から支線道路へと進路を変更し,本件路上に本件自動車を5分間程停車させている。しかし,原告及び被告Aは,その間本件自動車から下車しておらず,周囲に特別な施設,景観等が存在したとか,飲食や地図の確認をしようとしたなどの被告Aが原告に対するわいせつ行為以外の理由で本件自動車を本件路上に停車させたことを窺わせる事情もない。このような事実経緯に照らせば,被告Aが幹線道路から離れた路上に本件自動車を短時間停車させた事実から,被告Aが,原告に対し何らかの性的な行為を行うことを企図して本件自動車を本件路上に停車させ,原告に口付け等の行為を行ったと推認することは,不合理なものであるとはいえない。
 そして,上記推認を前提とすれば,被告Aが,口付け等の行為に先立ち,走行中の本件自動車内において原告の太ももを触る等の行為を行ったと考えることも,相応の説得力を有する上,本件自動車が右ハンドル仕様のAT車であること,原告が本件自動車の助手席に座っていたこと等の事情によれば,被告Aが右手で自動車を運転しながら左手で原告の右手を握ったり右太ももを触ったりすることは,容易かつ自然に実行可能であるから,原告の供述内容について前記(1)で認定した事実に矛盾し,又は不自然な点は認められない。
 そうすると,原告供述は,一貫性を有し,かつ,前記(1)で認定した事実に合理的に整合するものといえるから,その信用性は高いというべきである。
イ 他方,被告Aは,原告の上記供述を全て否定する旨の供述をし,また,本件自動車を本件路上に停車させた理由について,あすぱる大崎を出発後眠っていた原告が目を覚まし,被告Aともう少し話をしたそうな素振りをみせたからであると供述する。
 しかしながら,被告Aの上記供述によっても,原告が被告Aに対しもう少し話をしたい旨明確に伝えたとは認められないこと,それにもかかわらず,被告Aが本件自動車を本件路上に停車して話をすることについて原告に対し確認をした事実が窺われないこと,さらに,約1時間半に及ぶ本件ドライブにおいて,話をするためあえて本件自動車を停車させたにしては,停車時間が5分間と極めて短いこと等の事情に照らせば,本件自動車を停車させた理由に関する被告Aの供述は,多分に不自然なものである。
 また,前記(1)で認定した事実によれば,被告Aは,平成19年9月25日に,原告が本件告白をしたことを知ったにもかかわらず,「身辺整理をしなければならない。」などと本件告白の内容を肯定したとも採れる言動をし,その後同年10月5日に至るまで,鹿屋中学校の教職員や原告の両親に対し,原告の告白内容を明確に否定しなかったことが認められる。
 このような,供述内容の不自然性や,被告Aの当初の供述態度等を考慮すれば,被告A本人尋問中の上記供述の信用性は低いものといわざるを得ない。したがって,被告A本人尋問中の上記供述は,原告本人尋問における前記アの供述の信用性を揺るがせるものではない。
ウ また,被告Aは,原告本人尋問における本件ドライブに関する供述について,以下の主張をしてその信用性を争っているが,いずれの主張も下記のとおり理由がない。
(ア)被告Aは,本件ドライブの日時(平成19年6月16日)と被告Aのわいせつ行為が原因とされる原告のリストカットの開始時期,登校できなくなった時期,そして心療内科への通院を開始した時期(いずれも平成19年9月)との間が不自然に開いていることや、原告が本件ドライブ後も剣道部の練習に参加するなどして従前と変わることなく被告Aと顔を合わせていたことからすれば,本件ドライブの際に被告Aからわいせつ行為を受けたとの原告本人尋問における供述は不自然であって信用できないと主張する。
 そのうえで,被告Aは,原告が本件ドライブに関し虚偽の供述をした理由について,C少年に対して交際の申込みを断るとともに,原告が好意を持っていたE少年の気を引くためであったと主張する。 
 しかしながら,原告は本件ドライブの遅くとも約2か月半後にリストカットを開始しているが,かかる期間は心理的ストレスから自傷行為に至る期間として不自然とまではいえない。
 また,前記(1)で認定した事実によれば,原告と被告Aを巡る問題が公になったことが原告が平成19年9月26日以降登校しなくなった原因だと考えられること,本件告白についての報告を受けた原告の父が平成19年9月26日原告に対し鹿屋中学校に登校しなくともよいと告げていることからすれば,原告が同日以降鹿屋中学校に登校しなくなったこと(すなわち,同日までは登校していたこと)も不自然とはいえない。なお,原告が登校しなくなった直接の原因が,原告と被告Aを巡る問題が公になったことにあるとしても,それによって,被告Aからわいせつ行為を受けたとの原告本人尋問における供述の信用性が直ちに減殺されるとはいえない。
 加えて,原告が心療内科に通院を始めたのは,原告の両親が本件告白についての報告を受けた後であること,中学生が両親の助力なく医療機関を利用することは一般的に困難であること等の事情に鑑みれば,原告が心療内科に通院を開始した時期を不自然ということもできない。
 そして,原告が本件ドライブ後も被告Aに対し従前と変わらない態度を採ったことも,生徒と校長ないし所属する部活動の副顧問という原告と被告Aとの関係や,事実の発覚を恐れるわいせつ行為の被害者の一般的な行為態様等を斟酌すれば,不自然とはいい難い。
 一方で,交際の申込みを受けた中学生がそれを断る口実として,校長から性的な行為を受けたとの虚偽の告白をすることは,あまりに大げさに過ぎて通常では考え難く,また,好意を持っている少年の気を引くためのものとしても合理的なものとはいい難い。
 加えて,原告がC少年の交際の申込みを断るとともにE少年の気を引くために虚偽の供述をしたことを直接裏付ける証拠も無いことからすれば,被告Aの主張を採用することはできない。
(イ)また,被告Aは,原告が,その本人尋問において,平成19年4月頃被告Aの指示でほぼ毎昼休み校長室を訪れており,その際被告Aから手を握られたり抱きつかれたりされたなどと供述している点について,同供述は虚偽であるとした上で,原告の上記供述と本件ドライブに関する供述は被告Aからの性的被害という点で密接に関連するから,本件ドライブに関する供述もまた虚偽であると主張する。
 そして,被告Aは,校長室に関する原告の供述が虚偽であることの理由として,校長室にある2か所の出入口が会議時等を除き常に開放されており,被告Aが校長室内で原告に対し手を握ったり抱きついたりすることが事実上不可能であったことや,校長室を度々訪れていた鹿屋中学校PTA会長P(以下「P会長」という。)が原告を校長室で見かけたことがないと証言していること等の事情を指摘する。
 しかしながら,校長室の扉が当時常に開放されていたか否かを認定することは証拠上困難である。また,証拠(証人Pの証言及び同人の手帳である丙第22号証)を全面的に信用したとしても,P会長が昼休みに校長室を訪れたことが明らかなのは,平成19年4月中,11日,12日,13日,16日,20日及び23日の6日であり,昼休み時間中(午後1時15分から午後2時まで)終始校長室に留まっていたのはそのうち3日間にすぎない。そうすると,P会長が校長室において原告と出会わなかったとしても,そのことが不自然とまではいえない。
 したがって,原告本人尋問における上記供述を直ちに虚偽とまでいうことはできないから,被告Aの主張はその前提を欠き失当である。
(3)被告Aの不法行為について
 前記(1)で認定した事実及び原告本人尋問の結果によれば,以下の事実を認めることができる。
 すなわち,被告Aは,本件ドライブの際,走行中の本件自動車内において,同車を右手で運転しながら,左手で助手席に座った原告の右手を指を絡めるように握り,また,原告の右太ももをデニム生地のパンツの上から触った。そして,原告に対し,「彼氏は作らなくていいぞ。」「かわいいなあ。」「嫁にしたいなあ。」などの言葉をかけた。
 さらに,被告Aは,本件路上に停車中の本件自動車内において,自己のシートベルトを外すと,助手席に座っていた原告の両肩を掴んで原告に覆いかぶさり,右向きに顔を反らした原告の左頬に口付けをし,次いで,原告の唇に口付けをした(以下,上記一連の行為を「本件わいせつ行為」という。)。
 被告Aがした本件わいせつ行為は,原告に対する不法行為に該当する。
2 争点(2)(原告に生じた損害の額)について
 被告Aの前記1(3)の不法行為により原告に後記(1)ないし(3)の合計67万4330円の損害が生じたことになる。
(1)治療費(1万4330円)
ア 桜ヶ丘病院(1万4330円)
 原告は,桜ヶ丘病院において精神神経症心的外傷後ストレス障害)と診断され,約2か月半にわたり6回の治療を受けている。また,証拠(甲第16号証,証人Lの証言)によれば,桜ヶ丘病院において行われた心理面接等を通じて,原告の精神状態が一定程度改善したと認められる。
 以上のような桜ヶ丘病院における診療の期間,経過及び結果を総合考慮すれば,原告が同病院に支払った診療報酬7750円及び文書料6580円(合計1万4330円)は,本件わいせつ行為と相当因果関係のある損害というべきである。
イ さよウィメンズ・メンタルクリニック(0円)
 原告は,さよウィメンズ・メンタルクリニックを1度受診したのみであり,同病院において継続的な治療を受けていない。また,上記クリニックが沖縄県に所在しているが,原告が沖縄県にある同クリニックを受診する必要性や相当性については何ら立証されていない。
 したがって,原告が同病院に支払った記診療報酬3150円を本件わいせつ行為と相当因果関係のある損害として認めることはできないというべきである。
ウ 鹿児島心理オフィス(0円)
 原告は,鹿児島心理オフィスを受診し,その後4回にわたってカウンセリングを受けている。しかしながら,鹿児島心理オフィスへの通院は,本件不法行為から約1年9か月後,直近の通院から約1年3か月後のことである。このような期間の経過等を考慮すると,原告が鹿児島心理オフィスに支払った3万円を本件わいせつ行為と相当因果関係のある損害として認めることはできないというべきである。
エ 西原保養院及び三州病院(0円)
 原告が西原保養院及び三州病院を受診した理由や,原告が両病院において受けた治療の具体的な内容等は,証拠上明らかではない。したがって,原告が西原保養院及び三州病院に支払った診療報酬合計16万4820円を本件わいせつ行為と相当因果関係のある損害として認めることはできないというべきである。
(2)慰謝料(60万円)
 前記1(3)で判示した本件わいせつ行為の態様に加え,本件わいせつ行為が中学校長という立場を利用して中学3年生である原告に対しされたものであること,そして,本件わいせつ行為の結果,原告が心的外傷後ストレス障害と診断を受ける程の強い精神的苦痛を被ったこと等の事情を斟酌すれば,原告が本件わいせつ行為によって受けた精神的苦痛に対する慰謝料は60万円が相当である。
 なお,前記1(1)で認定した事実によれば,本件わいせつ行為の有無を巡り,鹿屋中学校で教職員及び保護者を二分する争いが生じたことや,新聞及びテレビ等のマスメディアが報道を行った事実が認められる。また,甲第13号証及び弁論の全趣旨によれば,上記紛争に伴い,原告に対するいわれなき誹謗中傷がされたこと等の事実も窺われ,こうした事態の拡大によって原告が被った精神的苦痛は多大であると認められる。しかしながら,上記事態の拡大には,鹿屋中学校の教職員及び生徒の保護者の行動等が多分に寄与したと考えられるため,この点を慰謝料額の算定に際し過大に斟酌することはできない。
(3)弁護士費用(6万円)
 原告が弁護士である原告訴訟代理人に対し本件訴訟の提訴及び遂行を委任したことは,当裁判所に顕著である。そこで,本件訴訟の内容などを勘案すれば,原告が原告訴訟代理人に支払う着手金及び報酬のうち6万円の範囲内で本件わいせつ行為と因果関係のある損害と認めるのが相当である。
3 争点(3)(被告Aの損害賠償責任の有無)について
 前記1(1)及び(3)並びに第2の2で判示した事実によれば,被告Aは,公共団体たる被告鹿屋市の公権力の行使に当る公務員として,客観的に職務執行の外形をそなえる行為として,原告を本件ドライブに同行させ,原告に対し本件わいせつ行為を行っていると認められる。
 ところで,公権力の行使に当たる国又は公共団体の公務員が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には,国又は公共団体が国家賠償法1条1項に基づきその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって,公務員個人はその責を負わないものと解すべきである(最高裁昭和28年(オ)第625号昭和30年4月19日第三小法廷判決・民集9巻5号534頁,最高裁昭和49年(オ)第419号昭和53年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁参照)。
 したがって,本件わいせつ行為によって原告に生じた損害については,被告鹿屋市国家賠償法1条1項に基づき賠償の責めに任ずるのであって,被告Aはその責任を負わないというべきである。
第4 結語
 以上によれば,原告が被告鹿屋市に対し国家賠償法1条1項に基づき,また,被告Aに対し民法709条,710条に基づき損害賠償金1671万2300円及びこれに対する不法行為の日である平成19年6月16日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める本訴各請求は,被告鹿屋市に対し損害賠償金67万4330円及びこれに対する平成19年6月16日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから,これを認容し,被告鹿屋市に対するその余の請求及び被告Aに対する請求は理由がないから,これらをいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
鹿児島地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官 牧賢二 裁判官 和波宏典 裁判官 松原平学

(別紙)当事者目録
原告 Q
法定代理人親権者父 J
法定代理人親権者母 K
同訴訟代理人弁護士 増田博 小堀清直 中村優文 森雅美 蓑毛まりえ 大毛裕貴 山口政幸 岩井作太 野平康博 白鳥努
同訴訟復代理人弁護士 森本祥子
被告 鹿屋市
同代表者市長 R
同訴訟代理人弁護士 井上順夫 泉武臣
被告 A
同訴訟代理人弁護士 松下良成