児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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雇傭契約の締結に際し提出した履歴書の賞罰欄に前科を秘匿して記載せず、その他経歴詐称があったことを理由とする普通解雇が権利の濫用にあたり無効とされた事例(仙台地裁S60.9.19)

仙台地方裁判所判決昭和60年9月19日
労働関係民事裁判例集36巻4〜5号573頁
判例タイムズ569号51頁
判例時報1169号34頁
労働判例459号40頁
ジュリスト901号107頁
3 被告主張の解雇事由の評価
 前記のとおり、被告主張の解雇事由については、そのうちの前科、前歴の秘匿、学歴、職歴の詐称及びeの雇用継続の判断に影響を与えたことの三点を認めることができるから、次に、これらの事由が原告を解雇するに足りるまでの合理性、相当性を有していたか否かについて検討する。
(一) 前科、前歴の秘匿
 原告の秘匿した前科は昭和三七年月日(但し、判決言渡日、判決確定日、刑の執行終了日などのうちいずれであるかは判然としない。)の恐喝罪による懲役六月を最終とし、原告本人尋問の結果(第一回)及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和四一年以降は罰金以上の刑に処せられたことがないと認められるから、本件雇用契約の締結時においては原告の前科はすべて刑の消滅(刑法三四条の二)をきたしていたと推認できるところ、原告はこのように既に刑の消滅している前科を秘匿したこと自体を理由に労働者を解雇することはできない旨主張する。
 そこで、この点について検討してみると、使用者が雇用契約を締結するにあたつて相手方たる労働者の労働力を的確に把握したいと願うことは、雇用契約が労働力の提供に対する賃金の支払という有償双務関係を継続的に形成するものであることからすれば、当然の要求ともいえ、遺漏のない雇用契約の締結を期する使用者から学歴、職歴、犯罪歴等その労働力の評価に客額的に見て影響を与える事項につき告知を求められた労働者は原則としてこれに正確に応答すべき信義則上の義務を負担していると考えられ、したがつて、使用者から右のような労働力を評価する資料を獲得するための手段として履歴書の提出を求められた労働者は、当然これに真実を記載すべき信義則上の義務を負うものであつて、その履歴書中に「賞罰」に関する記載欄がある限り、同欄に自己の前科を正確に記載しなければならないものというべきである(なお、履歴書の賞罰欄にいう「罰」とは一般に確定した有罪判決(いわゆる「前科」)を意味するから、使用者から格別の言及がない限り同欄に起訴猶予事案等の犯罪歴(いわわゆる「前歴」)まで記載すべき義務はないと解される。)。そして、刑の消滅制度が、犯罪者の更生と犯罪者自身の更生意欲を助長するとの刑事政策的な見地から一定の要件のもとに刑の言渡しの効力を将来に向かつて失効させ、これにより犯罪者に前科のない者と同様の待遇を与えることを法律上保障しているとはいえ、同制度は、犯罪者の受刑という既往の事実そのものを消滅させるものではないし、またその法的保障も対国家に関するもので直接私人間を規律するものではないことからみても、同制度の存在が、当然には使用者に対し、前科の消滅した者については前科のない者と同一に扱わなければならないとの拘束を課すことになるものでないことはいうまでもない。
 しかしながら、犯罪者の更生にとつて労働の機会の確保が何をおいてもの課題であるのは今更いうまでもないところであつて、既に刑の消滅した前科について使用者があれこれ詮策し、これを理由に労働の場の提供を拒絶するような取扱いを一般に是認するとすれば、それは更生を目指す労働者にとつて過酷な桎梏となり、結果において、刑の消滅制度の実効性を著しく減殺させ同制度の指向する政策目標に沿わない事態を招来させることも明らかである。したがつて、このような刑の消滅制度の存在を前提に、同制度の趣旨を斟酌したうえで前科の秘匿に関する労使双方の利益の調節を図るとすれば、職種あるいは雇用契約の内容等から照らすと、既に刑の消滅した前科といえどもその存在が労働力の評価に重大な影響を及ぼさざるをえないといつた特段の事情のない限りは、労働者は使用者に対し既に刑の消滅をきたしている前科まで告知すべき信義則上の義務を負担するものではないと解するのが相当であり、使用者もこのような場合において、消滅した前科の不告知自体を理由に労働者を解雇することはできないというべきである。