児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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最決H22.3.16の解説(判タ 1324号92頁)

 この事件の弁護人は、札幌高判の存在にはよく気づいたと思います
 最決H21.10.21が破棄せずに半端な結果になったので、こういう論点まで出てきたということです。

[解説]
 1 本件は,被告人が,被告人方に住まわせていた被害児童に対する傷害罪,被害児童に淫行をさせたという児童淫行罪,その姿態を撮影した画像により児童ポルノを製造した児童ポルノ製造罪という事案である。
 1審においては事実関係に争いがなく,1審判決は被告人を懲役3年6月に処した。被告人は,量刑不当を理由に控訴したが,控訴審判決はこれを排斥し,控訴を棄却した。これに対して,被告人が上告し,上告趣意において,本件の控訴審判決は,児童淫行罪と児童ポルノ製造罪とを併合罪の関係にあると判示しているところ,児童淫行罪と児童ポルノ製造罪との罪数関係については,控訴審判決時には,これが観念的競合の関係に立つとする札幌高判平19.3.8高刑速(平19)3頁があり,本件の控訴審判決が上記札幌高裁の判決と相反する判断をしたとする判例違反の主張をした。しかし,本件の控訴審判決後,上記札幌高裁判決の上告審である最一小決平21.10.21刑集63巻8号1070頁は,上記の罪数関係は併合罪である旨の職権判示をし,札幌高裁判決を破棄こそしなかったものの,その罪数判断を否定し,札幌高裁判決は判例性を失った。
 このように,本件の控訴審判決後ではあるが,引用された高裁判決の判示部分が自身の上告審で否定された場合,当該引用判例は刑訴法405条3号にいう「判例」に当たるのか否かが問題とされたものである。
 そして,本決定は,「上告趣意のうち,判例違反をいう点は,所論引用の札幌高等裁判所の判決は,当裁判所の決定(平成19年(あ)第619号同21年10月21日第一小法廷決定・刑集63巻8号1070頁)によりその罪数判断が否定されているから,刑訴法405条3号にいう判例に当たら」ない旨職権で判示し,上告を棄却した。
 2 まず,刑訴法405条の判例違反の基準時の考え方については,基本的には原判決時説と上告審裁判時説とが対立している。両説の違いをみると,本件のような場合,原判決時には,最高裁決定はなく札幌高裁判決が存在するわけであるから,原判決時説では,基本的に同判決は刑訴法405条3号の「判例」に該当することになる。これに対し,上告審裁判時説では,その後最高裁判例によって札幌高裁判決の判断が否定され上告審の裁判時には判例性を失っているから,刑訴法405条3号の「判例」には当たらないということになる。
 この点につき,最大判昭30.12.21刑集9巻14号2912頁,判タ57号40頁は,控訴審判決時に既に存在する高裁判例に違反すると主張したが控訴審判決後にされた別事件の最高裁判例により当該高裁判例が変更された場合に関し,原判決時説こそ明示しなかったものの,判決理由中において「刑訴410条2項の趣旨に従い,原判決を維持する」と判示しており,基本的に原判決時説を採用したものと解されている。そうすると,一見,札幌高裁判決は,刑訴法405条3号の「判例」に該当するようにも解されるが,上記最大判は,確定した高裁判例が,別事件の最高裁判例によって変更された場合についてのものであり,未確定の高裁判例が,その上告審において異なる法律判断が示され否定された場合とは場面を異にしていて,そのような場合まで射程とはしていない。
 むしろ,この点については,未確定の判例における判例性は不安定かつ脆弱なものであるから,確定した判例の場合と全く同様に扱う必要はなく,最高裁の法令解釈を統一するという目的からしても,刑訴法405条3号にいう「判例」といえるためには,原判決時に判例が存在することに加え,高裁判例の判断部分がその上告審において否定されていないことが必要であり,当該判断が否定された場合は,将来に向かって適法な上告理由は消滅したものとして,もはや刑訴法405条3号の「判例」に当たらないと考えることが相当なように思われる。実質的にみても,最高裁判例により,既に高裁判例の判示部分が明示的に否定されて判例性を失っているのに,わざわざそれを原判決時における有効な判例として取り扱うことに合理性があるとも思われない。なお,原判決時に存在する高裁判決に違反すると主張したが原判決後に当該高裁判決が上告審において破棄された場合は同判決は刑訴法405条3号の「判例」に当たらないと判示した最一小決昭51.9.14刑集30巻8号1611頁,判タ341号302頁があるが,その理由は,高裁判決自体が破棄されて判決そのものの言渡しがなかったことになることから,刑訴法405条3号の「判例」に当たらないとされたものと説明されている。
 本決定は,以上のような考えのもと,先にみたような判示をしたものと推察される。
 3 本決定は,刑訴法405条3号の「判例」の意義に関し,新たな判断を付け加えるものであり,上告趣意において判例違反の主張をするに際し参考となると思われるので紹介する。