児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

結果として不起訴になった青少年条例違反事件の実名報道

 児童ポルノ・児童買春の場合は被害児童を推知できる報道は禁止されていて、福祉犯一般にも当てはまると思うんですが、そういう主張はあったんでしょうか?

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100608-00000583-san-soci
 判決によると、教諭は07年3月に県青少年保護育成条例違反(淫行)容疑で逮捕されたが、那覇地検は同11月、起訴猶予とした。

 教諭側は、実名にした報道機関のうち地元民放3社とNHKも併せて訴えたが、審理は分離され一、二審判決で教諭側は敗訴。昨年2月に最高裁が上告を退ける決定をし、確定している。

児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律
第13条(記事等の掲載等の禁止)
第四条から第八条までの罪に係る事件に係る児童については、その氏名、年齢、職業、就学する学校の名称、住居、容貌等により当該児童が当該事件に係る者であることを推知することができるような記事若しくは写真又は放送番組を、新聞紙その他の出版物に掲載し、又は放送してはならない。

森山野田「よくわかる改正児童買春ポルノ法」P117
本条は、この法律で処罰される罪に係る事件に関係のある児童については、その氏名等により当該児童が当該事件に関係のある者であることを推知することができるような記事若しくは写真又は放送番組を、新聞紙その他の出版物に掲載し、又は放送してはならないとしています。
この趣旨は、児童買春等の犯罪の対象となった児童について、その氏名等が公表され、当該児童がだれであったかが広く知られることになると、心身に有害な影響を受けた児童に引き続き精神的な悪影響を及ぼすことになりますので、このような児童について、当該事件に関係のある者であることを推知することができるような事項等の出版物への掲載等を禁止することにより、その権利を擁護しようとするものです。
(l)「第四条から第八条までの罪に係る事件に係る児童」とは、この法律で処罰される犯罪事件に関係する児童のことをいいます。具体例としては、児童買春において性交等の相手方とされた児童、児童ポルノの被写体とされた児童、児童買春等の目的で売買された児童等が挙げられます。
(2)本条は、児童が当該事件に関係のある者であることを推知することができるような記事等の掲載等を禁止する趣旨ですから、氏名、年齢、職業、就学する学校の名称、住居、容貌等は例示であるとともに、これらの事項であっても児童が当該事件に関係のある者であることを推知することができないものなら、記事等の掲載等は禁止されません。例えば、「12歳の少年を撮影して児童ポルノを製造した業者が逮捕された」とか「16歳の少女を相手方として児童買春をした男が逮捕された」という記事は、被害者である児童の年齢を記載していますが、これだけの記事では、一般的にはある児童が当該事件に関係のある着であることを推知することはできませんので、本条に違反するとは考えられません。しかし、氏名は記載しなくとも住所、学校名、年齢等で児童が特定できるような記事等は、本条に違反するものです。
(3)本条に違反した場合でも、罰則はありません。これは、報道の自由を考慮したものですが、報道機関の良識ある対応が期待されます。


対報道機関の判決は公表されています。

福岡高裁那覇支部平成20年10月28日
判時 2035号48頁
山田健太・月刊民放 39巻2号30頁

控訴人  X 
同訴訟代理人弁護士  大田朝章 
控訴人  琉球放送株式会社 
同代表者代表取締役  A〈他1名〉 
上記両名訴訟代理人弁護士  竹下勇夫 
   玉城辰彦 
   平良卓也 
控訴人  沖縄テレビ放送株式会社 
同代表者代表取締役  B 
同訴訟代理人弁護士  阿波連本伸 
   赤嶺真也 
控訴人  日本放送協会 
同代表者会長  C 
同訴訟代理人弁護士  梅田康宏 
   津浦正樹 

主文
 一 本件控訴を棄却する。
 二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由

第一 控訴の趣旨
 一 原判決中、控訴人の被控訴人らに対する、連帯して五〇〇万円及びこれに対する平成一九年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払請求を棄却した部分を取り消す。
 二 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して五〇〇万円及びこれに対する平成一九年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
 三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
第二 審理の経過等
 一 沖縄県の中学校教員であった控訴人は、同人が少女(当時一五歳)とみだらな行為をしたとして沖縄県青少年保護育成条例違反被疑事件により逮捕されたことについて、報道機関(テレビ局)である被控訴人らが実名報道をしたことによって名誉を毀損され、教員としての職を辞任することを余儀なくされたと主張して、被控訴人らに対し、民法七〇九条、七一九条に基づき、連帯して損害金四六三五万二一一八円及びこれに対する不法行為の日である平成一九年三月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
 二 原判決は、被控訴人らが実名報道をしたことは、控訴人の社会的評価を低下させるものであり、その名誉を毀損する行為に該当するが、社会的に許容されるものであるから違法性を欠き、また、被控訴人らの本件各報道は、公共の利害に関する事実に係り、かつ、専ら公益を図る目的で行われたものであって、被控訴人らにおいて本件被疑事実が真実であると信ずるについて相当の理由があるから故意又は過失が否定されるとして、不法行為の成立を認めず、控訴人の請求を棄却した。
 三 控訴人は、原判決に対する不服の範囲を五〇〇万円及び遅延損害金の支払を求める範囲に限定して控訴した。
第三 事案の概要
 事案の概要は、原判決一三頁一三行目文末に、「ただし、被控訴人らは、控訴人が起訴猶予処分とされたことについて報道していない。」と加入するほかは、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 当裁判所の判断
 一 本件各報道が控訴人に対する名誉毀損に当たるかについて
 当裁判所は、被控訴人らによる本件各報道は、控訴人の社会的評価を低下させるものであり、その名誉を毀損するものであると判断する。その理由は、原判決「事実及び理由」の「第三 判断」の一項(1)に記載のとおりであるから、これを引用する(なお、原判決中、被控訴人らが実名報道をしたことの違法性について説示する部分は、後記のとおり、プライバシー侵害による不法行為の成否の問題としてとらえるべきであり、名誉毀損に当たるか否かとは直接に関係するものではない。)。
 二 本件各報道について責任阻却事由があるかについて
 当裁判所は、本件被疑事実は公共の利害に関する事実に係り、本件各報道はその目的が専ら公益を図ることにあって、被控訴人らが本件被疑事実を真実と信ずるについて相当の理由があるから、被控訴人らには故意又は過失がなく、不法行為は成立しないと判断する。その理由は、原判決「事実及び理由」の「第三 判断」の二項に記載のとおりであるから、これを引用する。
 三 実名報道控訴人のプライバシーを侵害するものかについて
  (1) 上記のように、事実の公共性、報道目的の公益性、報道内容の真実性ないし真実であると信ずるについての相当性が証明されたことにより免責となる名誉毀損とは別個の問題として、人には、たといそれが真実であったとしても、他人に知られたくない私生活上の事実又は情報をみだりに公表されないという利益(いわゆるプライバシーの権利)があり、その法的保護が問題となる(最高裁平成一五年三月一四日第二小法廷判決・民集五七巻三号二二九頁参照)。そして、逮捕されたという事実は人の社会的評価に直接かかわる私生活上の情報であるから、これを実名をもってみだりに公表されないことは、プライバシーの一環として法的保護を受けるものであり、逮捕された事実を正当な理由なく実名で報道されないという利益は、不法行為法による保護の対象となると解される。したがって、本来、本件においては、実名報道がされた結果としての名誉毀損による不法行為の成否を問題とする前に、そもそも実名報道自体が控訴人のプライバシーの侵害として不法行為に当たらないかどうかを検討する必要があったと考えられる。
 この点、控訴人の主張は、本件各報道によって名誉を毀損されたというものであるが、控訴人が実名で報道された点を特に問題としていることからすれば、控訴人は、本件各報道による不法行為として、実名をみだりに報道されないというプライバシーの侵害をも併せて主張しており、被控訴人らは、この控訴人の主張を争っているものと解される(原判決も、名誉毀損の違法性という観点からではあるが、実名報道の許否について、以下と実質的に同趣旨の利益衡量を行っている。)。そこで、当事者双方による主張・立証の機会を改めて設けることなく、以下、名誉毀損による不法行為の成否とは別個に、プライバシーの侵害による不法行為の成否について判断を加えることとする。
  (2) 以上のとおり、控訴人が逮捕された事実についてみだりに実名を公表されないことは、プライバシーとして法的保護を受けると解されるところ、本件各報道は、控訴人の承諾なしに控訴人の実名を報道しているから、プライバシーの侵害に該当するものである。そして、プライバシーの侵害によって不法行為が成立するか否かについては、実名を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為が成立するものと解される(最高裁平成六年二月八日第三小法廷判決・民集四八巻二号一四九頁参照)。そこで、次に、実名を公表されない法的利益(公表されることによる不利益)とこれを公表する理由のそれぞれについて、検討をする。
 まず、実名を公表されない法的利益に関しては、① 控訴人は、病気のため休職中ではあったものの、中学校教員として社会生活を営んでいたこと、② 本件各報道は、沖縄県全域を対象に行われていること、③ 本件各報道は、一般の視聴者に対し、控訴人が逮捕されたということにとどまらず、控訴人が本件被疑事実である本件条例違反の罪を犯したとの印象を与えかねないものであること、④ したがって、逮捕された事実が実名で報道された場合には、控訴人が、事後的にその名誉を回復することは、実際上、極めて困難であること、⑤ 実名報道がされた場合には、その影響が本件被疑事実とは無関係な控訴人の家族らの生活にも及ぶこと、などの点を考慮する必要がある。そして、これらの事情から判断する限り、控訴人は、本件被疑事実により逮捕されたことが実名で報道されると、職場への復帰が事実上困難になるなど、社会生活上、重大な影響を被ることになるから、実名報道より、匿名報道の方が相当であるといえる。
 これに対し、実名を公表する理由に関しては、① 刑事事件については、手続を密室化しないという社会的要請があること(刑事事件については、非公開を原則とする少年事件に関する少年法六一条のような規定は設けられておらず、同規定の反対解釈からしても、一定の範囲で実名による報道が許容されているといえる。)、② 控訴人は中学校教員であるところ、学校教育及び教員に関しては、教育基本法において、「法律に定める学校は、公の性質を有するものであって」(六条一項)、「法律に定める学校の教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない」(九条一項)、「教員については、その使命と職責の重要性にかんがみ、その身分は尊重され、待遇の適正が期せられるとともに、養成と研修の充実が図られなければならない」(同条二項)と規定されていて、教員は、青少年を教育指導する立場にある者として、その身分が尊重されること等の反面、一般の公務員より一層高い倫理性が要求されており、これを保持すべき責務を負っていること、③ このような教員としての特殊性からすれば、中学校教員が女子中学生とみだらな行為をしたということ(本件条例違反)は、仮にこれが事実であるとすれば、ある意味で、最も教員としての責務に反する行為であるとの評価も成り立ち得る性質の犯罪であること、④ 本件被疑事実により教員が逮捕されたということは、公共の利害に関する事実に係るものであって、一般に社会的な関心が高い事実であること、⑤ 報道機関は、公共の利害に関する事実については、国民の知る権利にこたえるためにも、これを正確に報道することが求められているところ、報道の正確性・客観性を期するためには、匿名報道ではなく、被疑者の氏名を特定した実名報道の方が適当であること、などの点を考慮する必要がある。そして、これらの事情からすれば、本件被疑事実により控訴人が逮捕されたことを実名で報道すべき必要性も、十分に肯認することができる。
  (3) 以上の事情を総合して比較検討すると、一方において、実名で報道されることにより控訴人が被る不利益は大きく、実名を公表されない法的利益も十分に考慮する必要があるけれども、他方において、特に、青少年を教育指導すべき立場にある中学校教員が女子中学生とみだらな行為をしたという本件被疑事実の内容からすれば、被疑者の特定は被疑事実の内容と並んで公共の重大な関心事であると考えられるから、実名報道をする必要性は高いといわなければならず、実名を公表されない法的利益がこれを公表する理由に優越していると認めることはできない。
 この点に関し、控訴人は、本件逮捕当時、控訴人が精神病のため休職中であったから実名報道をすべきではなかったと主張しているが、その主張が採用できないことは、原判決「事実及び理由」の「第三 判断」の一項(3)に記載のとおりであるから、これを引用する。
 したがって、本件各報道については、プライバシーの侵害を理由とする不法行為の成立も認められない。
  (4) なお、本件において実名報道をすることが不法行為に該当しないとしても、実名報道により控訴人が被る不利益は非常に大きいものであるから、改めて言うまでもなく、被控訴人らとしては、実名報道をするに際しては、控訴人が被る不利益について十分な配慮をする必要がある。したがって、報道の内容としては、もとより、逮捕されたという客観的な事実の伝達にとどめるべきであって、逮捕された者が当然に罪を犯したかのような印象を与えることがないように、節度を持って慎重に対処する必要がある。この点、被控訴RBCにおいて本件被疑事実を報道するに際し、男性アナウンサーが、「あきれた。しかもよりによって。」と発言したこと(前提となる事実(7)(イ))などは、配慮に欠ける報道であったと指摘せざるを得ない。また、さきにも述べたように、逮捕された事実が一度実名で報道されると、後に、その事実について無実であったことが判明し、あるいは、起訴されずに手続が終了したような場合に、事後的に名誉を回復することは極めて困難であるから、このような観点からすれば、逮捕された事実を報道しておきながら、その後の手続経過(控訴人が本件被疑事件について起訴猶予処分とされた事実など。前提となる事実(10)参照)については、もはやニュースバリューがないとしてこれを報道しないという姿勢にも、報道機関の在り方として考えるべき点があるように思われる。
第五 結論
 よって、控訴人の請求を棄却した原判決は結論において相当であり、本件控訴には理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 河邉義典 裁判官 唐木浩之 木山暢郎)

那覇地裁平成20年 3月 4日 
判時 2035号51頁

主文
 一 原告の請求をいずれも棄却する。
 二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一 請求
 被告らは、原告に対し、連帯して四六三五万二一一八円及びこれに対する平成一九年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
 本件は、沖縄県青少年保護育成条例違反被疑事件(以下「本件被疑事件」という。)により逮捕・勾留された原告が、報道機関(テレビ局)である被告らに対し、被告らが上記逮捕の事実を実名報道したことにより、名誉を毀損されたと主張して、民法七〇九条、七一九条に基づき、連帯して四六三五万二一一八円の支払を求める事案である(附帯請求は、不法行為の日である平成一九年三月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金)。
 一 前提となる事実(証拠を挙げていない事実は、当事者間に争いがない。)
  (1) 沖縄県青少年保護育成条例(昭和四七年五月一五日条例第一一号。以下「本件条例」という。)
 本件条例のうち、本件被疑事件と関連する規定は次のとおりである。
   ア 第一条(目的)
 この条例は、青少年の健全な育成を図るため、これを阻害するおそれのある行為を防止し、青少年のための環境を整備することを目的とする。
   イ 第三条(県民の責任)
 すべて県民は、青少年が健全に育成されるように努め、これを阻害するおそれのある行為又は環境から青少年を保護しなければならない。
   ウ 第一七条の二(みだらな性行為及びわいせつな行為の禁止)
 何人も、青少年に対し、みだらな性行為又はわいせつな行為をしてはならない。
 (二項略)
   エ 第二二条(罰則)
 第一七条の二第一項の規定に違反した者は、二年以下の懲役又は一〇〇万円以下の罰金に処する。
 (二項以下省略)
  (2) 当事者
   ア 原告は、昭和○年○月○日生の男性であり、平成七年に沖縄県の教員に採用され、県内の小・中学校に音楽担当の教諭として勤務した後、平成一七年四月にa町立b中学校(以下「本件中学校」という。)に転任し、同年七月ころから平成一九年三月三一日まで精神病のため休職していたが、病状の回復がみられたため、同年四月一日から、本件中学校に復職する予定であった。
 なお、原告は、てんかんの既往歴があり、平成一八年一二月一二日にはc病院で、統合失調症及びてんかんと診断されていた。
   イ 被告らは、放送法等に基づきテレビジョン放送(以下「テレビ放送」という。)を行うことなどを目的とする株式会社又は放送法に基づき設立された法人である。
  (3) 原告とAの交際の開始
 原告は、上記(2)アの休職期間中も、時折、本件中学校に陸上競技の指導等に行くことがあったところ、平成一八年八月ころ、同中学校の三年生であったA(仮名)と趣味の音楽活動を通じて知り合い、親しくなった。
  (4) 本件被疑事件での逮捕・勾留
   ア 沖縄県警察(以下「県警」という。)は、下記の被疑事実(以下「本件被疑事実」という。)により那覇簡易裁判所裁判官に対し逮捕状を請求し、その発付を受けて、平成一九年(以下、平成一九年については、年の記載を省略する。)三月一四日午後八時四〇分ころ、原告を通常逮捕した(以下「本件逮捕」という。)。
 「被疑者は、二月一七日午前一〇時三五分ころから同日午後六時六分ころまでの間、《住所省略》dホテル二号室において、A(平成○年○月○日生・当一五歳)が、満一八歳に満たない者であることを知りながら、単に自己の性欲を満足させるために同女と性交し、もって、青少年に対しみだらな性行為をしたものである。」
   イ 原告は三月一七日、那覇簡易裁判所裁判官が発した勾留状により、同日から同年四月五日まで浦添警察署留置場に勾留され(勾留延長期間を含む。)、同日、釈放された。
  (5) B弁護士の被告らに対する要請等
   ア 被告RBC
 原告の本件被疑事件の弁護人であるB弁護士(以下「B弁護士」という。)は、本件逮捕当日の三月一四日午後一一時ころ、被告RBCの報道部に電話をし、応対したディレクターCに対し、本島中部にある中学校の男性教諭が、本件条例違反で逮捕され浦添署警察署に留置されていること、同教諭と接見したが、同教諭は犯罪を犯しておらずAの相談相手となって公園で会っていたにすぎないと供述していること、同教諭の母親からも話を聞いたところ、母親は、同教諭は精神を病んで休職し、普段は家におり、ホテルに行くはずはないと供述していたこと、同教諭は四月から職場復帰する予定であることなどを説明して、本件被疑事件が報道されて公になると職場復帰が難しくなるので報道しないでほしいと要請した。
 もっとも、B弁護士は、上記電話において、被疑者の氏名を明らかにせず、また被疑者を匿名で報道してほしいとの要請もしなかった。
 被告RBCの担当デスクHは、翌一五日午前九時過ぎにディレクターCからのメモにより、前日のB弁護士からの電話内容を確認し、D記者に取材を指示した。
 D記者は、同日午前一〇時三〇分ころ、B弁護士から、電話で、原告が逮捕された経緯や精神病で休職中であること、以前に詐欺事件で逮捕されたことがあること、被害者の方が原告に対し好意を寄せていることなどの説明を受け、また原告の氏名の開示も受けた。
   イ 被告OTV
 B弁護士は、三月一五日午前中、県警の記者発表前に、被告OTVの報道部に電話をし、本件逮捕は不当であり、報道に当たっては実名報道をしないでほしいと要望した。
 しかし、被告OTVの報道制作局次長Eは、不当逮捕か否かは県警と被疑者との間の問題であり、実名で報道するか否かは被告OTVで判断する旨回答をした。
   ウ 被告QAB及び被告NHK
 B弁護士は、被告QAB及び被告NHKには、県警の記者発表前に、原告が精神病のため休職していることを明らかにしたり、実名報道をしないでほしいと要望したことはなかった。
  (6) 県警の記者発表
   ア 県警は、三月一五日午前一一時ころ、県警記者クラブにおいて、記者会見を開き、被告らを含む約一〇社の記者が出席した。
   イ 県警本部少年課のF次席(以下「F次席」という。)は、上記記者会見において記者発表(以下「本件公式発表」という。)を行い、「刑事・生活安全関係事件発生(検挙)報」と題する下記の内容の書面を記者たちに交付して、原告を逮捕したこと(本件逮捕)を発表した。
 「事件名 中学生を被害者とする本件条例違反(みだらな行為)の被疑者の逮捕について
 発生年月日 平成一九年二月一七日
 発生場所 沖縄本島南部の自動車ホテル
 発覚の状況 被害関係者からの通報による。
 被害者等 沖縄本島内の中学生 A(女性 一五歳)
 被疑者等 e町の教諭 X(男性 三四歳)
 逮捕
 日時 平成一九年三月一四日午後八時四〇分
 場所 沖縄県内警察署
 種別 通常逮捕
 罪名 沖縄県青少年保護育成条例(違反)
 署・課・隊 沖縄県警察本部少年課
 事件の概要 被疑者は、上記日時場所において、被害児童が一八歳に満たない児童であることを知りながら、みだらな行為をしたものである。
 捜査状況等 本件覚知後、所要の捜査を実施し、被疑者を特定して通常逮捕したもの。被疑者は否認している。」
   ウ F次席は、本件公式発表の際、被疑者の実名を公表することにより被害者が特定されるおそれがあるので、被害者の保護者の申出に基づき実名の公表を差し控えたこと、被疑者は、被害者を、直接授業で受け持ったことはないが、両者は共通の趣味を通じて知り合ったものであること、被害者の行動を不審に思った同女の保護者が警察に相談してきたので、被害者の供述や裏付けを得る等して捜査を進めたところ、本件被疑事件が発覚したので、三月一四日午後八時四〇分に通常逮捕したことをそれぞれ説明した。また、F次席は、この際、被疑者が、「ふたりでホテルの前の道は歩いたがホテルに入った事実はない。」と本件被疑事実を否認していることを説明した。
   エ 記者クラブの記者たちは、本件公式発表において、F次席が被害者の氏名だけでなく、被疑者の氏名も匿名にしたことに対し、社会的に影響力のある事件であるにもかかわらず、被疑者の実名を公表しないのはおかしいと批判し、被疑者である原告の実名を公表するよう求めた。
 これに対し、F次席は、「被疑者と被害者が同じ学校なので、被疑者の実名を明らかにすることは、被害者が特定され被害者への影響が大きい。」と述べて、被疑者の実名の公表を拒否した。
 しかし、上記記者たちが、なおも被疑者の実名の公表を求めたため、F次席は、実名の公表には県警本部長の決裁が必要であると述べて、同日午前一一時三〇分ころ、記者会見をいったん中断した。
 F次席は、同日午前一一時五〇分ころ、記者会見を再開し、上記記者たちに対し、被疑者である原告の実名及び住所を公表した。
 その際、F次席は、被害者が特定されることを避けるため、原告と被害者とが同一の中学校に在籍していることを報道するのは避けるよう要請した。
 また、F次席は、原告が「病気のため休職中である。」旨説明したが、病名については「個人的な問題にかかわるので広報しない。」として明らかにしなかった。
  (7) 被告らの報道内容等
 被告らは本件被疑事件について次の内容の報道を行った。
   ア 被告RBCの報道内容
 (ア) 被告RBCは、三月一五日午前一一時五〇分ころから約五二秒間、同社の番組「RBCニュース」において、本件被疑事件について、本件公式発表の内容に従ったテレビ放送を行ったが、この時点では、県警が原告の実名を公表していなかったため、被告RBCは被疑者を匿名として報道した。
 (イ) 被告RBCは、同日午後六時一七分ころから約一分間、同社の番組「ライブ鄯」で、本件被疑事件について、以下の内容のテレビ放送(以下「本件報道一」という。)を行った。
  a ニュースの冒頭で、男性アナウンサーが「あきれた。しかもよりによって」と発言した。
  b 次に、女性アナウンサーが以下の内容の原稿を読み上げた。
 「(導入部)中学校の教師が、中学三年の女子生徒に、みだらな行為をしたとして、昨日逮捕されました。」
 「(本文内容)県青少年保護育成条例違反の疑いで逮捕されたのは、e町に住む中学校の音楽教師X容疑者三四歳です。
 警察の調べによりますと、X容疑者は、先月一七日、本島南部のホテルで、中学三年の女子生徒に一八歳未満と知りながらみだらな行為をした疑いが持たれています。調べに対し、X容疑者は、『ホテルの前を一緒に歩いた事はあるが、ホテルの中には入っていない。』と話し、容疑を否認しているということです。X容疑者の在籍する中学校によりますと、X容疑者は数年前から休職中で来月から復帰を予定していたということです。」
  c 上記女性アナウンサーが上記原稿の導入部を読み上げた際、同アナウンサーの映像とともに画面下部に後記①のテロップが表示され、続いて本件公式発表の際の映像とともに画面下部に後記②ないし⑤のテロップが順次表示され、同時に画面右上に「中三女子にわいせつ行為 中学校教師逮捕」というテロップが継続して表示された。
   ①「中三女子にわいせつ行為
 中学校教師逮捕」
   ②「逮捕(県青少年保護育成条例違反)
 e町e 中学校音楽教師
 X容疑者(34)」
   ③「X容疑者
 先月一七日 本島南部のホテルで
 中学三年の女子生徒(15)にみだらな行為」
   ④「X容疑者
 『ホテルの前を一緒に歩いた事はあるがホテルの中には入っていない⇒容疑を否認』」
   ⑤「X容疑者
 数年前から休職
 来月から復帰を予定していた。」
   イ 被告QABの報道内容
 被告QABは、三月一五日午後六時三〇分ころ、約四七秒間、同社の番組「ステーションQ」で、本件被疑事件について、以下の内容のテレビ放送(以下「本件報道二」という。)をした。
 (ア) アナウンサーは、以下の内容の原稿を読み上げた。
 「(導入部)一五歳の少女にみだらな行為をしたとして、昨夜、中学校の教諭が逮捕されました。」
 「(本文内容)青少年保護育成条例違反の疑いで逮捕されたのは、e町の中学教諭X容疑者です。県警の調べによりますと、X容疑者は、先月一七日、本島南部の自動車ホテルで一五歳の女子中学生にみだらな行為をした疑いです。今月二日、少女の保護者から少年サポートセンターに相談があったことから事件が発覚、県警では少女の話を受けて調べを進めていました。X容疑者は、本島中部の公立中学校に勤務していましたが現在は休職中だそうです。調べに対してX容疑者は、容疑を否認しているということです。」
 (イ) アナウンサーが上記原稿の導入部を読み上げた際、アナウンサーの映像とともに後記①のテロップが表示され、本件公式発表の際の映像とともに後記②ないし⑤のテロップが順次表示され、同時に、画面右上に「少女にみだらな行為 中学校教諭逮捕」というテロップが継続して表示された。
  ①「県条例違反で教諭逮捕」
  ②「逮捕 県青少年保護育成条例違反容疑
 e町
 中学校教諭 X容疑者(34)」
  ③「X容疑者
 先月一七日 南部の自動車ホテルで一五歳の中学生にみだらな行為した疑い」
  ④「▼少女の保護者が少年サポートセンターに相談
 ⇒事件が発覚」
  ⑤「X容疑者
 本島中部の公立中に勤務
 現在は休職中
 ⇒容疑を否認」
   ウ 被告OTVの報道内容
 被告OTVは、三月一五日午後八時五五分ころ、ニュース番組において、約五〇秒間、本件被疑事件について、以下の内容のテレビ放送(以下「本件報道三」という。)をした。
 アナウンサーは、「中学三年の女子生徒に一八歳に満たないと知りながら淫らな行為をしたとして、県警はきのう県青少年保護育成条例違反の疑いで、三四歳の男性教師を逮捕しました。逮捕されたのはe町eの教師X(34)容疑者です。X容疑者は先月一七日、一五歳の女性中学生を本島南部のホテルに連れ込み淫らな行為をしたとして県青少年保護育成条例違反の疑いが持たれています。先月下旬に女子生徒の保護者からの相談で発覚し昨夜逮捕したもので、調べに対しX容疑者はホテルの前の道を二人で歩いたが、中には入っていないと容疑を否認しているということです。」との原稿を読み上げ、容疑者名、容疑内容、容疑者否認などのテロップを表示した。
   エ 被告NHKの報道内容
 被告NHKは、三月一五日午後六時一〇分ころ、県域放送番組「ハイサイ!てれびすかす」において、本件被疑事件について、以下の内容のテレビ放送を行った。
 アナウンサーは、「本島中部の公立中学校の男性教師が中学校の女子生徒にみだらな行為をしたとして県青少年保護育成条例違反の疑いで逮捕されました。逮捕されたのはe町eに住む中学校の音楽教師X容疑者(三四歳)です。警察の調べによりますとX容疑者は先月一七日の午前中から夕方にかけて本島南部の自動車ホテルで一五歳の中学三年生の女子生徒にみだらな行為をしたとして県青少年保護育成条例違反の疑いが持たれています。女子生徒の母親から「娘の様子がおかしい」と連絡を受けた警察が女子生徒から話を聞くなどして捜査を進めた結果、X容疑者の犯行がわかり、昨夜、X容疑者を逮捕しました。警察の調べに対しX容疑者は、『ホテルの前を通ったが、ホテルには入っていない。』などと容疑を否認しているということです。X容疑者はこの生徒とは共通の趣味を通して知り合ったということで現在は病気を理由に休職中だということです。中学校の男性教師が逮捕されたことについて県教育委員会のG義務教育課長は、『生徒を指導すべき教師が卑劣な行為を行い、逮捕されたことは県民の教育に対する信頼を根底から揺るがすもので大変、残念で遺憾に思う。』とコメントしています。」との原稿を読み上げた。
 また、被告NHKは、上記テレビ放送直後の同日午後六時五〇分ころのラジオ第一の県域放送のニュースでも、アナウンサーが上記原稿を読み上げて同様の放送した(以下、被告NHKの上記テレビ放送及びラジオ放送を併せて「本件報道四」といい、本件報道一ないし四を併せて、「本件各報道」という。)。
  (8) B弁護士は、三月一六日午後三時ころ、沖縄県記者クラブにおいて、記者会見を開き、被害者が原告にあてた手紙(いわゆるラブレター)等を開示しながら、両名は真しな交際をしており本件条例違反には当たらず、本件逮捕は不当であると主張した。
 被告OTVは、同日午後六時四八分ころ、「OTVスーパーニュース」において、約五〇秒間、以下の内容の放送を行い、B弁護士の上記記者会見の模様を報道した。
 アナウンサーは、「青少年保護育成条例で逮捕された男の弁護士が会見を開き、容疑者と被害者の少女は婚約関係にあり、容疑者は無罪だと主張しました。これは今年二月、e町に住む教師が、一五歳の少女にみだらな行為をしたとして、青少年保護育成条例違反の疑いで逮捕されたもので、B弁護士は、容疑者の無罪を主張し、釈放を求めています。B弁護士は、最高裁判例などを示し、婚約中や真しな交際関係にある男女の行為はみだらな行為には当たらないとしていて、容疑者と被害者の少女の関係を検察庁教育庁などにも説明したいとしています。」との内容の原稿を読み上げた。
  (9) 被告NHKは、四月五日に原告が釈放されたことを受けて、同日午後八時四五分放送開始の県域放送番組「ニュース845 沖縄」において、原告が釈放された事実を報道した。
  (10) 那覇地方検察庁は、一一月二七日付けで、本件被疑事件について、原告を起訴猶予処分とした。
 二 争点及び争点に関する当事者双方の主張
  (1) 争点一(被告らが本件被疑事件について実名報道をしたことが原告に対する名誉毀損に当たるかなど)
 (原告の主張)
   ア 被告らは、本件公式発表の内容について何ら裏付け取材をすることなく、原告の実名及び住所(以下「実名等」という。)を明らかにした上で、県警が本件被疑事件により原告を逮捕した旨の本件各報道を沖縄県全域にわたって行い、視聴者に対して、教諭である原告が卑劣な犯罪行為を行ったとの印象を与え、その結果、原告の教諭としての名誉を著しく毀損し、その回復を困難にした。
   イ 本件逮捕について実名報道をしたのは違法であること
 中学校の教諭にすぎない原告が逮捕されたことを実名報道する必要性はなく、匿名で報道したしても、ニュース価値には大差はない。それにもかかわらず、被告らは、あえて実名報道をしたものであって、本件各報道は違法である。
   ウ 精神病にり患している被疑者についての実名報道は違法であること
 被疑者が精神病にり患している場合には、実名報道をしないことが報道倫理として確立しているところ、原告はB弁護士を通じて、被告RBC及び被告OTVに対し、原告は精神病のため休職中であるので、実名報道をしないでほしいと要請した。しかし、上記被告らは、B弁護士の上記要請を無視して本件報道一及び三を行ったから、これらの報道は違法である。
 さらに、被告らは、県警が本件公式発表において原告の実名等を公表していたから、裏付け取材をすれば、原告が精神病のため休職中であることは容易に知り得たにもかかわらず、実名報道をしたものであるから、本件各報道は違法である。
 (被告RBC及び被告QABの主張)
 否認又は争う。
   ア 被告RBC及び被告QABが行った本件報道一及び二は、本件公式発表のとおり本件被疑事件により原告が逮捕されたことを、原告が被疑事実を否認していることも含めて報道したものであるが、上記報道により、原告の名誉を毀損し、その回復を困難にしたことは争う。
   イ 犯罪報道は、一般市民にとって重大な関心のある事柄を報道するものであり、被疑者の特定の点も含めて公共的性格を帯びているから、犯罪報道においては、被疑者について実名報道をするのが原則である。本件被疑事件は、公務員の中でも市民にとって身近な教諭という職にある原告が、女子中学生に対して青少年保護育成条例違反の罪を犯したというものであり、社会的関心が極めて高いものであったから、被疑者の実名を明らかにする必要性は極めて高かった。
   ウ また、被疑者が精神病にり患している場合の犯罪報道は、犯罪の内容、状況及び経緯、精神病の程度、被疑事件との関連性、捜査機関の見解を考慮し、実名報道をすべきか匿名で報道すべきかを判断すべきである。
 本件被疑事件は、上記のとおり、社会的関心が極めて高いものであったところ、原告に刑事責任能力がないことを疑わせるような事情はうかがわれず、捜査機関からも原告の刑事責任能力に関する発表はなかった。したがって、匿名報道をすべき特段の事情は認められないから、被告RBC及び被告QABが実名報道をしたことは何ら違法でない。
 (被告OTVの主張)
 否認又は争う。
   ア 被告OTVは、本件報道三において、原告が本件条例違反の行為を行ったと断定したわけではなく、原告が本件被疑事件を否認している旨の報道もしている。
 被告OTVは、B弁護士から、原告が逮捕された翌朝、本件被疑事件が県警から公式発表されるかもしれないが、実名報道はしないでほしいとの要望があったことを受けて、本件報道三の翌日、B弁護士が具体的な根拠を挙げて、原告が無罪であると主張している旨の記者会見を報道した。したがって、本件報道三が原告の名誉を毀損し、その回復を困難にしたことは争う。
   イ 報道機関が実名報道を原則としているのは、実名は責任の所在を示す最たるものであり、匿名では失われかねない報道の正確さ、公正さ、信頼性及び説得性を確保し、公権力及び公人へのチェック機能を果たすとともに、犯罪を抑止する効果があるからである。
 そして、原告は、公立中学校の教諭として、生徒を保護すべき立場にある者であり、そのような者が本件条例違反により逮捕されたという事実は、社会的に重大な事実であり、実名報道の必要性がある。
   ウ 被告OTVは、社団法人日本民間放送連盟作成の報道指針に基づき、事件事故に関する報道は実名報道を原則とし、精神病にり患している者が犯罪を行った場合には、その者が刑事責任能力を有するか否かを判断して実名報道をするか匿名で報道するかを判断しており、被疑者が精神病にり患しているというだけで実名報道をしないわけではない。
 県警は、本件公式発表において、原告が病気のため休職中であると公表したにすぎないから、被告OTVが、原告が精神病にり患しているか否かについて、取材をすべきであったとはいえないし、本件被疑事件を匿名で報道しなければならないともいえない。
 (被告NHKの主張)
 否認又は争う。
   ア 本件報道四は、犯罪報道であり、原告の社会的評価を低下させることは否定できないが、本件報道四の主要な伝達事実は、「原告が女子生徒にみだらな行為をしたとして本件条例違反の疑いで逮捕された」という事実にとどまり、原告が犯罪を行ったとの事実は主要な伝達事実ではない。また、本件報道四では、原告が本件被疑事実を否認していることも併せて伝えており、報道内容も断定的な表現は用いていないから、原告の社会的評価の低下は限定的なものにとどまる。
   イ 犯罪報道において被疑者の特定は基本的要素であり、犯罪事実と並んで社会の重大な関心事というべきであるから、被告NHKが本件報道四において実名報道をしたことは、本件被疑事件の重大性等に照らして相当である。
   ウ 被告NHKは、取材、制作に当たっての基準・指針として「新放送ガイドライン」を策定しているところ、事件・事故の内容と背景、環境などを総合的に検討した結果、例外的に被疑者を匿名で報じることもあるが、単に被疑者が精神病にり患しているというだけで、一律に匿名とする原則又は慣行は存在しない。なお、被告NHKは、原告が精神病にり患していたことは全く知らなかったものである。すなわち、県警の本件公式発表において、原告が休職している理由が精神病のためとの示唆はなく、被告NHKの記者が沖縄県教育委員会に対しこの点について取材を行ったところ、同委員会はプライバシーにかかわる事項であるとして回答を拒絶したから、原告が精神病にり患していたことを疑うことは困難であった。
  (2) 争点二(本件各報道について責任阻却事由があるか)
 (被告RBC及び被告QABの主張)
   ア 公共の利害に関する事実及び公益を図る目的
 公立中学校の教諭(公務員)である原告が本件条例違反により逮捕されたという事実は、公共の利害に関する事実であり、本件報道一及び二は専ら公益を図る目的でされたものである。
   イ 本件被疑事実が真実であると信ずるに足りる相当の理由
 捜査機関の公式発表があった場合、当該発表には、捜査機関が広範な権限を駆使して捜査活動を行い、証拠資料など十分な根拠に基づき確信を得て発表に及んだものと考えるのが相当であり、報道機関としても捜査機関の公式発表に対し信頼をおくのが当然である。
 仮に、警察の公式発表があったときに、その真偽を確かめるため、更に独自の裏付け調査が必要であるというのであれば、被疑者の逮捕という迅速性が求められる報道をすることについて、報道機関に過度の負担を強いることになり、国民の知る権利に応えるべき報道機関の使命に大きな制約を課すものといわざるを得ない。
 なお、被告の記者らが県警に対し、被疑者の実名の公表を要請した際に不相当な言辞や手段が用いられたことはなく、通常の取材活動として許容される範囲を逸脱したような事情は一切ない。
 県警は、本件公式発表の時点では原告が精神病に罹患していることを公表していなかったし、原告は裁判官の発した逮捕状により逮捕されていたから被疑事実の嫌疑が低かったわけでもない。被告RBC及び被告QABは、原告とAが同一の中学校に在籍していることは報道せず、被害者が特定されないよう配慮しているから、県警が当初実名公表をしなかったことを契機にして、被疑事実が真実であるかどうか取材を行って確認すべきであったとはいえない。
 被告RBCは、B弁護士からの電話により、原告が本件被疑事実を否認していること等は知っていたが、B弁護士から匿名で報道してほしいとの要望はなかった。被告RBCには、上記のような電話があったからといって、報道を自粛したり、警察の公式発表を疑って裏付け取材をするまでの必要はなかった。したがって、B弁護士から上記の電話があったことをもって、本件被疑事実が真実でないと疑わせる特段の事情があるということはできず、本件報道一及び二に違法性はない。
 (被告OTVの主張)
   ア 公共の利害に関する事実及び公益を図る目的
 公立中学校の教諭である原告が本件条例違反により逮捕されたという事実は、公共の利害に関する事実であり、上記報道の目的が専ら公益を図る目的でされたことは明らかである。
   イ 本件被疑事実が真実であると信ずるに足りる相当の理由
 また、本件被疑事件により原告が逮捕されたという事実(本件逮捕)は、原告も認めるように真実であるし、仮に、本件被疑事実が真実であるとの証明がされなかったとしても、本件報道三は裁判官の発した令状に基づいて原告が逮捕されたという本件公式発表に基づくものであるから、本件被疑事実を真実と信ずることについて相当の理由がある。
 県警が当初実名等を公表しなかったのは被害者の保護を理由とするものであり、原告の嫌疑が低かったことを示すものではない。また、被告OTVは、捜査機関である警察が、捜査結果に基づいて本件被疑事件を公式発表した場合、取材に当たる報道機関としては捜査機関が広範な権限を駆使して捜査活動を行い、証拠資料など十分な根拠に基づき、本件被疑事件につき確信を得て発表に及んだものと受けとめて報道を行ったものであって、本件被疑事実が真実であると信ずるについて相当の理由がある。なお、本件公式発表の内容に疑問を生じさせるような事情は特になかった。
 したがって、本件報道三に違法性はない。
 (被告NHKの主張)
   ア 公共の利害に関する事実及び公益を図る目的
 公立中学校の教諭である原告が本件条例違反により逮捕された事実は、公共の利害に関する事実であり、上記報道の目的が専ら公益を図る目的でされたことは明らかである。
   イ 本件被疑事実が真実であると信ずるに足りる相当の理由
 原告が女子中学生にみだらな行為をしたとして本件条例違反で逮捕された事実が真実であることは県警の記者会見によって明らかである。仮に、本件被疑事実の真実性が証明されない場合であっても、本件報道四は、一般に取材源として信頼性が高い県警の本件公式発表と、警察が裁判官の発した令状により原告を逮捕したという事実に基づいて報道したものであるから、本件被疑事実が真実であると信ずるにつき相当の理由がある。
 なお、県警は被疑者を匿名として当初記者会見を行ったが、その理由は、被害者であるAを保護するためにすぎない。
 (原告の主張)
   ア 本件各報道が公共の利害に関する事実について、専ら公益を図る目的でされたことは認める。
   イ しかしながら、原告とAは年齢の差はあるが、お互いに信じ合い愛し合った上で婚約しているのであり、現在も真剣に交際している。したがって、原告とAの性行為は、両者の真しな交際の上でされたものであって、本件条例にいう「みだらな性行為」には該当せず、本件条例違反の罪は成立しないから、本件各報道によって適示された事実、すなわち本件被疑事実は真実ではない。
   ウ 警察は全国的にマスコミに対し、本件条例違反類似の被疑事件については、ほとんど例外なく被疑者の実名等を発表しているが、県警は当初、原告の実名等を公表しないで本件公式発表を行った。その理由としては、①県警は、原告が精神病のため休職中であったことを把握していたこと、②原告とAの性行為は、上記のとおり「みだらな性行為」に当たらず、県警の警察官も本件条例違反の罪は犯罪が成立しないか、嫌疑の程度が低いと認識していたことなどが考えられ、いずれも原告の嫌疑がないか、あるいは低いことを示すものである。
 したがって、県警が記者会見において、当初、原告の実名を公表しなかったことは正当であり、それにもかかわらず、被告らが、県警に対し、原告の実名等の公表を要請したことは行き過ぎであって、このような経緯に照らせば、被告らが本件被疑事実を真実であると信ずるにつき相当の理由があったとはいえない。
 また、被告らは、県警の記者会見により、原告の実名等を把握していたのであるから、裏付け取材を行えば、原告が精神病のため休職中であることは容易に知り得たのであり、この点においても上記相当の理由があったとはいえない。
  (3) 争点三(損害額)
 (原告の主張)
   ア 休業損害 四九八万九五一九円
 原告は、四月一日から、本件中学校に復職することになっていたところ、本件被疑事件により逮捕・勾留され、本件各報道がされたことにより、更に一年間の休職を余儀なくされたものである。原告の年収は、四九八万九五一九円であるところ、被告らの不法行為により同額の損害を被った。
   イ 逸失利益 二八八六万二五九九円
 原告は、被告らの本件各報道によって、教諭を退職することを余儀なくされるであろうから、今後受け取るはずの給与相当額は逸失利益となる。ところで、原告は比較的若年の公務員であり、定期的に昇給することが確実であるが、その昇給による増額の金額は明らかではないから、平成一七年の賃金センサス第一巻第一表男性労働者大学・大学院卒の平均年収六七二万九八〇〇円を原告の基礎収入とし、就労可能年数三二年(ライプニッツ係数一五・八〇三)として計算すると、その逸失利益は一億〇六三五万一〇二九円(①)となる(円未満切捨て。以下同じ。)。
 もっとも、原告が教諭を退職したとしても、他に適当な職に就労することが予測されるが、本件各報道の結果、その収入は著しく低下すると推測される。そこで、原告の再就職後の基礎収入を上記賃金センサス第一巻第一表男子労働者高卒の平均年収四九〇万三四〇〇円として、就労可能年数三二年(ライプニッツ係数一五・八〇三)として計算すると、総収入は七七四八万八四三〇円(②)となり、原告の逸失利益の計算に当たっては、上記①の金額から②の金額を控除するのが相当である。そうすると、原告の逸失利益は、二八八六万二五九九円(③)となる。
 (計算式)
 ① 六七二万九八〇〇円×一五・八〇三=一億〇六三五万一〇二九円
 ② 四九〇万三四〇〇円×一五・八〇三=七七四八万八四三〇円
 ③ 一億〇六三五万一〇二九円−七七四八万八四三〇円=二八八六万二五九九円
   ウ 慰謝料 一〇〇〇万円
   エ 弁護士費用 二五〇万円
   オ 合計 四六三五万二一一八円
 (被告らの主張)
 否認又は争う。
第三 判断
 一 争点一(被告らが本件被疑事実について実名報道をしたことが原告に対する名誉毀損に当たるかなど)について
  (1) 本件各報道が原告の社会的評価を低下させるものかについて
 一般に新聞等の報道の内容が人の社会的評価を低下させるか否かについては、一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであるところ、テレビ放送をされた報道番組の内容が人の社会的評価を低下させるか否かについても、同様に、一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断すべきである。そして、テレビ放送をされた報道番組によって摘示された事実がどのようなものであるかという点についても、一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断するのが相当である。テレビ放送をされる報道番組においては、新聞記事等の場合とは異なり、視聴者は、音声及び映像により次々と提供される情報を瞬時に理解することを余儀なくされるのであり、録画等の特別の方法を講じない限り、提供された情報の意味内容を十分に検討したり、再確認したりすることができないものであることからすると、当該報道番組により摘示された事実がどのようなものであるかという点については、当該報道番組の全体的な構成、これに登場した者の発言の内容や、画面に表示されたフリップやテロップ等の文字情報の内容を重視すべきことはもとより、映像の内容、効果音、ナレーション等の映像及び音声に係る情報の内容並びに放送内容全体から受ける印象等を総合的に考慮して、判断すべきである(最高裁判所平成一五年一〇月一六日第一小法廷判決・民集五七巻九号一〇七五頁)。
 そこで検討するに、被告らは、県警の本件公式発表を受けて、本件各報道を行ったものであるところ、前提となる事実(7)で認定した本件各報道の内容から、一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断すれば、本件各報道は、本件逮捕の事実にとどまらず、公立中学校の教諭である原告が沖縄本島南部の自動車ホテルにおいて女子中学生に対しみだらな性行為、すなわち本件条例違反の罪を犯し、このため、被疑者として警察に逮捕されるに至ったとの印象を受ける事実を摘示したものと認めることができる。
 したがって、被告らが本件各報道に当たって、断定的な表現を避け、また原告が本件被疑事実を否認していることも報道していることなどを考慮しても、本件各報道は、使用された映像、音声及びテロップの表示等と相まって、原告の社会的評価を低下させるものであり、その名誉を毀損するものであることが明らかである。
  (2) 被告らが実名報道をしたことの違法性について
 原告は、中学校の教諭にすぎない原告が逮捕されたことについて実名報道する必要性はないから、本件各報道は違法である旨主張する。
 確かに、被疑者の実名報道は、匿名での報道と比較して、被疑者の名誉を著しく毀損し、その社会的評価を格段に低下させるものであり、また事後的に無実であることが判明したとしても、その名誉を回復することは、真犯人が判明したことが広く報道されたような場合を除いて、極めて困難であることは公知の事実といってよいと思われる。また、実名報道が当該犯罪と無関係の被疑者の家族らの生活にも重大な支障を生じさせかねないものであることや、刑事裁判における無罪の推定原則からも、その当否については、かねて議論の存するところである。
 しかしながら、我が国においては、家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者について、実名報道を禁止する旨の少年法六一条の規定があるほかには、実名報道を禁止する法令の規定はない。また、最近では、比較的軽微な犯罪については、被疑者の氏名を匿名とした報道がされることが増加しているが、公務員、とりわけ公立学校の教諭の生徒に対する破廉恥罪については、実名報道がされることも決して少なくないのであって、このような報道のあり方は、青少年を指導する立場にあり、一般の公務員より一層高い倫理性を要求される公立学校の教諭の職務の特殊性等に照らして相応の合理性があるというべきである。したがって、公立中学校の教諭について実名報道をすることは、社会的に許容されているものと解される。
 そして、本件被疑事実は、公立中学校の教諭である原告が指導を受ける立場にある女子中学生に対し、みだらな性行為をしたというものであるから、被告らが原告が逮捕されたことを実名報道したことは、社会的に許容されるものであり、違法性を欠くというべきである。
  (3) これに対し、原告は、本件逮捕当時、精神病のため休職中であったから、実名報道をすべきではなかった旨主張する。
 しかしながら、被告NHK作成の「新放送ガイドライン」には、「事件・事故の報道は事実を正確に把握するため、実名による取材が原則である。最近は人権への配慮から、警察当局が被害者や関係者の名前を匿名で発表するケースが増えているが、実名で報道するか匿名で放送するかは、事件や事故の内容と背景、環境などを十分に検討したうえであくまでNHKの責任において判断する必要がある。」と記載されているのみであり、被疑者が精神病にり患している場合には、常に匿名で報道するとの記載はなく、また、弁論の全趣旨によれば、社団法人日本民間放送連盟作成の報道指針も、精神病にり患している者が犯罪を行った場合には、その者が刑事責任能力を有するか否かを判断して実名報道をするか匿名で報道するかを判断していることが認められる。したがって、被疑者が精神病にり患している場合に、実名報道をしないことが我が国のテレビ局の報道倫理として確立しているとはいえないのであって、精神病により被疑者の刑事責任能力が疑われる場合に限って実名報道を控えるとしているにすぎないものと認められる。
 そして、本件被疑事件は、女子中学生を被害者とする破廉恥罪ではあるが、性行為自体は被害者の承諾を得て行われたことを前提とするものであり、いわゆる通り魔殺人のように犯罪事実から被疑者が精神病にり患していることをうかがわせるものではなく、また、本件全証拠によっても、原告の精神病が刑事責任能力を疑わせる程度のものであることを認めることはできない(前提となる事実(2)のとおり、原告は、統合失調症等にり患し、休職していたが、病状の回復が認められたため、四月一日から、本件中学校に復職する予定であった。)。
 したがって、仮に被告らが本件各報道前に原告が精神病のため休職中であることを知っていたとしても、本件被疑事件について実名報道をすべきでなかったとはいい難い。
 また、被告QAB、被告OTV及び被告NHKは、B弁護士から、原告が精神病にり患している旨の情報提供は受けていなかったから、上記被告らは、本件報道二ないし四の前に原告が精神病にり患していることを知ることはできなかったものと認められる。
 これに対し、被告RBCは、本件報道一の前にB弁護士から原告が精神病にり患しているので実名報道をしないでほしいと要請を受けていたが、同弁護士は、その際、具体的な疾患名や病状等を明らかにしておらず、これを裏付ける資料も提供していなかったのであるから、被告RBCが本件逮捕の翌日に本件報道一をするに当たって、原告の精神病が刑事責任能力を疑わせる程度のものであることを認識することは困難であったといわざるを得ない。
 なお、原告は、被告らは本件公式発表により、原告の実名等を把握していたのであるから、裏付け取材を行えば、原告が精神病のため休職中であることを容易に知ることができたとも主張するが、F次席は、本件公式発表において、原告が病気により休職中であることは明らかにしたが、病名は個人的な問題に関わるものであるとして公表しなかったものであり、また、個人が病気、とりわけ精神病にり患していることは、高度のプライバシーに関わる情報であり、これを調査することは報道機関にとっても困難な事項と考えられるから、被告らが原告が休職中であることを知っていたからといって、原告が精神病にり患しているかについてまで取材すべきであったとはいえず、また、取材によって原告が精神病にり患していることを容易に知り得たということもできない(なお、《証拠省略》によれば、被告RBCは、本件報道一の前に、B弁護士から原告が精神病にり患しており、実名報道をしないでほしいとの要望を受けていたため、本件中学校の学校長に取材したところ、原告が休職中であることは把握できたが、その病名を把握することはできなかったことが認められる。)。
 したがって、原告の上記主張を採用することはできない。
 二 争点二(本件各報道について責任阻却事由があるか)について
  (1) 前記一(1)のとおり、本件各報道は、原告の名誉を毀損するものであるが、本件各報道が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、上記行為には違法性がなく、仮に上記証明がないときにも、行為者において上記事実の重要な部分を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定される(最高裁判所昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁参照)ところ、本件各報道が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることであったことは、当事者間に争いがない。
  (2) そこで、被告らが、本件各報道において摘示された事実、すなわち本件被疑事実が真実であると信ずるについて相当の理由があるかについて検討するに、犯罪捜査に当たる警察の担当者が、捜査結果に基づいて判明した事実を記者発表の場などで公式発表した場合には、その発表内容が真実であるかについて疑問を生じさせるような具体的な事情がない限り、上記発表に係る事実を真実と信ずるについて相当の理由があるというべきである。なぜなら、捜査機関は、社会正義の実現という公共的見地から、強制捜査権等の広範な権限を駆使して捜査活動を行い、証拠資料など十分な根拠に基づき当該事実について確信を得て発表を行うのが通常と考えられるのであり、取材に当たる報道機関が、警察の公式発表を信頼することには相当の理由があるいうことができるからである。
 そして、前提となる事実(6)及び(7)によれば、本件各報道は本件公式発表の内容をほぼそのまま報道したものであるところ、その摘示された事実の重要な部分、すなわち本件被疑事実が真実であるかについて疑問を生じさせるような具体的事情があることを認めるに足りる証拠はない。
 また、原告は、本件公式発表前に裁判官の発した逮捕状により逮捕されているところ、裁判官が逮捕状を発するためには、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めることが必要であるから(刑事訴訟法一九九条)、この点からも、被告らが本件被疑事実が真実であると信ずるについて相当の理由があるということができる。
  (3) これに対し、原告は、県警が本件公式発表において当初、原告の氏名を匿名で発表したのは、原告が精神病にり患していたことや、原告の本件被疑事実の嫌疑が低かったためであり、それにもかかわらず、記者クラブの記者らが原告の実名等を公表する要請したのは行き過ぎであって、このような経緯に照らせば、被告らが本件被疑事実が真実であると信じたことについて相当の理由があるということはできないと主張する。
 しかしながら、前提となる事実(6)エで認定した本件公式発表の経過、とりわけ、F次席が当初、「被疑者と被害者が同じ学校なので、被疑者の実名を明らかにすることは、被害者が特定され被害者への影響が大きい。」と述べて、被疑者の実名の公表を拒否したことや、同次席が記者たちに対し、原告の実名及び住所を公表した際、被害者が特定されることを避けるため、原告と被害者とが同一の中学校に在籍していることを報道するのは避けるよう要請していることに照らすと、県警が、本件公式発表当初、原告の氏名を匿名にしていたのは、原告とAとが同一の中学校(本件中学校)に在籍しており、原告の実名を公表することにより被害者であるAが特定されることを防ぐためであったことが認められる。
 また、本件全証拠によっても、原告が主張するように、原告が精神病にり患していたことや、原告の本件被疑事実の嫌疑が低かったことを理由として、県警が原告の実名を当初、公表しなかったと認めることはできない。
 したがって、県警が記者会見において当初、原告の氏名を匿名にしていたことが、本件公式発表の真実性について疑問を生じさせるような具体的事情に当たるということはできない(なお、前提となる事実(6)エで認定した、記者らが県警に対して被疑者の実名を公表するよう要請した理由・方法等に照らして、上記要請は通常の取材活動の範囲として許容されるものであり、相当性を欠くものということはできない。)。
  (5) 以上によれば、本件各報道については、本件被疑事実が真実であることの証明がされたか否かについて判断するまでもなく、被告らには本件被疑事実を真実と信ずるについて相当の理由があり、その故意又は過失は否定されるから、不法行為は成立しない。
 三 よって、原告の請求は、争点三(損害額)について判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 大野和明 裁判官 田邉実 小西圭一)