児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

児童ポルノ法はサイバー犯罪条約に対応しているか?

 日弁連の仕事で、旧法の対応状況を検討したものです。
 改正法でも9条1b(留保不可)には対応していないんですが、条約は批准しています。

児童ポルノに対する対応について
2003.5.6
奥村 徹(大阪弁護士会
第1 外務省仮訳(原文**1)

第9条 児童ポルノに関連する犯罪
1 締約国は、権限なしに故意に行われる次の行為を自国の国内法上の犯罪とするため、必要な立法その他の措置をとる。
a コンピュータ・システムを通じて配布するために児童ポルノを製造すること。
b コンピュータ・システムを通じて児童ポルノの取得を勧誘し又はその利用を可能にすること。
c コンピュータ・システムを通じて児童ポルノを配布し又は特定の者に送信すること。
d 自己又は他人のためにコンピュータ・システムを通じて児童ポルノを取得すること。
e コンピュータ・システム内又はコンピュータ・データ記憶媒体内に児童ポルノ保有すること。
2 1の規定の適用上、「児童ポルノ」とは、次のものを視覚的に描写するポルノをいう。
a あからさまな性的な振舞いを行う未成年者
b あからさまな性的な振舞いを行う未成年者であるようにみえる者
c あからさまな性的な振舞いを行う未成年者を表現する写実的画像
3 2の規定の適用上、「未成年者」とは、十八歳未満のすべての者をいう。ただし、締約国は、より低い年齢の者のみを未成年者とすることができるが、十六歳を下回ってはならない。
4 締約国は、1d及びe並びに2b及びcの規定の全部又は一部を適用しない権利を留保することができる。

第2 条約の意味内容
1 第1項
 コンピュータによる児童ポルノの流布行為又はこれに密接に関連する行為の犯罪化を義務付ける。
 具体的には、締約国に対し、権限なしに、故意に次の行為を犯罪化するよう求めている。

a コンピュータ・システムを通じて配布するために児童ポルノを製造すること。
b コンピュータ・システムを通じて児童ポルノの取得を勧誘し又はその利用を可能にすること。
c コンピュータ・システムを通じて児童ポルノを配布し又は特定の者に送信すること。
d 自己又は他人のためにコンピュータ・システムを通じて児童ポルノを取得すること。
e コンピュータ・システム内又はコンピュータ・データ記憶媒体内に児童ポルノ保有すること。

a 製造("producing")は、後に続く、配付・送信・取得・保有の前提となる行為であるから、「新たに児童ポルノを作り出すこと」を意味すると解される。
 しかし、児童を目前にして撮影する行為に限るのか、撮影したデータを編集する行為も含むのか、撮影ないし編集したデータを複製する行為も含むのかについては、明かではない。

b 「提供」("offering")は、EM95によれば、「他人に児童ポルノを取得するよう誘うこと("soliciting") をカバーする」とされていることから、勧誘行為を意味すると解される。
 「利用可能にする」("making available")は、EM95によれば児童ポルノサイトの設立やそのようなサイトへのリンクを設けることを意味する。

c 「配付」("distributing")はEM96によれば積極的な散布("active dissemination")とされており、後段の「特定の者への送信」との対比からは、不特定多数に対するものを意味すると解される。たとえば、児童ポルノ画像のweb掲載はこれに含まれるであろう。
 「送信」("transmitting")は、EM96では"Sending child pornography through a computer system to another person"と説明されているから、児童ポルノデータを電子メール等による特定の者へ送信する行為を意味する。
 つまり、児童ポルノをコンピュータシステムを通じて送る場合、特定人に対する場合は「送信」("transmitting")、それ以外の場合は「配付」("distributing")として、共に犯罪化することを求めている。
 メールで、児童ポルノサイトのアドレスを送信する場合には、メール自体には児童ポルノデータは含まれないから、「送信」にはあたらない。その場合は、「提供」("offering")に該当するであろう。

d 「自己又は他人のための取得」("procuring" )とは、EM97によれば、ダウンロード等積極的に児童ポルノを取得する行為を指す。
 児童ポルノサイトを閲覧した場合に、閲覧者のコンピュータの一時ファイル(キャッシュ)に児童ポルノ画像が残っている場合を含むのかについては明かではない。

e 「保有」("possession")は児童ポルノデータを事実上支配することを意味すると解される。
 データという存在形式上、従来の「所持」概念(所有・占有関係)で決することは困難であろう。
 また、目的は限定されていない。

2 第2項
 児童ポルノの定義規定である。児童ポルノとは、次のものを視覚的に描写するポルノをいう。

a あからさまな性的な振舞いを行う未成年者
b あからさまな性的な振舞いを行う未成年者であるようにみえる者
c あからさまな性的な振舞いを行う未成年者を表現する写実的画像

 EM99によれば、具体的にどういうものが“ポルノ”に該当するかは、各国の基準による。

 aは実在の未成年者が、あからさまな性的な振る舞いをする場合である。EM100には「あからさまな性的な振る舞い」の例示がある。("real or simulated: a) sexual intercourse, including genital-genital, oral-genital, anal-genital or oral-anal, between minors, or between an adult and a minor, of the same or opposite sex; b) bestiality; c) masturbation; d) sadistic or masochistic abuse in a sexual context; or e) lascivious exhibition of the genitals or the pubic area of a minor. It is not relevant whether the conduct depicted is real or simulated.")

 bは未成年者に見える実在人が、あからさまな性的な振る舞いをする場合である。

 cは、未成年者が被写体であることを要件としない未成年者を表現する写実的画像であって、EM101では写真合成やCGが例示されている。
 なお、漫画("cartoon")は含まれない。(警察学論集第55巻5号「サイバー犯罪に関する条約」について-その意議及び刑事実体法規定-瀧波宏文)

3 第3項
 3項は未成年者の基準を定めている。国連の「児童の権利に関する条約」1 条に合わせ、基本は18歳以下とする。
 もっとも、各国は別の年齢を設けることができる。但し、16 歳を下回ることは許されない。

4 第4項
 4項は各国が、留保可能な条項を挙げている。
1d 「自己又は他人のための取得」
1e「保有
2b「未成年者であるように見える者」
2c「未成年者を表現する写実的画像」
を留保可能としている(42条)。

第3 国内法における担保状況
1 現行法
 我が国では、1999年児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下「法」という)によって、児童ポルノに関する行為が処罰されている。
 まず、条約に関連する規定を挙げる。

第2条(定義)
1 この法律において「児童」とは、十八歳に満たない者をいう。
3 この法律において「児童ポルノ」とは、写真、ビデオテープその他の物であって、次の各号のいずれかに該当するものをいう。
一 児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したもの
二 他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写したもの
三 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写したもの
第7条(児童ポルノ頒布等)
児童ポルノを頒布し、販売し、業として貸与し、又は公然と陳列した者は、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。
2 前項に掲げる行為の目的で、児童ポルノを製造し、所持し、運搬し、本邦に輸入し、又は本邦から輸出した者も、同項と同様とする。
3 第一項に掲げる行為の目的で、児童ポルノを外国に輸入し、又は外国から輸出した日本国民も、同項と同様とする。

2 条約との対応
 まず、条約では、児童ポルノである画像データ(媒体に化体しないもの)を児童ポルノとしているが、法は「写真、ビデオテープその他の物」(2条3項)としており無体物を含まないと解されることから、「画像データ」を客体とする行為類型がすべて、担保されていないと言わざるを得ない。

 次に、行為に着目すると、国内法では、1bについては、取得勧誘・利用可能行為は、コンピュータ・システムを通じない場合も含めて、法には特別の規定はないから、全く担保されていない。そもそも取得行為自体も処罰されていない。
 1cのうち、「コンピュータ・システムを通じて児童ポルノを配付する行為」は、サーバーのHDDを公然陳列するという構成(最決平成13・7・16)をもって、一応担保されているともいえる。
 「コンピュータ・システムを通じて児童ポルノを特定の者に送信すること」については、現行法は不特定または多数に対する行為のみを処罰しているので、全く担保されていない。
 1dについては、有体物を前提とする現行法でも、取得行為を処罰する規定がなく、全く担保されていない。
 1eについては、現行法の所持罪(7条2項)は、有体物を前提にして物理的支配を要件としていること、目的を限定していることから、担保されているとは言い難い。

 さらに、児童ポルノの定義に着目すると、法2条1項の児童とは実在することを要する(大阪高裁 H12.10.24、名古屋高裁金沢支部 H14.3.28)と解されているから、2aは担保されているが、2b、2cは全く担保されていない。

 担保されていない部分はをまとめると次のようになる。

 児童ポルノである画像データ(媒体に化体しないもの)を児童ポルノとしていないこと
 1b
 1cのうち「コンピュータ・システムを通じて児童ポルノを特定の者に送信すること」
 1d
 1e
 2b
 2c

 このうち留保可能部分は、

 1d「自己又は他人のための取得」
 1e「保有
 2b「未成年者であるように見える者」
 2c「未成年者を表現する写実的画像」

であるから、立法的対応が必要なのは、次の部分である。

 児童ポルノである画像データ(媒体に化体しないもの)を児童ポルノとしていないこと
 1b
 1cのうち、「コンピュータ・システムを通じて児童ポルノを特定の者に送信すること」

3 文献
 経済産業省「サイバー刑事法研究会報告書「欧州評議会サイバー犯罪条約と我が国の対応について」http://www.meti.go.jp/kohosys/press/0002626/では、最大限の留保をしても、
第1項cについては、児童ポルノ画像データ自体をインターネットを通じて送信する行為、および「不特定又は多数」の者に対して行う意図を有しない「特定」の者に頒布する行為が、同法で規制されておらず、担保できない。
として

児童買春・児童ポルノ禁止法第2 条第3 項における「児童ポルノ」の定義規定(「写真、ビデオテープその他の物」)を改正し、児童ポルノ画像データが含まれることを明文で追加するか、又は児童ポルノデータをコンピュータ・システムを通じて送信することを処罰する規定を創設する等の新たな刑事立法を行う。

という提言を発表している。

 また、瀧波宏文(法務省刑事局付)「サイバー犯罪に関する条約」について-その意議及び刑事実体法規定(警察学論集第55巻5号)では、

我が国の児童ポルノ法と比較すると、上記留保をすれば、基本的に同法7 条で担保可能であろう。但し、データ自体の送信行為の処罰、特定少数への送信等につき、‘‘軽微もしくは重要でない不正行為(petty or insignificant misconduct)”(注釈書3 7 )19)と言えるかどうかや、他国の担保状況も含め、検討が必要と思われる。

とされている。
 いずれも、

 児童ポルノである画像データ(媒体に化体しないもの)を児童ポルノとしていないこと
 1cのうち、「コンピュータ・システムを通じて児童ポルノを特定の者に送信すること」

については、立法の必要性を指摘しているが、

 1b「コンピュータ・システムを通じて児童ポルノの取得を勧誘し又はその利用を可能にすること」

については言及されていない。

第4 立法の必要性
1 立法の必要性
 現行法で担保されておらず、かつ留保が許されない部分については、立法が急がれる。
 すなわち、経産省報告書が言うように「同項の『児童ポルノ』の定義規定を改正し、児童ポルノ画像データが含まれることを明文で追加するか、又は児童ポルノデータをコンピュータ・システムを通じて送信すること」、および、「コンピュータ・システムを通じて児童ポルノの取得を勧誘し又はその利用を可能にすること」について立法の必要がある。
 ただし、新規の構成要件を追加するに当たっては、次のような問題点を解決する必要がある。

2 児童ポルノ取得勧誘罪の可罰性について。
 児童ポルノ取得行為については、留保可能であるものの、取得勧誘罪・利用可能にする罪については留保でできないから、その可罰性の根拠・取得を処罰しないで取得勧誘等のみを処罰することの合理性を検討しなければならない。
 条約では取得行為・送信配付行為ともに処罰することを前提にしているので、それらの前段階の関与形態として処罰根拠を見いだすことができる。
 
 もとより現行法が児童ポルノを譲り受ける行為を処罰していないのは、わいせつ物販売罪(刑法175条)の体裁を借用したものであって、積極的な理由はない。
 わいせつ物の場合に、譲り受けた者が処罰されないのは、わいせつ物の罪は反復継続性・営業犯性を予定しているが、譲受人には反復継続性・営業犯性が認められないこと、保護法益は社会的法益であるから多数回行われて初めて可罰的と評価されることによると解される。
 また、講学上は、必要的共犯の一方だけを処罰する規定がある場合には、他方には刑法総論の共犯処罰規定は原則として処罰されないとされるから、取得者は販売・頒布罪の共犯にも当たらない。
 しかし、児童ポルノの場合は、児童ポルノに関する行為は、描写された者への性的虐待・商業的搾取(個人的法益の侵害)であるが故に処罰されるのであるから、必ずしも、反復継続性・営業犯性は当罰性の要件とならないし、また、取得者を処罰しない理由はない。
 従って、取得行為には当罰性が認められるし、販売・頒布罪の共犯ともなりうる。
 また、販売罪とは別に児童ポルノ取得勧誘行為を処罰する理由=児童ポルノ取得勧誘行為の可罰性の根拠は、取得行為の可罰性に求めるしかない。
 さらに、取得勧誘行為による法益侵害は取得行為そのものの法益侵害よりも間接的であることは否定できない。
 このような状況で、児童ポルノ取得行為の当罰性を検討せずして、児童ポルノ取得勧誘行為のみを処罰することは、児童ポルノ取得行為の処罰を否定するという立法判断を示すことになりかねない。
 この意味で、児童ポルノ取得行為の処罰の可否を論じることが不可避である。

3 児童ポルノに電子データを含めることについて
 報告書が挙げる最決平成13・7・16は原審大阪高裁平成11年8月26日の「本件ハードディスク内のわいせつ画像データを閲覧するに当たり、所論が指摘するユーザー側の一連の行為の介在が必要なことは、わいせつな画像や音声が磁気情報として記録されたビデオテープをビデオデッキ及びテレビモニターを使用して、可視的な形ないし音声に変換して再生閲覧する場合に比して、データの抽出方法や使用機器等に差異はあるものの、これと本質的に異なるところはなく、右画像データの抽出は、基礎的な知識を有するパソコンユーザーであれば、誰でも極めて容易になしうるところであり、しかも、ユーザーが、直接閲覧するわいせつ画像は、本件の場合、ユーザー側のパソコンのハードディスクに一旦ダウンロードされ記憶された画像データに基つき、そのパソコン画面に表示されることになるとはいうものの、右ユーザー側パソコンの画像データと本件ハードディスクに記憶・蔵置された画像データとの間には、これらによって表示されるわいせつ画像につき同一性が認められるから、このようなわいせつ画像データが記憶・蔵置された本件ハードディスクが、前記ビデオテープと同様わいせつ物に該当する」という結論を追認したものである。
 この判例があるので、児童ポルノ法の実務でも刑法の実務でも、インターネット上のポルノ画像をクライアント(ユーザー)PCに表示させた場合は公然陳列罪として処理されている。
 実はユーザーPCにデータはダウンロードされているのだが、サーバーのデータとの同一性ゆえに、ユーザーPCを通じてサーバーを閲覧しているのと同視するという一種の擬制を行っているのである。
 なお奈良地裁(平成14年11月26日被告人控訴中)はwebに掲載した児童ポルノ画像を有償でダウンロードさせた事案について、児童ポルノ販売罪を適用したが、警察学論集56巻第2号(平成15年2月号)島戸純(法務省刑事局付検事)論文**2において「この考え方とは別に、現行法の解釈としても、電磁的記録そのものを児童ポルノと構成し、その頒布等を処罰する立場も考えられ、そのような立場に立ったと解される下級審裁判例(16)も存在するが、このような考え方が一般的であるとまではいい難い状況にある。」と評されている。

 このような解釈の状況で児童ポルノに画像データが含まれることを明文で追加するとどうなるか?
 まず、理論的な問題を指摘する。
 わいせつ図画の場合は、公然わいせつ罪との対比において、わいせつ図画の有体性が要求されるとされるが、児童ポルノの場合も、生身の児童の着衣の一部を着けない姿態を公然とさらしても、犯罪とはならないのであるから、有体性を要求されるのが当然の帰結である。有体物に化体しないデータを児童ポルノとするときは、単に児童の姿態をテレビ生中継・インターネット生中継した場合まで、児童ポルノ陳列罪となって、本来不可罰である公然児童姿態展示行為との境界が不明確となる。
 実際、わいせつの場合には、インターネット生中継について、わいせつ物陳列ではなく公然わいせつとした裁判例もあり(岡山地方裁判所、平成11年(わ)第524号わいせつ図画公然陳列被告事件**3)、児童ポルノの場合には、公然児童姿態展示行為が不可罰である以上、ネットでの生中継も不可罰とならざるを得ない。
 公然姿態展示行為の規制も含めた立法的解決が必要となる。

 また、電子データである児童ポルノは、あるときは有体物に化体しあるときは有体物に化体しないことになるが、有体物に懈怠している状態においては、有体物を基準とするのか、データを基準とするのかも議論が必要である。たとえば、児童ポルノ製造罪の場合は、製造した児童ポルノの個数が罪数や量刑に反映するが、その個数は、媒体を基準にするのか、データ数(画像ファイル数)を基準にするのかという問題である。
 さらに、犯人が製造した児童ポルノデータが、他人所有の媒体(プロバイダーのサーバー等)に保管されているときに、没収の可否にあたっては、媒体の所有権で決するのか、データの支配権で決するのかという実務的な問題もある。

 次に、新法はネット上の児童ポルノ(画像データ)に対応する規定であるから、児童ポルノに関する限り、ネット上で陳列されているのは「画像データ」であると理解することになるであろう。
 つまり、児童ポルノに関しては有体物であることを前提にしてサーバーのHDDを児童ポルノであるとしてしてきた解釈が、実態にそぐわないとして否定されることになる。
 ここでわいせつ物について現在の解釈を維持しようとすると、児童ポルノ兼わいせつである画像がネット上に掲載された場合、児童ポルノについては無体の画像データとして児童ポルノ該当性が論じられ、わいせつについては有体物であるHDDとしてわいせつ物該当性が論じされることになり、ネット上のポルノに対する対応として一貫性を欠く。
 また、データとしての児童ポルノを認める方が実態に即しているとして立法することは、データとしてのわいせつ画像を認めない刑法の解釈に対して、実態に即していないという評価を与えるに等しいから、児童ポルノについての解釈の変化は、必然的にわいせつ物の罪にも影響を与えるであろう。

 このように、児童ポルノ法も刑罰法規であって、刑法典の解釈にも少なからず影響を与えるものである以上、この際、刑法学的な議論のもとで、ネットへの対応を検討する必要がある。
 したがって、刑法の改正と足並みをそろえる必要がある。
 なお、刑法改正に関する諮問63号ではわいせつ物に「電磁的記録」を加える旨記載されているが、「電磁的記録」は有体物に化体した状態をいうので*4、わいせつ「データ」を客体に含めるものとはいえない。
 条約に対応するための児童ポルノ法の改正にあたっては、明確に「データ」を客体に含める必要がある。

4 児童ポルノデータをコンピュータ・システムを通じて送信することを処罰することについて
 条約が求めるのは「特定の者」に対する児童ポルノデータ送信を処罰することである。
 ところで、現行法の販売・頒布罪の定義は「不特定または多数の者に対する譲渡」であって、特定かつ少数への譲渡は処罰されない(児童ポルノ販売罪につき大阪高裁H14.9.12)。これは、刑法175条の文言がそのまま用いられていることからは至極自然な解釈である。
 しかし、有体物の場合は特定かつ少数への譲渡は処罰されないのに、電子データの場合は特定かつ少数への送信が処罰されるという結論はどうみても一貫しない。
 また、現行の販売頒布の定義を維持したまま送信罪を設けても、児童ポルノが画像データから有体物にシフトすれば、特定人への送信罪は容易に潜脱できるから、送信罪は実効性にも乏しい。

 そこで、有体物の場合についても、特定かつ少数への譲渡(「譲渡罪」)を処罰することにすると、無限に反覆継続する多数回の譲渡を予定している「販売・頒布罪」との関係では、一回性を予定している「譲渡罪」の法定刑は極めて軽くしないと均衡がとれない。この意味でも実効性に乏しい。

 さらに、「販売・頒布罪」に加えて、有体物・無体物を問わず、特定かつ少数への譲渡を処罰するということは、児童ポルノの場合は「不特定または多数に対する」という要件が除去されても可罰的だという立法判断を示すことになるが、だとすれば、陳列罪の場合にのみ「公然性(=不特定または多数に対して)」を要求する理由が失われるから、陳列罪の要件(公然性を要件としないこと)も再検討する必要がある。

 また、送信という現象に着目すると、判例はダウンロードの場合には、ユーザーPCにダウンロードされたデータがサーバーのデータとの同一であるがゆえに、オフラインであってもユーザーがユーザーPCを通じてサーバーを閲覧しているのと同視するという一種の擬制を行うのだが、メール送信の場合にも送信者と受信者には同一のデータがあるにもかかわらず、どうしてこの場合には、受信者が受信者PCを通じて送信者のデータを閲覧しているのと同視しないのだろうか。送信罪と閲覧罪との区別が不明確である。むしろ、現在ネット上の児童ポルノデータの配給方法は、「web掲載」、「メール送信」、「ファイル交換(共有)ソフトによる交換(共有)」に類型化できるから、端的に、「web掲載罪」、「メール送信罪」、「ファイル交換(共有)ソフトによる交換(共有)」罪を設けた方が簡明である。

第5 立法動向について
 現行法については、主に条約に対応する必要性から、改正作業が進んでいる。条約上許される最大限の留保をした上で、留保できない点について現行法との整合性をどう図るかが最大の争点になるものと思われる。
 しかし、翻って考えると、児童ポルノが児童に対する性的虐待であるという立法趣旨(1条)に鑑みれば、立法論としては有体物・無体物を問わずに児童ポルノの概念に含めた上で、保護法益は被害児童の権利(個人的法益)とし、特定かつ少数への譲渡・陳列を規制することを基本形として、不特定または多数への譲渡・公然陳列を加重類型とする立法が正解であったのではないかとも考えられる。
 また、現行法が制定された1999年はすでにインターネットが普及しており、ネット上の児童ポルノの問題も発生していたのであるから、制定当時から立法的対応をすべきであった。
 条約への対応で難儀することは、立法者が、児童ポルノの保護法益やネット上の児童ポルノの問題を意識しないで、安易に刑法のわいせつ罪の規定をまねて現行法を制定したことの「つけ」が回ってきたようなものである。
 このように考えると、条約にどう対応するかという問題は、立法者が、児童ポルノの害悪をどのように理解しているのか、児童ポルノに対して、どのような体系の刑罰法規を設けて、どの程度網羅的・徹底的に規制していくかという根元的な問題に帰着するから、単に条約への対応の問題としてのみ軽々しく議論されるべき問題ではない。