こういう条例があって、
大阪府青少年健全育成条例
第3章 青少年の健全な成長を阻害する行為の禁止
(みだらな性行為及びわいせつな行為の禁止)
第23条 何人も、次に掲げる行為を行つてははならない。
(1) 青少年に金品その他の財産上の利益、役務若しくは職務を供与し、又はこれらを供与する約束で、当該青少年に対し性行為又はわいせつな行為を行うこと。
(2) 専ら性的欲望を満足させる目的で、青少年を威迫し、欺き、又は困惑させて、当該青少年に対し性行為又はわいせつな行為を行うこと。
第5章 罰則
第29条 第23条の規定に違反した者は、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
こういう公訴事実で起訴されるわけで,この事実認定には不服がないのですが、
被告人は専ら自己の性欲を満足させる目的で,■■(平成年月日生,当時13歳)が18歳に満たない青少年であることを知りながら,被告人の要求に応じなければ,・・・する旨申し向けて上記■■を困惑させ,平成16年月日午後時分ころ,同市のホテル「や」203号室において,同女と性交し,もって,青少年に対して性行為を行った
取調済の証拠をみると、「無理矢理押し倒されました」「無理矢理sexさせられました」という被害者の供述があって、告訴状・告訴調書がない。
弁護人も証拠を見る限りホントは強姦じゃないの?と思うわけで、告訴がない強姦罪を裁いては、被害者の意思・親告罪の趣旨に反すると思って、控訴理由を思案中。
訴訟手続の法令違反(親告罪の一部起訴)
1 はじめに
■■に対する条例違反に際して、暴行脅迫が認められる場合には、強姦罪であって、訴訟条件として強姦罪についての告訴が求められるところ、本件では、強姦罪についての告訴がない。
条例違反罪での起訴は、強姦罪の一部起訴であって、親告罪とされている趣旨に反するから、違法である。
原判決には訴訟手続の法令違反があるから、破棄を免れない2 強姦罪と困惑による条例違反罪の関係=法条競合
条例と強姦罪との法定刑が大きく異なることや、大阪府例規でも「威迫しとは、暴行又は脅迫に至らない程度の言語、動作、態度等により心理的威圧を加えて相手方に不安の念を抱かせ、自由な判断力を低下させることをいう」とされていることからも判るように、条例の罪と強姦罪とは補充関係にあって、強姦罪が成立するときには、条例の罪は成立しない。
大阪府条例の「立法者」は大阪府であるから大阪府警の例規は「立法者」の見解である。「大阪府青少年健全育成条例の運用について」大阪府警例規
( 6) 本条第2 号は、専ら性的欲望を満足させる目的で、青少年を威迫するなどにより当該青少年に対し性的行為を行うことであり一般的には「専ら」でないことを柾々弁解するものと予想されるので、性的行為に至る経緯、状況等から「専ら」性的欲望を満足させる目的であつたか否か判断する必要がある。
ア「威迫し」とは、暴行又は脅迫に至らない程度の言語、動作、態度等により心理的威圧を加えて相手方に不安の念を抱かせ、自由な判断力を低下させることをいう。
イ「困惑させて」とは、借金の返済を厳しく迫つたり、雇用関係、職場における上司と部下の関係等の特殊な関係を利用して義理人情の機微につけ込むことなど、心理的な圧迫を加え、精神上の自由な判断力を低下させることをいう。同様に、困惑による場合でも、困惑の程度が著しく、「抗拒不能」に至っている場合には、凖強姦罪のみが成立し、条例の罪は成立しない。
2 「困惑」とは
条例にいう「困惑」は、専ら性的欲望を満足させる目的の手段として行われることを要する。
これは条例及びその解説(大阪府例規)から明かである。大阪府青少年健全育成条例の運用について大阪府警例規
( 6) 本条第2 号は、専ら性的欲望を満足させる目的で、青少年を威迫するなどにより当該青少年に対し性的行為を行うことであり一般的には「専ら」でないことを柾々弁解するものと予想されるので、性的行為に至る経緯、状況等から「専ら」性的欲望を満足させる目的であつたか否か判断する必要がある。
ア「威迫し」とは、暴行又は脅迫に至らない程度の言語、動作、態度等により心理的威圧を加えて相手方に不安の念を抱かせ、自由な判断力を低下させることをいう。
イ「困惑させて」とは、借金の返済を厳しく迫つたり、雇用関係、職場における上司と部下の関係等の特殊な関係を利用して義理人情の機微につけ込むことなど、心理的な圧迫を加え、精神上の自由な判断力を低下させることをいう。暴行脅迫を手段とする場合は強姦罪、児童との支配関係を手段とする場合は児童福祉法淫行罪、犯人が青少年に金品その他の財産上の利益、役務若しくは職務を供与し、又はこれらを供与する約束をした場合や欺罔・威迫・困惑させた場合は大阪府条例の淫行罪というように、ある種の手段的行為が付加要件されて初めて処罰されるのである。
3 困惑の程度
例規では、イ「困惑させて」とは、借金の返済を厳しく迫つたり、雇用関係、職場における上司と部下の関係等の特殊な関係を利用して義理人情の機微につけ込むことなど、心理的な圧迫を加え、精神上の自由な判断力を低下させることをいう。
と説明されているが、既に述べたように、条例の罪と(凖)強姦・(凖)強制わいせつ罪との関係から、困惑についても、「抗拒不能」に至らない程度であることが必要である。
また、困惑が講じて暴行脅迫に至ることがあるかもしれないが、それも条例にいう「困惑」ではない。
これは売春防止法の「困惑」についての解釈と同様である。
古川龍一刑事裁判実務大系3風俗営業・売春防止「対償の収受等」古川龍一4 両罪の成立範囲
困惑を用いて14歳の児童・青少年と性交した場合について、条例違反罪と強姦罪の成立範囲を場合分けすると次のようになる。① 条例にいう「困惑」に至らない場合
両罪とも不成立② 心理的な圧迫を加え、精神上の自由な判断力を低下させる程度の困惑があったが、「暴行脅迫」「抗拒不能」に至らない程度の場合
条例違反罪のみ成立 強姦罪不成立③ 心理的な圧迫を加え、精神上の自由な判断力を低下させる程度の困惑があったが、「暴行脅迫」「抗拒不能」に至っている場合
条例違反罪不成立 (準)強姦罪のみ成立このように、両罪は、困惑・暴行脅迫の程度によって、成立範囲を棲み分けることになる。
5 法条競合の処理(補充関係)
このように、(準)強姦罪が成立するときは、法条競合(補充関係)によって条例違反罪は成立しない。「法条競合」の用語説明
(1) 特別関係→特別法は一般法に優先する
例:業務上過失致死罪が成立するときには、過失致死罪は成立しない。
(2) 補充関係→基本となる構成要件に該当しないことを前提として定められた補充の構成要件
例:殺人罪が成立するときには、殺人未遂罪は成立しない。
例:現住建造物放火罪が成立するときには、家具を燃やしたという建造物以外放火罪は成立しない。
(3) 択一関係 一つの行為に適用可能な複数の構成要件が存在するが、それが相互に両立し難い場合
例:横領罪が成立するときは、背任罪は成立しない。
(4) 吸収関係
例:殺人罪が成立するときには、その際に服を破いたという器物損壊罪は成立しない。
(5) 不可罰的事後行為(吸収関係に入るとする説あり。また、包括一罪とする説もある。)
例:窃盗罪が成立するときには、既遂後の盗品の処分については犯罪は成立しない。6 暴行脅迫がある場合の条例違反罪での起訴は強姦罪の一部起訴
7 強姦罪については告訴がない
8 条例違反罪についての処罰意思は、強姦罪に及ばない。
9 強姦罪の一部起訴の違法
本件で条例違反罪で起訴された事実は強姦罪の実行行為である。
とすると、本件条例違反罪の起訴は、実は告訴がない強姦等の一部起訴であると言わざるを得ない。
しかも、公訴事実で被害者の氏名を掲げて、公訴を提起している。被害者の意思に反してこのようなことがあってはならないというのが親告罪の趣旨である。
強姦罪等については刑事裁判を望まなかった被害者が、その一部である条例違反についてだけ刑事裁判を希望するというのは通常の被害者感情に反する。
本件起訴はこのような強姦罪が親告罪とされている趣旨を潜脱するものであるから、違法である。暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件
【事件番号】最高裁判所第2小法廷判決/昭和26年(れ)第1732号*1
【判決日付】昭和27年7月11日
【判決要旨】数人が婦女に対し共同して暴行を加え姦淫した事実が認められるが、強姦罪について告訴が適法に取り消された場合に、同罪の手段たる共同暴行を暴力行為等処罰に関する法律第一条違反として処罰することは違法である。(少数意見がある。)なお、注意しておくが、これらの判決例は、強姦の実行行為のうちの暴行または脅迫という手段的部分について暴行罪・脅迫罪等として起訴することは親告罪の趣旨を没却させるから違法と判示しているのである。
ところが、条例違反の公訴事実では被告人は困惑を加えてまさに自己の性欲を充たすために性行為をしたのであるから姦淫行為にほかならないのである。つまり、本件で問題にしているのは強姦罪の核心的行為・本質的行為である「姦淫行為」について、非親告罪の別罪として起訴することの可否である。手段的部分が許されないのに核心的部分の起訴は許されるという結論は絶対に許されない。さらに、もし条例犯罪が強姦罪に比べて比べものにならないほど重罪であるならば親告罪の趣旨より条例違反の処罰が優先されることにまだ理解の余地はある。しかし、条例違反罪の法定刑の上限は懲役6月であるのに対して、強姦罪では15年である。懲役15年もの重罪について告訴なければに起訴できないとされているにもかかわらず、つまりそれだけの被害者の意思尊重の趣旨で親告罪とされているにもかかわらず、条例の懲役6月の軽い罪でそれらの趣旨を無に帰すことは許されない。
10 買春罪に抗拒不能の要素が伴う場合との比較
弁護人はかつて、児童買春罪に欺罔による抗拒不能が伴う場合について、名古屋高裁金沢支部の判決を頂いたことがある。
強姦罪と買春罪の構成要件との比較により、買春行為は必ずしも強姦行為の一部とはいえないとの理由で、一部起訴には当たらないという。名古屋高等裁判所金沢支部平成14年3月28日
第2 控訴趣意中,訴訟手続の法令違反の論旨(控訴理由第4及び第23)について
1 所論は,原判示第2ないし第4の各行為は,被害者らの真摯な承諾なく抗拒不能の状態でされたもので,強姦,準強姦,強制わいせつ,準強制わいせつ罪に当たるとし,いずれについても被害者らの告訴はなく,親告罪たる強姦罪等の一部起訴は許されないから,本件起訴は違法であって訴訟手続の法令違反があるという(控訴理由第23)。
しかしながら,児童買春罪や児童買春処罰法7条2項の児童ポルノ製造罪(以下,単に「児童ポルノ製造罪」という。)は親告罪ではなく,しかも強姦罪等とは構成要件を異にしていて,児童買春罪等が強姦罪等と不可分の一体をなすとはいえず,原判示第2ないし第4が強姦罪等の一部起訴であるとはいえないから,告訴欠如の如何を論ずるまでもなく(最高裁昭和28年12月16日大法廷判決・刑集7巻12号2550貢参照),所論は失当である。しかし、金沢支部判決の手法を借りて条例違反罪と強姦罪の構成要件との比較を行うと、両罪は法条競合(補充)関係にあって、条例違反罪が強姦罪の一部であることは明白であるから、まさに、一部起訴に当たることになる。