児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

2015年01月25日のツイート

葛城市議の県青少年健全育成条例違反:前市議「起訴相当」 児童ポルノ製造で

 H26改正前でも、盗撮でも3項製造罪で起訴してましたけどね。

葛城市議の県青少年健全育成条例違反:前市議「起訴相当」 児童ポルノ製造で−−検察審査会 /奈良
2015.01.24 毎日新聞
 女子高生とのみだらな行為を撮影した動画をインターネットに投稿したなどとして、児童買春・ポルノ禁止法違反などの罪に問われた前葛城市議=懲役2年6月、執行猶予4年の判決が確定=について、葛城検察審査会は別の少女への同法違反事件を不起訴とした奈良地検葛城支部の処分に対し、「起訴相当」と議決した。昨年12月18日付。
 議決書によると、容疑は2013年7月30日、少女が18歳未満と知りながら、神戸市内のホテルでみだらな行為を撮影するなどし、児童ポルノを製造したとされる。県警が昨年7月に追送検したが、同支部が不起訴処分を決定。少女側が不服として審査を申し立てていた。
 検審は動画について「少女の承諾のうえ撮影しているとはいえない」と指摘。また「撮影目的が自己使用と断定できる十分な証拠がない」として、起訴相当と結論づけた。
 地検の坂本順彦次席は「上級庁と協議し、適正に再捜査のうえ処理したい」と述べた。【芝村侑美、山本和良】
毎日新聞社

「男児8人に計約30回、ズボンの上から下腹部を触ったりズボンをずらして触ったりした。「チューしたろか」など性的な発言をしたり男児を自分の膝の上に座らせたりしたこともあった」という行為について、「ズボンをずらして触った行為を「わいせつ行為の可能性はあるが、全体でみるとセクハラ行為だった」という教委のコメント

「ズボンの上から下腹部を触ったりズボンをずらして触ったりした。」というのはわいせつ行為であって、全体がセクハラ行為だったとしても、そこはわいせつ行為にほかならないでしょう。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150124-00000007-san-l27
堺市教委は23日、男子児童8人にズボンをずらして下腹部を触るなどのセクシュアル・ハラスメント行為を繰り返したとして、南区の市立小学校の男性講師(24)を懲戒免職処分にした。講師は性的興味を否認し、「最初に児童から遊び半分で触られコミュニケーションのつもりでやっていたが、エスカレートしてしまった」と反省しているという。

 市教委によると、講師は昨年4月から4年生の担任となり、5月ごろから11月初旬までの間、休み時間の教室やグラウンドで男児8人に計約30回、ズボンの上から下腹部を触ったりズボンをずらして触ったりした。「チューしたろか」など性的な発言をしたり男児を自分の膝の上に座らせたりしたこともあったという。

 大半の児童は遊び半分に受け止めていたが、一部の児童が保護者に話して発覚した。市教委はズボンをずらして触った行為を「わいせつ行為の可能性はあるが、全体でみるとセクハラ行為だった」としている。

仲道祐樹「最新判例批評([2015] 4)監禁罪と強制わいせつ罪との罪数関係および強制わいせつ罪と児童ポルノ製造罪との罪数関係[東京高裁平成24.11.1判決] 」判例時報2238号

 奥村はこの事件の弁護人じゃないんですよ。控訴趣意書ライターでした。
 観念的競合説も、まだ、いけそうですね。

観念的競合の一罪性 論拠?、?、?の検討
本判決の論拠?は、「別個の意思の発現」であることを挙げて観念的競合を否定するものである。この点は、監禁罪との罪数関係における論拠?と一致する。
上述した観念的競合の一罪性の論拠に照らすと、本件では、強制わいせつ行為を行うにとどめ、その撮影(製造)を差し控えることは可能であるし、「一三歳未満の者に、わいせつな行為を行うな」とする規範に違反することにより、必然的に「児童ポルノを製造するな」とする規範に違反することになるわけではない。したがって、強制わいせつ行為に引き続いて児童ポルノを製造する行為をなした本件においては、別個の意思発動が認められることになる。第一審判決が、前掲最高裁平成二一年決定と同様に、「両行為が通常伴う関係にあるとはいえ」ないという点を理由付けに用いたのも、この文脈で理解可能である
これに対して、強制わいせつ罪と三項製造罪との関係を観念的競合とした事例群にあっては、例えば、前掲広島高裁平成二三年判決が典型的であるが、被告人の行為は「隠しカメラを用いて、露出した児童の胸部を撮影する」というものであり、製造を禁止する規範に違反することは、必然的に強制わいせつを禁止する規範に違反する。
このような場合には、意思発動は一回であると評価され、観念的競合が認められることになる。その意味では、観念的競合とした裁判例併合罪とした裁判例は、理論的に両立しうると思われる。
論拠?は、「時間的継続」を伴う行為と、「一時点一場所」での行為とは社会的見解上別個の行為であるとする最大判昭和四九年五月二九日にならったものである(いわゆる「点と線」)。
もっとも、その論理の前提として、本判決が「複製行為も犯罪を構成し得るため、時間的に広がりを持って行われることが想定される」点に言及した点には疑問がある。本件児童ポルノ製造にかかる罪となるべき事実としては、公衆便所での撮影行為のみが掲げられており、その後の複製行為をも含めて起訴されているわけではない(この点が、本判決の引用する最決平成一八年二月二〇日刑集六〇巻二号二一六頁とは異なる)。論拠?が、抽象的な行為の性質としての「点と線」を問題とするものであるとすると、およそ強制わいせつ罪(「点」)と三項製造罪(「線」)とは社会的評価として一体のものとはならないことになろう。しかし、上述したように、両罪が観念的競合となりうる場合はなお考えられる。論拠?は、本判決の罪数判断の理由付けとしては妥当性を欠き、不要であったといえる。

論拠?については、それが補強する論拠?への疑問のほか、その内容にも疑問がある。たしかに、罪数論の訴訟法上の意義は、公訴事実の同一性の基準としての面にあるから、一事不再理効の範囲から逆算して罪数を検討する裁判官の思考は理解可能ではある。しかし、実体法上の理論としては、罪数判断の結果として一罪の範囲、ひいては一事不再理効の働く範囲が決まるのであって、その逆ではないように思われる。(なお、罪数論と一事不再理効とを対応させることに否定的な見解として、古田・前掲八〇頁、只木・前掲二五六頁」)
以上のように、本判決の罪数判断のうち、論拠?はその趣旨が不分明であり、論拠?、?の妥当性には疑問が残るが、論拠?、?は理論的にも基礎付けられるものであり、その結論も支持することができると考える