児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

準強姦無罪判決のなぜ その経緯と理由は?

判決要旨を見せられてコメント求められたんですが、角が取れてたり、端折られたりです。
判決には一応理由が付いていて、見た感じ不合理な印象はありません。

https://mainichi.jp/articles/20190325/k00/00m/040/263000c?pid=14509
「状況を精査すれば違った判決の可能性も」
 では専門家はこの判決をどう見ているのだろうか。
 元刑事裁判官の陶山博生弁護士(福岡県弁護士会)は「女性は抵抗不能となるほど酒に酔っているのに同意のそぶりを示せるわけがない。論理的に苦しい判決」と首をかしげる。一方で「今回は男性の弁解を崩すに足る証拠が乏しかったのだろう」とも指摘。飲食店に居合わせた人たちの動きや女性のその後の行動などを詳しく調べれば、違った判決になっていた可能性もあるとみている。

 「古い刑法の考え方に基づく判決だ」と批判するのは甲南大の園田寿教授(刑法)だ。刑法38条は「罪を犯す意思がない行為は罰しない」としており、今回の判決も「女性が許容していると誤信してしまうような状況にあった」として男性の故意を否定した。だが、園田教授は「被告側が同意の存在を誤信したことについて合理的に説明できなければ故意犯と認定すべきだ。そうでなければ、身勝手な誤信は全て無罪になってしまう」と主張する。

「検察官が証拠を示せなかった結果」
同意のない性行為を巡る各国の法制度
 一方、性犯罪事件の被告の弁護を多く手掛ける奥村徹弁護士(大阪弁護士会)は「女性が明確に拒絶しなかったとする男性の説明について、検察官がはっきりと否定する証拠を示せなかった結果だ」と指摘。「同種事件の裁判例も踏襲しており、手堅い手法で事実認定している。立証が不十分であれば無罪となるのは当然だ」と評価する。今後、検察側が控訴した場合、どのように追加の立証をするかにも注目したいとする。そのうえで「今回の判決のポイントは男性の認識についての法的評価であり、性犯罪事件特有の問題ではない。ネットの記事だけで判決の是非を論じるのは自由だが、無罪判決を受けた男性への配慮も必要だ」として冷静な議論を求めている。<<

紙面
性犯罪事件の被告の弁護を多く手掛ける奥村徹弁護士(大阪弁護士会)は「女性が明確に拒絶しなかったとする男性の説明について、検察官がはっきりと否定する証拠を示せなかった結果であり、無罪となるのは当然だ」と判決に一定の理解を示した。

「心の殺人・魂の殺人」 裁判員裁判における量刑評議の在り方について 司法研修所編

裁判員裁判における量刑評議の在り方について 司法研修所
p8
第3 裁判員裁判における量刑判断の在り方
1 量刑に国民の視点,感覚,健全な社会常識などを反映させるという視点
(1 )法益についての意識
前述したとおり,量刑の本質は.「被告人の犯罪行為に相応しい刑事責任を明らかにすること」にある。
そして,量刑においては,基本的には法益保護の要請に反した程度に応じて刑罰的非難の強弱が決められるべきであるから,裁判員には,まず,当該事案で問題とされている法益が何か,その内容がどのようなものかについて意識してもらう必要がある。
生命犯・身体犯・財産犯等における保護法益については裁判員も理解が容易であり,裁判員に対する特段の説明は不要と思われるが,裁判員は強姦致傷罪,強制わいせつ致傷罪などにおける保護法益(傷害の点を除く)を理解するのは必ずしも容易ではないということは経験するところである。
強制わいせつ罪及び強姦罪の保護法益についての通説的な理解は,性的自由(性的な事項についての自己決定の自由)であり,性的自由とは.「誰と,いつ,どのように性的関係をもつかの自由を意味する」とされている。
特に強姦罪においては,被害女性の心身に与える影響の甚大さなどから「心の殺人」と呼ばれることもあるが,裁判員に対しては,刑法上はあくまで自由に対する罪として位置付けられていることについて理解を求めておく必要がある。
その際は.「性的行為の自由」といった,教科書的な説明をしても裁判員はピンと来ないことはよく経験するところであるから.「意思に反して性的行為を強制きれない利益Jr性的攻撃を受けない自由」というような表現を用いるなどの工夫をするとともに,必要に応じて,刑法が他に自由に対する罪としてどのようなものを規定しているか,それらの自由と性的自由とはどのように違うのか,などを各罪の法定刑をも参照しつつ検討することにより,理解を深めることが考えられよう。
性犯罪については,時代により保護法益の重視の度合いも異なり,また,男性と女性によって法益侵害の受け止め方にも違いがある可能性があり,なるべく多角的な視点、で検討できるよう配慮すべきである。
なお,強姦致傷罪等の保護法益の基本部分を性的自由と捉える以上は,姦淫行為が未遂に終わったことは,意思に反した性交まではなかったという点で,姦淫行為が既遂に達した場合と比べて,通常,軽い違法評価がなされるということになると思われる。
裁判員から. (被害女性の精神的被害の大きさ等を踏まえて)「既遂の場合も未遂の場合も同じ」との意見が表明されたとしても,上記の理解からすれば,単純に「既遂も未遂も同じ」とすることは妥当でないということになる。
この点については,裁判員に対する適切な説明を工夫し,理解を得る必要があろう。
(2) 国民の視点,感覚,健全な社会常識などの反映の在り方
次に,当該法益の重さをどのようにみるかが問題となる。刑法は法益の内容に応じて異なった法定刑を規定しているから,こうした刑法の条文に則して,他の保護法益とも関連させながら,法益の重きを推し測ることになる。その結果,例えば,裁判官と裁判員とで当該事案で問題とされている法益についての評価が異なっており,そうした裁判員の意見が反映されて,従来の量刑傾向よりも一定程度重い又は軽い量刑判断がなされることは,まさに裁判員制度の趣旨に合致するところといえる。
裁判員制度施行後2年間の量刑についてのデータからすると,強姦致傷罪については量刑の分布をグラフ化してみた際のピークが2年ほど重い方向にスライドしていることが見て取れる*5。裁判員制度の導入によりこの種の犯罪については量刑が重くなったと一応いうことができるであろう。
裁判員が性犯罪事件で重い量刑意見を述べる背景には,性的自由という保護法益を重視する姿勢があるように思われるが*6,こうした感覚が量刑に反映されることは,裁判員制度導入の趣旨の現れということができょう。
もっとも,裁判員の保護法益の重視の程度がわが国の法体系から許容されないものとならないよう留意すべきである(例えば,一般的に,故意の生命侵害である殺人罪よりも性的自由〔及び身体〕の侵害である強姦致傷罪の刑が重くなるようなことになれば問題があると考えられる。)。
裁判官は,当該事案の罪だけでなく,刑法等に規定されている各種の犯罪を体系的に理解し,その中で当該犯罪の重さを位置付けることができるであろうが,裁判員は,裁判官から的確な説明がない限り,そのような考慮をして刑を決めることは困難で、あるから,他の罪の法定刑との差異やその量刑傾向との比較なと裁判員が保護法益の重さについて適正な評価ができるような様々な視点,素材を裁判官の方から提供する必要がある。
裁判員から,例えば,性犯罪の犯人は非人間性を感じさせ,嫌悪すべき異質な者たちで社会から徹底的に排除すべきであるというような意見が述べられるような場合は,裁判官としては,犯罪行為に相応しい刑を決めるということが量刑の基本であることについて改めて説得的に説明する必要があるしまた,例えば. 「出てきたら,またやるかもしれないので,できるだけ長く入れておきたい」とか.「社会に戻ってほしくない」など,被告人の再犯の危険性(特別予防の必要性)を殊更に重視して過重な量刑意見が述べられた場合は,まずは.その被告人について再犯のおそれを認めるに足りる根拠があるのか具体的に検討し,それが分からない場合にも,公刊物等に基づき刑事学的な知見(とりわけ性犯罪者の再犯率に関する統計的資料*7)を提供したりするなどして,然るべき対処をする必要がある。
再犯率などについても抽象的に説明するのではなく,例えば,再犯率が2割である場合には. 5人のうち4人は再犯をせずに社会に復帰できるのに,そのおそれがあるというだけで長く拘禁してよいかというような問題提起をして考えてもらうなど,理解しやすく,具体的な議論をしやすいような説明や論点の提供を心掛けるべきである。

わいせつ行為とは「社会通念に照らし,それ自体性的な意味合いが強い行為」(福岡地裁H30.10.31)

 控訴審判決が出てから1審判決が公開される。
 「社会通念に照らし,それ自体性的な意味合いが強い行為」という定義は初耳です。
 大法廷H29はわいせつの定義を回避しているので、大法廷判決を引っ張ってきてもわいせつの定義は出てこないんですよ。

裁判年月日 平成30年10月31日 裁判所名 福岡地裁 
文献番号 2018WLJPCA10316002
出典
エストロー・ジャパン
裁判官
太田寅彦、 松村一成、 池上恒太
訴訟代理人
被告人側訴訟代理人
田豊,武寛兼,税所知久,今西眞

第3 強制わいせつ罪の成否について
 1 刑法176条前段の「わいせつな行為」に当たるかどうか
 刑法176条前段にいう「わいせつな行為」に当たるか否かの判断を行うためには,行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案によっては,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断すべきである(最高裁平成28年(あ)第1731号同29年11月29日大法廷判決・刑集71巻9号467頁参照)。
 そこで,本件についてみると,被告人Y2は,Aの両足を両手で掴んで広げて持ち上げた上で,Aの足の間に自己の腰を入れ,腰を数回振ったり,Aの身体に覆い被さったりしたのであり,AやCらも証言するように,その行為は,明らかに性交(正常位)を模したものであるところ,それは被告人Y2とAの股間同士が近接する体勢で行われただけでなく,被告人Y2の股間付近とAの陰部付近を複数回接触させているのであって,これらの行為が,社会通念に照らし,それ自体性的な意味合いが強い行為であることは明らかである。
 この点について,被告人両名の弁護人らは,被告人両名にとって宴会の最中の悪ふざけやいたずらにすぎず,実際に周囲に被告人両名の行為を制止するものもいなかったなどと主張する。しかし,被告人Y2の前記一連の行為の性的な意味合いの強さに照らせば,被告人両名としては,あくまで宴会の中での悪ふざけ,あるいはAに対する嫌がらせなどといった認識の下に行ったすぎないとしても,そのような主観的な事情は,本件においては,「わいせつな行為」に当たるか否かの判断に影響を及ぼすものではない。
 したがって,被告人Y2の前記一連の行為は,刑法176条前段の「わいせつな行為」に当たる。

児童ポルノ摘発 大阪府警で最多」
 アリスクラブのDVDの単純所持罪が、全国協働捜査方式で、何十件も降ってきたので、増えただけだと分析しています。

https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20190320/0013653.html?fbclid=IwAR18AyjnniMDlgzDNYWdnDaYfvXfwey-PA5blWIE3im5Zq7aRR1SGsRF5rQ
児童ポルノ摘発 大阪府警で最多
03月20日 06時35分

去年、大阪府警が摘発した児童ポルノに関する事件は160件と過去最多になりました。

去年1年間に大阪府警が摘発した児童ポルノに関する事件は160件と、おととしに比べて39件増え、統計を取り始めた平成12年以降で最も多くなりました。
被害にあった子どもの数は120人で、このうち、相手に脅されて自分の裸の画像を送ってしまう「自画撮り」の被害にあった子どもが35人に上りました。
「自画撮り」の被害にあった子どものうち中学生が21人と、6割を占めたほか、小学生も3人が被害にあいました。
被害にあった子どものほとんどは、SNSで知り合った相手に対して画像を送っていて、警察は▼教育委員会などと連携して子どもに自分の画像を送らないよう呼びかけるほか、▼保護者に対して、子どものスマートフォンの利用方法について注意するよう呼びかけています。

強制性交等、わいせつ略取、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反被告事件(名古屋地裁h30.12.17)

 判示第2わいせつ略取と判示第3製造罪との間にも牽連犯認める余地があるし、第3の製造罪は包括一罪じゃないかな。

■28270027
名古屋地方裁判所
平成30年(わ)第1136号/平成30年(わ)第1280号
平成30年12月17日
本籍 (省略)
住居 (住所略)
職業 無職
Y1
平成8年(以下略)生(以下「被告人Y1」という。)
本籍 (省略)
住居 愛知県(以下略)
職業 無職
Y2
平成8年(以下略)生(以下「被告人Y2」という。)
被告人Y1に対する強制性交等、わいせつ略取、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反、被告人Y2に対する強制性交等、わいせつ略取各被告事件について、当裁判所は、検察官小林修、同後藤拓志、被告人Y1の弁護人(国選)森戸尉之、被告人Y2の弁護人(私選)松本昌悦各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文
被告人Y1を懲役8年6月に処する。
被告人Y2を懲役8年に処する。
被告人両名に対し、未決勾留日数中各80日を、それぞれその刑に算入する。

理由
(罪となるべき事実)
第1 被告人両名は、共謀の上、自転車で通行中のA(別紙記載)と強制的に性交等をしようと考え、平成30年5月29日午後9時10分頃から同日午後9時50分頃までの間、愛知県(以下略)内の桃畑東側歩道上(別紙記載)において、同人(当時20歳)に対し、被告人Y1が、擦れ違いざまにAの首に腕を巻き付けて同人を自転車から引き降ろし、被告人Y2が、さらにAの足を持って、被告人両名が、Aを前記桃畑内に連れ込み、引き続き、同所において、同人に対し、被告人Y1が、仰向けにさせたAの口を手で押さえるなどし、被告人Y2が、「次うるさくしたら、いつでも殺せるから。」などと言い、Aの首に腕を巻き付けてその首を絞めるなどの暴行脅迫を加え、その反抗を抑圧した上、被告人Y1がAと口腔性交をし、被告人Y2がAと性交をし

第2 被告人両名は、共謀の上、自転車で通行中のB(別紙記載)と強制的に性交等をしようと考え、同年6月29日午後10時20分頃、同県(以下略)内の路上(別紙記載)において、自転車に乗っていた同人(当時17歳)に対し、被告人Y2が、Bの後方からその口を手で塞ぎながら同人を自転車から引き降ろした上、同人の上半身に腕を回して引っ張るなどして、同所付近に停車中の被告人Y1が運転席に乗車する自動車(登録番号(省略))の後部座席にBを押し込むなどの暴行を加え、被告人Y1が、同所から同車を発進させ、同市内の駐車場(別紙記載)まで同車を走行させてBを連れ去り、もってわいせつ目的で同人を略取し、さらに、その頃から同日午後11時30分頃までの間に、前記一連の暴行等により畏怖して反抗抑圧状態にある同人に対し、被告人Y1が、同所に駐車中の同車内において、Bと口腔性交及び性交をし、引き続き、被告人Y2が、Bを抱きかかえて同車から同所に駐車中の自動車(登録番号(省略))に乗り換えさせ、同車内において、同人と性交をし
第3 被告人Y1は、Bが18歳未満の者であることを知りながら
 1 同日午後10時32分頃から同日午後10時39分頃までの間、前記駐車場に駐車中の自動車(登録番号(省略))内において、Bに被告人Y1の陰茎を口淫させる姿態及びBに被告人Y1を相手として性交させる姿態等をとらせ、これを被告人Y1の撮影機能付き携帯電話機で動画撮影し、同月30日午前零時44分頃から同日午前1時30分頃までの間に、(住所略)C(省略)号被告人Y1方において、その動画データをアプリケーションソフト「D」を使用して、被告人Y1が所有する別の携帯電話機の内蔵記憶装置に記録させて保存し、
 2 同月29日午後10時39分頃から同日午後11時30分頃までの間に、前記駐車場に駐車中の自動車(登録番号(省略))内において、Bに被告人Y2を相手として性交させる姿態をとらせ、これを被告人Y1の撮影機能付き携帯電話機で動画撮影し、同月30日午前零時44分頃、前記被告人Y1方において、その動画データをアプリケーションソフト「E」を使用して、被告人Y1が所有する別の携帯電話機の内蔵記憶装置に記録させて保存し
 もってそれぞれ児童を相手方とする性交又は性交類似行為に係る児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した児童ポルノを製造し
たものである。
(証拠の標目) 括弧内の甲乙の番号は検察官請求証拠番号を示す。
(法令の適用)
○ 被告人Y1について
1 罰条
 判示第1について 刑法60条、177条前段
 判示第2のうち
  わいせつ略取の点について 刑法60条、225条
  強制性交等の点について 刑法60条、177条前段
 判示第3について 包括して児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律7条4項、2項、2条3項1号
2 科刑上一罪の処理
 判示第2について 刑法54条1項後段、10条(重い強制性交等罪の刑で処断)
3 刑種の選択
 判示第3の罪について 懲役刑を選択
4 併合罪の処理 刑法45条前段、47条本文、10条(刑及び犯情の最も重い判示第2の罪の刑に法定の加重)
5 未決勾留日数の算入 刑法21条
6 訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
○ 被告人Y2について
1 罰条
 判示第1について 刑法60条、177条前段
 判示第2のうち
  わいせつ略取の点について 刑法60条、225条
  強制性交等の点について 刑法60条、177条前段
2 科刑上一罪の処理
 判示第2について 刑法54条1項後段、10条(重い強制性交等罪の刑で処断)
3 併合罪の処理 刑法45条前段、47条本文、10条(犯情の重い判示第2の罪の刑に法定の加重)
4 未決勾留日数の算入 刑法21条
5 訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
 本件は、幼なじみである被告人両名が、いわゆるナンパ目的で女性に声をかけては体を触って逃げるなどの行為を繰り返すうち、女性と強制的に性交等をしようなどと考え、夜間、一人で通行中の女性を物色して判示第1の犯行に及び、その犯行が発覚しないとみるや、わずか約1か月後に別の被害者に対して判示第2の犯行に及ぶなどしたもので、強制性交等の事案の中でも特に悪質な部類に入る。
 判示第1の犯行では、自転車で走行中の被害者を引き降ろし、激しく抵抗する被害者の首を絞めるなど強度の暴行を加え、「いつでも殺せる」などと強烈な言葉で脅迫した上で、こもごも口淫、姦淫に及んだ。判示第2の犯行でも、自転車で走行中の被害者を引き降ろし、車内に押し込んで連れ去り、1時間余りにわたって順次口淫、姦淫した。いずれの犯行も、性欲の赴くまま被害者の人格を無視してその身体を弄び、口内ないし膣内に射精しており、犯行態様は卑劣で悪質極まりない。被告人両名が各犯行において果たした役割、責任の重さに軽重はない。
 さらに、被告人Y1は、判示第2の犯行の際、口止め目的で動画を撮影して判示第3の犯行に及び、犯行後は、被害者の携帯電話に性交を求めるようなメッセージを送っており、犯行後の情状も悪い。
 各被害者の身体的、精神的苦痛は甚大であり、被告人両名に対する処罰感情が厳しいのも当然である。
 以上の諸事情からすれば、被告人両名は、若年で前科前歴がなく更生の余地が大きいこと、各公訴事実を認め、被害者に対する謝罪と反省の弁を述べていること、被告人Y1の母親及び被告人Y2の父親がそれぞれ出廷して監督を誓約していること、被告人Y1が被害者の一人に対して謝罪文を送付し、被告人Y2が20万円を贖罪寄付したことなどを考慮しても、被告人両名の刑責は重く、主文の刑を科すのが相当であると判断した。
(求刑 被告人Y1に対し懲役10年、被告人Y2に対し懲役9年)
刑事第2部
 (裁判長裁判官 齋藤千恵 裁判官 近藤和久 裁判官 鈴木真理子)

h27.3.23 22:20ころの死亡交通事故について、禁錮3年、執行猶予5年(求刑・禁錮3年4月)(佐久支部H27.9.7)が確定した後、同日22:07の道交法違反(速度超過)等で起訴して、懲役3月罰金20万円が求刑され、公訴棄却となった事例(佐久支部H31.3.18)

「両親の願いは、有罪判決を受けた上で、15年の判決の執行猶予が取り消されること。」と報道されています。
 実体判決された場合、後の有罪判決(求刑懲役3月罰金20万円)については、前刑の余罪になるので、25条1項の要件で執行猶予が検討されることになります。
 参考条文と文献を挙げておきます。

模範六法
刑法第五〇条(余罪の処理)
 併合罪のうちに既に確定裁判を経た罪とまだ確定裁判を経ていない罪とがあるときは、確定裁判を経ていない罪について更に処断する。
併合罪の関係に立つ数罪が前後して起訴され、前に起訴された罪について刑の執行猶予が言い渡されていた場合に、後に起訴された余罪が同時に審判されていたならば一括して執行猶予が言い渡されたであろうときは、右の後に起訴された罪については、本条一項によってさらに執行猶予を言い渡すことができる。(最大判昭31・5・30刑集一〇━五━七六〇)
※本条一項によって刑の執行を猶予された罪の余罪について、さらに執行猶予を言い渡すためには、両罪が併合罪の関係にあれば足り、実際上、同時審判が不可能ないし著しく困難であるかどうか、または同時に審判されたならば執行猶予を言い渡しうる情状があるかどうかを問わない。(最大判昭32・2・6刑集一一━二━五〇三)

条解刑法
10)余罪と執行猶予
執行を猶予された罪の余罪の場合本条1項l号の要件を文字どおりに解釈すると,ある罪について執行猶予を言い渡す有罪判決が確定した後にその確定前に犯した罪について刑を言い渡すべき場合でも執行猶予を言い渡すことはできないように思われる。しかし判例は,もしこれらが同時に審判されていたら一括して本条I項により刑の執行を猶予することができたのであるから,それとの権衡上,本条1項l号の欠格事由がないものとして更にその刑の執行を猶予することができるとする(最大判昭28・6・10集76~1404)。判例はこの考え方を更に進め,同時審判を受ける可能性がなかった余罪,すなわち,前の裁判の言渡し後確定前に犯した罪も同様に解している(最大判昭32・2・6集112 503)。したがって,ここでいう余罪とは,前の裁判確定時を基準としてそれ以前に犯した罪をいい,こ
の場合の執行猶予は本条2項ではなく1項によって言い渡すべきことになる(最大判昭31・5・30集105 760)。この場合に前の刑と余罪の刑とが合算して3年以下であることを要するかという問題があるが,消極に解すべきであろう(大阪高判昭42・10・6高集20-56230 なお,本条注15参照)。

判例秘書
判例番号】 L02220501
       賍物故買被告事件
【事件番号】 大阪高等裁判所判決/昭和41年(う)第984号
【判決日付】 昭和42年10月6日
【判示事項】 数個の罪の中間に確定裁判があるため同時に2個以上の刑に処する場合に、全部の刑について初度の執行猶予を言い渡すための宣告刑の刑期
【判決要旨】 数個の中間に確定裁判が介在するため、2個以上の懲役若しくは禁錮に処すべき場合、刑法25条1項の規定により右各刑につき刑の執行猶予の言渡をするには、それぞれの刑期が3年以下であれば足り、その各刑期を合算したものが3年以下であることを要しない。
【参照条文】 刑法25-1
【掲載誌】  高等裁判所刑事判例集20巻5号623頁
       判例タイムズ213号249頁
       判例時報510号76頁
【評釈論文】 研修236号31頁
       判例評論116号41頁

https://digital.asahi.com/articles/ASM3J6HXLM3JUOOB00P.html?iref=pc_extlink
 一度判決が確定した交通事故を巡り、その後判明した速度違反を改めて罪に問えるのか。こうした点が争点となった裁判で、長野地裁佐久支部は18日、長野県御代田町の会社員男性(46)に公訴棄却(求刑懲役3カ月)の判決を言い渡した。事故で中学3年の息子を失った両親が、男性を執行猶予とした1度目の判決に不満を抱き、独自の調査で大幅な速度超過の疑いを訴え実現した2度目の裁判だったが、思いは届かなかった。

 被告側は今回の裁判で、一つの事件について再び罪に問えない「一事不再理」の原則を訴えて免訴を求めた。この点、勝又来未子裁判官は「(両事件は)社会的見解上、別個のものと評価できる。一事不再理には当たらない」と判断。そのうえで、法定速度を36キロ上回る時速96キロだったとする検察側の主張については「合理的な疑いが残る」とし、時速76キロだったと認定。道路交通法上の反則行為に当たると判断したが、裁判を起こすには本人に通知したうえ、未納のまま納付期間を経過する必要があるが、それを踏んでいない形式上の不備があるとして公訴を棄却した。

https://digital.asahi.com/articles/ASM3J4VTCM3JUOOB00B.html
地検、告発受け起訴
 「謝罪はいらないから、本当のことを話してほしい」。事故の1年後、男性から届いた2回目の手紙にこう返事を書いたが、反応はなかった。「真相を知りたい」という思いは、怒りに変わっていた。17年5月、地検に告発状を提出した。
 地検は告発を受けて捜査を始めた。事故があった午後10時7分ごろの時速は96キロだったとして、18年2月、男性を道交法違反(速度超過)の罪で起訴。事故後の車の改造についても問い、道路運送車両法違反(不正改造)の罪も加わって、再び裁判が始まった。
 そして18日、判決の日を迎える。検察側は速度超過について懲役3カ月を、不正改造について罰金20万円を求刑。両親の願いは、有罪判決を受けた上で、15年の判決の執行猶予が取り消されること。刑務所に、ただ入ってほしいわけではない。「反省の機会にしてほしいんです」と善光さん。1人の命を奪ったという事実と、向き合ってほしいだけだ、という。
     ◇
 男性側は速度超過の罪について、判決で確定済みの事件については再度、罪には問われない刑事訴訟法上の原則「一事不再理」にあたると主張。有罪か無罪かを判断せず、裁判を打ち切る免訴などを求めている。不正改造の罪についても違法とまでは言えないとし、無罪を主張している。
 長野地検の干川亜紀次席検事は、15年の時点で道交法違反を適用しなかった理由について、「お答えできません」とした。当時は時速70~80キロとしており、捜査不足ではなかったのかとの指摘にも、コメントはしなかった。

「CD-Rを顧客に販売するに当たり,警察の摘発に備えて,顧客から注文を受ける前にはCD-Rに同データファイルをコピーしないようにしていた行為について、わいせつ電磁的記録記録媒体有償頒布目的所持罪のみならず,わいせつ電磁的記録有償頒布目的保管罪の成立も考えられる」司法研修所検察教官 古賀由紀子「わいせつ物頒布等」捜査研究820号

 検察教官は「保管罪」も成立するといいますが、
 名古屋高裁H31.3.4によれば、わいせつ電磁的記録媒体の有償頒布所持罪であって、保管罪は成立しないことになります。

名古屋高裁H31.3.4
 2 判示第2
 (1) 同事実(被告人弁護人も争わない)は児童ポルノ禁止法7条7項,刑法175条2項の「所持」罪該当(検察官はこれらの「保管」罪該当をいうけれども,被告人は電磁的記録に係る記録媒体を所持したから「所持」該当。「保管」不該当。訴因変更不要)

設問
例3 日本在住の丙は, 男女の性交場面を露骨に撮影した動画のデータファイルを自己のパソコンのハードディスクに記録・保存し,ハードディスクから同データファイルをCD-Rにコピーして, CD-Rを顧客に販売するに当たり,警察の摘発に備えて,顧客から注文を受ける前にはCD-Rに同データファイルをコピーしないようにしていた。丙は, 同データファイルを記録・保存したハードディスク自体については販売するつもりはなかった。
設問のポイント
事例3では,丙は, わいせつなデータを記録.保存したハードディスク自体については有償で頒布する目的がないことから,刑法175条2項のわいせつ電磁的記録記録媒体有償頒布目的所持罪が成立するのかが問題となる。
解答
わいせつ電磁的記録記録媒体有償頒布目的所持罪とわいせつ電磁的記録有償頒布目的保管罪一有償頒布目的の意義
「有償で頒布する目的」とは,有償でわいせつな電磁的記録媒体等を頒布する目的をいい,平成23年の改正前の刑法に規定されていた「販売の目的」を含む。
また,日本国内において有償で頒布する目的をいい,外国において有償で頒布する目的は含まれない(最判昭52.12.22刑集31-7-1176)。
わいせつ電磁的記録媒体という有体物については「所持」,わいせつ電磁的記録という無体物には「保管」の概念が当てられている。
刑法175条2項は,「有償で頒布する目的」で,わいせつな電磁的記録媒体等を所持し,又はわいせつな電磁的記録その他の記録を保管した者と規定しているのみで,所持の対象物と頒布する対象物との一致や,保管の対象となる記録と頒布する記録との一致が条文上要求されているわけではないことから,わいせつな電磁的記録を保存した元の記録媒体から,その電磁的記録を別の媒体にコピーして販売する目的であったとしても,コピー元の電磁的記録記録媒体自体について,「有償で頒布する目的」で所持したものと認められる(最決平18.5.16刑集60-5-413参照)。
なお,インターネット上のレンタルサーバーコンピュータに,有償で頒布する目的でわいせつな電磁的記録を記憶・蔵置させた場合,前記3-1(1)に記載のとおり、わいせつ電磁的記録有償頒布目的保管罪が成立する。
事例3においては,わいせつ電磁的記録記録媒体有償頒布目的所持罪のみならず,わいせつ電磁的記録有償頒布目的保管罪の成立も考えられるが,有体物であるわいせつ電磁的記録記録媒体有償頒布目的所持罪が成立する場合には,同罪で処罰すれば足りるであろう。

「わいせつ=主観にかかわらず、社会通念上、性的な意味合いが強い行為」と判示したような事例(福岡高裁H31.3.15)

 最高裁レベルでわいせつの定義がなく、高裁レベルでは

 いたずらに性欲を興奮または刺激させ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいう(金沢支部
 性的自由を侵害する行為(大阪高裁 大法廷h29.11.29の控訴審
 「一般人の性欲を興奮,刺激させるもの,言い換えれば,一般人が性的な意味のある行為であると評価するものと解されるから,強制わいせつ行為に該当する。」東京高裁H30.1.30(奥村事件 上告棄却)
 「被告人が13歳未満の男児に対し,~~などしたもので,わいせつな行為の一般的な定義を示した上で該当性を論ずるまでもない事案であって,その性質上,当然に性的な意味があり,直ちにわいせつな行為と評価できることは自明である。」(広島高裁H30.10.23 奥村事件 上告中)

と割れていますので、判例状況を当職らに問い合わせた上で上告してください。

元警部補の2人 2審も有罪判決 女性部下にわいせつ
2019.03.16 
 部下の女性警察官への強制わいせつ罪に問われた福岡県警の元警部補2人の控訴審で、福岡高裁(鬼沢友直裁判長)は15日、A被告を懲役1年4月、執行猶予3年、B被告を懲役1年6月、執行猶予3年(ともに求刑・懲役1年6月)とした1審・福岡地裁判決を支持、両被告の控訴を棄却する判決を言い渡した。
 高裁判決によると、両被告は共謀し、2015年9月18日夜、福岡市内の飲食店で開かれた職場の飲み会で、A被告が女性を羽交い締めにしてB被告が女性の両足を広げ、股間を複数回接触させるなどした。
 弁護側は「悪ふざけで性的な意図はなかった」などと主張したが、高裁判決は、同罪の成立に「犯人の性的意図は不要」とした17年の最高裁判決を引用し、「女性の羞恥心を著しく害する行為」と認定。「職場の力関係に乗じた卑劣な犯行」と断じた。
読売新聞社

福岡・元警部補部下わいせつ:元警部補2人の控訴棄却 高裁
2019.03.16 西部朝刊 28頁 社会面 (全447字) 
 職場の飲み会で部下の女性警察官にわいせつ行為をしたとして、強制わいせつ罪に問われた、ともに福岡県警元警部補のA被告とBの控訴審判決が15日、福岡高裁であった。鬼沢友直裁判長は、A被告を懲役1年4月、執行猶予3年、B被告を懲役1年6月、執行猶予3年とした1審・福岡地裁判決を支持し、両被告の控訴を棄却した。
 控訴審でA被告側は「関わっていない」、B被告側は「被害者を性的対象と考えていなかった」と無罪を主張したが、鬼沢裁判長は性的意図がなくても罪が成立するとした2017年の最高裁判決を踏まえ「被告らの主観にかかわらず、社会通念上、性的な意味合いが強い行為だ」と指摘。「職場の力関係に乗じ、体力に劣る女性を2人で襲う卑劣な犯行だ」と批判した。
 控訴審判決によると、2人は15年9月18日、福岡市内の飲食店であった懇親会に参加。A被告が女性警察官を背後から両脇をつかんで押さえつけ、B被告が女性を無理やり開脚させ、腰を振るなどした。
毎日新聞社

神元隆賢〈刑事判例研究〉16歳の被害者に対し、事実上の養父が自己の立場を利用して性交した事案につ監護者性交等罪に児童福祉法違反が吸収され法条競合となるとした事例札幌地裁小樽支部平成29年12月13日判決(事件番号不明・監護者性交等、児童福祉法違反被告事件) (判例集未登載)+堀田さつき検事「監護者性交等罪と,児童福祉法における自己を相手方として淫行をさせる行為とが,法条競合の関係にあり,監護者性交等罪のみが成立するとされた事案(平成29年12月13日札幌地裁小樽支部判決(確定))」研修843号

神元隆賢〈刑事判例研究〉16歳の被害者に対し、事実上の養父が自己の立場を利用して性交した事案につ監護者性交等罪に児童福祉法違反が吸収され法条競合となるとした事例札幌地裁小樽支部平成29年12月13日判決(事件番号不明・監護者性交等、児童福祉法違反被告事件) (判例集未登載)

堀田さつき検事「監護者性交等罪と,児童福祉法における自己を相手方として淫行をさせる行為とが,法条競合の関係にあり,監護者性交等罪のみが成立するとされた事案(平成29年12月13日札幌地裁小樽支部判決(確定))」研修843号

 両方併せると判決が再現できます。

 検察官は、監護者性交罪と児童淫行罪の観念的競合として、控訴事実第1と第2を起訴して、児童淫行罪は包括一罪になるけど、監護者性交が伴う場合には、かすがい現象は生じず、併合罪になると主張しています。ややこしいこと言わずに、児童淫行罪起訴しなきゃいいじゃん。
 法条競合もおかしいなあ。児童淫行罪の保護法益と監護者性交罪の保護法益は違うから、重い監護者性交罪で評価され尽くしてない。全く同じ罪であれば、監護者性交罪の立法事実はなかったことになる。児童淫行罪の法定刑を引き上げれば済んだ。


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【事実の概要】
被告人は、平成21年頃から、内縁の妻(以下「被害者の母親」)及びその娘(当時小学二年生、以下「被害者」)らの居宅に同居し、被害者らの生活費を相当程度負担し、被害者の身の回りの世話をし、被害者の母親に代わって被害者の話を聞くなどして被害者を精神的に支え、時には被害者に対して生活上の指導をするなどして、事実上の養父として被害者を現に監護していたところ、平成26年頃から被害者に対し性的虐待を繰り返した末、平成29年7月17日午後九時頃、上記居宅において、被害者(当時一六歳)を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて被害者と性交等をし(以下「第一行為」)、
同月20日午前五時頃にも同様に性交等をした(以下「第二行為」)
・・・・・・・・
2 罪数について
(1)検察官の主張
ア 監護者性交罪と児童福祉法違反(淫行させる行為・児童淫行罪)の構成要件及び保護法益は異なるから ある行為が監護者性交罪と児童淫行罪のそれぞれの構成要件を充足する場合には両罪が成立し観念的競合となる
 本件では第1行為及び第2行為のいずれについてもそれぞれ監護者性交と児童淫行罪が成立して両者は観念的競合となる
イ 第1項の監護者性交と第2行為の監護者性交との罪数を検討すると、監護者性交の保護法益である個別の性交等についての性的自由ないし性的自己決定権は、性交等の都度侵害される性質者であること、本件では両行為の間に2日間もの間隔があり、その間被告人及びひがいしゃは勤務先や学校に出かけるなどしていたことなどに照らせば、第2行為の監護者性交罪は、第1行為の監護者性交罪とは別個の犯意に基づく別個の法益侵害であるから、両者は二個の行為であり両者は併合罪となる
ウ 第1行為にかかる児童淫行罪と第2行為に掛かる児童淫行罪は、同一の児童に対し, 同一の支配関係を利用して, 同一の意思の下に行ったものであるから,包括一罪となる
ところで、監護者性交等罪及び児童福祉法違反は観念的競合の関係なるが(上記ア)、次の通り、児童福祉法違反を「かすがい」として第1,第2行為全体が科刑上一罪となることはない。
すなわち、
そもそも「かすがい理論」には,新たな犯罪が加わるのに処断刑が下がるという逆転現象が生じ,一事不再理効の範囲が不当に拡張されるという不合理があり、この不合理は,格段に重い罪数罪(監護者性交等罪)が比較的軽い罪(児童福祉法違反)をかすがいとして科刑上一罪とされることにより,その不合理が極めて顕著なものとなるところ、本来併合罪である二件の監護者性交を法定刑の格段に低い児童福祉法違反をかすがいとして科刑上一罪とすればまさに上記不合理をもたらすことになる。よって本件では第1行為全体と第2行為全体はかすがい理論により科刑上一罪となることはなく併合罪になるというべきである

準強姦無罪判決(高裁宮崎支部h26.12.11)

判例番号】 L06920607
       準強姦被告事件
【事件番号】 福岡高等裁判所宮崎支部判決/平成26年(う)第20号
【判決日付】 平成26年12月11日
【掲載誌】  LLI/DB 判例秘書登載
       主   文
 本件控訴を棄却する。
       理   由

 本件控訴の趣意は,検察官の職務を行う指定弁護士大脇通孝及び同田中佐和子連名作成の控訴趣意書に記載のとおりであり,これに対する答弁は,主任弁護人上山幸正,弁護人河口友一朗,同宮路真行連名作成の答弁書に記載のとおりであるから,これらを引用する。
 論旨は,要するに,本件公訴事実は優に認定でき,被告人には準強姦罪が成立するから,被告人を無罪とした原判決には,刑法178条にいう「抗拒不能」の解釈を誤った法令適用の誤り及び判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。
 そこで記録を調査して検討する。
第1 本件公訴事実
 被告人は,自ら主宰する少年ゴルフ教室の生徒である被害者(当時18歳)が,両者の間に存在する厳しい師弟関係から被告人に従順であり,かつ被告人を恩師として尊敬し,同女に対し劣情を抱いて卑わいな行為をするはずがないと信用していることに乗じ,ゴルフ指導の一環との口実で,同女をホテルに連れ込み姦淫することを企て,平成18年12月9日午後2時30分頃,鹿児島市(以下略)リゾートホテル□□に同女を車で連行した上,同ホテル駐車場において,同女に対し,「度胸がないからいけないんだ。こういうところに来て度胸をつけないといけない」等と言葉巧みに申し向けて同女を同ホテルの1室に連れ込み,同所において,同女に対し,「お前は度胸がない。だからゴルフが伸びないんだ。」「俺とエッチをしたらお前のゴルフは変わる。」等とゴルフの指導にかこつけて被告人と性交するよう申し向け,さらに同女をベッド上で仰向けに倒して覆い被さった上,強引にせっぷんをするなどし,同日午後3時頃,恩師として信頼していた被告人の上記一連の言動に強い衝撃を受けて極度に畏怖・困惑し,思考が混乱して抗拒不能の状態に陥っている同女を,その旨認識しながら姦淫し,もって同女を抗拒不能にさせて姦淫した。
第2 原判決の概要
 原判決は,本件の争点を,①被害者が性交時に抗拒不能状態であったか否か,②そのことを被告人が認識していたかであると整理し,①被害者が性交時に抗拒不能状態であったとは認められないから,本件公訴事実は認められない,と判示している。原判決は,被害者が性交時に抗拒不能状態であったとは認められない理由として,被害者が被告人との性交を拒否しなかった原因に,信頼していた被告人から突然性交を持ちかけられたことによる精神的混乱のあったことが認められるが,その程度は抗拒不能に陥るほどではなく,これまでの被告人との人間関係を壊さないようにすることを考えるなどして,自分から主体的な行動を起こさなかった可能性,すなわち,被告人との性交を拒否することが著しく困難な精神状態には陥っていなかったが,そのまま流れに任せるに留まった可能性を排斥できないとしている。
 なお,原判決は,仮に,被害者が抗拒不能状態にあったとしても,被害者が客観的にした抵抗はキスの際に口をつぐむという程度であり,抗拒不能であることを被告人が認識することは極めて困難であるといわざるを得ないし,被害者が被告人からのおよそ理不尽な要求に逆らえないほどの人間関係上の問題があったと被告人が認識することも困難であって,②被告人がそのことを認識したのかについて合理的な疑いが残るとも判示している。
第3 当裁判所の判断
 1 関係証拠によれば,以下の事実関係が認められる。
  (1) 被害者は,中学3年生当時から,被告人の経営するゴルフ練習場で,被告人から指導を受けるようになった。被害者は,ゴルフ部の特待生として高校に進学したが,高校生になってからは,ほぼ毎日,数時間の被告人の指導を受け,高校における部活動より被告人の指導を受けることを優先するようになり,高校3年生になると,高校の部活には朝の練習にだけ参加し,放課後は被告人が高校まで迎えに来て,被告人のゴルフ練習場で練習するようになった。被害者のゴルフの成績は上昇し,特に高校2年生から3年生にかけ,大会で優勝するなど,プロゴルファーを目指すことが現実的な目標となるほどの成績を上げるようになった。
 被告人の被害者に対する指導には,熱心で厳しいものがあり,手やゴルフクラブ等で頭を叩く体罰を加えることもあった。被告人は,ゴルフをするのに支障があるとして,自分で被害者の前髪を切ったことが複数回あったほか,被害者がピアスをつけていたり,男性と交際していることを知ると,激怒してこれらをやめさせたりしたことがあった。また,被告人は,日頃から,ゴルフについての被害者の問題点として,度胸がないこと,メンタル面が弱いことを指摘して被害者に説教することがたびたびあった。さらに,被告人は,被害者の面前で,自分の長男に暴力を含む厳しい指導をしたり,被害者の高校のゴルフ部の顧問と口論をして乱暴な発言をしたり,その後その顧問のいないところで同人を罵倒したり,被告人から指導を受けていたがその後離れていった者について悪口を言ったりすることなどがあった。
 他方,被告人は,本件当時,被害者の38歳年上であり,被害者の父親よりも5歳年上であり,被告人と被害者は,被告人の内妻及び小学生の長男,被害者の両親と,家族ぐるみでのつきあいがあった。また,被告人は,本件より前に,ゴルフの試合に出場した際の帰途において,被告人のキャンピングカー内で,被害者と2人きりで仮眠を取ったことがあったり,被害者がゴルフの試合に出場するため2人で遠征した際に,宿泊先のビジネスホテルで,就寝前に,翌日の試合の計画を立てるためとして,被害者を被告人の部屋に呼んで2人きりで打合せをしたりしたことがあった。被告人は,それらの機会を含めて,本件当日に至るまで,被害者に対し,被害者を性的な対象や恋愛の対象として扱うような言動や,被害者に対して性的な欲望や恋愛感情等を抱いていることをうかがわせるような言動をしたことはなかった。
 被害者においても,本件に至るまでは,そのような被告人を,ゴルフの指導者という立場を離れた1人の男性としてみることはなかった。
  (2) 被告人は,土曜日であった本件当日昼,高校3年生であった当時18歳の被害者の自宅に電話を架け,車で迎えに行って二人で被告人のゴルフ練習場に行く旨誘い,その了承を得た。
  (3) 被告人は,被害者を車に乗せ,あえて,被告人のゴルフ練習場とは反対方向かつ本件の現場となったラブホテルの方向に,用事があると言って被害者を連れて行き,所用を済ませ,また,ファストフード店に立ち寄って,食べ物を購入し,その後,ドライブに行こうかなどと告げ,さらに車を走らせ,本件ラブホテルの直近にあり,その周囲のラブホテルが見える公園の駐車場に車を止めて,被害者に食事をさせながら話をした。被告人は,運転中,被害者に対し,宮里藍のポルノを見たことがあるかなどという話題を振ったが,被害者は,ないと答え,それ以上のやりとりはなかった。
 被告人は,本件ラブホテルの駐車場に車を止めて,車を降り,それに引き続いて,被害者も車を降りた。被告人は,被害者を連れて本件ラブホテルに入った。被告人は,その前後に,被害者に対し,「こういう所,来たことあるか。」「度胸がないから,こういう所に来てみた。」などと述べた。
 なお,被害者としては,本件ラブホテルに入った時点において,ラブホテルという建物の性質を十分理解しており,強い嫌悪感と不安を感じ,一時満室であったことから,入室せずに済むのではないかとほっとしたり,入室しないように,と祈るような気持ちになったりしていたが,その旨を被告人に言葉や態度で示したり,入室を拒絶したりすることはなかった。
 被告人と被害者は,ラブホテルの一室に入ると,ソファに並んで座り,30分程度ゴルフについて会話をした。被告人は,その中で,被害者に対し,いつもメンタル面が弱いなどと話し,「こういう所で性行為の体験をしたことはないんじゃないか」などとも発言した。
 被告人は,被害者に対し,「お前は,メンタルが弱いから」「俺とエッチをしたらお前のゴルフは変わる」などと言った。被害者は,身体を後ろに引くようにして「いやあ」あるいは「いやいや」などと発言したりしたが,それ以上具体的な言葉は述べなかったし,明確に性交を拒絶するような態度も取らなかった。被告人は,被害者をベッドに連れて行き,被害者を押し倒して寝かせ,その上に乗る体勢になった。
 被告人は,被害者にキスをしようとしたところ,被害者は,顔を横に背け,口をつぐんでこれを拒絶したが,被告人は,被害者の顔を両手で挟んで強引に元に戻し,キスをして,被害者の口に舌を入れた。
 被告人は,被害者の胸を触るなどした上で,被害者の着衣を脱がせ,被害者の性器を触り,被害者の横に寝て自らの性器を触らせたりし,再び被害者の上に乗って,性交した。
 被害者は,この間,ほぼ無反応であり,被告人との性交を拒絶する旨を述べていないし,上記のとおりキスを拒絶した以外,被告人に対し,性交を拒絶するような仕草等はしていない。
 被害者は,性交後,無表情であり,被告人車両に乗って,ホテルから練習場に移動したが,被告人において容易に認識できるほど,険しい,深刻そうな表情であり,車内では全く会話はなく,被害者は,その後,体調不良を理由に親に迎えに来てもらって早退した。
 被害者は,その週明けの平成18年12月11日,学校で異常を察知した友人から尋ねられて,本件被害を告白し,その友人から事情を聞いた被害者の両親にも,同日中に,被害に遭ったことを打ち明けた。
 2 以上の事実関係を前提に,被害者が抗拒不能状態にあったか検討する。
  (1) 被害者は,当時18歳になったばかりの高校生であり,社会経験や男性との交際経験が豊富であったことをうかがわせる事情はない。被害者は,それまで数年間にわたって,被告人の厳しくも熱心な指導の下,ゴルフに打ち込んできたもので,被告人の粗野な振る舞いや厳しい指導を恐れる面もあったが,被告人との間には深い信頼関係があると感じ,かつ,自分の父より年長の被告人が自分を異性としてみているとは全く考えていなかった。
 このような被害者が,被告人にゴルフの指導にかこつけて自宅から連れ出され,さらに,ゴルフとの指導と関係があるかのような発言をされ,しかも,これまでも繰り返し弱点とされてきた自分のメンタル面の弱さにかこつけて,ラブホテルに一緒に入ったのであるから,被害者においては,当時,被告人の意図が理解できずに混乱し,半信半疑ながらも,被告人からまさか本当に性的関係を迫られることまではないのではないかという希望的観測を抱き,また,ゴルフの指導ではなく性行為を目的にしていると被告人を疑って,ラブホテルに入ることを断れば,これまでゴルフの指導に専念してきた被告人を怒らせるのではないかと考えてこれを断ることを躊躇するという複雑な心情にあったものと推認される。他方で,被害者において,不承不承であれ,被告人との性交に応じてもよいという心情にあったことをうかがわせる事情は全く見当たらない。
 そのような被害者が,ラブホテルの一室に2人きりでいる状況で,被告人から現実に性交を求められ,ベッドに寝かされ,被告人から順次性的な接触を深められていったのであり,被害者の受け取り方としては,ついに,逃げようのない深刻な状況に直面したわけであって,被害者が,信頼していた被告人から裏切られて,精神的に大きな混乱を来していたことは優に認められる。
 被害者が,キスについて消極的に抵抗するにとどまり,そのほかに具体的な拒絶の意思表明をしなかったのも,このような精神的な混乱のためにそれらができなかったものと考えられ,被害者は,強度の精神的混乱から,被告人に対して拒絶の意思を示したり,抵抗したりすることが著しく困難であったことは,明らかである。
  (2) 原判決は,被害者は性交を持ちかけられることは,それまでに全く予期できなかった出来事ではなく,漠然とした不安という程度には予期できた出来事であるのに,性交をもちかけられたことをきっかけとして著しく驚愕し,思考停止に陥るほどの精神的混乱状態を来したということは,被害者の年齢を考慮しても不自然である,被害者が,捜査段階において性交を拒否しなかった理由として,精神的混乱に加えて,今後の被告人との関係が悪化し,ゴルフを教えてもらえなくなったり,悪口を言いふらされたりするのではないかと考えた,気の弱い性格から自分が少し我慢すれば済むと思ってしまったなどと供述していることから,これまでの被告人との人間関係を壊さないようにすることを考えるなどして,自分から主体的な行動を起こさなかった可能性,すなわち,そのまま流れに任せるに留まった可能性があるなどと判示する。
 しかしながら,被害者は,遅くともラブホテルに入った時点において,いわば最悪の事態として,性行為を求められる可能性を予期できていたものではあるが,他方で,ゴルフの指導の一環として被告人に同行していたことから,これまでの被告人と同様,ゴルフの指導の枠内にとどまるのではないかとの希望的観測も有していたところ,実際に,最もそうであって欲しくない事態が,2人きりのラブホテルの一室といういわば逃げ場のない状況で現実化したのであるから,被告人から性交を求められて,著しく驚愕するとともに,精神的に大きな混乱を来したとみるのがごく自然である。
 また,上記に述べた被害者と被告人の本件までの関係,被害者の年齢等に照らせば,被害者が精神的な混乱を来していない状況であれば,原判決の判示する事情があったからといって,被害者が被告人の求めに応じて,被告人との性交を承諾しようとか,性交されてもかまわないから流れに任せようと判断するとは到底考えられない。精神的に混乱する中で,今後の被告人との関係悪化等が被害者の頭に浮かんだ場面があったとしても,それらは,精神的に大きな混乱を来していた状況において,その混乱に拍車をかけ,適切な対応を妨げるべき一事情にすぎないのであって,被害者がそのようなことを考えたことがあったとしても,被害者が抗拒不能状態にあったこととは矛盾しない。原判決がその説示で引用する被害者の捜査段階の供述も,被害者が頭が真っ白になって性交を拒絶できなかった理由として被告人との関係や自己の性格等を挙げているのであって,性交に応じた理由としているわけではない(原審弁12)。
 以上の検討によれば,被害者が,本件当時抗拒不能の状態にあったものと認められ,これを否定した原判決には事実の誤認がある。
 3 次に,被告人が被害者の抗拒不能状態を認識していたか否かについて検討する。
 既に述べたとおり,被害者は,性交に当たって,被告人に対して拒絶の意思を示したり,抵抗したりすることが著しく困難な状態にあり,キスについて消極的に抵抗するにとどまり,そのほかに手を振り払ったり,嫌だと明言するなど,具体的に拒絶の意思を表明することはなかった。したがって,外形的には,被害者の明確な拒絶の意思は示されていない。
 また,被害者が異常な精神的混乱状態にあることが外部から見て判別できるような状況にあったとは認められないし,それを疑わせるような徴表があった様子も見当たらない。
 被告人のホテルに連れ込むまでの行為は,ゴルフを長期間厳しく指導してきた被害者に対し,指導者としての地位と,まさか性的な交渉を求めてこないであろうという被害者の信頼を逆手にとって,ゴルフの指導を口実にラブホテルに連れ込み,逃げ場のない状態で性交を求めるという卑劣きわまりないものであるが,最後までゴルフの指導にかこつけて性交を求めているところや,ホテル内においても,取り立てて暴力的な手段に訴えていないこと,被告人が本件性交後,被害者の無表情な様子等を見て不安を覚えたこと(原審弁3)などに照らすと,あくまでも,被害者の(少なくとも消極的な)同意を取り付けつつ,性交に持ち込もうとしていた可能性が否定できない。
 本件において,被害者が上記のような異常な精神的混乱状態を呈して抵抗できない状況に陥るということについては,被告人があらかじめ想定していたと認めるに足りる証拠がない。被告人において,自分の行動がそのような異常な精神的混乱状態を招く可能性があると理解していなかった可能性は否定できない。
 被告人は,犯行当時56歳の社会人男性であるが,心理学上の専門的知見は何ら有しておらず,かえって,女性の心理や性犯罪被害者を含むいわゆる弱者の心情を理解する能力や共感性に乏しく,本件後の被害者の両親に対する言動等に照らしても,むしろ無神経の部類に入ることがうかがわれる。
 このような被告人において,上記のとおり,性交に当たって被害者から具体的な拒絶の意思表明がなく,精神的混乱状態を示すような異常な挙動もない状況において,被害者が,本心では性交を拒絶しているが,何らかの原因によって抵抗できない状態になっているため抵抗することができない,というある種特殊な事態に陥っていると認識していたと認めるについては合理的な疑いが残るといわざるを得ない。
 かえって,被告人は,被害者との間では,約5年間にわたり,ゴルフの指導を通じて密接な関係をもっていたものの,これまで,被害者とは性交どころか,何ら性的な関係を結んだりしたことはなく,したがって,初めて性的関係を結ぶに当たって,被害者の反応がないことを,緊張や羞恥心から来るものと軽く考えていた可能性もまた,否定できない。
 以上に対し,所論は,被害者は,着衣を脱がされる際,脚を閉じて脱がされないようにした,という事実も認められる,という。
 しかしながら,そもそも,そのような事実があったとしても,被告人において,緊張や羞恥心のあらわれなどと考えて,これを性交に対する拒絶の意思表示とまでは認識しなかった可能性は否定できない。
 加えて,被害者は着衣を脱がされる際,脚を閉じて脱がされないようにしたという事実については,捜査段階において全く供述していない。原審証人Aは,本件被害がトラウマ体験であり,そのような経験をした場合,その後に必ずしも最初から全てのことを自由に語れたりするわけではないことが多い旨や被害者にはとても緊張しやすいという特徴がある旨を供述しているが,同証人の供述を踏まえても,本件において,上記部分について,変遷後の公判供述が信用できるとまではいえない。
 かえって,被害者は,原審公判廷においては,連れ込まれた先がラブホテルであるという認識がなかった,あるいはラブホテルという場所がどのような場所かわからず,なにかいかがわしいところなのかなという程度の認識しかなかった旨を供述しているが,捜査段階においては,警察官に対し,ラブホテルがセックスをするところだと思っているので,こんな場所に連れてくるなんて何を考えているか全くわからず,言葉を失い黙っていた旨の供述をしている(原審弁8)ところ,被害者は,事件直後,両親に対し,本件被害を打ち明けるに当たって,被告人とホテルに入る時,満室で,ああよかったと思った,その後すぐに2分位で部屋に空きが出た,とか,入りませんように入りませんようにと手を合わせて祈っていた,などと述べていたことがうかがわれ(原審被害者供述,原審甲22,23),その発言に顕れた被害者の当時の強い嫌悪感と不安感からは,被害者がラブホテルにつき,「何かいかがわしい場所」という認識にとどまらず,捜査段階供述のとおり,セックスをするところであると理解していたとしか考えられない。この点について被害者の公判供述は採用できない。そうすると,被害者の公判供述等は,それが意識的なものであるかはともかくとして,捜査段階供述後,被告人につき不起訴処分がされるなどした中で,犯行当時の状況につき,より自己防衛的にゆがめられていった可能性は否定できない。被害者供述は,A証人に対する供述や公判供述に至って正確な供述がなされるようになったものばかりとも考えられないのであって,上記各点については,被害者の公判供述を信用するには足りない。
 以上の検討によれば,関係証拠によっても,被告人は,本件性交当時,被害者が抗拒不能状態にあったことを認識して,これに乗じて性交したとまでは認められない。
 所論は,被害者と被告人との関係は,持続する支配-服従的な師弟関係であり,被告人は,そのような関係を認識していたから,被害者が心理的に自分に反抗できないと見越して,被害者をホテルに連れ込み,約30分間にわたってゴルフの指導の話をし,被害者が抗拒不能状態に陥ったのを見計らって,ゴルフの指導として性交を持ちかけて,姦淫行為に及んだのであり,また,性交中,被害者が被告人から顔を背け,無表情で目を合わせない状態でいたことを見ていて,被害者が放心状態にあって,心理的・精神的に抵抗できない状態にあると認識していた,という。しかしながら,関係証拠によっても,被害者が抗拒不能状態に陥った直接のきっかけかつ最大の要因は,被告人から性交を求められたことにあり,性交を持ちかけられる前の段階において被害者が抗拒不能状態にあったとまでは認められないし,被告人が事前にその抗拒不能状態を想定していたと認めるに足りる証拠もない。また,性交中における一時的な被害者の表情から,被害者が上記のようないわば特殊な状況にあったと認識できたと認めるに足りる証拠もない。所論は理由がない。
 以上の次第で,結局,被告人を無罪とした原判決は結論において正当であるから,論旨は理由がない。
 よって,刑訴法396条を適用して主文のとおり判決する。
  平成26年12月11日
    福岡高等裁判所宮崎支部
        裁判長裁判官  岡田 信
           裁判官  増尾 崇
           裁判官  高橋心平

準強姦無罪判決(鹿児島地裁h26.3.27)

westlaw
裁判年月日 平成26年 3月27日 裁判所名 鹿児島地裁 裁判区分 判決
事件番号 平24(わ)290号
事件名 準強姦被告事件
裁判結果 無罪 文献番号 2014WLJPCA03279013
主   文

 被告人は無罪。 
 
理   由

 (本件公訴事実の要旨)
 被告人は,自らが主催する少年ゴルフ教室の生徒であるA(当時18歳)が,厳しい師弟関係から被告人に従順であり,かつ被告人を恩師として尊敬し同女に対し卑わいな行為をするはずがないと信用していることに乗じ,ゴルフ指導の一環との口実で同女をホテルに連れ込み姦淫することを企て,平成18年12月9日午後2時30分頃,a市b町c番地Bホテルに同女を車で連行した上,同ホテル駐車場において,同女に対し,「度胸がないからいけないんだ。こういうところに来て度胸をつけないといけない。」などと言葉巧みに申し向けて同女を同ホテルの一室に連れ込み,同所において,同女に対し,「お前は度胸がない。だからゴルフが伸びないんだ。」「俺とエッチをしたらお前のゴルフは変わる。」などとゴルフの指導にかこつけて被告人と性交するよう申し向け,さらに同女をベッド上で仰向けに倒して覆い被さった上で強引に接吻をするなどし,同日午後3時頃,恩師として信頼していた被告人の上記一連の言動に強い衝撃を受けて極度に畏怖・困惑し,思考が混乱して抗拒不能の状態に陥っている同女を,その旨認識しながら姦淫し,もって同女を抗拒不能にさせて姦淫した。
 (判断)
 1 本件の争点
 公訴事実記載の日時・場所において,被告人が被害者と性交したことは,被告人自身も認めており,関係証拠によっても優に認められる。本件の主たる争点は,性交時に,①被害者が抗拒不能状態であったかどうか,②被害者が抗拒不能状態であったとすれば,そのことを被告人が認識していたかどうかである。
 これらの点について,検察官の職務を行う指定弁護士は,被害者の公判供述に基づく事実関係を前提に,証人Cの見解に依拠して,被害者と被告人との関係性及び被告人の言動から,被害者は,性交時において抗拒不能の状態となっていたと主張し,また,そのような状態を作り出したのは被告人であるから,被告人は被害者の抗拒不能状態を認識した上で性交に及んだと主張する。
 他方,弁護人は,被害者の公判供述の信用性に疑問を呈した上,被害者は抗拒不能状態にはなく,また,被告人は被害者の抗拒不能状態を認識していなかったと主張する。
 2 被害者の公判供述,被告人の公判供述の信用性について
  (1) 被害者の公判供述の信用性
 先に述べたとおり,本件日時・場所において,被告人と被害者とが性交したことは明らかであるが,本件告訴は,本件発生から約4年後の平成22年9月1日付けでなされている。
 しかし,被害者は,本件発生の数日後には,被害者の両親に被告人から性交された事実を打ち明けており,その結果,被害者の両親が,被告人と話合いを持ち,女子に対するゴルフ指導はしないこと,ゴルフ場で被害者と会わないようにすることを要求する一方,被害者の将来のことを考え刑事告訴はしないことにした。その後,被害者は,オーストラリアでのゴルフ留学などをしたものの,平成21年1月頃から,△△と診断される病態が出現し,結局,プロゴルファーになることは断念したこと,一方,それと相前後して,被害者や被害者の両親は,被告人が色々なゴルフ場でプレイをしたり,女子を含むジュニア指導をしていることを知るに及び,被告人が上記要求に従っていないと考え,本件告訴を行ったという経緯がある。
 このように,本件告訴は,本件発生から約4年後になされているが,本件発生直後から,被害者は,自分の両親に被告人から性交された事実を打ち明けていること,本件告訴が本件発生から約4年後になされたことにも一応合理的な理由があったと認められることから,本件告訴が本件発生からかなり遅れてなされたこと自体は,被害者供述の信用性を左右するものでない。
 そして,被害者が告訴に及んだ場合には,被害の状況について複数回にわたって供述することが求められ,当然,公開の法廷での供述を行うことも十分に予想できたはずであり,報道等もされ得るということも予想されたはずである。そのような精神的負担に照らすと,相当に古い事件について,あえて告訴に及んで事件が表面化することを選ぶというのは,相当ためらわれるはずである。したがって,少なくとも被害者が本件告訴をした時点で,自分の記憶とは異なる事実を殊更に述べてまで被告人を罪に陥れようとしたとは考えにくい。
 以上のような点に照らすと,少なくとも,捜査段階から変遷のない部分の供述については,概ね被害者の供述を信用することができる。特に,被告人と被害者との関係は,互いに恋愛感情のない約40歳も年の離れたゴルフの師弟関係にすぎなかったのであるから,そのような被告人と被害者がラブホテルで性交すること自体,特別な経緯があったと強く推認されるところ,被害者が供述する,ラブホテルに入った経緯や,ラブホテルの室内でベッドに行くまでの経緯は,被告人の特徴的な発言を含め具体的で迫真的であり,捜査段階から一貫しているから,信用することができる。
 他方,本件発生から被害者が捜査機関の取り調べを受けるまでに約4年が経過していたこと,その後も鹿児島検察審査会による起訴議決を経て本件告訴から約2年後に起訴されるなど特殊な経過をたどっていることから,記憶の変容等により本件発生当時の出来事や心理状態を被害者が供述できていない可能性も十分考えられ,捜査段階と比較して供述が変遷している部分については,なお慎重な判断が必要である。
  (2) 被告人の公判供述の信用性
 被告人は,ラブホテルに入ってから,一緒にポルノ映画を見たとか,ポルノの話をちょっとして,その後,被害者がもういいと言った後,会話もなく被害者との性行為に及んだなどと述べる。しかしながら,当然あってしかるべきポルノ映画を見たときの被害者の反応については,何ら語るところがない。また,その後,会話もないままに性行為に及んだという点も,不自然かつ不合理である。
 以上の点からすると,被告人の本件当日の出来事に関する供述は,信用性が乏しい。
 3 認定できる事実
 概ね信用することのできる被害者の公判供述によれば,以下の事実を認めることができる(なお,捜査段階の供述との食い違いなどで,被害者供述が信用できない部分などについては,各場面で,補足して説明する。)。
  (1) 被告人のゴルフ指導等について
 被害者は,中学3年生から,被告人の経営するゴルフ練習場で,被告人から指導を受けるようになった。被害者は,ゴルフ部の特待生として高校に進学したが,被告人が被害者に対して特に目をかけて指導をしていたことなどから,高校での部活動より被告人からの指導を優先するようになっていった。そして,高校3年生のときには,高校の部活の練習は朝の練習だけになり,放課後には,被告人が高校まで被害者を迎えに来て,被告人のゴルフ練習場で練習をするようになった。このような状況下で,被害者のゴルフの成績は上昇し,特に高校2年生から3年生にかけては,大会で優勝するなど,プロゴルファーを目指すことが現実的な目標になるほどの成績を上げるようになっていた。
 被告人の指導は頭を叩く体罰を伴うものではあったが,その回数は通算で10回ほどに過ぎず,力加減もされていた(この点,被害者は公判廷で思い切り叩かれたと供述するが,捜査段階では,力加減はされていた旨を供述しており,この部分の被害者の公判供述は信用することができず,被告人の有利に,力加減がされた体罰を加えていたと認定した。)。
 また,被告人は,ゴルフの指導と関連して,被害者の前髪が伸びていてゴルフに支障があるとして被害者の前髪を切ったことが何度かあった。その他,被告人は,被害者がピアスをつけているのを見たり,被害者が男性と交際していることを知ったりした際には,ゴルフに集中するよう被害者を怒ることがあった。
  (2) 本件発生当日の状況について
   ア ラブホテルに行くまでの経緯
 平成18年12月9日昼,被害者が自宅にいるところに,被告人から電話がかかってきて,被告人が車に乗って被害者を迎えに来て,2人で被告人のゴルフ練習場に行くことになった。
 被告人の自動車で被害者方から出発した後,被告人は被害者に対して,ドライブに行こうかなどと告げた。さらに,その車中で,被告人は,Dのポルノを見たことがあるかなどと話したが,被害者はないと答えたのみで,特段の受け答えはしなかった。
   イ 本件発生までの状況
 (ア) 被告人は,ラブホテルの駐車場に車を止め,車を降り,それに続いて,被害者も車を降りた。そして,被告人は,被害者を連れてラブホテルに入った。ラブホテルに入る前後に,被告人は被害者に対して,「こういう所,来たことあるか」,「度胸がないから,こういう所に来てみた」などと述べた。
 被告人と被害者は,ラブホテルの一室に入ると,ソファに並んで座り,30分程度ゴルフの話題について会話をした。その会話の中で,被告人は被害者に対し,いつもメンタル面が弱いなどと話した。また,被告人は「こういう所で性行為の体験をしたことはないんじゃないか」などとも言った。
 (イ) なお,被害者は,捜査段階では,ラブホテルの存在を知っていたと供述しており,どこに連れて来られたかも分からなかったという被害者の公判供述は信用できず,被害者は,本件現場のラブホテルに入る前後から,その建物がラブホテルであることは分かっていたと認められる。
  ウ 本件の事実経過
 (ア) 被告人と被害者が会話をしていると,被告人は被害者に対し,「お前はメンタルが弱いから,俺とエッチをしたらお前のゴルフは変わる」と言い,被告人の主導で,被告人と被害者はベッドに行き,被告人が被害者の上に乗った。その後,被告人が被害者に対してキスをしてこようとしたため,被害者は顔を横に背け,口をつぐむなどした。しかし,被告人は被害者の顔を強引に元に戻し,キスをした。さらに,被告人は被害者の胸を触るなどした上で,被害者の着衣を脱がせ,被害者の性器を触るとともに,自分の性器を被害者に触らせるなどした。そして,被告人は被害者と性交した。
 (イ) なお,この間の経過について,被害者は,公判では,被告人が「お前はメンタルが弱いから,俺とエッチをしたらお前のゴルフは変わる」と言った際,身をのけぞらした,着衣を脱がされる際,脚を閉じて脱がされないようにしたと述べる。しかし,他方で,捜査段階の調書ではそのような供述が見当たらない。
 この点につき,検察官の職務を行う指定弁護士は,刑訴法328条により採用された被害者の捜査段階の供述調書は,取調べに問題があって被害者の真意をきちんとくみ取って記載されておらず,被害者供述を弾劾する証拠としての適格を有しない旨主張し,証人Cも同旨の供述をする。
 しかし,実際に,被害者に対する取調べにおいて,検察官の職務を行う指定弁護士が主張するような取調べがなされたことに疑いがないとまで断言することはできず,時間の経過による記憶の変容等により供述が変遷してしまっている可能性も排斥できない。結局,被害者の捜査段階の供述調書と被害者の公判供述とで相互に矛盾した供述がなされている場合,その変遷について合理的理由が認められない限り,公判供述の方がより信用できるとは断言できない。
 そして,性交と密接に関連する場面で,被害者が被告人に対しとった対応は,被害者の意思や精神状態の表れ,あるいは被告人の主観を推し量る上で,重要な供述であり,当然,取調官としては,その点に重点をおいて詳細な供述を得るよう努めるし,そのような供述がなされれば,当然,調書化すると考えられる。そうすると,身をのけぞらした,脚を閉じて脱がされないようにしたとの供述は,公判段階になって初めてなされたものといえ,捜査段階からの唐突な変遷を合理的に説明する理由も見当たらないから,この部分を信用して事実を認定することはできないと判断した。
 4 被害者が抗拒不能状態であったか
  (1) 行為者が自らの優越的な地位を利用し,自分よりも劣位の立場にある相手方と性交に及んだ場合,相手方が性交を拒否しなかった原因は様々考えられるところ,その多くは相手方にとって真意に基づく承諾を伴わない性交であるから,その意味において相手方の性的自由は侵害されたといい得るし,そのことが原因で事後的に精神的不調を来すことがあることも十分予想されるところである。
 しかし,刑法は,真意に基づく承諾を伴わない性交の全てを準強姦罪で処罰しようとはしておらず,相手方の性的自由に対する侵害の程度が強姦罪と同程度に高いといえる心神喪失又は抗拒不能によって,相手方が性交を拒否しなかった場合に限って,準強姦罪の成立を認めている。そのような趣旨からすると,準強姦罪にいう抗拒不能とは,行為者と相手方との関係や性交時に相手方が置かれた状況等を総合し,相手方において,高度の恐怖,驚愕,衝撃等の精神的混乱により,性的意思決定,あるいは,それを表明する精神的余裕が奪われ,性交を拒否することが不可能又は著しく困難な精神状態に陥っていることを意味すると解するのが相当である。したがって,相手方の精神状態がそこまで至っていることに合理的な疑いが残る場合には,たとえ,その性交が相手方の真意に基づく承諾を伴わないものであったとしても,準強姦罪の成立を認めることはできないこととなる。
  (2) 被告人と被害者の関係について
 本件発生までの被告人と被害者の関係は,ゴルフの指導者とその生徒という関係であったところ,被告人の指導は体罰を含むものであるが,その内容は,プロを目指す生徒に対する熱心な指導として,その是非はともかく,社会的にまま見受けられる程度のものである。また,被害者の私生活にも干渉をするところがあったとはいえるけれども,要するに,一心にゴルフに打ち込めというものであって,ゴルフ指導の一環として十分理解できる範囲のものである。被告人が,ゴルフとは無関係な理不尽な理由で,被害者を自分の意に沿わせようとしたとは認められない。そして,何より被害者自身,当時は,被告人の指導を厳しいと思いながらも,それに従うことにより,ゴルフの成績がプロを目指せるほどに上昇し,プロゴルファーになるという夢を叶えられるかもしれないと考えていたのであり,被告人に対して恩を感じ,指導者として信頼していた。
 このように,被告人は被害者に対しゴルフに関する厳しい指導をしていたが,他方で,被害者も,プロゴルファーになるという夢を抱き,そのために自らの意思で積極的に被告人の指導を受け入れているという関係にあった。他の生徒が被告人の指導から離れていく中で,2人の人間関係は濃いものになっていたが,それはあくまでゴルフを媒介にしたものであり,被害者が自分の夢を実現するために,自ら,被告人の指導を選択しているという関係であった。しかも,被害者は,被告人を介さずに,オーストラリアへのゴルフ留学を自分の意思で検討していたのであり,プロゴルファーになるための道筋を自分で考え,選択しようとしていた。また,被害者にとって,ゴルフ指導を通じた被告人との関係は,重要な地位を占めていたといえるものの,他方で,被害者は,高校生として,学校生活や家庭生活といった日常生活を問題なく送っていた。
 そうすると,被告人が厳しいゴルフ指導を通じて被害者より優越的地位にあり,被害者の生来の大人しい性格から,被告人に対する自己主張が難しいところはあったにせよ,被告人と被害者の日頃の関係が,虐待やドメスティック・バイオレンスのように強者が弱者の人格部分をも支配し,弱者が強者に服従・盲従するといった強い支配従属関係であったとは到底認めがたい。
  (3) 本件発生時の心理状態について
   ア 被害者は,公判で,被告人が「エッチをしたらお前のゴルフは変わる」と言ってきた際には,「どうしよう,どうしよう」とパニックになり,被告人とベッドに行った際には,混乱もあり,さらに,殴られたり怒られたりするというのが分かっていたので拒絶の態度がとれなかった,被告人が上に乗ってきたときには,「どうしよう,どうしよう」ということが頭にあり,逃げたいけど逃げる場所も思いつかない,逃げても怒鳴られたり,後から悪口を言われるかもしれない,もしかしたら殴られるかもしれないとか悪いことばっかりが頭の中をよぎり,金縛りみたいに体は動かないが,頭の中では,パニックみたいな状態みたいになっていたと述べる。また,被告人が乗りかかってきてからは,抵抗しても戻され,抵抗してもそのまま脱がされたりとかしてたので,もうこのまま逃げても逃げることもできないと思って,逆に怒鳴られたり怒られたりするんだと,怖いことばかりよぎってたので,もうこのままでいることが自分の体を守る唯一の方法だと思って,そこからは,もう,白い天井を眺めながら,自分の体じゃないような感じで,何か感覚も麻痺してきて,早く終わって欲しい,早く終わって欲しいって,ずっと願い続け,何か涙が出てきた,性交が終わったときには自分が自分じゃないみたいな,魂が殺されたような感覚に陥ったと供述する。
 このように,被害者は,公判において,性交を拒否できなかった理由として,①信頼していた被告人から突然性交を持ちかけられたことによる精神的混乱,②抵抗すれば被告人から暴力を振るわれたり怒鳴られたりするかもしれないという恐怖をあげ,被告人から性交されそうになった際の心理等として,感覚が麻痺した状態になったことなどを供述している。なお,証人Cは,被害者から聞き取った同旨の供述を前提に,被害者は,当時,感覚の麻痺や感情が切り離される解離状態を示していたと証言する。
 しかしながら,被害者は,捜査段階において,①信頼していた被告人の突然の行動にパニックになった,②拒絶すれば,被告人との関係が悪くなってゴルフを教えてもらえなかったり,後から悪口を言いふらされるのではないかと考えた,③自分が少し我慢すれば済むと思ってしまうような気の弱い性格,④性的行為自体が恥ずかしいという気持ちが入り交じって,どうしようどうしようと戸惑っているうちに,被告人が服を脱がせ,胸や性器を触ってきたりしたので拒絶することができず,被告人の行為が進むに連れて,途中からは,自分が我慢したらいい,言えない自分が悪いからしょうがないという諦めの気持ちになったと述べる一方,暴力を振るわれるかもしれないというのは拒絶できなかった大きな理由ではなかったと述べている(平成24年6月20日付け検察官調書)。また,被害者は,捜査段階において,被告人から性交されそうになって,目をつぶって心の中で早く終わって欲しいとか,自分の身に起きていることが夢であって欲しいと思っていた旨述べる一方,その際,自分の体ではないような感覚の麻痺が生じたことについては述べていない(平成22年7月4日付け警察官調書)。
   イ まず,被害者が被告人との性交を拒否しなかった原因に,信頼していた被告人から突然性交を持ちかけられたことによる精神的混乱があったことについては,捜査段階でも述べられている。そして,被告人と被害者がゴルフを媒介とした信頼を伴う濃い人間関係を持っていたところ,被告人は突然,その信頼を裏切るような行動にでたのであるから,被害者がそのような行動に直ちに対応できるだけの気持ちの切り替えが困難であったのは当然である。
 したがって,被害者が被告人との性交を拒否しなかった原因に,そのような精神的混乱があったことは認められる。
   ウ 他方,被告人との性交を拒否できなかった理由として暴力が振るわれるかもしれないと思ったという公判供述は,捜査段階の供述と明らかに食い違っている。
 そして,本件までの約4年間で被告人が被害者に対し10回程度体罰を加えた事実はあるものの,それはあくまでゴルフ指導に付随してであって,理不尽に暴力がふるわれるような関係ではなかったこと,本件の際も被告人が被害者と性交に及ぶため暴力的な言動をとった事実はほとんど認められないことも考慮すると,被害者の公判供述は,時間の経過による記憶の変容等により本件当時の心理状態を被害者が供述できていない疑いが残る。
 したがって,被告人との性交を拒否できなかった理由として,被告人に対する恐怖の感情があったとの被害者の公判供述は信用できない。
  エ また,被害者の被告人から性交されそうになった際の心理等として供述する内容も,公判供述と捜査段階の供述とでは明かな変遷が認められる。
 確かに,当時の被害者が置かれた状況からして,性交されそうになった際の心理状態を言語化することは困難を伴うものであるとはいえても,その際,ずっと目をつぶっていたか,目を開けて天井を眺めていたかという身体の動きについては,容易に言語化することができるはずである。そして,まさに被告人から性交されそうになったときに自分がどのような態度をとったかについては,印象に残る事柄といえるから,その変遷について合理的な理由がない以上,目を開けて天井を眺めていたとする被害者の公判供述を信用することはできない。そして,被害者の公判供述において,目を開けて天井を眺めていたという自己の態度は,自分の体じゃないような感じで,何か感覚も麻痺してきたという自己の心理の表れとして,密接不可分に語られている供述であるから,前者が信用できない以上,後者の感覚麻痺に関する供述も信用することができない。
 したがって,被害者に,感覚の麻痺や感情が切り離されるといった解離状態が生じていたことを基礎付ける事実は何ら認定できない。
  (4) 判断
 以上からすると,被害者が被告人との性交を拒否しなかった原因に,信頼していた被告人から突然性交を持ちかけられたことによる精神的混乱のあったことが認められる。そして,そのような精神的混乱が,被害者が被告人との性交を拒否しなかった唯一の原因なのであれば,その精神的混乱の程度は,被告人との性交を拒否する精神的余裕が奪われるほどに著しかったといえるであろう。
 しかし,結論としては,被害者がそのような心理状態であった可能性は否定できないが,それは可能性にとどまるというべきである。
 すなわち,被害者は,被告人からゴルフ指導の一環であるかのように装われて,ラブホテルの一室に入っているが,その際の被告人の発言によってもラブホテルに入ることとゴルフとの関係を理解できていなかった。被害者とすれば,被告人のことを信頼しつつも,反面,男女が性行為をするラブホテルに連れてこられ,被告人から何をされるんだろうかという疑いも抱くという,半信半疑の状態であったのであり,そのような状態が30分ほど続いた後に,被告人から性交を持ちかけられている。そうすると,被告人から性交を持ちかけられたことは,被害者としても,そのときまで全く予期できなかった出来事ではなく,ラブホテルに向かったときから漠然とした不安という程度には予期できた出来事であった。したがって,そのような被害者が,被告人から性交を持ちかけられたことをきっかけとして著しく驚愕し,思考停止に陥るほどの精神的混乱状態を来したというのは,被害者が当時18歳になったばかりの未成年者であることを考慮しても,いささか不自然である。
 そして,被害者は,捜査段階で,被告人との性交を拒否しなかった理由として,上記精神的混乱のほかに,被告人との関係悪化や後日の不利益を気にしたり,気の弱い性格から自分が我慢すればいいと思ってしまったことなどを述べている。また,被告人と被害者の関係が前記のように,ゴルフ指導を通じたものであり,被害者も被告人に盲従することなく,自ら被告人の指導を選択していたことも先に述べたとおりである。
 以上のことからすると,これまでの被告人との人間関係を壊さないようにすることを考えるなどして,自分から主体的な行動を起こさなかった可能性,すなわち,被告人との性交を拒否することが著しく困難な精神状態には陥っていなかったが,そのまま流れに任せるに留まった可能性を排斥することはできない。
 なお,被害者と被告人の関係が前記のとおり,虐待等とはほど遠い関係であったことに照らすと,人間関係を壊さないようにと考えたことをもって,被告人との性交を拒否することが著しく困難な精神状態に陥っていたと評価することはできない。また,上記のように主体的な行動を起こさなかったとすれば,そこには,被害者の自己主張するのが苦手な気弱な性格というものが影響しているであろうが,被害者のそのような性格は,通常の性格の範囲内の気の弱さ(断ることが苦手な性格)にとどまり,病的な性格の偏りがあったわけではないから,そのことが影響を及ぼし性交を拒否しなかったとしても,被告人との性交を拒否することが著しく困難な精神状態に陥っていたと断言することはできない。
 以上のとおり,被害者が被告人との性交を拒否しなかった原因としては,信頼していた被告人から突然性交を持ちかけられたことによる精神的混乱により抗拒不能に陥っていた可能性がある一方で,そのような精神的混乱はあったものの,その程度は抗拒不能に陥るほどではなく,自分から主体的な行動を起こさなかった可能性も排斥できない。
  (5) 結論
 したがって,被害者が抗拒不能状態であったことの合理的な疑いを超える証明はできておらず,この点から,被告人には無罪の言渡しをすることになる。
 5 被告人の認識について
 仮に,被害者が抗拒不能状態にあったとしても,被告人がそのことを認識していたのかについては,合理的な疑いが残る。
 すなわち,被害者がした客観的に認識し得る抵抗はキスの際に口をつぐむという程度であり,そのことから,被害者が抗拒不能であることを被告人が認識することは極めて困難であるといわざるを得ない。さらに,被告人と被害者の人間関係は濃いものではあっても,それは虐待とかドメスティック・バイオレンスというものとはほど遠いものであるから,被害者が被告人からのおよそ理不尽な要求に逆らえないほどの人間関係上の問題があったと被告人が認識することも困難である。
 以上の点から,仮に,被害者が抗拒不能状態であったとしても,被告人がそのことを認識したという証明はできておらず,被告人の故意を認めることはできないから,この点からも,被告人には無罪の言渡しをすることになる。
 (裁判長裁判官 安永武央 裁判官 植田類 裁判官 竹中輝順)

準強姦無罪判決(高崎支部h15.2.7)

westlaw
裁判年月日 平成15年 2月 7日 裁判所名 前橋地裁高崎支部 裁判区分 判決
事件番号 平13(わ)39号
事件名 準強姦被告事件
裁判結果 無罪 上訴等 確定 文献番号 2003WLJPCA02070008
   主  文

 被告人は無罪。
   理  由

第1 本件公訴事実の要旨
 本件公訴事実の要旨は、「被告人は、薬物を使用してA(当時18歳)を抗拒不能にさせて姦淫しようと企て、平成12年7月11日午後11時15分ころ、群馬県X市ab番地B店駐車場に駐車中の普通乗用自動車内において、同女に対し『はい、ウーロン茶だよ、もっと飲まないの、もっと飲んだ方がいいよ。』などと虚言を申し向け、睡眠作用のある薬物トリアゾラムを混入したウーロン茶を飲用させて意識もうろうの状態に陥らせ、翌12日午前0時30分ころ、同県碓氷郡c町大字deC店駐車場に駐車中の前記普通乗用自動車内において、上記薬物の影響により抗拒不能の状態にあった同女を姦淫した」というものである。
第2 検察官及び弁護人の各主張
 検察官は、(あ)被告人は、Aを抗拒不能の状態に陥らせて、姦淫する目的で、Aに薬物トリアゾラムを混入したウーロン茶を飲用させた、(い)Aは、性交時、薬物の影響により、意識がもうろうとし、体に思うように力が入らず、抵抗できない状態(抗拒不能の状態)にあった、(う)Aが、被告人との性交について合意したことはない旨主張する。
 これに対し、弁護人は、被告人が、Aに上記ウーロン茶を飲用させたこと、及び、被告人とAが、公訴事実のとおりの日時、場所において、性交したことは認めるが、(あ)被告人は、Aを姦淫する意図で、上記ウーロン茶を同人に飲用させたものではない、(い)Aは、性交時、薬物の影響による抗拒不能の状態にはなかった、(う)被告人とAは、合意の下に性交した、として、準強姦罪は成立せず、被告人は無罪である旨主張し、被告人もこれに沿う供述をする。
 そこで、まず、争点判断の前提となり、関係各証拠から容易に認定しうる事実を摘示した上で(第3)、上記(い)(Aが、性交時、抗拒不能の状態にあったか)について判断し(第4)、その後、上記(あ)(被告人は、薬物を混入したウーロン茶をAに飲用させた際に、準強姦の犯意を有していたか)について判断する(第5。ここで、上記(う)(被告人とAが、合意の下に性交したか)についても判断する。)。
第3 前提事実
 被告人及びAの一致する供述により認められる事実、被告人の不利益供述から認められる事実、その他関係各証拠により容易に認められる事実は、次のとおりである(なお、以下、公判手続更新の前後を問わず、公判廷における供述は公判期日における供述と表記する)。
 1 Aは、本件当時、群馬県立d高等学校3年在学中であったが、その友人であり、同級生のDとともに、平成12年7月11日、アルバイトの採用面接を受け、その後、知人と落ち合ったが、知人が帰ってしまったため、帰りの足がなくなり、同日午後10時30分ころ、群馬県高崎市f町g番地E駅ビル前(F店の出入り口付近)にしゃがんでいた。
 被告人は、上記F店から出てきた際、Aらの姿を認め、同人らに声を掛け、被告人が、付近に駐車していた同人の普通乗用自動車(2ドア)で、Aらを自宅へ送ってやることとなった。
 2 被告人は、Aを助手席、Dを後部座席に乗車させ、前記車両を運転し、国道17号線から国道18号線に入り、同県X市方面に向かった。
 被告人は、車内で、自分は「G」であると偽名を名乗り、「コンパニオンの仕事をしている。年は33歳だ。バツイチで高崎に家がある。」などと出任せの話をした。途中、被告人が小用を済ませるため、同県X市hij番k号所在のコンビニエンスストアhバイパス店に立ち寄り、その後、国道18号線を同県碓氷郡c町方面に走行した。
 車内で、被告人が、Aらに、「お腹が空かないか。おじさんはお腹が空いちゃった。何か食べたいものがあればおごってやるよ。」などと言ったところ、Dが「ハンバーガーがいい。」などと答えたので、同日午後11時ころ、方向転換して、同県X市ab番地所在のB店に到着し、その駐車場に停車した。
 被告人は、Dから「メニューを見たいから店内に付いていく。」などと言われたが、「おじさんが女子高生といると援交と間違えられるから嫌だよ。」などと言って同行を断り、Aらから注文を聞いて、Aらが車内に残り、被告人が1人で店内に入った。
 3 被告人は、同店内で、AとDから頼まれていたGドリンク2個、自分用のウーロン茶1個及びハンバーガー類を注文したが、店員から、Gドリンクが1個しかないと言われ、飲み物類の注文をウーロン茶2個及びGドリンク1個に変更した。
 同日午後11時8分ころ、被告人は、Gドリンク1個、ウーロン茶(容量が約190ミリリットルのSサイズであり、ウーロン茶及び細かく砕かれた氷が入っているもの。)2個及びハンバーガー類を購入した。
 被告人は、ズボンのポケット内に睡眠導入剤であるハルシオン0.25ミリグラム錠(以下「本件錠剤」という。)を所持していたところ、上記ウーロン茶2個のカップ蓋のストロー差込口(十文字の切込み部分)から、本件錠剤を1錠ずつ入れ、氷の下に落ちるようにするため紙コップを何回か横に揺すった。
 4 同日午後11時15分ころ、被告人は、同店内で購入した飲食物をB店駐車場に持ち帰り、車内でAらと飲食した。Dは、ハンバーガーを全部食べ、ストローでウーロン茶を半分位飲み、Aは、太ったりむくんだりすることを防ぐため夜間飲食しないように心掛けており、ハンバーガーを2口程度食べて残し、ストローでウーロン茶を少し飲んだ。
 被告人車両は、同日午後11時30分ころ、上記駐車場を出発し、国道18号線をc町方面に走行したが、途中で、Dが激しい眠気に襲われ、「眠い、眠い。」などと言い出した。被告人は、「眠気覚ましに冷たいものを飲んだ方がいいよ。」などと言って、さらにウーロン茶を飲むことを勧め、Dは、後記同町l付近に至るころまでには、自分のウーロン茶を飲み終わった。
 被告人の運転する車両は、Aの自宅への曲がり角に差し掛かったが、これを通り過ぎ、l方面に走行した後、同県碓氷郡c町大字mn番地所在の食堂H西方交差点において、車を脇道に乗り入れ、その脇道が再び国道18号線に合流するところで方向転換して、Aの自宅の方向に走行した。l付近を走行中に、Dが「ここはどこ」などと尋ねたところ、Aが即座に「l」と答えた。
 5 被告人は、Aの誘導に従って、同県X市op番地所在のA宅前に到着し、路上に停車した。Dは、降車してA宅に入ったが、Aは車内に残った。Dが降車する際、Aは、被告人車両が2ドア車であったことから、助手席側のドアを開けて降車し、助手席の背もたれを前方向に倒し、後部座席にいたDを降ろした後、上記背もたれを戻し、助手席に戻った。その際、Aは、自宅の鍵及び自分の鞄と携帯電話機をDに渡し、自分の携帯電話機を充電するように頼んだ。
 Dは、A宅に入り、Aの母親に挨拶をして、3階(屋根裏部屋)にあるAの部屋に行った。
 6 被告人とAは車内に残っていたが、Aが、被告人の車両に近づいてくる車両を認め、「あ、パパだ。」と言い、被告人が「まずいから、移動しようか、顔を見られてしまったよね。」などと言って車を発進させ、走行した後、同県碓氷郡c町大字de所在のC店駐車場(以下「C店駐車場」という。)に車を停めた。
 7 同月12日午前0時30分ころ、被告人とAは、C店駐車場に停車中の被告人車両内で性交した。
 そのころ、被告人は、Aに対し、「(自分は)パイプカットをして、精子が出ないようになっている。」などと説明した。
 8 性交後、被告人の携帯電話機からAの携帯電話機(DがAの自宅に持っていったもの)に電話をかけることにより、被告人の携帯電話の番号をAの携帯電話機の着信履歴に残すこととなった。当初、Aが自分の携帯電話の番号を言い、被告人が携帯電話機を操作していたが、被告人が、Aが言うとおりの番号を押さず、でたらめの番号を押していたところ、Aがこれに気付き、被告人から携帯電話機を取り上げて、自分で番号を押して、自分の携帯電話機に電話をかけて、着信履歴を残した。
 9 被告人は、Aを同人自宅前まで車で送り、Aは、食べ残していたハンバーガーの入った紙袋を手に持って車を降り、自宅に入った。
 Aは、自宅に入って直ぐに、トイレに行き、その後自室に入った。
 10 Aは、被告人の携帯電話の番号の着信履歴が残っているAの携帯電話機で、被告人の携帯電話機に2、3回電話をかけたが、被告人は出なかった。
 Aは、知り合いのI、当時、交際していたJや、Jの友人で自己の携帯電話機に着信記録があったKに電話をかけて(Jに電話をかけたのは同日午前1時26分ころ)、「変なオヤジにエッチされた。」、「高崎駅でナンパされて、B店でおごってもらったジュースを飲んだ後、頭がくらくらしてきた。」、「薬を使われたみたいだ。」などと話した。
 11 同日午前2時前ころ、JとKが自動車でA宅前に到着し、Aを携帯電話で呼び出し、Aが、寝込んでいたDを起こし、2人で降りてきた。同人らは、車でI宅前のゲームセンターの駐車場に行き、D以外の者は下車し、Iらとともに、地面にしゃがみこみ、当日の出来事や、今後どうするかなどについて話し合い、病院に行くことになった。この間、Dは車中で寝ていた。
 12 A、D、J、K及びIは、同日午前3時ころ、同県富岡市qr所在のL病院に到着し、AとDが医師の診察を受けたが、医師がなかなか診療しないとしてAは怒り、Jらと騒いだ。
 13 同日午前4時10分ころ、上記病院の職員が、警察に通報した。これを受けて警察官が上記病院に赴き、午前4時30分ころ、Aらを群馬県富岡警察署に同行して、事情を聴取し、Aは「知らない男に薬を飲まされてエッチされた。」などと申告した。Aの母親が警察官から連絡を受けて、同警察署に到着したが、まず医師の治療を受けたいとの意向であったため、同県高崎市所在のM病院に赴いて診察を受けたところ、Aの膣内に精子の存在が認められた。
 Aが、警察官に対し、被告人と同日午後4時に自宅近くのコンビニエンスストアで会う旨約束していると説明したため、警察官は、Aを伴って、同日午後4時に上記コンビニエンスストアに赴いたが、被告人は現れなかった。
 14 Aは、同月13日付けで、本件公訴事実に係る告訴状及び被害届を警察に提出し、同月15日、20日、同年8月1日、同年9月15日には警察官による、平成13年1月21日には検察官による取調べを受け、それぞれ供述調書が作成された。
 15 Aは、同月20日、警察官が実施した現場確認及び実況見分に立ち会い、警察官に対し、Aが被告人から声をかけられたE駅ビル前から、B店駐車場、A宅方向に方向転換するために脇道に入った地点、A宅前、C店駐車場及び再びA宅前に至るまで、各場所及び走行経路を再現して説明し、C店駐車場において停車した駐車スペースについても説明した。
 16 捜査段階の鑑定の結果、Dが、同年7月12日午前5時ころに、Aが、同日午前5時40分ころにそれぞれ提出した尿から、麻薬及び向精神薬取締法に定める向精神薬トリアゾラム代謝物である、1-ヒドロキシメチルトリアゾラムが検出された。
 A、Dはこれまで睡眠薬を使用したことがなかった。
 17 被告人は、同年8月1日に準強姦の被疑事実について通常逮捕されたが、同日、釈放された。被告人は、同日、警察官を現場に案内し、当日立ち寄った場所や経路を説明したが、これらは、同年7月20日にAが行った説明とほぼ一致した。
 18 被告人は、平成11年11月ころ、腎臓病により重篤状態となって入院し、平成12年1月に退院し、以降週3回の人工透析治療を受けている。
第4 Aが、性交時、抗拒不能の状態にあったか
 1 本件錠剤の特徴等
  (1) 効果・副作用
 本件錠剤の販売元製薬会社作成の照会事項回答書によると、本件錠剤は睡眠導入剤ハルシオンであり、その組成、薬効等は次のとおりである。すなわち、その有効成分は「トリアゾラム」というベンゾジアゼピン系化合物であり、1錠中に、上記化合物0.25ミリグラムが含有されている。実験結果によれば、健康な成人が本件錠剤1錠を服用した場合、安定した睡眠に移行するまでの時間は平均14.7分であり、効果の持続時間は平均7時間半である。ただし、上記実験は、外界から遮断された睡眠実験において実施されたものであり、また、本件錠剤による作用・副作用は、非常に個人差が大きく、薬効が現れる最低量等も個々のケースにより異なる。同剤の副作用の主なものは、めまい、ふらつき、眠気、倦怠感、頭痛・頭重等であり、頻度は低いものの、一過性前向性健忘中途覚醒時の出来事を覚えていない等)、もうろう状態があらわれることがある。
 薬剤師であるNは、本件錠剤1錠を飲んだ場合、一般に、約10分から15分くらいで睡眠薬の効果が発現され、服用後30分も経てば完全に睡眠薬の効果が効いている状態になり、約8時間経過しなければ、効果は消滅しないが、効果の発現時間等には個人差があること、副作用として、全身の筋肉に脱力感が生じ、頭がもうろうとしたり、舌がもつれてろれつが回らなくなることがある、睡眠薬を初めて使用する者が常用している者に比べて睡眠の効果が早く出るのは間違いない旨供述している。(第4回公判期日における供述、平成13年2月16日付検察官調書(甲51))
  (2) ウーロン茶への溶解性等
 前記製薬会社作成の照会事項回答書によれば、本件錠剤は、水に入れ攪拌すると崩壊し、青色に懸濁するが、ハルシオンの有効成分であるトリアゾラム自体の水に対する溶解性は摂氏24ないし26度条件下で10×10-5g/ml以下であり、水にはほとんど溶けず、したがって、ウーロン茶に対しても、錠剤は崩壊し、懸濁するが、ほとんど溶けないと推測されるものである。なお、崩壊実験の報告書は、室温、水温、細かく砕いた氷の不存在、薬物混入後の振動の有無や程度等の前提条件が実際と異なり、直ちには参考にすることができない(証人Nの第4回公判期日における供述)。
 2 Aが摂取した薬物の量
  (1) 検察官は、Aが、本件錠剤が混入したウーロン茶を、B店駐車場に停車中及び発車後の車内において、合計約70ミリリットル飲んだ旨主張する。
 これに対し、弁護人は、Aは、本件錠剤1錠の数分の1程度が溶解していた可能性のあるウーロン茶を、B店駐車場で1、2口程度飲んだにすぎず、抗拒不能の状態が生じるか極めて疑わしい量であった旨主張する。
  (2) Aが飲用したウーロン茶の量等
   ア A及び被告人の各供述
 Aは、「(ウーロン茶を)そんなには飲んでいないと思う。」、「B店での飲食後、被告人にウーロン茶を飲むように勧められた際に、飲んでいないと思うけれども、飲んだような気もするし、分からない。」旨供述する(第2回公判期日における供述)。
 被告人は、「Aは、B店の駐車場で、2、3口飲んだだけで、その後は飲んでいなかったと思う。」(平成12年9月6日付警察官調書)、「B店の駐車場で1、2口飲み、その後は飲まなかった。カップに街灯等の光が当たったとき、ほとんど減っていないことが分かった。」(第5回公判期日における供述)旨供述する。
   イ 検察官の主張する量について
 Aは、平成12年7月15日、警察官から、ウーロン茶を飲んだ量を確認された際、Mサイズのカップ(容量約500ミリリットル)を選んだ上、飲んだ量を示し、計量の結果約100ミリリットルを飲んだ旨確認されたが(警察官作成の「ウーロン茶の量について」と題する書面)、同月25日、改めてSサイズのカップを示され、飲んだ量を指示した結果、約70ミリリットル飲用したとの結論に至ったというのであり(捜査報告書)、A自身もはっきりわからないまま大体でいいといわれて指示したにすぎず(Aの第2回公判期日における供述)、また、前記アのA及び被告人の供述に照らしても、検察官主張の「約70ミリリットル」との数量は、採用できない。
   ウ 以上によれば、Aが飲んだウーロン茶の量について、数量的に認定することは困難であるが、被告人とAの各供述からすると、Aは、B店駐車場においてウーロン茶を飲んだが、それほどの量までは飲んでおらず(多くともストローで2、3口程度)、同駐車場を出発した後は、ほとんど飲んでいないことが認められる。
  (3) Aが摂取した薬物の量
 Aの尿からトリアゾラム代謝物である1-ヒドロキシメチルトリアゾラムが検出されており(前提事実)、また、被告人が、本件錠剤を入れた後、氷上に残らないようにカップを何回か振ったり、袋を2、3回横方向に振ったりしており(被告人の平成12年9月6日付警察官調書、平成13年2月6日付検察官調書)、本件錠剤はある程度崩壊したものと考えられることから、Aが本件錠剤を摂取したことは認められるが、Dがウーロン茶を全部飲んだのに対し、Aは、ストローを使って2、3口程度を飲んだにすぎず、摂取した薬物の量は、Dに比して相当程度少なかったであろうということができる。
 3 A及び被告人の各供述
 Aの意識状態、体調等に関して、A及び被告人は、次のように供述する。
  (1) Aの供述(以下、第2回公判期日における供述)
   ア B店駐車場を出発し、A宅前に着くまでの間
 「携帯の字とかがはっきり見えなくて、それがすごい印象深くて、でもいつもコンタクトを入れているので、目が悪いので。コンタクトがすごく霞んでいるのかなみたいな感じで思ったから、すごい変な感じはしました。」、「目が回るというのではないのかもしれないけど、(字が)ぼやけている感じ。」、「細かいものは余りはっきり見えなくて。」、「すごく眠いというか、くらくら、くらくらしていて・・・・」、「目が回るというか、すごくぼうっとしていて、考えるのが面倒くさいというか、何もする気が起きないと言うのではないけれども、すごくぼうっとしていました。」
   イ C店駐車場での性交前後
 右側にいた被告人を、自分の右手で払いのけようとしたが、払いのけられなかった、「(払いのけることができなかった理由について)力もだから本当に入らなかったから、ただここに手がぶるんって動くぐらいで、力を入れてどかしたのではなくて、ただ手が動くみたいな感じで。」、「ここまで力を入れたら、がっと、手がただ落ちるというのではないけれども、力が抜けるとふっとなるではないですか。それくらいのような感じがしたから、あっ、力が入らないのだなってその時に思った気がします。」、「体がすごく重いというか、だるいというか。」、「普通振り払う時って、最後まで力入れると思うのですけれども、そういうのではなくて、ここまで上がるのだけれども、手が落ちるというか。」、「力が抜けてしまうみたいな感じ。」
   ウ 自宅に戻った後
 自室に向かう際、階段も立って歩けなくて、「はいはい」のような感じで上った気がする。
 真っ直ぐ歩けなかったので、Iにおぶってもらい、病院や警察に行った。ふらふらして、手に力が入らなかったのと同様に、足に力が入らない状態だった。
  (2) 被告人の供述
 ウーロン茶を飲んだ後、一緒にいたDは、確かにおとなしくなり、眠いと言っていたが、Aは、私と普通に会話をしており、私との愛人契約の値段の交渉や、当日のセックスについての代金の交渉などからは、とても意識がもうろうとしていたとは思えなかった。セックスの前にDを家に帰したときや、私の携帯の番号を控えるための行動からも、とても意識がもうろうとしていたとは考えられなかった。Aが抗拒不能な状態になったことはなかった。(第1回公判期日における被告事件に対する陳述)
 Dは、眠い眠いと何度も言っていたのに対し、Aは、眠いなどと一言もいわず、被告人と冗談を言い合っていた。薬が効いて意識がもうろうとしたなどということは決してなかった。声を掛けても返事をしないなどということは一切なく、Aの家に着くまで、会話はとぎれず続いていた。性交後、Aが被告人の車から降りて自宅に向かう途中の足取りも、ふらつくことはなかった。(平成13年1月30日付検察官調書、第5回公判期日における供述)
  (3) これらの供述の信用性については、後記5で検討する。
 4 関係人の供述
 J及びKはAの友人であり、同人と電話で会話し、その後、A宅前から、I宅前、L病院、警察まで同行した者、OはL病院でAらの受付を担当した職員、Pは同病院でAらを診察した医師、Qは上記病院からの通報を受けて臨場した群馬県富岡警察署の警察官、RはAを診察したM病院の医師である。
  (1) Jの供述
 JがA宅に着いたとき、Aは半分眠った状態で口もきいてくれなかった。
 Aには、だるそうな感じとしゃべり方が普通の人が酒に酔ったような感じというのはあったが、意識がないとか、眠ってしまうとか、体が動かないということはなかった。Aの話し方は、酒を飲んだ場合に比べて、舌が回っておらず、ろれつが回っていなかった。
 Aは、支えないと、真っ直ぐスムーズに歩けない様子だったが、支えるというのは、腰の辺りを上に引っ張ってあげるということである。Dは本当に1人では歩いていられなかったが、Aは歩けるが、支えてやるという感じであった。L病院において、警察官が臨場する前に、Aはウーロン茶を飲んだら頭がボーッとしてきた、C店駐車場で私は嫌だ嫌だと男に言ったが、体に力が入らなくてやられちゃったと言った。(第4回公判期日における供述、平成13年2月2日付検察官調書、J作成の陳述書)
  (2) Kの供述
 Aの口調は、だるそうにむにゃむにゃとなることもあったが、「高崎駅で足がなかったのでオヤジに送ってもらった。車は赤だった、途中のB店で買ってもらったジュースに薬を入れられたらしい。明日の4時にコンビニエンスストアでまた会うことになっている。」ということは聞き取れた。話している単語は十分聞き取ることができるが、時々口調があやふやになるという程度で、話している内容は十分理解できた。Aの様子は、だるそうな感じがあったが、身体の自由がきかないということはなかった。(K作成の陳述書)
  (3) Oの供述
 Aらはふらふらして男性にフォローされながら待合室に入ってきた。Aは、自分の問いに答えており、ゆっくり物を考えれば答えを出せる状態であった。半分寝そうな雰囲気だった。診察室に行くときには、受付の時に比べて、足取りはしっかりしていたような気がする。男性が抱えていったのではなくて、1人で行った気がする。ふらついているというのに近い状態だった。(第4回公判期日における供述)
  (4) Pの供述
 Aらは、千鳥足でふらふらしながらゆっくり歩いて来た。ナンパされて薬を飲まされたとの申し出があったが、言葉が話せる2人の状態から、既に薬の影響がさめかけているのではないかと判断した。(平成13年10月1日付警察官調書)
  (5) Qの供述
 L病院及び群馬県富岡警察署におけるA、Dは、意識がもうろうとしており、言語、態度はしどろもどろで陽気な状態、まっすぐ歩行できず、直立できなかった。(同人作成の捜査報告書、平成13年10月30日付警察官調書)
  (6) Rの供述
 Aは意識が明瞭であるが、反応及び動作が緩慢であり、全身に倦怠感を訴えていた。(警察官作成の捜査報告書)
  (7) 上記各供述の信用性について検討するに、O、P、Q、Rは、被告人やAと利害関係のない第三者であり、その供述の信用性は高いといえる。次に、JとKは、Aの知り合いであるが、とりたててAを庇うような供述もしておらず、互いに矛盾する点もなく、特に信用性を疑うべき点は見受けられない。
 5 以上を前提として、Aが、性交時、抗拒不能の状態にあったかについて、判断する。
  (1) まず、Aが本件錠剤を摂取したこと(前記2)、Aが、自宅に戻った後、他の者とのやり取りにおいて、その程度は甚だしいものではないものの、酒に酔った場合よりろれつが回らないしゃべり方をし、だるそうな感じで、足がふらついており、1人では、真っ直ぐスムーズに歩けない様子だったこと(前記関係人の各供述)から、少なくともAが自宅に戻った以降には、Aに薬物の影響がある程度発生していたことは否定できない。
  (2) しかしながら、他方で、本件においては、次の各点を指摘することができる。
   ア Aが、l付近を走行中に、Dから「ここはどこ」と尋ねられ、即座に「l」と答えたこと、A宅前まで被告人運転車両を誘導したこと、及び、被告人が通常逮捕されて事情聴取を受ける以前の段階(したがって、捜査官による誘導等も考えられない。)において、B店駐車場を出発してl方面に走行し、途中脇道に入って方向転換し、A宅前を経て、C店駐車場に停車し、再びA宅前に至るまでの場所及び走行経路を正確に再現したこと(前提事実)からすると、Aは、深夜で、日中に比べ周囲の様子が分かりづらい状況にもかかわらず、B店駐車場を出発してから自宅に入るまでの間の周囲の状況、場所や道順を正確に認識し、記憶していたと認められる。
 Aは、よく通る道なので、場所等は何となく分かっていた旨供述するが(第2回公判期日における供述)、脇道に入って方向転換した場所や、C店駐車場で停車した位置等は、本件当日に特有の場所であり、本件当日の記憶の正確さを裏付けるものである。
   イ また、Aは、自宅前で、乗降のしづらい被告人車両の助手席から一旦降りて、助手席の背もたれを倒し、D(本件錠剤1錠分を摂取し、強度の眠気に襲われており、その動作は緩慢であった。)を後部座席から降ろして、背もたれを戻し、助手席に戻り、その際、鞄、鍵及び自分の携帯電話機をDに渡して、自分の携帯電話機を充電するようにDに頼むなどしており(前提事実)、この時点で、判断ができなかったり、手や足に力が入らないような状態にあったとは認められない。
   ウ のみならず、被告人と2人で車中に残っていたAが、近づいてくる車両を認めて「あ、パパだ。」と言い、これを聞いた被告人が「まずいから、移動しようか、顔を見られてしまったよね。」などと言って、車を発進させ、走行した後、C店駐車場に車を停めた(前提事実)のであるから、(あ)当時Aは目ざとい反応ができる状態にあったと考えられ、(い)また、いずれはA宅前以外のところで性交するのであったとしても、本件性交場所であるC店駐車場に行くことになったきっかけはAの言動にあり、被告人が初めから計画して本件性交場所に赴いたものではないと考えられ、(あ)の点は、当時のAの明確な感受力を示すものであり、(い)の点は、後記第5における被告人の準強姦の犯意を否定する事情になるものと考えられる。
   エ さらに、性交後、被告人の携帯電話の着信履歴をAの携帯電話機に残す際に、Aが、被告人においてでたらめの番号を押していることに気付き、被告人から携帯電話機を取り上げて、自分で番号を押して電話をかけ、着信履歴を残しているところ(前提事実)、被告人の行動を把握した上での的確かつ力強い行動であるといえ、この時点でも、身体の動きが不自由であったり、意識がもうろうとしていたとは認め難い。
 なお、この点につき、検察官は、強姦の被害にあった被害者が、何としても犯人の携帯電話番号を知りたいと考え、自己の携帯電話の合計11桁の番号を押すことは、日常的に携帯電話を使用している者であればほとんど無意識に行える範囲のことであって、Aの意識が清明であったことの根拠にはなり得ない旨主張する。しかしながら、Aは、上記のとおり、単に番号を押すにとどまらない判断・行動を行っているのであり、無意識に行える範囲内とはいい難い。
   オ Aは、自室に戻った後、自己の携帯電話機に残っていた無名の着信履歴が、被告人の番号であると判断して、2、3回被告人の携帯電話機に電話をかけるとともに、I、Jや、着信履歴のあったKにも電話をかけているところ(前提事実、J、Kの各供述)、IやJに架電するには、メモリーを呼び出すか、番号を打ち込む必要があり、Kへ架電するには、上記同様の操作を行うか、被告人からの着信履歴以外の着信履歴を調べる必要があり、それなりの判断や操作を行っていたと言える。
   カ 他方、本件錠剤1錠分を摂取したと考えられるDは、JR高崎駅前において、被告人車両に乗車したときには、既に眠気を訴えていたものではあるが(Aの平成12年7月15日付警察官調書)、ウーロン茶を飲んでからは、急激に眠気が強まり、その後はときに目覚めるもののもっぱら寝ている状態となり、殆ど断片的な記憶しか有していないものであり(Dの平成12年7月20日付警察官調書、第3回公判期日における供述)、Aの状態は明らかにこれとは異なる。
  (3) Aと被告人の各供述の信用性
 Aの前記「自宅に到着するまでの車中で、すごくぼうっとし、くらくら、くらくらしていた。携帯電話の字がぼやけてはっきり見えなかった。性交前後に、被告人を右手で払いのけようとしたが、手に力が入らず、力が抜けてしまい、払いのけることができなかった。」旨の供述は、(2)で指摘したとおりの同人の動作、行動、意識状態等と明らかに反するものであり、信用し難い。(なお、その他の観点からみても、A供述の信用性が概して低いことについては、後記第5のとおりである。)
 これに対して、被告人の前記供述は、(2)で指摘した各事実と矛盾するところはなく、Aの供述に比べて、信用性が高いといえる。
  (4) 以上を総合して判断するに、Aが、性交前後の接着した時期において、場所や状況を的確に把握して、行動していること((2)アウエ)、自発的な行動も行い((2)イエオ)、特に、Dを降車させる際や携帯電話機を被告人から取り上げた際に、的確で力強い動作を行っていること((2)イエ)、複数回にわたり、携帯電話機を用いてそれなりの操作を行っていること((2)エオ)、眠気の度合いがAとDとで明らかに異なっていること((2)カ)に照らし、自宅に帰った後、薬物の影響がある程度現れていたことを考慮しても、Aが、性交時、薬物の影響により、抗拒不能、すなわち、抵抗することが不可能又は極めて困難な状態にあった事実は認め難い。
 6 以上によれば、Aが、性交時、薬物の影響により抗拒不能の状態にあった事実を認めることはできない。
第5 被告人が、薬物を混入したウーロン茶をAに飲用させた際に、準強姦の犯意を有していたか
 1 第4で判示したとおり、Aが、性交時に抗拒不能の状態にあったことを認定することはできないので、準強姦既遂罪の成立は否定されるが、被告人が、Aに上記ウーロン茶を飲用させた際に、準強姦の犯意を有していたとすると、準強姦罪の未遂罪が成立する余地がある。
 そこで、まず、これまで認定した事実以外の事実経緯を認定した上で、上記の点について判断する。
 2 本件当日以降の事実経緯
本件当日以降の経緯について、Aの第10回公判期日における供述、被告人の第11回、第12回公判期日における供述等関係各証拠及び一件記録によれば、以下の事実が容易に認められる。
  (1) Aは、第2回公判期日(平成13年6月1日)に、証人として、本件当日の事実経緯等について証言した。
  (2) Aは、同年夏ないし秋ころ、友人から、被告人がAについて調べているなどと聞いたことなどをきっかけとして、事件を早く終わりにしてしまいたいなどと思うようになった。
 平成13年12月初旬ころ、Jが被告人を呼び出し、A、J及び被告人は、JR高崎駅前のビルの前で立ち話をした。その際、Aは、被告人に対し、裁判を終わりにしたい、自分のことを調べるのを止めてもらいたいなどと言ったが、被告人から、弁護人と話をするように言われ、弁護人と連絡を取り、同月5日に弁護人の事務所に赴いた。ここで、Aが、弁護人に対し、事件を終わりにしたい、被告人に協力したいなどと述べたところ、弁護人から、協力するということは、検察官から再度事情を聞かれたり、法廷で再度証言をするようなことになるのであり、ちゃんと考えてくるように言われ、帰された。この際、Aは、弁護人から、今度事務所に来る際に、被告人が同席していても平気かどうか尋ねられ、「別にいいです。」などと答えた。
  (3) Aは、同月21日に、弁護人の事務所に赴き、弁護人及び被告人と話をし、その場で弁護人がAの供述を録取した陳述書に署名、指印し、また、同様に作成された確認書について、弁護人から内容をかみ砕いて説明された上、署名、指印し、弁護人から和解金として5万円を受領し、領収書に署名、指印した。上記確認書には、本件告訴については、Aが間違っていたものであり、陳謝する、Aは、虚偽告訴について、被告人から訴えられたり、お金を取られることはないとの内容が含まれており、Aはこのような内容を理解していた。
  (4) Aは、平成14年3月1日に実施された証人尋問において、上記和解金は、仲良くするという意味の金員であると思っていた、なぜ5万円という金額になったかは覚えていない、今は、上記確認書を作らなかった方が(裁判が)早く終わったかもしれないし、裁判所に出廷したり、検察官と話をしないで済んだかもしれないから、上記確認書に署名し、5万円を受け取ったことを後悔している旨証言するに至り、同日、上記5万円を被告人に返還した。
 3 本件当日の経緯
 本件当日の経緯については、以下のとおり、被告人とAの各供述は大きく相反する。
  (1) 被告人の供述
   ア B店駐車場を出発した後、車内での経緯
 Aがパトロンになる、月々お金を渡して愛人関係になるという話をしており、月に10万円、15万円、週に1回、月に3回といったような話が出た。Aが月2回といい、被告人が最低週1回でないと高いなどと言っていた。被告人がアパートを借りてやるとの話も出た。Aは、これまでは援助交際をしたことはないと言っており、新しい携帯電話が欲しいなどとも言っていた。(第5回公判期日における供述)
   イ A宅前での経緯
 AはDに帰っていなよと言い、Dが下車した後、エッチ(性交)の相性の話になり、Aと性交することになった。被告人は、腎臓病のため、平成11年冬ころから本件当日まで、性的に不能であり、性交したことも、陰茎が勃起したこともなく、陰茎が勃起するかどうか不安があったので、しゃぶってくれるようにAに頼んだ。被告人が、運転席のシートを倒し、ズボンとパンツを下ろすと、Aが、助手席の上に四つんばいになり、被告人の陰茎をしゃぶってくれた。被告人もAの胸と陰部を触った。被告人の陰茎が「半立ち」の状態(通常よりは大きいが、やわらかく立ったままになっていないような状態)になった。
 近くまで車が来たため、被告人が、「ここじゃまずいよね。」と言うと、Aが「場所を変えよう。」と言い、車を発車させて適当な場所を探した。(平成12年9月6日付警察官調書、第5回、第6回公判期日における供述)
   ウ 性交前後の経緯
 被告人は、C店の駐車場に車を止め、ライトを消し、Aに陰茎をしゃぶってくれるように頼み、ズボンとパンツを途中まで降ろすと、Aは、自分でシートを倒して、四つんばいになって被告人の陰茎を口淫し、その間、被告人も、Aの下着の上から陰部を触った。被告人が、「いいかな。」などといったところ、Aが助手席の方で仰向けになり、パンツを脱いだので、被告人が助手席に四つんばいになって、陰部をなめた。Aが「コンドームあるの。」と聞き、被告人が「ない。」と答えたところ、Aが「子供ができちゃうから駄目だ。」などと言った。被告人は、自分はパイプカットしていると嘘を言ったが、Aが意味が分からないようだったので、精子が出ないようになっていると説明した。Aは、以前に妊娠したことがあるから心配であるなどと被告人に説明した。このようにやり取りをしているうちに、被告人が不能になってしまったので、被告人が一旦運転席に戻り、Aが再び被告人の陰茎を口淫した。(平成12年9月6日付警察官調書、第6回公判期日における供述)
 その後、Aが助手席で仰向けの状態になり、被告人がAの体の上に覆い被さり、陰茎を挿入したが、すんなり挿入することができた。被告人は、10回程度腰を動かして、性交できたことに満足したことなどから止めたが、射精した覚えはなかった。性交後、Aが「中出ししていないよね。」と尋ねてきたので、被告人は、「時間的にもこんなに短くて、出すわけないじゃん。」などと答えた。(平成12年9月6日付警察官調書、第6回公判期日における供述)
 Aは、自分で、下着やブラウスを身に付けた。(第6回公判期日における供述)
 その後、A宅前でAが被告人に対し、「しちゃったからお金をもらいたい。」と性交の代償を求めてきた。被告人は、金を支払うつもりはなかったが、今日持ってくると返事をしたところ、Aが「コンビニエンスストアに持ってきて。学校が終わってから、午後4時なら間に合う。」などと待ちあわせの時間・場所を指定してきたので、被告人は了承したが、行くつもりはなかった。(平成12年9月6日付警察官調書)
   エ 援助交際の金額の約束について
 この点について、被告人の供述は、以下のとおり変遷している。
   (ア) 平成12年9月6日付警察官調書
 A宅前で、Aとのセックスの話が進み、最終的には、お金でセックスすることになった。被告人が5万とか10万円を払うということでセックスをする話がまとまった。性交後、A宅前でAがセックスしたことの代償を求めてきたので、今は持っていないけど、今日持ってくるからと嘘の返事をした。Aは多分5万円と言っていたような気がする。
   (イ) 平成13年1月30日付、同年2月6日付各検察官調書
 A宅前で、Aと2人で車の中で話をし、その際、Aと援助交際をして、被告人が5万円くらいのお金を渡すことで話が付いた。
   (ウ) 第1回公判期日における被告事件に対する陳述
 Aに対し、セックスをしてくれた代金として、5万円を払うと約束した。5万円の報酬の約束でセックスした。
   (エ) 第6回公判期日における供述
 事前に性交の対価の話はなく、性交した後、A宅前に戻った車内で、Aから「今日幾らくれるの。」と言われて、Aにいくらが良いのか尋ねたら、4、5万円と言われた。被告人は、早く帰りたかったので、「払うよ。ついでに携帯も買ってやるよ。」などと答えた。
   (オ) 第7回公判期日における供述
 A宅前で、Dが降車した後、援助交際をする話が決まった。被告人の陰茎が勃起するか分からなかったので、勃起したら5万円を支払う旨の話をした。
   (カ) 第8回公判期日における供述
 (弁護人からの質問に対し)
 A宅前で、4、5万円で試しに口淫をしてもらうという話はしていない。その前に、一般論として、Aが話していた援助交際の金額が4、5万円だったが、そのような話の後、時間を空けずに勃起するか試してみる話になったので、性交前に4、5万円支払う約束をしたと思い込んでいた。当日の性交の対価の話になったのは、性交後、A宅前に戻ってきた時である。
 (裁判官からの質問に対し)
 
 
 口淫の前に、5万円で何かしてもらえないかといった話をした。(さらなる尋問の後)性交前に、当日の性交の金額について、合意や申出はなかった。
  (2) Aの供述
   ア B店駐車場を出発した後、車内での経緯
 援助交際を求められるような話はされていない。被告人が「彼女になる。月に15万円くらい小遣いあげる。彼氏作っちゃだめだよ。」というような話をし、自分はよく考えられないような状態で「なるなる。」と答えてしまった。(平成12年9月15日付警察官調書、平成13年1月21日付検察官調書)
 l付近でUターンした後、ぼうっとしていた。寝ていたのかどうかは分からないが、記憶が飛び飛びである。自分がどのようなことをしていたかは分からない。(被告人の彼女になる、小遣いを上げる等の会話があったかとの質問に対し)はっきり話をしたとは言えなくて、ただ話をしたような気がするみたいな感じである。彼女になると言ったと思う。自宅への経路を説明した覚えはないが、説明したのだと思う。(第2回公判期日における供述)
   イ A宅前での経緯
 Dが降車した際の状況は、覚えていない。自分が何を考えていたのかはっきり分からない。(第2回公判期日における供述)
   ウ 性交前後の経緯
 C店駐車場で、被告人が、Aに対し、「彼女にならないか。携帯を買ってあげる。」などと言った後、Aのベストのボタンを外し、ブラウスのボタンを外して胸をなめたり手で揉んだりした。右側にいた被告人を、右手で、1、2回払いのけようとしたが、力が入らず、力が抜ける感じで、手が落ちてしまった。振った手が被告人に当たったかは覚えていない。被告人に、何回か「やめて」と言った。被告人からいろいろ触られたと思う。陰部をなめられたような気がする。
 助手席に倒された状態のAのところへ、被告人が来て、「精子の出るところを切ったから、何も出ないんだ。大丈夫だよ。」などと言いながら、その陰茎をAの陰部に入れてきた。はっきりと、強姦されるのだ、というのではなく、ああされるのかな、みたいな感じだった。被告人が腰を動かしていた回数や、時間等は覚えていない。
 助手席の背もたれがどうやって倒されたかは覚えていない。
 ブラウスやパンティーを脱いだ記憶も、身に付けた記憶もない。自分でブラウスのボタンをはめた記憶はない。
 性交の前か後かは覚えていないが、午後4時に被告人がA宅近くのコンビニエンスストアに来るという約束をしたことは覚えている。何のために会うのかは覚えていない。携帯を買ってあげるから来ると言っていたのかもしれない。(第2回公判期日における供述)
   エ 自宅に戻った後の経緯
 トイレに行き、被告人に膣内で精子を出されたことが分かり、性交した実感が沸き、性交されたことと中出しされたことにむかついてきた(平成13年7月20日付警察官調書、第2回公判期日における供述)。
  (3) 上記各供述の信用性
   ア Aの供述
 以下のような諸点から、Aの供述の信用性は低いといわざるを得ない。
   (ア) 事実に反する供述
 Aの意識状態や体調についての供述が、実際の事実経過と相反し、信用性が低いことは、第4で指摘したとおりである。
   (イ) 特定の事柄についてのみ、供述が曖昧になること
 前記のとおり、ハルシオンの副作用には、一過性前向性健忘があり、薬理作用のために部分的に記憶を欠くことがありうるものである。
 しかしながら、Aは、性交に至るまで同人が立ち寄った場所や道順、自宅に帰った後の経緯等については、相当程度正確に供述あるいは再現しており、記憶がない、あるいは曖昧であると供述する部分は、自宅前でDを降車させて車中に残った経緯、愛人契約や援助交際についてのやりとり、性交時の経緯(被告人がAに対しどのような行為をしたか、着衣の脱着の様子等)であって、ことさらにこのような部分についてのみ、記憶がないというのは不自然である。
 この点、Aよりも会話が聞き取りにくい後部座席におり、前記のとおり、睡眠薬の効果が強く現れていたDですら、車内で、「愛人がどうのこうの、愛人になると40万円くれるからなどの話をみんなでしていた。」、「(40万円で愛人になるとの話に)AやDが、『そんなうまい話ないよ』などと言っていた。」、「被告人の話し方がやけにリアルで、細かかった。マンションで一人暮らしをさせてあげて、おじさんにはそんなに会わなくていい、月に1、2回でいいよなどと言われて、AとDはそこまで真剣に話されてもというので、受けていた。」などと具体的な会話内容を再現しながら供述しており(第3回公判期日における供述)、助手席におり、薬物の影響も少なかったAが覚えていないというのは、にわかに信用し難い。
 加えて、Aは、本件当日以降の経緯についても、友人とのやり取り等については、比較的詳細に供述する一方で、弁護人の事務所を2度訪れた際のやりとり、特に、弁護人から受けた説明の内容や、和解金の額が5万円になった理由等については、記憶がない旨の供述や曖昧な供述に終始する(第10回公判期日における供述)。また、Aは、自分は、国語が苦手である、物事を忘れてしまう方である、確認書の文言が難しかったなどと供述するが(第10回公判期日における供述)、その他の事柄については比較的よく記憶をし、供述しているものであり、薬物の影響下にもなかった、尋問の約3か月前のやりとりについて、上記のような記憶しかないというのはにわかに信じ難く、記憶に従って、誠実に証言しようとする姿勢は見受けられないと評価せざるを得ない。
   (ウ) 供述の不自然さ
 Aは、当公判廷において、(Aの自宅前から発車するまでの間に、援助交際をして5万円をもらうとの話がまとまっていたのではないかとの質問に対し)「まとまらない。そこまで、そんなちゃんとした話はしていないと思う。」、(援助交際をしてお金をもらう話が決まっていたから、自宅前から車で移動したのではないか、との質問に対し)「それは、ないと思う。幾らばかでも、そこまではしないと思うから。そういうのは絶対したくないから、だからそういう話はまとまっていないはず。そんなに細かく話は出ていない。」などと供述する(第2回公判期日における供述)。
 この点、記憶があやふやなために自信を持って答えられないという可能性も考えられるが、(イ)のとおり、同人の記憶が曖昧であるとの供述自体、信用性が低いものであり、今まで1回も援助交際をしたことがなく、嫌だと言っているにもかかわらず被告人に強姦されたと供述する一方で、上記のような歯切れの悪い供述をしていることは、不自然である。
   (エ) 意思に反する性交であったことに疑問を抱かせる経緯
 Aの供述の骨子は、「やめて」と何回も言い、自分は承諾していないのに、被告人に姦淫されたというものである。
 しかしながら、(あ)Aが、自宅前まで送ってもらい、Dとともに自宅に帰ることが可能だったにもかかわらず、鞄、携帯電話機及び鍵を渡して、Dだけを自宅に帰した後、自らの意思で被告人運転車両に乗り込み、被告人と2人きりの車内に戻っていること、(い)被告人とAが性交時に避妊を話題とし、被告人が精子が出ないようになっているなどと説明して性交についての承諾を暗に求めているのに対し、Aも以前妊娠して困ったことをわざわざ被告人に教えていること(この点、Aは、以前妊娠して困ったことがあると被告人に話した覚えはない旨供述するが、妊娠して後始末で苦労したことがあったとも供述しているところ(第2回公判期日における供述)、被告人は、Aから聞かされなければ、このような事情を知り得ないものである。)、(う)被告人が性交後Aを自宅前まで送り届けていること、(え)被告人とAは、性交後A宅近くのコンビニエンスストアで再会する約束をしたことなどの事情は、被告人の言うような援助交際であったとすれば、納得のいくものであるが、意思に反した姦淫を前提とすると、合理的に理解することは困難である。
   (オ) 本件当日以降の行動の不自然さ
 Aは、本件当日以降、路上で被告人と会ったり、弁護人事務所で被告人と同席することにも躊躇を見せず、また、それなりに内容を理解して、Aの虚偽告訴等をも内容とする確認書に署名し、被告人から和解金5万円を受領しているところ、Aが友人のことを調べられるのが嫌で、事件を早く終わらせたかったという点を考慮しても、なお、強姦被害者のとる言動としては理解に苦しむ行動である。
   イ 被告人の供述
 どのような経緯で援助交際の金額を決めたかについて、供述が変遷している点は、被告人の供述の信用性を減殺するものである。
 しかしながら、それ以外の点については、被告人の供述は概ね一貫し、内容も詳細かつ具体的であり、前提事実やDの供述とも矛盾するところはないものであり、Aの供述に比べて、信用性が高いといえる。
  (5) 以上によれば、Aの供述の信用性は低いのに対し、被告人の供述の信用性は高いといえ、事実 経過については、ほぼ被告人の供述のとおりと認められる。
 4 準強姦の犯意の有無
 以上を前提として、準強姦の犯意の有無を判断する。
  (1) 被告人の供述について
   ア 被告人は、薬物を混入したウーロン茶をAに渡した理由、動機については、捜査、公判を通じ、姦淫目的を一貫して否定し、「Aらが制服をミニスカートにしたり、化粧をしている格好の割りに、自分や友達の親から信用されているといったり、被告人に対して丁寧な言葉や敬語を使ったりしており、格好と言っていることとのギャップが大きく、不良なら不良っぽくすればいいのにと思い、かなり小生意気な感じを受け、睡眠薬ハルシオンを所持していることを思い出し、Aらに飲ませることを思いついた。ハルシオンを飲ませ、眠らせることで懲らしめてやろうという気持ちといつも自分が飲んでいるハルシオンがどのくらいきくのか確かめたい気持ちから飲ませることにした。いたずら心で衝動的にやってしまった。」(平成12年9月6日付警察官調書、平成13年2月6日付検察官調書)、「話をしているうちに生意気なことを言っているように感じ、こらしめてやろうといういたずら心がわきハルシオンがどれ位きくのか試してみたいという気持ちになった。」(平成12年8月1日付警察官調書)、「AとDが、髪を染め、スカートの丈を短くして太股をあらわに出していたので、何という生意気な女の子だと思うようになった。そこで、小生意気な2人を懲らしめようと言う気持ちになり、持っていたハルシオンをウーロン茶に入れて内緒で飲ませてやろうと思うようになった。睡眠薬の効果がどのようにして効くのか試してみたいという気持ちもあった。」(平成13年1月30日付検察官調書)、「ハルシオン入りのウーロン茶を飲ませた時点では、性交関係を持とうという気持ちまではなかった。最初からセックスする目的で薬物入りのウーロン茶を飲ませていない。」(第1回公判期日における被告事件に対する陳述)、「Aが敬語を使い、DがAはDの母に信用があるなどと言うのを聞いて、言っていることとやっていることがずいぶん違うのではないかと思い、小生意気であるなどと思い、いたずら心で睡眠薬を入れてしまった。睡眠薬の効果がどのようにして効くのか試してみたかった。どういった表情になるか見たかった。」(第5回、第7回、第8回公判期日における供述)旨供述する。
   イ 被告人の上記供述は、Aらが生意気だと思うようになった理由も判然とせず、また、睡眠薬の効果がどのようにして効くのか試してみたかった、どういった表情になるか見たかった、と言う一方で、Aらが車内で眠ってしまった際にどうするつもりであったかについては、そこまで考えていなかった(平成12年9月6日付警察官調書)、あるいは、無理に起こしてでも自宅に送るつもりだった(平成13年2月6日付検察官調書)などと供述するが、被告人は本件錠剤の効能を熟知しており、その効果をいまさら確認するというのは不合理である上、Aらが眠ることなく睡眠薬の効果を見ることなどそれ自体矛盾であり、不自然である。本件錠剤を飲ませることがなぜAらの懲らしめとなるのかも理解しがたい。
  (2) そもそも、いわば密室状態にある自動車内で、女性に、密かに睡眠導入剤を摂取させること自体、社会通念上、何らかの性的犯罪を行う目的があったと推認させる有力な事実といえるものである。
 加えて、被告人が、偽名を用い、身元等について出任せを言っていること、B店内に同行したいとのDの申し出を断って1人で店内に入っていること、ポケットに睡眠薬を持っていたこと、当初、Aにでたらめの電話番号を教えようとしたことなど、被告人の行動には不審な点が多いといわざる得ない。また、被告人は、腎臓病により性的不能となり、性欲もなくなっていた旨供述するが、女性に対する性的興味が全く失われているわけではなく、平成12年5月か6月ころには、結局性交には至らなかったものの、居酒屋で知り合った女性と性交渉を試みており(平成12年9月6日付警察官調書、第5回公判期日における供述)、本件当日には、車内で愛人契約の話をしきりにAに持ち掛けたり、当日にAと性交渉を持つに至っていることからすれば、被告人が、Aに異性としての興味を抱いていたことは明らかである。
  (3) しかしながら、他方、本件では、(あ)抗拒不能状態に陥れた上で姦淫する目的であるなら、愛人契約や援助交際の約束等を取り付ける必要もなく、また、性的な話題を避けてもしかるべきなのに、被告人は、B店駐車場を出発した直後から、Aらに積極的に愛人契約や援助交際の話題を持ち掛けていること、(い)別の場所まで走行することができたにもかかわらず、わざわざ方向転換をして、Aの自宅前に行き、性交後も、Aを自宅まで送り届けていること、(う)Aとの性交も、合意の上で行われたことが認められる。
 そして、腎臓病のため平成11年冬ころから本件当時まで性的に不能であったとの被告人の供述は、Aが被告人の求めに応え、積極的にこれに応じる行為をしたことからAとの性交が可能になるに至った経緯なども含め、具体的で、迫真性に富み、それなりの信用性が認められる。また、被告人は、本件以前の平成12年5月か6月ころ、性交の合意があった相手と性交を試みるも、果たせなかったものである。とすると、本件当時、被告人が、相手の合意も協力もないような状況下において、性交が可能な状態となる可能性は低かったと解され、被告人も自分のそのような状態を認識していたであろうから、上記のような状況下において、あえて、姦淫するつもりがあったかについては、疑問が残る。
 加えて、本件では、2名の女性に対して、薬物を混入したウーロン茶を飲用させており、両者の飲むウーロン茶の量も、発生する薬理作用の程度も異なるであろうから、女性1名に対する場合と比べると、抗拒不能状態に陥れた上で姦淫することは難しい場面にあったといえ、女性1名に対する犯行とは別の考慮が必要である。
 さらに、前記第4の5(2)ウで述べたように、C店駐車場に赴いた経緯も被告人の準強姦の犯意を否定する事情になるものと考えられる。
  (4) 以上を総合すると、被告人の供述((1)ア)は全体としては直ちに信じ難く、かつ、被告人の取った行動には不審な点が多々見受けられるが、(3)で指摘した点も軽視することはできず、結局、被告人が、Aに薬物の混入したウーロン茶を飲用させた際に、抗拒不能に陥らせて姦淫する目的があったと認定するには、なお、合理的な疑いを差し挟む余地があるといわざるを得ない。
  (5) なお、被告人には、姦淫目的が認められないとしても、わいせつ行為を行う意図があったとすれば、本件公訴事実と同一性のある範囲内で縮小認定しうる準強制わいせつ未遂罪が成立する余地があるが、この点についても、(3)で挙げた諸点からして、やはり、認定することはできない。
第6 まとめ
 以上によれば、本件公訴事実については、犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
 (裁判長裁判官 大島哲雄 裁判官 渡邊英敬 裁判官 園部直子)

準強姦無罪判決(熊本地裁h28.6.29)

westlaw
裁判年月日 平成28年 6月29日 裁判所名 熊本地裁 裁判区分 判決
事件名 強姦、わいせつ誘拐被告事件
裁判結果 有罪(懲役4年(求刑 懲役10年)) 
文献番号 2016WLJPCA06296009
理由
 (罪となるべき事実)
 被告人は,当時17歳の被害者を強姦しようと考え,平成27年2月15日午前5時37分頃から同日午前6時30分頃までの間,熊本市〈以下省略〉に在るホテル(以下「本件ホテル」という。)の客室において,被害者に覆い被さり,腕を掴むなどして,抵抗することが著しく困難な状態にさせて性交した。
 (証拠の標目)―括弧内は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠甲の番号
 ・ 被害者の公判供述
 ・ 現場引当見分報告書(甲9)
 ・ 捜査報告書2通(甲11,13(不同意部分を除く。))
 (事実認定の補足説明)
 1 争点及び判断の分岐点
 弁護人は,被告人は被害者に対して判示の暴行(以下「本件暴行」という。)を行っていないと主張する。関係証拠上,被告人と被害者が本件ホテルで性交したことは明らかであるものの,被告人と性交したのは本件暴行を受けたからであるという被害者の供述と,被害者と性交したのは被害者が承諾したからであるという被告人の供述とが対立している。すなわち,本件の争点は本件暴行の有無であり,その判断の分岐点は,被告人から本件暴行を受けた旨の被害者の供述の信用性である。そして,性交場所である本件ホテルがいわゆるラブホテルであり,本件ホテルに行くまでの経緯に関しても,被害者の供述と被告人の供述とが対立していることからすると,被告人から本件暴行を受けた旨の被害者の供述の信用性は,被害者と被告人が本件ホテルに行くまでの経緯にも注目して判断すべきである。
 2 被害者供述の信用性について
  (1) まず,被害者と被告人との間のLINEアプリ(以下「LINE」という。)のチャット履歴(甲13)及びこれにより裏付けられて信用できる被害者及び本件友人の供述等によれば,被害者と被告人が本件ホテルに行く前に熊本市a区○○に在るコンビニの駐車場(以下「本件駐車場」という。)に立ち寄るまでの経緯に関して,以下のような経緯が認められる。すなわち,平成27年2月初め頃に,LINEのチャットで「一言まじなめすぎ なめられすぎだけん お前まじ探さすっけん」,「お前ん彼氏殺すね」等のメッセージを送信してきた被告人に好感を持っていなかった被害者は,ラウンジでのアルバイトが終了した同月15日午前3時過ぎ,被告人から「いますぐでてきて 店に年ばらさなんごっなる」,「bえきに一人できて」とのメッセージが送られてきて呼び出されたことから,怖いと思いながらも一緒にアルバイトをしていた本件友人と共に被告人と会ったところ,被告人が本件友人が一緒に来たことに腹を立てて本件友人に対して殴るなどと言ったために本件友人が泣き出したことから,被告人と二人きりで話をせざるを得なくなり,被告人と二人で本件友人らの前から立ち去り,本件駐車場まで自動車で移動したというものである。
 このような本件駐車場に行くまでの経緯を踏まえて,本件ホテルに移動するまでの経緯に関する被害者の供述について検討する。まず,本件駐車場に移動するまでの間に被害者が被告人に好意を抱くこととなるような事情はなく,被告人が供述する被害者と二人きりになってから本件ホテルに自動車を走らせるまでの状況を前提としても,被害者が被告人に好意を抱くこととなるような事情は見当たらない。そうすると,被告人から性交を求められることとほぼ同義である本件ホテルへの移動を求められたところで被害者がこれを承諾するような状況であったとは到底考え難い。また,被告人が被害者を呼び出す際,未成年者を働かせてはいけないラウンジで被害者が働いていたことを材料にしていたことに照らせば,被害者が供述する被告人による脅迫文言は,被告人が自身に好意を抱いていない被害者に性交を求める際の脅し文句として自然である。したがって,本件駐車場から本件ホテルに移動するまでの経緯に関する被害者の供述は信用することができるから,被告人が被害者の承諾を得ることなく本件自動車を本件ホテルまで走らせたことが認められる。そして,被告人が供述するその後性交に至るまでの状況を前提としても,被害者が被告人に好意を抱くこととなるような事情はなく,結局,被害者が被告人と性交するまでの事情を通してみても,被害者が被告人と二人きりで行動しているからといって,被害者が被告人と性交することを承諾したのかもしれないと疑わせるような状況は見いだせない。そうすると,被告人と性交したのは本件暴行を受けたからであるという被害者の供述は,本件犯行前の状況に沿うものとして,十分な信用性が認められる。
  (2) 弁護人は,被害者の供述を前提としても性交された本件ホテルの室内で抵抗らしい抵抗をしていないという本件犯行時の状況,被害者が被告人と行動を共にしたという本件犯行後の状況に照らせば,被害者の供述は信用できないと主張する。しかし,被害者が抵抗らしい抵抗をしていないのは,本件暴行を受けて抵抗が著しく困難になったからだけのことであり,性交後も被告人と行動を共にしたのは,被告人に恐怖心を抱いていた被害者が被告人から行動を共にするように言われてそのようにせざるを得ないと考えただけのことであるから,弁護人が指摘する点は,被害者供述の信用性を減殺させるものではない。
 2 結論
 以上によれば,信用できる被害者供述により,被告人が被害者に本件暴行を行ったと認定できる。
 (一部無罪の理由)
 1 平成27年10月19日付け起訴状記載の公訴事実の要旨
 平成27年10月19日付け起訴状記載の公訴事実(わいせつ誘拐,強姦)の要旨は,被告人が,A(当時16歳。以下「告訴人」という。)及びその友人を自らが運転する自動車に乗車させて走行していた際,告訴人を誘拐して強姦しようと考え,平成26年11月24日午前2時頃から午後3時頃までの間,熊本市a区内のタクシー乗り場に停車中の同車内において,前記友人に対し,嘘を言って同車から降車させた上,同車を発進させて告訴人を同所から被告人方まで連れ去り,同所において,告訴人を押し倒して覆い被さり両手首を押さえつけた上で,「声出したら中出しするぞ。」などと言い,同女が抵抗することが著しく困難な状態にさせて性交したというものである。
 2 強姦の点について
  (1) 争点及び判断の分岐点
 弁護人は,被告人は告訴人に対して,上記1の暴行脅迫(以下「本件暴行脅迫」という。)を行っていないと主張する。関係証拠上,被告人と告訴人が被告人方で性交したことは明らかであるものの,被告人と性交したのは本件暴行脅迫を受けたからであるという告訴人の供述と,告訴人と性交したのは告訴人が承諾したからであるという被告人の供述とが対立している。したがって,告訴人に対する強姦罪の成否に関する争点は飽くまで本件暴行脅迫の有無であり,その判断の分岐点は,主として,被告人から本件暴行脅迫を受けた旨の告訴人の供述の信用性であり,検察官がそれを支える証拠と位置付けている被告人が告訴人の父との間で取り交わした念書(以下「本件念書」という。)の証明力も問題となる。
  (2) 告訴人供述の信用性
   ア 被害申告の状況との整合性について
 (ア) 告訴人が,被告人から本件暴行脅迫を受けたことによって性交したとすれば,性交状況の細部はともかく,被告人と性交したことや,それが被告人から暴行や脅迫を受けたことによるものであったことという被害の核心部分については,明確に認識するはずであり,その記憶が直ちに曖昧になるとは考え難い。
 ところが,友人等に対する被害申告の内容は,強姦被害があったとされる直後の時期にされたものであるにもかかわらず,曖昧である。すなわち,告訴人は,強姦被害があったとされる平成26年11月24日の夕方頃,友人のBからの安否を確認するLINEのメッセージに対し,被告人に何かされたのかもしれないがよく覚えていない旨のメッセージを送っている。また,告訴人は,その2日後である同月26日に受診した産婦人科の医師に対し,強姦されたとは断言していないとみられるのである(甲44(c産婦人科医院作成の告訴人の診療録)・3丁の「主訴」欄に「11/23~11/24-rape?」とあり,末尾に「?」が記載されているところ,これは,告訴人が医師に対してレイプされた可能性があるとは述べつつも,レイプされた旨を断言しなかったためであると考えられる。)。この点,強姦被害に遭ったことを隠そうとして意図的に曖昧な申告をした可能性があると考えることもできそうである。しかし,告訴人が強姦被害に遭ったことを隠したいのであれば,Bには,何らかの被害に遭ったかもしれないなどと曖昧な答えをする必要はなく,単に大丈夫だったとだけ答えておけば足りるし,産婦人科医師にも,妊娠等を懸念していたとしても,強姦被害に遭った可能性があることまで説明する必要はない。
 そうすると,告訴人が前述したような曖昧な被害申告をしていることは,強姦被害に遭った者の言動としていささか不自然であり,告訴人が,公判廷において,自己の認識して記憶したことをありのままに供述しているのかにつき疑問を持たざるを得ない。
 (イ) 他方,告訴人は,被害に遭ったとされる当日のうちに父母や友人に対して公判廷で供述したのと同様の被害を申告している旨供述する。しかし,上記(ア)のような被害申告の状況に照らせば,告訴人が父母らに対して公判廷で供述したような被害申告をしているのかについてはそもそも疑問があるが,その点は措くとしても,父や友人の供述等を検討すると,そうした疑問は一層強くなる。
  a まず,告訴人は,平成26年11月24日の夕方頃に被告人に父親宅周辺まで送ってもらっている最中か到着後のいずれかの時期に,友人であるCに電話を掛け,被告人から3回姦淫された旨を話したと供述する。
 確かに,Cも,同日の午後4時か5時頃に,告訴人から電話が掛かってきて,「車の中にいる。」,震えた声で泣きながら「もう嫌だ。」などと言っているのを聞いた旨供述する。しかし,Cは,告訴人がずっと「もう嫌だ。」という言葉を繰り返していたが,告訴人の口から被害の内容を聞いたことはなく,被告人宅で告訴人と被告人との間で何があったのかについて,現在も知らないと供述する。検察官も指摘するとおり,C供述の信用性に疑問はないが,Cの供述は,Cに対し具体的な被害申告をしたという告訴人の公判供述を裏付ける証拠とはいえず,むしろその日のうちにCに対し姦淫されたことやその回数を話したという告訴人の供述の信用性を疑わせる証拠である。
  b 次に,告訴人は,被告人に強姦された後,被告人に父親宅周辺まで送ってもらい,父親宅到着後,父から何をしていたのか尋ねられ,被告人に3回姦淫された旨を話したと供述する。
 確かに,父も,告訴人が,平成26年11月24日の夕方頃に父親宅に来た際,被告人から無理やり3回姦淫された旨を話したと供述する。しかし,告訴人は,父に被害を申告したとき,「そうかみたいな感じで」話を流されたと供述する一方,父は,「そうか」と流すことはなかったし,被告人から姦淫された旨の被害を聞いた後,性交時に抵抗したのか,被告人がコンドームを付けていたのか,被告人の性器をくわえさせられたのかなどを質問していったと供述している。このように,父に対する告訴人の被害申告の状況に関する両名の供述は整合しない部分がある。さらに,父は,被告人の性器をくわえさせられたのかという質問に対して告訴人が首を縦に振ったと供述するが,告訴人は,そもそも被告人からそのような被害に遭ったとは述べていない。そうすると,父の上記供述は,告訴人が供述する被害内容と矛盾している。このように父に対する被害申告の状況に関する両名の供述は,整合しない部分がある上,矛盾する部分まであり,父の供述は,父に対し公判廷で供述したような被害申告をしたという告訴人の公判供述を裏付ける証拠とはいえない。
  c さらに,告訴人は,帰宅した平成26年11月24日のうちに,母に対し,レイプされた旨を話したと供述し,父は,刑事告訴に関する告訴人と母の意向を確認したところ,その日のうちに刑事告訴はしないという方針になったと供述する。
 しかし,母は,その日の夜,Cに対し,「とりあえず妊娠しとらんならいいけどねぇって感じだね」というやや深刻さに欠けるLINEのメッセージを送っているとともに,当日は警察に対する被害申告等をしていない。他方,母は,同月26日,告訴人と共に産婦人科医院に赴き,強姦被害に関して事件化するか否かについて告訴人と話し合う前に警察に相談している。このような経緯からすると,告訴人が供述するように,帰宅した同月24日のうちに,母に対し,レイプされた旨を話し,刑事告訴に関する意向確認がされたとの事実が存在したかについては,疑問を抱かざるを得ない。母のCに対するLINEのメッセージや,同月26日の母の言動は,母に対し,帰宅した日のうちに被害申告をしたという告訴人の公判供述を裏付けるものとはいえず,かえって,そのような事実がなかったことをうかがわせるものである。
 (ウ) 以上によれば,告訴人が強姦被害に遭ったとされる直後の言動は,強姦被害に遭った者のそれとして不自然であり,強姦被害に遭ったことを家族らに話した旨の供述については裏付けとなる証拠がないから,告訴人の供述の信用性を肯定することは困難である。
   イ 供述内容の自然性及び迫真性について
 検察官は,告訴人の供述内容が自然で迫真的であると評価できることが告訴人の供述の信用性を高める事情であると主張している。しかし,供述内容が自然で迫真的であるなどの抽象的な指標によって,その供述の信用性を判断することは困難であるだけでなく危険が伴う。そして,上記アのとおり,告訴人が,公判廷において,被告人との性交状況に関して,自己が認識して記憶したことをありのままに供述しているのかにつき疑問があることからすれば,供述内容が自然で迫真的であることは供述の信用性を高めることには結びつかないというべきである。
  (3) 本件念書について
 被告人は,平成26年12月8日,告訴人の父と共通の知り合いであるDと会った際,告訴人に対して「準強姦してしまった事を,認めます。」と記載してある本件念書に署名している。検察官は,被告人が「強姦」を認める念書に署名したと主張するが,そもそも,本件念書の記載を見る限り,告訴人に対する暴行脅迫に関する言及が何らない以上,その記載自体から被告人が告訴人に対する暴行脅迫,ひいては告訴人を強姦したことを自認していたと認めることはできない。また,本件念書の作成に至る経緯を見ても,Dの供述によっても,被告人が,告訴人との性交が結果的には告訴人の承諾があったとはいえないものであったことをDの誘導によって認めたにとどまっており,被告人が告訴人に対する暴行脅迫を自認したわけではない。さらに,被告人が未成年の告訴人とコンドームを使用せずに性交していることに照らせば,この点について罪の意識を感じて本件念書に署名したと考えることも不可能ではなく,被告人が強姦行為を行ったという意識を有していたから本件念書に署名したと推認することもできない。
 以上によれば,被告人が告訴人の父との間で本件念書を取り交わしているからといって,被告人が本件暴行脅迫を行ったと認めることや,告訴人の供述の信用性を肯定することはできない。
  (4) 小括
 以上によると,告訴人の被害供述の信用性を肯定することはできず,その他の証拠によっても本件暴行脅迫を認めることはできないから,強姦罪は成立しない。
 3 わいせつ誘拐の点
  (1) 検察官は,被告人が,告訴人と二人きりになるため,告訴人と共に自動車に乗車していたEに対し,停車して待っているからと嘘を言って降車させた上,同車を発進させて自宅まで連れて行ったことが誘拐の実行行為であると主張している。
  (2) しかし,告訴人らの供述によれば,告訴人は,泥酔して公園で嘔吐した後,その場に居た被告人やEに対し,シャワーを浴びたいと自ら話していたこと,それを聞いた被告人が告訴人に対して「シャワーを浴びるとこまで連れて行くから来い。」と言ったこと,その後,告訴人が被告人宅で実際にシャワーを浴びたことが認められる。そうすると,被告人が告訴人を自宅まで連れて行った目的が,シャワーを浴びたがっていた告訴人にシャワーを浴びさせることにあったことは明らかである。
 他方,Bの供述によれば,被告人が,泥酔していた告訴人を介抱しようとしていたBを告訴人の側から追い払おうとしていたことが認められるから,その後被告人が自宅で告訴人と性交に及んでいることも併せ考えれば,被告人は,Eを降車させた時点から,告訴人を自宅に連れ込んだ後にわいせつな行為に及ぼうと考えていたのではないかと推認することも不可能ではないようにも思われる。しかし,前記のような態度に加え,被告人が告訴人と共にEも乗車させていることに照らせば,被告人がその時点で既に,告訴人と二人きりになってわいせつな行為をしようと考えていたとまで推認することは難しい。また,前記2のとおり告訴人が本件暴行脅迫を受けたために被告人と性交に及んだとは認められないことに照らすと,被告人宅での被告人と告訴人とのやりとりの中で被告人が告訴人に対して性交を含むわいせつな行為をすることを考え始めた可能性を排斥することは困難である。
 そうすると,被告人が,告訴人を自動車で被告人宅まで連れて行くためにEを降車させるための嘘を言ったとまでは認められない以上,誘拐罪も成立しない。
 4 小括
 以上の次第で,平成27年10月19日付け起訴状記載の公訴事実の点については,犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
 (法令の適用)
 罰条 刑法177条前段
 未決勾留日数の算入 刑法21条
 訴訟費用の負担 刑事訴訟法181条1項本文(一部負担)
 (量刑の理由)
 凶器を用いない強姦既遂1件の事案である本件は,本件暴行自体が強姦の手段たる暴行として比較的軽度なものであるから,性交に至るまでの経緯を踏まえても,性的自由を侵害する危険性が他の強姦事案と比較して高いとはいえない。他方,被告人に性犯罪の前科があり,それが本件犯行後に処せられた罰金刑1犯にとどまるとはいえ,被告人の言動からは,女性の心情を思いやることができない自己中心的な性格傾向が顕著であり,この種の行為に対する規範意識が極めて乏しく,被告人の意思決定に対する非難の程度は,他の強姦事案と比較して低いとは到底いえない。そうすると,本件は同種事案の中で中程度の部類に属する事案であると評価できるから,同種事案の量刑傾向を踏まえると,被告人に対しては基本的に懲役4年程度をもって臨むのが相当である。
 そして,一般情状の中では重要性が一段高い量刑事情である慰謝の措置についてみると,被告人は慰謝の措置を何ら執っていない。しかも,否認していて自己の行為を省みる姿勢が全くうかがえない被告人には,その他の酌むべき事情も見当たらない。
 (検察官伊藤孝,私選弁護人江越和信(主任),西村好史 各公判出席)
 (求刑:懲役10年)
 (裁判長裁判官 溝國禎久 裁判官 大門宏一郎 裁判官 瀧澤孝太郎)
 
 
 〈以下省略〉
 

準強姦無罪判決(神戸地裁h25.11.21)

判例番号】 L06850641
       準強姦未遂被告事件
【事件番号】 神戸地方裁判所判決/平成24年(わ)第263号
【判決日付】 平成25年11月21日
【掲載誌】  LLI/DB 判例秘書登載

       主   文

 被告人は無罪。

       理   由

 1 本件の争点と判断の骨子
  (1) 本件公訴事実の要旨は,被告人は,A(当時87歳。以下「被害者」という。)が重度の認知症により心神喪失の状態にあることに乗じて同女を姦淫しようと企て,平成24年3月31日午前3時55分頃,兵庫県甲市乙a丁目b番c号B病院(以下「本件病院」という)東館d号室において,同女に対し,その衣服をはぎ取った上,その陰部に陰茎を押し当てるなどして姦淫しようとしたものの,看護師に発見されたため,その目的を遂げなかったというものである。
  (2) 本件では,被告人が,公訴事実のとおり,心神喪失状態の被害者に対し,その衣服を脱がせ,その陰部に陰茎を押し当てるなどしたこと(以下「事件」というときにはこの出来事をさす。)については争いがない。争点は,事件当時の被告人の責任能力の有無及び程度である。
    被告人が事件当時の記憶がないなどと述べたこと,事件の約7時間前に被告人が睡眠導入剤を服用していたこと,睡眠導入剤の副作用が事件に影響した可能性を指摘する医師の意見が提出されたことなどから,当裁判所において鑑定を実施したところ,鑑定人は,本件は睡眠導入剤の副作用として生じた一過性前向性健忘,奇異反応のもとで行われた可能性が高いとの鑑定意見を述べた。弁護人は,この鑑定結果を援用し,事件当時,被告人は心神喪失状態にあったと主張した。これに対し,検察官は,鑑定意見の信用性には疑問があるとした上で,睡眠導入剤の副作用は被告人の行動に影響を与えておらず,仮に影響があったとしてもその程度は強くないのであって,被告人の事理弁識能力と行動制御能力には欠落も減退もなかったと主張した。
    当裁判所は,以下のとおりの検討の結果,事件当時の被告人は睡眠導入剤の副作用による精神障害があったとする鑑定意見は尊重に値すると判断するとともに,被告人の責任能力については心神喪失の状態に至っていた可能性が合理的に排斥できないと判断した。
 2 前提事実(証拠上容易に認定でき,かつ当事者間に争いのない事実)
  (1) 事件前後の事実経過
   ア 被告人(事件当時70歳)は,平成24年3月18日,心不全及び肺炎の治療のため本件病院に入院し,当初は酸素投与や24時間の持続点滴等の処置を受けていたが,同月29日には外出できる程度にまで回復していた。なお,被告人は,平成22年10月頃から睡眠導入剤を処方されて日常的に服用していたところ,本件病院に入院後も,平成24年3月21日以降,1日1回,午後9時少し前頃に看護師からX錠10mg1錠を受け取り,服用していた。
   イ 一方,被害者(事件当時87歳)は,平成24年3月28日,肺炎等の治療のため本件病院に入院したが,最重度の認知症を患っており(長谷川式認知症検査0点),刺激への反応はほとんどなく,言葉を発することはもちろん寝返りを打つこともできなかった。
   ウ 被告人及び被害者はいずれも本件病院の東館e階に入院しており,被告人が入院していた病室と,被害者が入院していた病室(d号室)の距離は11m程度であった。また,d号室は,4人部屋で,夜間,各ベッドはカーテンで仕切られていた。
   エ 平成24年3月30日,被告人は,いつもどおり午後9時前頃にX錠10mg1錠を服用した。翌31日(以下,同日の出来事について月日の記載を省略する。)午前3時頃,看護師が被告人の病室を見回りに訪れたときには,被告人は眠っており,特に変わった様子はなかった。
   オ 午前3時55分頃,d号室に見回りに来た看護師が,事件を目撃した。その際の被告人は,全裸で,ベッド上の被害者に馬乗りになって覆い被さり,勃起した陰茎を被害者の陰部付近にあてがっていた。被害者は,病衣やおむつが脱がされ,胸や陰部が露わになっていた(被害者の尿道には管が通された状態であった。)。看護師が驚いて大声で叫び,「何しているの。」などと被告人に声を掛けると,被告人は,被害者から離れ,陰茎を両手で隠すような仕草をし,「この女が助けて,ほどいてほしいと言うからほどいているところや。」などと言い,「なんであなたは裸なの。」と問われると,「この人が脱がしたんや。」などと答え,その後も看護師の追及に対して同様の発言を繰り返した。その後,被告人は,看護師に自室に戻るように促されてベッドから降り,服を着て自室に戻った。
   カ 午前5時頃,看護師が被告人の様子を確認したところ,被告人は自室のベッドでいびきをかいて眠っていた。午前5時10分頃,被告人の主治医であるC医師が被告人を別室に呼んで事件について尋ねたところ,被告人は,被害者の病室に入った記憶はない,夢の中で女の人に帯をほどくように言われた,夢の中でそういうことをしたのかもしれないなどと話していた。午前5時30分頃,本件病院に到着した警察官から事件について問われると,被告人は,「夢の中で,お婆さんが縛られていたので,紐をほどいたろうとしていた。」「夢を見ていただけで何も覚えていない。」などと話し,陰茎を挿入したのかについて問われると,「挿入,そこまではしていません。チンチンくっつけたんかなぁ。」などと曖昧な返事を繰り返した。なお,C医師は,警察官に経過報告する際,被告人がXを服用しており,その副作用の影響で犯行に及んだ可能性も否定できない旨説明していた。
  (2) 被告人の公判供述
    被告人の公判供述の内容は概ね次のとおりである。
    事件当日のことはほとんど記憶がない。思い出せるのは,看護師から部屋に戻って寝るように注意されて自分のベッドの方に行ったことと,部屋で眠っていると看護師か警察官(たぶん警察官だと思う。)に起こされ,「何事かいな。」と思ったこと,どこかの部屋に連れて行かれ,話を聞かれたことくらいである。それ以上のことは思い出せない。警察署で自分がしたことについて聞かされたときには,「間違いやったらいいのになあ。」と感じた。
    被害者については会ったことも見たこともなかった。同じフロアに女性の患者が入院していることは知っていたが,どの部屋に女性がいるかは気にしていなかった。
    性欲については,平成7年頃に妻を亡くしてからは女性と性交渉を持ちたいという気持ちを抱いたことはなかった。事件当時は陰茎が勃起しない状況であり,自分は性交渉ができないと思っていた。
  (3) Xに関する事実及び知見
   ア 概要
     被告人が事件前に服用したXは,Yを主成分とする睡眠導入剤である。Yは,ヒトの小脳,大脳皮質第4層等に多く存在する受容体に選択的に作用し,即効性の催眠鎮静作用を有することが臨床実験等の結果により知られている。同成分の薬剤は既に世界各国で広く承認されており,日本でも平成12年に承認されてXの名称で販売が開始され,現在も臨床上広く使用されている。ただし,ヒトの意識というもの自体が神経科学的に十分解明されていないこともあり,Yがもたらす鎮静,入眠,無意識などの効果がどのような機序で起こるのかは具体的には解明されていない。
   イ 副作用
     製薬会社作成の添付文書及び医薬品インタビューフォームには,Xの重大な副作用として,①依存性,離脱症状,②精神症状,意識障害,③一過性前向性健忘,もうろう状態,④呼吸抑制,⑤肝機能障害,黄疸の5つが記載されている。このうち,②については,「せん妄(頻度不明),錯乱(0.1%から5%未満),夢遊症状(頻度不明),幻覚,興奮,脱抑制(各0.1%未満),意識レベルの低下(頻度不明)等の精神症状及び意識障害があらわれることがあるので,患者の状態を十分観察し,異常が認められた場合には投与を中止すること。」と記載され,③については,「一過性前向性健忘(服薬後入眠までの出来事を覚えていない,途中覚醒時の出来事を覚えていない)(0.1%から5%未満),もうろう状態(頻度不明)があらわれることがあるので,服薬後は直ぐ就寝させ,睡眠中に起こさないように注意すること。なお,十分に覚醒しないまま,車の運転,食事等を行い,その出来事を記憶していないとの報告がある。異常が認められた場合には投与を中止すること。」と記載されている。また,慎重投与が必要な患者として,衰弱患者(薬物の作用が強くあらわれ,副作用が発現しやすい。),高齢者(副作用が発現しやすい。),脳に器質的障害のある患者(作用が強くあらわれるおそれがある。)が挙げられている。
     なお,アメリカ食品医薬品局(FDA)は,2007年,非常にまれではあるが,Xと同種の薬剤の副作用により,睡眠中に起き上がって車を運転する,夜中に過食する,電話をかける,インターネットで買い物をするなど異常行動を引き起こす(いずれも覚醒後全く記憶がない)危険性があると報告した。これを受けて,Xの添付文書には,その冒頭に,「【警告】本剤の服用後に,もうろう状態,睡眠随伴症状〔夢遊症状等〕があらわれることがある。また,入眠までの,あるいは中途覚醒時の出来事を記憶していないことがあるので注意すること。」との記載が加えられた。
   ウ 薬物動態
     前記添付文書やインタビューフォームには薬物動態についての実験結果が記載されている。これによれば,健康成人6例にX10mgを空腹時に単回経口投与したところ,投与後0.8(±0.3)時間に最高血漿中濃度に達し,消失半減期(薬の成分の血中濃度が半減するまでの時間)は2.30(±1.48)時間であった。他方,高齢患者に関する臨床試験の結果をみると,X5mgを投与した場合,高齢患者7例(67歳~80歳,平均75歳)と健康成人6例とを比較すると,高齢患者のグループは健康成人グループに比べ,最高血漿中濃度は2.1倍,最高血漿中濃度到達時間は1.8倍,消失半減期は2.2倍となった。
 3 精神障害の有無(Xの副作用が事件に影響を与えた可能性)
  (1) 鑑定意見の内容とその信用性
    鑑定人のD医師は,事件当時の被告人の行動はXの副作用として生じた一過性前向性健忘,奇異反応のもとで行われた可能性が高いとの意見を述べた(なお,鑑定人は,ここでいう奇異反応とは,Xの副作用として添付文書等に指摘のある夢遊症状,脱抑制等の精神症状を総称的に呼ぶものと説明している。以下においても同様の意味で用いる。)。
    鑑定人は,睡眠を専門とする精神科医であり,その学識,経験等に照らし,睡眠時の精神障害の有無が争点になった本件の鑑定に十分な資質を備えていることはもとより,診察方法や前提資料の検討も相当なものである。
    また,その診断過程は,大要以下のようなものであり,重大な破綻や明らかな不合理性は見当たらない。すなわち,鑑定人は,①事件の内容自体がいささか特異であること,②被告人がXを服用してから約7時間後に事件が起きているが,被告人が高齢であったことに加えて,当時被告人は心不全からの回復過程にあって必ずしも健康状態が良好ではなかった上,脳に器質的障害(両側前頭葉,両側側頭葉優位の脳萎縮)があったことから,事件当時の被告人のXの血中濃度は薬物動態に関する教科書的な記載よりも高かったと考えるのが自然であり,具体的な血中濃度を推定することは難しいものの,少なくともXの薬理作用は事件時まで残っていたと考えるのが合理的であること,③被告人はXを長期間常用していたのに,本件までは重大な副作用は出ていなかったと考えられる上,鑑定中にXを服用させて行動観察を行ったときにも異常行動は確認されなかったのであるが,それを前提にしても,身体条件等により事件当日にだけ重大な副作用が発現した可能性はなお否定できないこと,④被告人が当時の記憶がないと述べている点は,鑑定入院中の継続的な観察から偽りを述べているとは考えられず,一過性前向性健忘が生じたものと考えられ,事件の際の被告人の行動も副作用の報告事例や鑑定人自身が臨床上経験した副作用事例と類似性があること,⑤被告人が看護師から声を掛けられたときに被害者から頼まれて服を脱がせたなどと発言した点については,被告人に現に生じていた妄想様の体験を現すものであるのか,それともつじつまを合わせるための発言であったのか,いずれとも断定することはできないが,一般論としては,副作用の影響により,現実を妄想様に曲解することは起こり得ることから当時の被告人にそのような症状が生じていた可能性も否定はできないこと(もっとも,その可能性を前提にしても,被害者の服を脱がせた後に被告人が被害者を姦淫しようとした理由については被告人自身もまったく覚えていないことから,結局不明というほかないとする。),⑥Xの副作用としての奇異反応が,今回の被告人に性的逸脱として現れた理由については説明できないが,他の睡眠導入剤では性犯罪の報告事例もあり,少なくともXの副作用が性的逸脱として現れることはないとはいえないこと,⑦鑑定中に実施した諸検査の結果,レム睡眠時障害の可能性は否定されたことなどの事情を総合的に勘案の上,本件はXの副作用による奇異反応のもとで行われた可能性が高いと結論付けている。前記のとおり,意識や睡眠導入剤の作用機序,Xの副作用の発生原因や症状の実態等については解明されていない点が多いが,鑑定人はそうしたことも踏まえ,睡眠の専門医の知見に基づいて検討しているのであり,その判断過程には十分な合理性があると考えられる。
    付言すると,前記①及び④については,これまで犯罪歴が一切なく,事件までの入院期間中も特段の問題行動が見られなかった被告人が,突如として,病院内で,見ず知らずの高齢の最重度認知症患者のベッドに忍び込み,おむつを装着し尿道に管を通した状態の被害者に性的な関心を抱いて姦淫しようとしたこと自体がかなり奇異であることは明らかである上,看護師に見付かり注意を受けた際やC医師から事情を問われた際の被告人の発言内容も弁解としてはかなり不可解であって,さらに,事件後,自室に戻って間もなく,いびきをかいて眠っていたという被告人の状況,現在,事件のことを被告人がほとんど覚えていないこと(被告人の供述態度や事件後の供述経過に照らしても,事件のことを覚えていないとする被告人の供述が虚偽であるとは考えがたい。)などの本件固有の事情を全体的・総合的に考察すれば,事件当時被告人に何らかの精神障害または精神病性症状が出現していた可能性が高いと考えるのが合理的というべきであり,鑑定意見はその点でも十分説得的である。
    なお,麻酔科医として豊富な経験を有するE医師も,同様に,被告人による事件時の行為と記憶の欠落にはXの副作用が関わっている可能性が高いと証言しており,この点も鑑定意見の信用性を補強するものといえる。
  (2) Xの副作用の影響を否定的に捉える医師の見解について
    他方で,心療内科医のF医師及び本件病院における被告人の主治医であったC医師(内科医)は,いずれもXの副作用による影響について否定的な見解を示しているが,次に述べるとおりいずれも信用性に乏しい。まず,両医師とも,理由の一つとして,Xの一般的な薬物動態に照らすと,事件当時,Xの作用はほとんど消失していたと考えられることを挙げている。しかし,前記のXの薬物動態からすると,高齢者の場合,服用後8時間を経過しても,健康成人の最高血漿中濃度と同程度の血漿中濃度を保っている可能性は十分にあり,両医師とも高齢者の薬物動態に関して不正確な理解を前提にしているといわざるを得ない(F医師は,反対尋問中に,自ら誤解があったことを事実上認めている。)。むしろ,薬理作用が事件時刻頃に残存していたとする鑑定意見の方が薬物動態に関する実験結果と整合的であり,明らかに説得力において優る。
    また,F医師は,別の理由として,Xの副作用による異常行動は,睡眠時遊行症とほぼ同様のものと考えられるところ,一般に睡眠時遊行症の患者は他人から声を掛けられても比較的反応が鈍く,はっきり目覚めさせるにはかなり困難を伴うものとされているが,被告人は,事件直後,看護師に注意された際,すぐさま陰部を隠し,看護師と会話をし,看護師の注意に従って服を着て自室に戻るなどしており,これは睡眠時遊行症の一般的な症状と整合しないことを挙げる。しかし,F医師が指摘する睡眠時遊行症は,睡眠随伴症状(その定義は,睡眠に関連して起きる望ましくない異常現象)の一形態であり,睡眠中に起き上がり,歩き回るエピソードが反復することを主症状とするものであるところ(F医師作成の意見書),Xの副作用としての奇異反応が,睡眠時遊行症の症状や特徴と同一であることが確立した知見であると認めるべき証拠はない(前記のとおり,Xの添付文書等に記載された副作用は多様な精神症状を含んでいる一方,「睡眠時遊行症」との記載はない。)。したがって,睡眠時遊行症の特徴との不一致を理由に,Xの副作用の影響を否定するF医師の見解には疑問がある。
    一方,C医師は,事件直後に被告人と話をした際,白々しく嘘をついているような印象を受けたことや,Xの副作用として異常行動が生じるのは非常にまれであることも理由に挙げる。しかし,前者は主観的な印象を述べるにとどまり,後者についても,副作用が現れることの希少性を理由に,副作用発生の可能性を否定するものであり,その論理に合理性がないことは明らかである。
    このように,F医師およびC医師の見解は,それぞれが理由とする内容に看過できない疑問があるため採用できず,これらの見解を踏まえても鑑定意見の信用性が損なわれることはない。
  (3) 鑑定意見に対する検察官の主張について
    検察官は,鑑定意見に対し,被告人は,事件の際,自室から約11m離れた被害者の病室まで移動した上,ベッドを仕切るカーテンを開けてベッドに上がり込み,被害者の衣服を脱がせるとともに自らも着衣を脱いで姦淫行為に及ぼうとし,事件を目撃した看護師に対しては言い訳ととれる発言をしたり,陰部を隠したりしていることを指摘し,このような状況に応じた合理的な行動をとっていることは,Xの副作用による奇異反応とは整合しないにもかかわらず,鑑定意見はこの点について十分な検討を行っていないとして,その信用性に疑問があると主張する。たしかに,鑑定人作成の「鑑定要旨」には,事件時の被告人の行動の分析は示されていないが,鑑定人の公判廷での供述によれば,鑑定人が被告人の言動を把握・検討した上で鑑定意見を述べていることは明らかである。その上,鑑定人は,Xの副作用による奇異反応においては,一見するとある程度合理的な行動をとっていることが多いという医学的知見を前提に,被告人の事件時の行動がXの副作用による奇異反応として相容れないものではない旨の説明をしているのであって,被告人の事件時の行動を分析していないとの検察官の批判は当たらない(なお,前記の医学的知見については,E医師も,自身の臨床経験を踏まえつつ,Xの副作用の影響下においては,意識状態は低下しているものの,周囲の状況をある程度把握しているとみられ,合目的的な運動が一部保たれていることが多いなどと,鑑定人の同旨の見解を述べている上,前記のFDAの報告にも整合する。他方で,検察官からはこれを排斥するに足りる論拠は示されていないというべきである。)。
    また,検察官は,鑑定意見のうち,事件当時,被告人がXの強い影響を受けていたとする点については根拠が薄弱であると主張する。この点については,Xの副作用に関しては未解明な点が多く,本件においてもXの副作用が生じていたか否かを明快な根拠をもって説明するのが困難であることは鑑定人自身も認めているところである。しかし,睡眠の専門医である鑑定人が,多角的な観点から検討して,Xの影響を肯定しうる事情が摘示できる一方,これを否定すべき事情を見いだせないとの判断に至ったことは尊重すべきものである。
  (4) 小括
    以上のとおり,事件当時の被告人の行動はXの副作用による奇異反応,一過性前向性健忘のもとで行われたと考えられるとする鑑定意見は合理的で尊重に値するものである。
 4 責任能力についての判断
  (1) そこで次に,被告人には,事件当時,精神障害として,Xの副作用による奇異反応が生じていたことを前提に,被告人の責任能力の存否について検討する。
    まず,奇異反応が事件当時の被告人の行動に及ぼした影響の有無や程度についてみると,鑑定人は,前記のとおり,Xの副作用として生じた奇異反応下で被告人に妄想様の症状が生じ,被告人が被害者から衣服をほどいて欲しいと頼まれたと誤認していた可能性も否定できないとする一方,被告人が被害者を姦淫しようとした理由については不明であり,結局のところ,被告人の事件当時の意識状態,心理状態については確たる推測はできない旨述べている。また,E医師も,前向性健忘が生じる患者は多少とも失見当識状態にあったと考えられることを指摘しつつも,夢遊症状(鑑定人が述べる「奇異反応」とほぼ同内容の症状をいうものと解される。)が生じている者の意識状態についてはメカニズムも含めて分かっていない旨証言している。したがって,これら専門家の知見を踏まえても,事件直前の被告人の意識状態,心理状態はやはり不明といわざるを得ない。
    ただ,被害者の服を脱がせた点について妄想様の症状(被害者から衣服をほどいて欲しいと頼まれたとの誤認)が生じていた可能性が否定されないとする鑑定意見は,鑑定人の依拠する医学的知見や前提資料の検討に問題がないことから,基本的に尊重できるというべきである。そして,これを前提とすれば,その際の被告人の意識状態としては,部分的には現実を正しく認識してそれに対応する行動を取りながらも(すなわち,現に目の前に女性がいることやその衣服を自分が脱がせたことを認識していながら),別の部分では妄想様の誤認,曲解があった(すなわち,現実には被害者が服を脱がすよう頼んだ事実はないのに,被告人はそれがあったと誤認していた。)との状況が生じていた可能性がある(鑑定人やE医師が奇異反応下でも部分的にはまとまりのある行動を取る場合があると述べていることも,前記のような意識状態があり得ることを示唆するものといえる。)。そうであれば,被害者の服を脱がせる行為と連続的になされた姦淫行為についても,妄想様の症状が影響し,姦淫に至る前提としての事実の認識の重要部分に誤認,曲解が生じていた可能性は否定できない。すなわち,当時の被告人の内的体験としては被害者を姦淫するに至る何らかの動機付けが妄想に関連して形成されていた可能性を排斥することはできないと考えるべきである。
    また,事件時及びその後の被告人の行動の観点から検討しても,被告人の見当識や思考力が保たれていたことを推認することは難しい。既に述べたとおり,事件当時の被告人の行動には際立った奇異性があり,平素の被告人の人格傾向からみても乖離があることに加えて,C医師や警察官に事情を聞かれた際,被告人は,「夢の中」で行った行為と説明していたことを併せて考慮すると,被告人の意識状態は,現場で看護師に声を掛けられるまでは,あたかも夢を見ている状況に類似又は近似する状態にあり,そのことが事件時の行動に直接の影響を与えた可能性も否定できないところである(なお,E医師は,夢の内容を反映した寝言を言うことと,夢遊症状とは連続的であると述べる。)。そうすると,被告人が重要な事実を誤認,曲解し,見当識を完全に失った状態で事件に至った可能性を排斥できず,少なくとも,そのような可能性を否定するだけの立証が検察官により行われたとはいえない。
    このように,本件では,被告人の意識状態については証拠によって確定できない点が多く残り,被告人がいかなる事実を認識し,姦淫行為に及ぼうとしたのかも不明というほかないことから,刑事裁判における判断としては,合理的に想定可能な事態のうち,Xの副作用としての奇異反応が最も強度かつ直接的な影響を与えた場合を念頭に置いて検討すべきこととなる。このような観点からすると,前記のとおり,被告人が事件当時重要な事実を誤認,曲解し,見当識を完全に失った状態にあった可能性が否定できず,したがって,心神喪失の状態で事件に及んだ可能性が合理的に排斥できないというべきである。
  (2) 検察官は,被告人がXを以前から常用していたため,一定の耐性があったと考えられること,鑑定入院中も副作用としての奇異反応が確認されなかったことなどを根拠に,事件当時の被告人のXの血中濃度は薬物動態に関する一般的なデータに比べて低かったはずであると主張するが,証拠や医学的知見に基づかない独自の見解というほかなく,採用の余地はない。
    また,検察官は,看護師に声を掛けられた後の被告人の反応や言動は,状況に照らして極めて自然であり,見当識を保ったものであったと指摘し,被告人が短時間のうちに覚醒に至っていることもXの影響が強くなかったことを示す旨主張するが,そもそも看護師に対して行った被告人の言動について,これを自然で見当識を保っていたと評価することには疑問があるし,被告人がその直後にいびきをかいて眠っていることや,後にその部分も含めて健忘が生じていることなどからすると,看護師に声を掛けられて被告人の意識状態が直ちに正常に戻ったと認めるのは困難であり(E医師も正常な意識レベルにあったとみることに疑問の余地を指摘している。),この点の検察官の理由付けも採用できない。
    さらに,検察官は,被告人は,事件直前に,被害者のベッドによじ上り,着衣を脱がせるなどしているところ,そのような動作にはかなり高い意識レベルが必要であるから,Xの副作用の影響は限定的であったはずであるとする。しかし,先に述べたとおり,被告人の意識状態については,部分的には現実を正しく認識してそれに対応する行動を取りながらも,別の部分では妄想様の誤認,曲解が生じていた可能性が否定できないのであるから,一部の行動が現実に対応するものであったとしても,それだけで意識状態が正常に近かったはずであるとはいえない。したがって,検察官の前記指摘も採用できない。
    前記2点とも関連するが,事件の全体像について,検察官は,本件は心神喪失状態の被害者を狙った計画的犯行であるとの見立てを示し,看護師等に対する被告人の弁解も苦し紛れの言い逃れであって,事件前後の被告人の行動や動機に了解不能な点はないとも主張する。しかし,仮に本件が計画的犯行であり,被告人は被害者が最重度の認知症のために心神喪失状態にあることを十分知っていたのであれば,被害者から服を脱がすよう頼まれたとの弁解が通用しないことは明らかである。にもかかわらず,被告人は,現場を目撃した看護師に対してだけでなく,医師や警察官に対してもそのような大胆な嘘を突き通したということになるが,にわかに考えにくい経緯である。事件直後に被告人がいびきをかいて眠っていたこと,事件後,広範な健忘を残したなどの事情も計画的犯行であることと整合せず,こうした点に照らすと,本件を計画的犯行と見ることで全て了解可能とする検察官の見立てにはやはり無理があるといわざるを得ない。
 5 結論
   以上のとおり,事件当時,被告人が心神喪失状態にあった可能性が合理的に排斥できない。よって,刑事訴訟法336条により被告人に無罪を言い渡すこととする。
(求刑 懲役3年)
  平成25年11月26日
    神戸地方裁判所第4刑事部
        裁判長裁判官  丸田 顕
           裁判官  片田真志
           裁判官  高島 剛

準強姦無罪判決(東京地裁h29.7.27)

判例番号】 L07231057
       準強姦(変更後の訴因 準強姦未遂)被告事件
【事件番号】 東京地方裁判所判決/平成28年(合わ)第56号
【判決日付】 平成29年7月27日
【掲載誌】  LLI/DB 判例秘書登載

       主   文

 被告人は無罪。

       理   由

第1 本件公訴事実及び当事者の主張
 1 訴因変更後の本件公訴事実は,「被告人は,平成27年12月27日午前0時37分頃から同日午前0時53分頃までの間,東京都北区(以下略)△△駅東口公衆トイレ内多目的トイレにおいて,■■■(当時38歳。以下「A」という。)が飲酒酩酊のため抗拒不能であるのに乗じ,自己の陰茎を露出させて同人に近づき,パンティを下ろして四つんばいになっていた同人の背後から,その頭部をつかむなどして同人を姦淫しようとしたが,同人に抵抗されたため,その目的を遂げなかった」というものである。
 2 本件は,当初準強姦の訴因で起訴され,後に上記準強姦未遂の事実に訴因変更されているところ,被告人は,当初訴因及び変更後の訴因いずれについても事実を否認し,弁護人は,被告人が前記多目的トイレ(以下,単に「多目的トイレ」という。)に入ったのは,Aを助けるためであり,被告人が多目的トイレにおいて,陰茎を露出したり,性交する目的でAの頭や身体を触った事実はないから,被告人は無罪であると主張している。
第2 当裁判所の判断
 1 前提となる事実
   本件前後に被告人と行動を共にしていた■■■(以下「■■■」という。)が,Aとともに,△△駅付近の公衆トイレまで歩いて向かい,2人で同公衆トイレ内の多目的トイレに入ったこと,■■■がAと性交したこと,被告人は,■■■とAの後に付いていき,その後,同人らのいる多目的トイレに入ったことは,関係証拠から明らかに認められ,当事者間においても争いはない。
 2 本件における証拠の状況
   検察官は,被告人が,■■■とAのいる多目的トイレに入った後に,本件公訴事実記載の行為に及んだ旨を主張するものであるところ,本件においては,被告人が多目的トイレ内で性的行為に及んだことを示す客観的な証拠はなく,公訴事実を推測させる証拠としては,多目的トイレに入ってきた被告人が陰茎を露出させて,Aの頭を手でつかんだ旨の■■■の期日外尋問における供述があるのみである。他方,被告人は,多目的トイレ内で陰茎を露出させたことも,Aの頭をつかんだこともない旨を供述している。したがって,■■■の供述が,被告人の供述を踏まえてもなお十分に信用できる,と判断されない限りは,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになる。
   そこで,以下において■■■および被告人の各供述の信用性について検討する。
 3 ■■■の期日外尋問における供述について
  (1) 供述の概要
    親類宅で同居していた被告人と,同じく同居人の■■■と池袋に遊びに行った帰りの電車の中で,酒に酔った様子のAを見つけ,△△駅で一緒に電車を降りた。私は,Aを助けたいと考え,Aの肩を抱くなどしながら歩いて多目的トイレに行き,Aと2人で多目的トイレに入った。その際に被告人が後を付いてきていることには気付かなかったし,後ろを見たり,被告人に話しかけたりしたこともない。
    多目的トイレ内でAとキスをし,床に横になった私の上に,下半身を露出させたAが,自分に背を向けてまたがるような体勢で性交した。被告人が,多目的トイレの外からドアを叩いて,[中で何をしているのか。」と言ったので,私がドアを開けると,被告人が中に入ってきた。
    被告人は,中に入るとすぐにズボンを少し下ろして陰茎を出した。被告人は,陰茎を出したまましゃがみ,四つんばいになっていたAの頭をつかんだ。また,被告人は,Aの腰の辺りを触ったこともあったが,そのときには,陰茎は出ていなかった。被告人がAの頭と腰の辺りのどちらを先に触ったかは覚えていない。
    被告人がしゃがんでAの頭をつかんだとき,Aが「やめて。」と言ったが,そのとき,私はAのかばんから金を取ろうとしていたので,Aが私と被告人のどちらに対して「やめて。」と言ったのかは分からない。Aのかばんから金を取ることについては,被告人から「やめろ。」などと言われた。
  (2) 信用性の検討
   ア まず,被告人が陰茎を露出させたとする部分についてみると,■■■の供述によれば,被告人は,多目的トイレ内に入るや,■■■と何らの会話を交わすこともなく,ズボンを下ろして陰茎を露出させた,ということになるが,この行動は相当に唐突なものといわざるを得ない。もちろん,この点については,Aを連れ歩く■■■の様子を見て,Aと性交するつもりで多目的トイレ内に連れ込んだのだろうと推測した被告人が,多目的トイレ内において,下半身を露出させた状態で四つんばいになっているAの姿や,着衣を整えている■■■の様子を見て,推測が正しかったと判断し,自分もAと性交しようと考えて陰茎を露出させた,という可能性も考えられる。しかしながら,そうした場合を想定したとしても,■■■に対して状況を何ら確認することなく,いきなり陰茎を露出させるというのは,やはり唐突で不自然な行動といわざるを得ない。
     また,■■■は,被告人が陰茎を露出させた理由について,当初,セックスをしたいと思った(ように見えた)と述べながら,その後,尿意を催したのではないかという趣旨の発言をするなど,同一の尋問期日の中でその内容を変遷させている。
     さらに,■■■は,被告人が陰茎を露出させたのを本当に見た,と供述する一方で,陰茎をいつしまったのか,との質問に対して,自分がそれを見た時である旨を供述したり,陰茎の露出と,Aの頭をつかんだり,腰の辺りを触ったりしたとする被告人の行為との先後関係については全く覚えていない旨を供述するなど,露出の前後に関する供述は極めて不明確である。つまり,被告人による陰茎露出という出来事は,一連の事実の流れの中に位置付けることができないのであって,この意味でも,■■■の前記供述は,極めて唐突なものと評価せざるを得ない。
   イ また,それ以外の部分についてみても,以下に述べるとおり,■■■の供述は,多くの点で信用することができない。
     まず,Aが,■■■とともに多目的トイレに入ると,床に横たわった■■■の上にまたがって■■■と性交した,とする供述は,■■■とAがそれまで面識がなかったことや,事件後に行われたAの飲酒検知の結果などに照らすと,極めて不自然で,到底信用することはできない。
     次に,■■■は,△△駅構内から多目的トイレに至るまでの間において,後ろを振り返って被告人の方を見たり話しかけたりしていないし,被告人が後を付いてきていたことに気付かなかった旨供述しているが,防犯カメラ映像(甲19,20,弁1)には,■■■が何度か後ろを振り返っている様子や,後ろを向いて何かを言い,その直後に右手を頭の上に挙げて動かしている様子が映っており,■■■の前記供述は,これらの映像と明らかに食い違っている。
   ウ ■■■の供述態度についてみても,■■■の証人尋問は,トルコ語の通訳人が同席して行われているところ,■■■は,トルコ語を忘れたなどと述べて,ほとんどの質問にあえて不明瞭な日本語で答えながら,トルコ語で答えようとすることもあるなど,その供述態度は真摯なものとはいい難い。
   エ なお,検察官は,Aを姦淫したことなどについては既に少年院送致の処分を受けていることなどから■■■には虚偽の証言をする理由がない旨を主張するが,■■■はAに対する姦淫について,供述時点においてもなお,同意があった旨を主張していることがうかがわれ,自身の言い分と整合性を取るために,その場に居合わせた被告人の行動についても虚偽の事実を述べるなど,虚偽供述をする動機が■■■にないとはいえない。
   オ 以上の検討に鑑みると,被告人が陰茎を露出させて,Aの頭を手でつかんだとする■■■の供述は,それ自体,相当に怪しく,信用性が低いものと評価せざるを得ない。
 4 被告人の公判供述について
  (1) 供述の概要
    △△駅において,■■■がAと歩いていってしまい,■■■の目つきなどから自分に付いてきてほしくないという意思を感じたことから,■■■がAに何か迷惑な振る舞いをするのではないかと思い2人の後を付いていった。2人が多目的トイレに入った後,ドアには鍵がかけられていたので,ドアを叩いて,お前は何をしているんだと叫んだが,■■■からは問題ないと返事があった。一,二分その場で待っていたが,便意を催して男性用トイレに行き,5分から10分後くらいに戻った。多目的トイレの中から■■■の声が聞こえたのでドアを開けろと大声で言うと,■■■がドアを開けて私を多目的トイレに引きずり込んだ。そうすると,Aがお尻を露出した状態で床に四つんばいになっており,片手で下がった下着を上げようとしてできずにいたので,下着を上げるのを手伝ってあげた。■■■は,Aのかばんに手を突っ込んでいたところ,Aが何か発言すると,■■■は,もう片方の手でAの頭のあたりを押さえる動作をした。私は,■■■に対して,Aのお金に触るなと言ったが,■■■は言うことを全く聞かず,私が■■■に対して手を振り上げた際にAのかばんの中のものが床に飛び散ってしまい,どうしていいか分からなくなって走り去った。
  (2) 信用性の検討
   ア 被告人の供述内容をみると,多目的トイレ内での■■■及びAの様子や,同所での■■■とのやりとりなどについて具体的に供述しており,特に不自然な点はない。また,それまでの■■■の振る舞いから,■■■のAに対する行動を心配して付いていったこと,自力では着衣の乱れを直せない様子のAを手伝ったこと,どうしていいか分からなくなりAを置いて■■■と現場から立ち去ったことなど,被告人が述べる経緯は特に不自然ということはできないし,むしろ,Aとともに公衆トイレに向かう■■■が被告人の方を向いて何らかの身振りをしていることや,Aが相当程度酔っていたことなどの事実と整合するものといえる。さらに,被告人の公判供述には,大筋において逮捕当初の供述との一貫性も認められる(乙4)。
   イ 検察官は,被告人が,警察官調書(乙4)において,①■■■がAと多目的トイレに入ったのを見て,■■■とAがトイレでセックスをするだろうと思ったと述べていることや,②Aの下着を上げるのを手伝ったことについて言及していないことなどを挙げ,被告人の供述は大きく変遷していると主張する。
     しかし,①について,被告人は,取調べにおいて警察官から,■■■がトイレの中でセックスをしようと思ってその中に入ったと思ったかなどと聞かれ,もしかするとそういうこともあるかもしれないという趣旨の供述をしたとも述べており,その結果,上記警察官調書の記載がされた可能性も考えられることからすれば,その供述に変遷があるとは断定できない。また,②については,上記警察官調書は,逮捕当日に作成され,その内容は必ずしも詳細にわたるわけではないことがうかがえるところ,Aの下着を上げるのを手伝った旨の供述が録取されていなかったとしてもそのことが不自然であったり不合理であるなどということはできないから,この点をもって供述の変遷と評価することはできない。その他の検察官が指摘する点についても,いずれも被告人の供述に変遷があるとは認められない。
   ウ 検察官は,被告人の供述によれば,被告人がトイレの東側壁面に近付いた様子は見受けられず,同壁面の掌紋付着状況と矛盾する旨の主張をする。この点について,被告人は,被告人の掌紋が付着している壁の付近に行った記憶はないと述べているものの,Aの様子を見るために,多目的トイレ内のほぼ中央で頭を南東に向けて四つんばいになっていたAの左側を通ってAの頭の方へ移動したことがあり,そのときに壁に手を当てて自分の体を支えたかもしれないとも述べていることからすれば,被告人の供述が掌紋の付着状況と矛盾するとはいえない。
   エ 以上によれば,被告人の供述には,特にその信用性を疑わせる要素を見出すことはできないというべきである。
 5 なお,Aの臀部の付着物から,一部を除いて被告人のDNA型と型が一致するDNA型が検出されているところ(甲28,37),被告人の供述によれば,Aが下着を引き上げようとしているのを手伝ったというのであり,その際に被告人に由来する何らかの体液がAの臀部に付着した可能性も否定できないことからすれば,この点は被告人による公訴事実記載の犯行を裏付けるものではない。
 6 小括
   以上からすれば,■■■の供述には,被告人の供述を排斥するほどの信用性を認めることができず,その他の証拠によっても被告人が公訴事実記載の行為に及んだことを認めるに足りない。
第3 結論
   よって,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
(求刑 懲役3年)
  平成29年7月27日
    東京地方裁判所刑事第17部
        裁判長裁判官  石井俊和
           裁判官  福嶋一訓
           裁判官  椎名まり絵